転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった 作:マゲルヌ
……。
…………。
………………。
――……あん? 勝負だぁ? 温室育ちの坊ちゃんめ、吠え面かいても知らねえぞ?
――はっはー、偉そうだった割に大したことないヤツー。ざーこ、ざーこ!
――オラ、こっちから遊びに来てやったぞ。早く茶ぁ出せ、王子様。
――誘拐する奴らが悪いに決まってるだろがッ。王子だから仕方ないなんてことがあるか!
――うんうん、素直になれて偉いぞ。よしよし、良い子良いk――――あ、コラ、照れるなよ~。
――ヘンリー! 大丈夫か!? 怪我してないか!?
――お前たちは下がってろ。絶対に……守るから。
――やめろ! そいつらに手を出すな!!
――ハァッ、ハァッ……、みんなで、生きて帰るんだ……!
――ダメ……、お願いだから……! やめて……!
――いや あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!
……………………。
「――――ルミナッ!! ッ…………ハアッ、ハアッ、ハアッ、…………え?」
思わず伸ばした腕には、何も掴めていなかった。直前まで脳裏にあった幻影たちも、目を開けると同時に全て薄れて消えていった。
「……ゆ……ゆ、め……? ……ここ、は……?」
朦朧とした意識のまま、少年は首だけ回して周囲の様子を確認する。
いつも自分が寝ていた、城の豪奢な部屋とは雰囲気が違う。調度品の類はほとんどなく、木目の床には埃が溜まり、……遠慮なく言うならばかなり貧相な部屋だった。軽く息を吸い込んでみれば、深い森のような緑の匂い。窓の外には山の稜線がどこまでも続き、人里の気配は全く感じられない。
……間違いなく、ラインハットの街中ではなかった。
「……どこかの、……山小屋、か?」
なんとなく場所に当たりが付き、次に『なぜこんなところにいるのか?』と、疑問が浮かび上がったそのとき。
――ガチャリッ。
「ん?」
「……はあーーーあ、これからラインハットはどうなっちゃうんだろう。……ヘンリーさまぁ、早く目を醒ましてよぉぉ……」
……。
…………。
………………。
「…………トム?」
「……はぇ?」
情けない顔で入室してきた顔なじみの兵士と、テーブルをはさんで数秒間、お見合いを続ける。
――が、やがて男の目には、みるみる涙が溜まっていき……、
「……へ…………へ………………、へンリぃーーーさばああああああッ!!」
「えっ? どわあああああッ!?」
男は感極まって、ベッドの上にダイブしてきた。
「わああああん、良がった! よがっだよおおお゛お゛お゛ッ!!!」
「ごっふ!? ちょッ、おま……なんでここにッ。……ていうか俺は怪我人だぞ!? 鎧のまま上に乗るんじゃ、ぐべえ!!」
「ヘンリーさまああ、生きてて良かったでずううううッ!!」
「ちょッ、待っ……、分かった! 分かったから、放……ッ!」
「ヴぇえンリーさまああああああッ!!」
「ッい、いや……、この、ままだとッ、……今度こそ……死……ッ! ~~~~ッ!!」
なんとか死地から生還した王子は、忠実な部下の抱擁によって再び天に昇りかけていた……。
――――
「……えっと、俺たちがヘンリー様と陛下を救出してから、今日でちょうど一週間になります」
「一週間!? そんなに眠っていたのか、俺……」
数分後、興奮も収まったトムは床に正座したまま、ヘンリーが眠っていた間の出来事を説明していた。その頭にはちょっと大きめのタンコブができているが、まあ些細なことである。
「あの日の夜、俺も夜勤で城にいたんですけど――」
襲撃があったあの夜、当直だったトムも騒動に巻き込まれ、魔物たちと命がけで戦っていたらしい。あれほどの大群と戦った経験など大半のラインハット兵にはなく、相応の被害も出てしまったが、全員死に物狂いで奮戦した結果、なんとか敵を押し返すことに成功した。
しかし、ようやく彼らが王のもとへ駆け付けたとき、城の上階は全て吹き飛び、ヘンリーと王は意識不明に……。そしてルミナとリュカは、怪しいローブの人物に連れ去られていくところだったという。
「ッ! ……あいつ、あれで死んでなかったのかよ……」
ルミナが最後に放った謎の魔法。生憎ヘンリーはその余波で気絶して最後まで見れていないが、あの雷撃が途轍もない威力だったことだけは覚えている。ゆえに直撃を受けたあの魔族も、完全に死んだものと思っていたのだが……。
「……いや、今はそんなことはいいか。……それで、あいつらはどこに? 逃走場所の見当は付いているのか?」
「……す、すみません。空を飛んで逃げられたので追跡も難しく……。南の方へ飛んでいった、としか……」
「ッ……そうか。……くそッ」
身体を張ってくれた相手の内、一人は死に、もう一人は弟とともに連れ去られた。三人の身と引き替えに、こうして自分だけがおめおめと助かってしまったのだ。その事実に情けなさと申し訳なさが込み上げ、ヘンリーは膝の上で拳を握りしめた。
「~~~~ッ、けど、生きてるってことは分かったんだ。なら今度は俺が助けてやれば良い!」
「へ、ヘンリー様……」
「よし、トム! すぐに手の空いている奴を集めてくれ。全力を挙げて二人を探すんだ!」
「あ、あの……ッ」
「南ってことは……、海の向こうか? なら船の準備もしないとな。ビスタ港にも連絡を入れて――「ヘンリー様ッ!!」――ッ!?」
今後の構想を練る最中、初めて聞く部下の怒鳴り声に、ヘンリーは驚きトムの方を見た。その顔は常の彼とは全く違い、何やら深刻な空気を醸していたのだ。
「ど、どうしたんだよ、トム? そんな怖い顔して……」
「その……。もう一つ、重要な報告が残っているんです」
「は……? 重要な報告?」
今の話以上に重要なことなど他にあっただろうか? ヘンリーは疑問符を浮かべる。
「……、おかしいと思いませんでしたか? 王族のお二方が、それも重傷と言っていいあなた方が、こんなところで療養していることを……」
「え? ……あ」
言われてみればそうだった。いろいろと衝撃的な出来事ばかりで麻痺していたが、王族二人が揃ってこんな山小屋にいること自体、すでに相当な異常事態だった。それこそ、クーデターか何かでも起きない限りありえないことである。
不穏な空気が漂ってきたことを察し、ヘンリーはゴクリと唾を飲み込んだ。
「い、一体……何があったんだよ……?」
「…………、実は――」
主の疑問に、トムは厳しい表情を崩さないまま話し始めた。
……。
…………。
………………。
「――――は、はああああああッ!!?」
そこから聞かされた話は、ヘンリーの予想をさらに上回る、驚くべき内容だったのだ。
――――
――同刻、サンタローズ村にて……。
「な……何なのですか、これは!? 質の悪い冗談はやめていただきたいッ!!」
「ざ、残念ながら……、そこに書かれてあることは、事実なのです。パパス殿は重傷を負ったまま川に落ち、生死不明……。そしてリュカ殿とルミナ殿は、誘拐犯一味と思われる者に連れ去られてしまい、こちらも生死は不明です……」
一枚の紙を握りしめて震える男の名は、サンチョ。パパスの忠実な従者であり、ひと月前に出かけたまま帰って来ない主人たちを、自宅で一人待ち続けていた。
そんな彼のもとに、息を切らしたラインハット兵が訪ねて来たのがつい先ほどのこと。その彼から開口一番、『主人が死んだかもしれない』という知らせを受け、サンチョは悲しみと混乱に身体を震わせていた。
……しかし今の彼はそれとは違う理由により、その顔を憤怒に歪めていたのだ。
「~~~~ッ。……百歩譲って、こちらは受け入れましょう! ……いえ、このことも充分受け入れ難い事実ですが、亡くなったと確定していないのならまだ救いはあります。私は従者として、
「……は、はい」
「……ですが…………ですが!! ……これだけは受け入れられない!」
――バンッ!!
「ッ!」
しわくちゃになった紙の後半部分を机に叩き付け、サンチョは兵士を詰問した。
彼が悪いわけではないことなど分かっている……。しかし従者として、このやり場のない怒りを留めておくことなどできなかった。
「パパス様がッ――――我が主がこのようなことを企むなどと、あなた方は本気でお思いか!?」
兵士から渡された新聞の切り抜き。そこには大きな文字でこう書かれていたのだ……。
――『ラインハット王、ならびにヘンリー王子、殺害される!!』
――『実行犯は、王子誘拐を企てた大罪人――パパスと断定!!』
――――
「くそッ! やられた……!」
新聞の見出しを睨み付けながらヘンリーは叫んだ。トムから聞かされた報告の後半は、彼にとって
あの夜、リュカとルミナが連れ去られた後。トムたちは瓦礫を掻き分けてなんとか現場までたどり着き、気絶したヘンリーと王を保護した。パパスたちの姿が見えないことから、何が起きたかを朧気には察したが、とりあえず彼らは二人が助かったことに安堵していた。
しかしその直後、彼らにとっても信じられないことが起こる。王とヘンリーを連れて行こうとするトムたちの前に、別部署の兵たちが現れ、いきなり問答無用で斬りかかってきたのだ。
当然彼らは同僚を問い詰めた。――が、連中は聞く耳も持たずに攻撃を続け、さらには驚くべきことに、撃退した魔物までがいっしょになって襲い掛かってきたのだ。
やむなく、トムたちは二人を連れて城を脱出。追手を撒いて夜通し逃げ続け、やがて西の郊外にあるこの山小屋まで辿り着いたのだという。
……その際、『仔猫のような魔物が自分たちを援護してくれた』という眉唾な報告もあったが、生憎トムはその話を聞いていなかったため、この場で話題に上がることはなかった。
「……それで……極めつけは“コレ”か」
今朝方、物資調達のため近場の街に潜入した兵が持ち帰ったのが、このゴシップ記事だった。ヘンリーと国王はすでに殺されたものとして扱われ、その罪を恩人であるパパスに擦り付けるという、この上なく不愉快な記事内容。
……だが、何よりヘンリーを驚かせたのは、それら一連の動きを主導したとされる、とある人物についての記述だ。
記事の一番下にはこのように記載されていた。
――国王代理を務めていた王妃様が、正式に女王として即位。
――新女王は、『自分の最初の仕事は、愛しい夫と義息子を殺した一味を残らず捕らえることである!』と、気丈に宣言なされた!
「……ちっ、白々しい!」
そう。ルミナによって首を落とされたはずの偽王妃が、聞こえの良いセリフとともに女王として紹介されていたのだ。
だがそれは、あの夜のことを知っているヘンリーにとっては、あり得ない話だった。
「一体どういうことだ……? こいつ、あのとき確かに死んだはずなのに……、また同じ型の魔物が送り込まれてきたのか?」
「……え、死んだ? ……王妃様が? ……ていうか、……魔物?」
「ん?」
ポツリと呟かれた言葉に、トムが反応する。
「ど、どういうことですか、ヘンリー様? 俺たちはてっきり、王妃様が誰かに騙されてこうなったんじゃないか……って」
「あ……そういえば言ってなかったっけ? こいつ、魔物が王妃に化けた偽物だったんだよ。あの騒動も、実は魔族たちによる襲撃で、お前が見たローブの人物ってのも、めちゃくちゃ強い高位魔族だったんだ。戦いにならなくてほんとラッキーだったぞ、お前ら」
「え、ええええ゛ッ!?」
サラリと追加される重大事実に、トムはその場で跳び上がった。気にせずにヘンリーは説明を加えていく。
「今回の誘拐事件の裏には、こいつら魔族が絡んでいたらしくてな。何が狙いなのか分からないけど、あの日ついに、親父と俺を直接殺しに来たんだ。……でも最後には俺たちを放って帰って行ったから、てっきりこの国のことは諦めたと思ってたんだけど……」
どうやらそれは間違いだったらしい。
あの夜の王妃が偽物だったということは、本物の王妃はすでに殺されている、もしくは、幽閉されている可能性が高い。
つまり、ここに描かれている新女王もおそらくは偽物――たぶん、事件のすぐ後に送り込まれた、あの偽王妃の後釜なのだろう。奴らは手を引くどころか、むしろこれから本格的にラインハットを手に入れようとしているのだ。
「えっ……ちょ……魔族って……。誰かに騙されて……とかじゃなく? 本人が? ……そんな、まさか……、ええぇ……?」
一度に大量の新情報を叩きつけられ、報告をしていたはずのトムの方が混乱している。魔物と王妃が入れ替わり、王族を殺そうと画策し、さらには今も国のトップとして暗躍しているなどと聞かされれば、放心状態になるのも無理はないが……。
「トム、呆けている暇なんてないぜ? お前にはこれから、俺の右腕として働いてもらわないといけないんだからな?」
「は……、はい?」
「まずは人手を集めて、安全な拠点も確保して、あと、大量に資金も必要になってくるな。王族関連の機密費を持ち出せば、当面はいけるか……?」
「いや、ちょ……ヘンリー様?」
「魔物による強引な統治だ。きっと離反する奴もたくさん出るだろうから、それをこっちに引き込めればなんとか……。あっ、トム! まだ城にいる兵士の中で、信頼できそうな奴を教えておいてくれ。隠し金庫の場所を伝えるから、いろいろと持ち出してもらおう。――えーと、それから……」
「まま、待ってください、ヘンリー様!」
「あん?」
矢継ぎ早に繰り出される指示を遮り、トムは恐る恐る問いかけた。
「も、もしかしてあなた……、偽王妃の一派と戦おうなんて思ってるんじゃ…………ありませんよね?」
「はっはっは! おいおい、何を言ってんだよ、トム?」
「ホッ……。そ、そうですよね? そんなことしたら、命がいくつあっても足りな――」
「――――戦うに、決まってるだろう?」
「ッ!?」
特に威圧したわけでも、声を荒げたわけでもない。小さな少年が傷だらけのまま、ベッドに横たわって笑っているだけだ。
しかし――
「この国で……、俺の大切な場所で、こんなふざけた真似されたんだぞ? このままおめおめと逃げ出しちまったら……、俺はきっと、一生俺のことを許せなくなるよ」
「へ、ヘンリー様……」
しかしトムは、一回りも年下の少年の言葉に、確かな圧を感じた。肩書や地位によるものではない。それは紛れもなく、王たる者が纏う覇気であったのだ。
「たとえ何年かかろうとも、俺が必ず、この国を奴らから取り戻してやる。……だから頼む。お前も力を貸してくれ、トム!」
(ッ……俺はこの少年のことを、何も分かっていなかったのかもしれない。もしかするとこの人は、いつか本当に偉大な王に……ッ)
気付けばトムは、自然と主君の前に膝を着いていた。
そしてこの小さな王者に対し、心からの忠誠を誓って――
「――て! そんな見かけの雰囲気に誤魔化されないッスよ!? どうせヘンリー様ッ、好きな女の子が傷付けられたことに怒って、仕返ししてやりたいだけでしょ!? そんな不純な動機での危険行為なんて絶対認めません!」
「は……はああッ!!? おまっ、何を……!? だ、誰があんなガサツ女なんかッ! 俺はただッ、国の平和を真剣に考えてだなッ!!」
「いーえ!! 怠けていた男が急に頑張り始める理由なんて、女絡みかスケベ絡みって相場は決まってるんスよ! そうでもなきゃ、アンタみたいな後ろ向き小僧が国に歯向かおうなんて思うわけないでしょ! この、コンプレックス駄目王子!!」
「あ、あああああッ!! おまっ、言っちゃいけないことを言いやがったな!? お前だって、背中に蛙入れられただけで泣いて帰るヘタレ兵士のくせに!!」
「な!? あれはッ!! まだ子どもの頃のことだしッ! 兵士になってからは悲鳴だけで済んでるしッ!!」
「うるさい、黙れ! このうだつの上がらない万年平兵士ッ!」
「そっちこそ黙るッス! 好きな子に素直になれないチェリー王子ッ!」
「――――ッ!?」
「――――ッ!!」
……シリアスな空気は20秒と保たなかった。
早くも内部分裂の危機に晒された、たった二人の反乱軍。
彼らの記念すべき最初の活動は、『口喧嘩での格付け』という、なんとも不毛なものになったのである……。
お読みいただきありがとうございました。これにて幼年期編は終了です。
そしてようやくシリアス区間も終了です。
次回からはまたオリ主のポンコツ日記に戻りますので、どうぞよろしくお願いします。