転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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11話 天上へ至る者

 リュカにとって家族とは平和の象徴だった。

 

 ――物心ついた頃からともに旅をし、自分を守り慈しんでくれた、優しい父。

 ――旅の途中で出会い家族となり、寂しいときにはいつも傍に寄り添ってくれた、大好きな姉。

 

 この二人さえいれば、危険と隣り合わせの旅も凍えるような闇夜も怖くない。そこは少年にとって、世界一穏やかで安心できる場所のはずだった。

 

「お……お父さん……」

 

 ……しかし今やその平和な世界は壊れてしまった。

 父は自分のせいで酷く傷付けられ、城の上から突き落とされて生死すら定かではない。

 そして……残された姉もまた――

 

「お姉ちゃん……!」

 

 

 

 

 

 

『――同調率40%、起動可能域に達しました。これより起動シーケンスに入ります』

 

 リュカの目の前で――――別のナニカに変貌しつつあった。

 

 

 

『………………。

 

 ――起動不可。素体に深刻な損傷を確認しました。

 

 左腕部破砕。

 

 頭部および腹部に裂傷。

 

 内臓に行動不能レベルの損傷あり。

 

 ――これより修復作業に入ります』

 

 

 

 

「ねえッ! お姉ちゃん、どうしちゃったのッ!?」

 

 表情の抜け落ちた姉の口から聞き慣れない単語が羅列されていく。その声音は間違いなく彼女のものだというのに、リュカには知らない誰かの言葉に聞こえてならなかった。

 こんなにも冷たく……、こんなにも無機質な姉の声など……、彼は今まで聞いたこともなかった。

 

 ――カッ!!!

 

「わッ!?」

 

 直後、ルミナの身体から目もくらむほどの光が発される。

 

 

「くっ! ……な、何ですか、これは!? 何が起こっている!!」

「ゲ、ゲマ様! これは一体ッ!? どうすれば――ッ!!」

「そのまま抑えていなさい、ジャミ! 勝手に離れれば死は免れないものと思いなさい!!」

「そんな……ッ!」

 

 魔族たちが慌てふためく間にも謎の意思による工程は続いていく。

 

 

 

 

『――再生因子起動。

 

 内部魔力炉よりエネルギー供給を開始。

 

 重要器官より優先して回復を行います。

 

 

 頭部…………修復。

 

 内臓…………修復。

 

 腹部…………修復。

 

 左腕部…………再生。

 

 神経接続…………完了。

 

 

 ――損傷部位の修復を完了しました』

 

 

 

 

「ッ馬鹿な! あれほどの傷を一瞬で、魔法も使わずにッ!?」

「ゲマ様! あ、あれは一体何なのですか!!」

 

『全システム、正常な稼働を確認しました。

 

 

 

 

 ――対魔族用特殊戦闘個体『ルミナ』、これより敵を殲滅します』

 

 

 

 

「ッ!? ジャミッ、攻撃なさい!! 今すぐにッッ!!」

「はっ……ははーーッ!!」

 

 何かを察したゲマが咄嗟に命令を下す。それを受けたジャミは、慌てて両腕を振り上げ――

 

「し、死ねッ! 薄気味悪いこむすめれれえ――エえぇ……?」

「なッ……!?」

 

 恐怖心を吹き飛ばすための怒声は最後まで続かなかった。両手を振り上げた格好で停止したジャミの身体は、次の瞬間左右に真っ二つに分断され、少女の上から華が開くように転がり落ちていた。

 うつ伏せに押さえつけられた状態のまま、ルミナは目にも止まらぬ速さで翼を振るい、魔族の強靭な肉体を両断してしまったのだ。

 

「な、何ですか、その力は! 先ほどまでは、こんな……ッ」

 

『――メラゾーマ』

 

「ッ!?」

 

 立ち上がった少女は淡々と呪文を唱える。特に無理をした様子もなく、軽い調子で放たれた上級魔法。燃え盛る太陽のごとき巨大な火球は、血を吹き続けるジャミの肉体を瞬く間に焼き尽くし、風に吹かれる灰へと変えてしまった。

 それは中級魔法までが精一杯だった少女では、どうやっても無理な芸当のはずだった。

 

「……お……お姉、ちゃん……?」

 

 見違えるような戦闘能力を発揮し、敵の一体をあっさり倒した姉。その事実だけをとらえるなら喜ぶべきことであっただろう。しかしリュカは酷い悪寒から来る震えを止められなかった。

 

 ――アレは一体……、誰だ? ……何だッ?

 

 姉に間違いないはずなのに、明らかに姉とは違う何かに対して、得体の知れない恐怖を止められなかった。

 

 

 ――ドサッ!

 

「あぐ!?」

「うわッ!」

 

 リュカの思考が不意に途切れる。突然腰を床に打ち付け、隣のヘンリーとともに小さく悲鳴を上げる。その痛みと、駆け寄ってきたプックルの温もりで、自分たちが解放されたのだということに気が付いた。

 直後、その理由にもすぐに気付く。

 

「ひっ……!」

 

 ゴトリ――と。横たわるリュカのすぐ傍に見覚えのある顔が降ってきた。

 それは、つい先ほどまで嘲笑を上げていたはずの女の頭部……。恐ろしかった偽王妃の顔は呆気に取られた表情のまま固まり、毛足の長い絨毯の上をゴロゴロ転がっていた。

 光を失ったガラス玉のような瞳。恐怖から咄嗟に視線を逸らせば、10メートルほど先でルミナがこちらに手を向けているのが見えた。掌が魔力で光っていることから、彼女があそこからなんらかの攻撃で偽王妃の首を落としたのは間違いない。

 

『敵魔族二体を処理。……続いて、残り二体を排除します』

「…………ッ」

 

 二足歩行の魔物を倒したことは、もちろんこれまでに何度もある。以前の『雪の女王』や、先ほどのジャミにしてもそうだった。あまり気持ちの良いものではないとしても、敵である以上は仕方ないと、リュカもパパスも割り切って戦ってきた。

 しかしここまで人に酷似し、さらには言葉まで交わせる相手を殺したことはない。いかに魔物とはいえ、意思の疎通ができる人型の相手の命を奪うには、やはりそれなりの覚悟がいるものだ。

 ……それを一瞥すらせず殺し、その上で平然としている姉の姿など、リュカはこれまで想像すらしたことがなかった。

 

『近接型1……危険度・中。

 魔導士型1……危険度・大。

 ――肉体の同調に齟齬が見られるため、魔法使用を主として戦闘を継続します』

「ッ! お姉ちゃん、待っ――」

 

『――ベギラゴン』

 

 轟ッッ!!

 

「うああああッ!?」

 

 詠唱と同時、ルミナの掌から凄まじい炎の奔流が放たれた。メラゾーマに続いてまたも上級魔法、それも広範囲を焼き尽くす炎系呪文だ。非戦闘員への被害や延焼の危険など全く考慮されていない。

 まるで、敵を殺すこと以外は全て些事だとでも言うように……。

 

「ぐおおおおッ!? ゲ、ゲマさまあああッ!」

「そのまま押さえていなさい、ゴンズ! ――マヒャド!!」

 

 強引に盾とされたゴンズの半身が焼かれる隙に、ゲマは対抗して吹雪を生み出した。さすがは上位魔族の魔導士。埒外の力を振るう存在を前にしても、持ち前の大魔力によって互角に渡り合い、爆炎を相殺していく。

 

『――敵、いまだ健在。出力を上げます。――ベギラゴン。――ベギラゴン。――ベギラゴン』

「なッ……ぐおああああッ!?」

 

 ……しかしそれも、単発であればの話だった。

 ルミナは通常では有り得ないペースで上級魔法を連発していく。爆炎が積み重なりやがて炎の壁となったそれは、容易にゲマの吹雪を呑み込み押し流した。『上級魔法をただ使える』だけでも一握りの精鋭だというのに、ルミナはそれを有り得ないほどの威力と速度、そして精度でもって繰り出していく。

 

「ぐぅううううおッ! メ、メラゾーマああッ!!」

「――バギクロス」

「なッ……馬鹿な!」

 

 ――隙を突いてなんとか唱えたメラゾーマは、竜巻のごとき暴風によって切り刻まれた。

 ――『魔法ではなくブレスで!』と吐き出された激しい炎は、イオナズンの大爆発によって吹き飛ばされた。

 ――ならば魔法そのものを跳ね返そうと光の障壁(マホカンタ)を張れば、より精密に操られたメラゾーマが背後からゲマたちを襲った。

 大魔族によって繰り出される一級品の技の数々が、まるで塵芥のように一蹴されていく。

 

「ぐぉああああーーーッッ!? ゲ、ゲマ様ああああああぁぁぁぁ――――ッ」

 

 やがて、肉盾とされた哀れな部下は焼け焦げた肉塊と化し……。

 

「……ぐッ! ……かはあッ!」

 

 なんとか致命を免れていたゲマも、ついには重々しく地に膝を着く。腹を切り裂かれてなお嗤っていた先ほどと異なり、そのボロボロの姿に一切の余裕はなかった。

 

「~~~~ッ、……あ……ありえないッ……! ありえないッ!! ……ただの天空人がッ……これほどの力を持つことなど……絶対にありえませんッ!! お前は……お前は一体何なのです!? 何者なのだ、小娘エエッ!!」

『敵の弱体化を確認。最終段階へ移行します』

「ッ!?」

『――上空に雷雲を確認。魔力充填を開始。効果範囲を周囲50メートルに設定します』

 

 冷静さをかなぐり捨てた叫びにも何ら反応せず、少女は淡々と、冷たい口調で詠唱を開始した。戦闘の余波で天井が消し飛び、吹き曝しとなった空へ向け、これまで以上の大魔力を放出していく。

 上空に立ち込める黒雲へルミナの魔力が流れ込み、やがてそれは、弾けるような音とともに発光し始めた。

 

 

「ッ! ……あ、あれ……って……」

 

 光の帯が四方八方へ飛び交う、まるで稲妻の如き物理現象……。リュカにはその光景に覚えがあった。

 

「…………雷の、……魔法?」

 

 実際に目にしたことは一度もない。しかし少年の頭の中には、何度も見てきたかのようにその情景が思い浮かんでいた。

 父や姉にせがみ、何度も読んでもらった絵物語。

 不安なときにいつも自分を励ましてくれた、光り輝く英雄譚。

 クライマックスで心を震わせていたその光景が、確かな現実として目の前に顕現していたのだ。

 

『魔力充填終了。――雷撃魔法、発動準備が完了しました』

「! そ、それはッ……!? まさか、あなた……その魔法はッ!!」

 

 心当たりに行き着いたのはリュカだけではなかった。

 謎の意思が最後に口走った言葉……。周囲一帯に広がる放電現象を目の当たりにし、ゲマは得心がいった風にその身を震わせた。

 

「……そ、そうか。……あなたは……ただの天空人などではなかった。……翼による戦闘など……単なるおまけに過ぎなかった……! その忌々しい光ッ……肌が粟立つような悍ましい力ッ! ……あなたの……あなたの本当の正体は――ッ」

 

 

 それは、魔を滅する聖なる光。

 

 

 絶望に沈む人々を照らす、天より与えられし救済の焔。

 

 

 伝承の中にのみ語られる、世界を救う大いなる力の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ライデイン』

 

 

 カッッ!!!

 

 

「で、伝説のッ……勇――ッがああああああああああーーーーーーーッッ!!!」

 

 

 

 断末魔の音とともに、世界の全てが白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――周辺の生命反応を探査しています……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――領域内に敵性体の存在を検知できません。全攻撃目標の撃破を確認。――殲滅作業を終了します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――警告。肉体が活動限界に達しました。以降の戦闘行為は生命活動に重大な瑕疵をもたらす可能性があります。

 これより、修復作業に入ります。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 ――エラー。魔力残量ゼロ。修復作業を実行できません。代替案として、休眠による回復を推奨します。

 全システム、機能を停止。

 

 

 

 

 

 

 

 3.

 

 

 

 

 

 

 

 2.

 

 

 

 

 

 

 

 1.

 

 

 

 

 

 

 

『システムダウン。――操作権限を移譲します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!? ――ハアッ!? ハアッ!! ハアッ!!」

 

 少女の意識が急速に浮上する。

 開けた視界に映っていたのは暗い夜空。背中には柔らかな絨毯の感触。そこでようやくルミナは、自分が床に倒れていることを理解した。

 心臓は早鐘のように脈打ち、呼吸は酷く乱れ、頭も割れそうなほどに痛んでいる。

 

「ッ――――ゴ、プッ!?」

 

 症状はそれだけに終わらない。荒い呼吸が不意に途切れ、激しい痙攣とともに血の塊を吐き出す。そのまま二度……三度と……。バケツを引っくり返したような勢いで血を吐き、刺すような痛みに身体がくの字に折れ曲がった。

 

 先ほどの、“覚醒”とも言うべきあの変化……。

 強大な魔族を一方的に屠る異常なまでの力……。

 代償が小さいはずがなかった。自分の血でできた海の中に横たわり、ルミナは弱弱しく浅い呼吸を繰り返す。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……。……なん、だッ……今の、は……」

 

 しかし今の彼女にとって、命の危機(それ)すらも些末なことでしかなかった。

 

「……あれは、一体…………なんだッ。……あいつら俺にッ……何を仕込みやがった!!」

 

 崖下に落ちていく父の姿を見た直後、ルミナは心の奥底から負の感情が溢れ出し、それらによって意識が押し流されていくのを感じた。彼女の意思はそこで一旦途切れ……、次に周囲を認識したときには、自分の身体を全く動かせなくなっていたのだ。

 

 意思とは関係なく肉体が動き、どこまでも無慈悲に敵を葬り、自分はそれをただ見ていることしかできない。

 それはまるで、見知らぬ誰かに勝手に身体を操られているようで……。不気味で、不快で、腹立たしく……そして何より、自分という存在が塗り潰されていくような、この上なく悍ましい感覚だった。

 それを躊躇なく行った、自分の中にいる得体の知れない何者か……。いつかそいつに自我を乗っ取られるのではないかと、ルミナは震えだす身体を止められなかった。

 

「く……そ……。なんだよ、これ。……こんなの……どうすれば……!」

 

 

 ――カツン……。

 

 

「ッ!?」

 

 不意に、背後から突然の物音が響く。ビクリと震えたルミナは慌てて振り返り、そして目を見開いた。

 

「! ――リュカッ!!」

 

 部屋の隅、横倒しになったベッドの脇にリュカが倒れていた。幼い弟は苦しげに表情を歪めながら、蒼い顔で胸を押さえている。

 ――途端、ルミナは先ほどの恐怖も忘れて動き出す。痛みきった身体ではもはやまともに歩くことも叶わないが、そんなの知ったことかと両腕で床を這いずっていく。

 

(……く、そッ……馬鹿か、俺は! 弟を攻撃に巻き込んでおいて、何を自己憐憫なんぞに浸っていたッ!)

 

 弱気も震えもすでに消えていた。今にも死にそうなほどの重傷も、自分が他のナニカに変わっていく恐怖も、あの子を喪ってしまうことに比べれば全てがどうでもいい。

 今はただ、自分のせいで傷付けてしまった弟の元へ、一刻も早く駆け付けることしか頭にない。

 ……父がいなくなってしまった今、彼女に残されたものはもう、あの子一人しかいないのだから……。

 

「…………ぅ、……ぅぅ……ン……」

 

(――ッ! 良かった……。まだ、息はある!)

 

 視線の先でリュカが身動ぎし、ルミナは小さく拳を握る。

 生憎魔力は切れてしまっているが、懐には一つだけ薬草を隠し持っていた。ただの外傷ならばこれで充分治療できるだろう。その後、目覚めたリュカに魔法を使ってもらえば、自分も他の者たちも回復できる。

 ……全員で生き残ることができるのだ!

 

「ッ…………リュ、カ……、……もう、少しだけ……頑張って、ね……!」

 

 目も霞み、息も絶え絶えなまま、ルミナは根性だけで弟のもとにたどり着く。

 そして希望を胸に、姉は愛しい家族を助けようとその手を伸ばしたのだ。

 

「ハァ……ハァ……、よし……。これで……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――言ったでしょう? 余計な真似をされては困る、と」

 

 ボウッ!!

 

「あッ!?」

 

 弟の身体に手が届く寸前。横合いから飛んできた火球が、ルミナの握りしめる薬草を焼き払っていた。最後の希望が灰となり、彼女の手の中で無残に崩れ落ちていく。

 

「ホホホ、惜しかったですねえ?」

「! お……お前……ッ!」

 

 土煙の向こうから現れたのは、二度と見たくないと思っていた――否、二度と見ることはないと思っていた、あの悍ましい顔だった。

 弟と自分の間に立ち塞がるゲマを、ルミナはただ呆然と見上げる。

 

「……な、なん……で……。お前……死んだはずじゃ……ッ」

「ホホ、残念ながら、この通り生きておりますとも。……ま、おかげ様で五体満足とはいきませんでしたがね?」

 

 そう言ってゲマは、ローブの左腕と左脚部分をプラプラと振ってみせた。その言葉通り、ゲマの身体は満身創痍。左半身の大部分が消し飛び、頭部からも夥しい出血が見られ、よく見れば左目も吹き飛んでいるようだが……。

 

「役に立たない部下でも、使いようはあるということです」

「ッ!?」

 

 ゲマの背後に打ち捨てられている、黒焦げになっている二つの()()。それを見てルミナは、この悪魔がどうやって生き残ったのかを悟った。

 

「お前ッ、……部下を盾にしたのか!?」

「フフ、王妃はともかく、ゴンズは肉厚でしたからねえ。良い壁になってくれましたよ。……ああ、私がどうやって隠れていたか、ですか? 自分で心臓を止めて仮死状態となっていただけですよ。アレの力は確かに圧倒的でしたが、索敵能力の方はザルでしたねえ?」

「ぐっ……。くそぉッ!」

 

 痛恨のミスだった。謎の意思から解放された直後で、ルミナ自身も気が抜けていた。

 もう一人の自分が確認したからと、無意識の内にそれを信じ込んでしまったのだ。あのような怪しい存在の言うことをそのまま信用するなど、またしても間抜け過ぎる失策だった。

 

「ま、そんなことはどうでも良いでしょう。……今、重要なのは――」

「あぐッ!?」

 

 ゲマに髪の毛を掴まれ、少女の顔が強引に持ち上げられる。

 

「伝説の勇者らしきサンプルが、我らの手中に転がり込んできたという、この素晴らしい事実だけです! ――ああ、一体どのような配合をしたらこうなったのでしょうッ、知的好奇心が滾りますねえ!!」

 

 部下を喪ったことも、半身を消し飛ばされたこともどうでも良い。ゲマが上機嫌に笑い声を上げる。

 ルミナのことはそれこそ、獲得したアイテムか素材とでも思っているような口ぶりだった。このまま連れて行かれれば十中八九、まともな扱いなど受けないだろう。

 

「ぐッ……、放せ……!」

「さて……、ではそろそろ、この国からはお暇するとしましょうか。……貴重なお土産を()()()いただいたことですし、今日のところは王子たちも見逃してあげましょう。……ま、今日のところは、ですがね。ククククッ」

 

 道具の文句など黙殺し、ゲマは空中に手をかざした。床に倒れたままのルミナと、……そして気絶したリュカまでが、念力によって浮かび上がっていく。

 

「ッ!? お、お前ッ……弟を、どうするつもりだ!?」

「もちろん、我々の拠点にお招きするのですよ。あなたが一人で寂しくないようにという、我々からの気遣いです」

「ッ……どの口が……!」

 

 何が気遣いなものか。明らかにルミナに対する人質……、反抗防止のストッパーとして利用するつもりだろう。人質という性質上すぐには殺されないだろうが、それもいつまで続くか分かったものではない。

 そして、いつの日かルミナの利用価値がなくなったときには、道連れで容赦なく処分するに違いない。大切な弟にそんな消耗品のような扱い、断じて許すわけにはいかなかった。

 

「くそッ……やめろ! 俺だけでいいだろがッ!」

「ホホッ、安心なさい、光の教団は慈悲深い組織です。たとえ用済みになったとしても、子どもに危害など加えませんよ? 貴女ともども教団の本部付きとし、奴隷(信者)として末永く可愛がってあげましょう。こんな幼い頃から教祖さまのために働けるなんて、まったく幸せなことですねえ!」

「! リュ……リュ、カ……!」

 

 目の前に浮かぶ弟へ、ルミナは必死で手を伸ばす。術の効果範囲から押し出そうと――最悪、魔法をぶつけてでも逃がそうと、死に物狂いで身を捩る。

 ……しかし悲しいかな。すでに力を使い果たし、意識すら朦朧としている彼女に、できることなど何もなかったのだ。

 

 

「――それでは! 天国に最も近い場所、我らがセントベレス大神殿へご案内しましょう! 選ばれし者だけが入ることを許された地上の楽園です! あなた方も感動に咽び泣き、跪いて祈ることになるでしょう! 信じよ、さらば救われんッ! ホーッホッホッホッホ!」

「ッ……ちく……しょう……」

 

 

 怒りと……、悔しさと……、敗北感と……。

 

 そして最後に、家族を守れなかった無力感を噛み締めたまま、ルミナの意識は闇に沈んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございました。

 今回で前半の山場が終わり、オリ主の秘密の一端が明らかに……。
 研究所でいろいろごった煮にされて生み出された結果、

 ――『天空人の血』+『地上の遺伝情報』=『勇者の力発現』という形になりました。(※無理矢理な独自解釈です(汗)

 果たしてこれは狙っていた結果なのか、それとも偶発的なのか?
 そしていつの間にか謎の人格まで仕込まれ、これから主人公はどうなってしまうのかッ?
 ――というところで、幼年期編終了です。
 次回、ちょっと幕間を挟んでから、青年期編を始めたいと思います。



 ※結局捕まって奴隷になってしまい、原作ブレイクを期待してくれた方には申し訳ありません。青年期はもう少し原作から外れると思うので、また読んで頂けると嬉しいです。
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