転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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13話 下手の考え自爆に似たり

(左ページの続き)

 

 即座にゲマのところへ突撃してきた。

 信徒や奴隷の人事権(?)を握っているのは教団の上層部、すなわち魔族の連中だ。俺の知る限りで一番偉いのはゲマの野郎なので、ヤツに話を聞くのが一番手っ取り早い。

 

 研究室に押し入って問い詰めた結果、案の定、ヤツは事の次第を知っていた。

 どうもマリアは偶然地下の奴隷区画へ迷い込んだらしく、そこで教団の真実を知ってしまったらしい。さらに間の悪いことに、目の前で幼い奴隷が鞭で打たれるところを見てしまい、咄嗟に割って入って庇ってしまったのだ。

 マリアは監督官によって引っ立てられ、秩序を乱した反逆者として、教団から奴隷堕ちを命じられることになった。

 

 ……それだけでも十二分に最低であるというのに、事態はさらに最悪な方向へ。

 以前日記に書いた通り、これまで教団には俺たちと同年代の奴隷はいなかった。そのせいで同い年の友達ができないのは残念だったが、同時に俺は安堵もしていた。あの研究所時代の()()()()()()()()()()()が起きては最悪だから……。

 自分と似た体格・年齢・性別の――対照実験に使われそうな奴隷がいないことに、心底ホッとしていたのだ。

 

 

 それを……ゲマの野郎めッ。

『この先あなたに課す本格的な実験――その予備実験の被検体として、この娘を使わせてもらいましょう』などと抜かしやがった。俺という希少な人材を無駄にしないため、天空人という条件以外近しい“捨て素材”として、彼女がちょうどいいんだとさ!

 何が『いいタイミングで奴隷に堕ちてくれました、ホホホ』だ、ふざけんなチクショウ!

 

 

 ――そしてあまりの事態にキレた俺は、その勢いのまま、『さっさと俺で実験しろ! 彼女には手を出すな!』と考え無しに宣言してしまったのである。

 

 ……我ながらアホ過ぎた。もっといろいろ駆け引きして、マリアの待遇アップを要求して、それから自分の命をbetする予定だったのに……orz

 

 

 

 ――ていうかあの野郎、もしかして俺の口からこう言わせるためにマリアを利用したんじゃないだろうな?

 ……考えてみれば、警備が厳重な奴隷区画に一般人のマリアが簡単に入り込めるとも思えない。ゲマが裏から手を回してこうなるように策を弄した、と考えるのは穿ち過ぎか?

 俺たちがコソコソ会っているのも実は前から知っていて、いつかこういう風に利用するために見逃していたのでは……?

 

 

 

 もし本当にそうだとしたら…………滅茶苦茶ムカつく!!

 

 ――が、マリアと友達になれた切っ掛けでもあるから強く非難もできないッ!

 そして最終的に予想が当たっていたとしても、ここで俺が断ったら予定通りマリアが被検体にされるため、今さらやめるとも言い出せないってとこが最高に腹立たしいッ!

 

 

 あ~もう、なんなんだ、この掌で転がされてる感覚! 昔からホントに性格悪いわ、あのエセ紳士! いつか絶対あの首圧し折ってやる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(追記)

 とりあえず、マリアには手を出さないことを約束させ、部屋も俺たちと同室にするように言っておいた。

 巻き込んでしまったことがこれで帳消しになるとは思わないけど……、せめてもの誠意として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 今日から本格的にヤバい実験が始まった。今までは腕に機械繋がれて電流やら魔力やら流されるだけだったけど、今回からは直接頭部の方に干渉されるようになった。なにやら妙なヘルメットを頭に被せられ、大量の魔力をズイッと頭の中に注入されたのだ。

 

 ……脳内で何人もが好き勝手に喋っているような、絶妙に気持ち悪い不快な感覚……。たぶんこれ、寝ている第二人格を刺激して呼び起こすのが狙いなんだろうけど。

 ――結論から言えば、ぜんぜん効果なし。

 あんな痛くて気持ち悪い状況で、主人格の俺が引っ込めるわけないじゃん……。むしろ吐き気で目が覚めたわ。

 

 うぅ……、今も頭痛と魔力酔いが酷くて、全然眠れない……。

 

 

 

 

 

 

 でも、マリアが添い寝してくれるのはちょっとした役得だぜ。グヘヘ。

 

 そしてやっぱりリュカはいっしょに寝てくれなかった。

 金髪美少女と同衾できるチャンスだったのに、ホント紳士に育ったな、ウチの弟。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月○日

 

 一晩マリアニウムを補給して元気を取り戻した俺は行動に出ることにした。

 このまま連中に任せたままでは死んでしまいそうだったので、被検体としての豊富な経験を生かし、成功率の高そうな実験パラメータを奴らに提示してやったのだ。連中は困惑していたが、この程度のことなど俺には造作もない。

 

 なんかこう……、ずっと魔力とか電撃とか浴びてると分かってくるんだよね。『あ、この辺りで来るぞ』とか『お、あとちょっとで限界突破しそうだぞ』って感覚が……。

 これで今後の実験リスクもかなり減らせるだろう。お互いに助かって見事WIN-WIN。めでたし、めでたしなのである。

 

 

 

 貴重なデータが手に入ってゲマは喜んでた。

 実験が進んで研究員たちは喝采していた。

 そして俺は部屋に戻ってから床に五体投地していた。……なんで敵に協力してるんや。

 

 

 そんな俺の姿を見ながら、リュカとマリアが頭に?マークを浮かべていたので、慌てて表情を取り繕う。実験の危険度が跳ね上がったことは二人には秘密なのだ。

 特にマリアには実験体をやってることすら内緒にしているのだから、もっと気を付けて生活しないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月☆日

 

 やっちまった……。

 俺が協力しちゃったせいか、実験、成功しちゃったっぽい。

 

 今日は実験室作業ではなく、久しぶりの戦闘演習だった。機材を持ってセントベレスの中腹まで降り、あの辺りの魔物の群れを呼び寄せてひたすら戦った。

『なんでこんな下の方まで?』って最初は疑問だったけど、その理由も程なく判明する。

 例によって頭に魔力を注入された瞬間、今日はいつもの気持ち悪さではなくクリアな感覚が溢れ、身体の方もかつてないほどに軽くなったのだ。

 

 ――そう。ついにあのときの感覚が……、第二人格ともいうべきあの状態が発現したのである!

 

 ……まあ、僅かな覚醒だったから俺の意識も残っていたし、出力もあのときほどは望めなかったけど、それでも結果は凄まじかった。

 事が終わって辺りを見回してみると、周囲50メートルには()()()()()()

 何も……である。

 魔物の群れはもちろんのこと、森も岩石も川の流れも、範囲内の何もかもが、呪文による熱線で消し飛んでいた。その下の地面は岩盤ごと抉り返され、一部は溶岩のように赤々と煮えたぎっていた。

 

 

 ……こりゃ確かに、神殿から離れておかないとヤバかったわ。

 途中手元がちょっと狂っただけで、ゲマが連れていた下っ端魔族まで皆殺しにしちゃったし……。素の自分とは比べものにならない破壊力に、ちょっと背すじが寒くなった。

 残念ながら、ゲマの野郎だけは余裕で回避してやがったけど……。部下を殺されたのに全く気にもせず、逆に成果が上がったことを上機嫌に喜んでやがった。

 

 

 ちっ、あの変態魔族め、いっしょに死ねば良かったのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月§日

 

 マズイことになったかもしれん……。

 第二人格を少しだけ目覚めさせる、いわゆる『半覚醒モード』。

 訓練のおかげか、最近は少しずつ自分の意思で発動できるようになってきたんだけど、その影響というか、弊害というか……。発動中にちょっと困ったことになっている。

 

 分かりやすく言うと、

 

 

 

 

 ――魔族、めっちゃ殺したい!!

 

 

 

 

 ……誤解しないでほしいが、いきなり狂人キャラになったわけではない。全部この謎人格が悪いのだ。

 もともと魔族のことなんて大嫌いだったけど、そんな好き嫌いの感情なんか目じゃないくらいに殺意が溢れ出してくる。記憶の中に微かに残っている、ラインハットのときのあの感覚に近い。『他の何をおいても魔族を殺せ!』っていう、呪いみたいな強制力。

 

 これ、かなりヤバイ……。

 人間には無害だからと言ったって、自分の心と関係なく何かを強制されるって時点で危険過ぎる。

 ……なんとなくだけど、このまま進んでいくと、魔族殲滅のためなら何でもするようになっちゃう気がする。ここには詳しく書きたくないけど、……たぶん、()()()

 

 

 

 …………うん。

 

 これ以上覚醒が進まないように、明日からなんとか抑えていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月×日

 

 びっくりした……。実験が始まる前、リュカから『何か隠していない?』と聞かれてしまったのだ。ポーカーフェイスを心掛けていたつもりだけど、やっぱり家族には分かってしまうものなのか……。

 さらにマズいことにそこへヨシュアまでが訪ねてきた。

 この人神殿の外で警備していることもあるから、もしかしたら今の実験のことも知られているかも……って思ってたらホントに渋い顔してた。確実に知ってるわ!

 

 

 ここで話をしたら、隠し事が二人にバレてしまう。

 

 ――ということで、焦った俺はそれ以上追及される前に言いたいことだけ言って逃げてきたのである。

『大丈夫だから心配しないで!』とか、『マリアのおいしい料理のおかげ!』とか、『リュカのために姉ちゃん頑張るから!』とか、『ヨシュアは元気でやってるッ? なら良かった!』とか、月並みな言葉を並べながら……。

 今は実験室(※関係者以外立入禁止)に泊まり込んでこれを書いているところだ。実験が一段落するまでの間、しばらくあっちには戻らない予定。

 

 後のリュカの反応がちょっと怖いけど……。

 でも、日常に戻ったときに第二人格が暴走してもマズイし、いつかは向き合わないといけない問題だったのだ。少しばかり危険だとしても、今の内になんとかこの力を制御できるようにならないといかん。

 

 そのためにリュカに余計な心労をかけるのは、本当に申し訳ないけど……。

 全部終わった後に、土下座で謝って許してもらおう。

 

 だからそれまで待っててね、マイブラザー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎月△日

 

 今日も今日とて戦闘三昧。朝から晩まで魔物どもを殲滅している。

 ちょっとの切っ掛けで心が虐殺側に傾きそうになるから、発動中は常に気が抜けない。

 

 なのに、そんなときに限ってゲマの野郎が“上司の現場視察”とかいう余計な予定を入れるし。

 ……イブール? ……教祖? 別に会いたくなかったよ、そんなモン。出るんならもっと初期から出て来いや、この影薄上司。

 

 高位魔族が近くにいると輪をかけて殺意マシマシになるから、二人も揃うとかマジ勘弁してほしい。もし偉い魔族がいるときに暴走状態になって殺しちゃったりしたら、反逆行為ってことで処罰されるかもしれないんだから……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

(翌朝追記)

 

 ……いや、待てよ? 一晩経ってなんか頭が冴えてきた。

 むしろこれ……、利用できないか……?

 

 リュカたちに危険が及ばないように反逆行為はずっと自重してきたけど、『第二人格が強くなりすぎて暴走したんだ』という言い訳があれば、リスクは多少減らせるんじゃないか?

 ……いや、むしろあのゲマのことだ、『研究が進んだ!』とか言って喜ぶかもしれんぞ? 上司のことも大して尊敬してなかったっぽいし、仮にイブールあたりを殺っても、何も言われないような気さえする。

 定期船が来た日に幹部連中を襲って、場が混乱した隙に船を奪って島から脱出すれば…………。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 なんか……イケそうな気がしてきた……。

 

 

 ………………。

 

 

 ……いや、確実にいけるぞ、コレ! うまくいけば上層部にダメージが入って教団の力も削げるという、一石二鳥の作戦じゃないか!

 おおっ、マジで天才じゃん、俺! これまでネックだった脱出方法が一気に解決した!

 

 そうと決まれば、暴走状態に見えるように今から演技の練習をしておこう! あとはリュカたちにも話を通しておいて……。

 次に連絡船が来る日になったら、その夜に作戦決行だ!

 フハハハハ、ざまあ見ろ、ゲマ! 順調だと思い込んでいるお前の計画、この俺が全部ブッ潰してやるぜ!

 

 せいぜい首を洗って待っていろ、この変態鬼畜ヤロ〆\/ (※以降のページはぐちゃぐちゃになっている……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆月×日

 

 わたくしは頭が悪いくせに、短絡的な思い付きで無謀な行動をいたしました。

 このような重要案件は周りに報告・相談するのが常識であるにもかかわらず、『自分ならばうまくやれる』という根拠のない自信で一人突っ走り、最終的に自分や他人の命まで危険に晒しました。

 とても軽率な行為であったと深く反省するとともに、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます。今後はこういったことのないよう話し合いを密にし、大きな行動を伴う際にはあらかじめ相談することをここに誓います。

 皆様、重ね重ね、誠に申し訳ございませんでした。                ルミナ

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 いきなりの怪文書で申し訳ない……。現在俺は、牢屋の中で粛々とこの謝罪文を書いているところだ。

 

 

 

 

 

 

 ……ええ、そうです。……やらかしました。

 演技のつもりだった第二人格の暴走が、ガチで起こってしまいました。

 

 あの日……、素晴らしい(と自分では思っていた)作戦を思い付いた瞬間、テンション上がっていた俺は練習がてら第二人格を起動し、『暴走状態って、これくらいかな?』と少し力を入れたのだ。

 

 ――その直後、俺の意識は吹っ飛んだ。ラインハットのときのように微かな意識が残ることもなく、しばらくして気が付いたら俺は床に仰向けで倒れていた。多分、自分からアッチ側へ意識を明け渡した弊害だろう。その間の記憶は全くなく、後から聞いたところによると相当大暴れしたらしい。

 幹部連中の部屋に乗り込んで全員を(※人間、魔族問わず)殴り倒し、止めようとやって来た兵士たちもまとめてブッ飛ばし、最後は神殿の上層を魔法で丸ごと消し飛ばして笑ってたんだそうだ。

 

 

 ……これは酷い。第二人格が“魔族ブッ殺すマン”だったおかげで、人間の兵士や奴隷たちに死者が出なかったのがせめてもの救いか……。イブールはボコボコになってたらしいけど。

 

 そして最終的に俺は、お咎めなしでは示しが付かないということで、ゲマによって牢屋に入れられ、

 

 

 

 ――今は弟の視線(※無表情が逆に怖い)を背中に受けながら、こうして謝罪文を書いているところです……。

 

 

 ……あ、あと、ヨシュアとマリアも牢屋の前にいます。

 

 当然だけど、隠し事も全部バレた。

 第二人格を目覚めさせる危険な実験をやっていたことも、そのせいで最近ちょっと精神が浸食されていることも……、そして、危険な戦闘演習で何度か死にかけていたってことも(※ヨシュアの証言)。

 その上マリアには身代わり疑惑まで知られてしまうという痛恨のミス。

 おいヨシュアよ、なんでそんなことまで妹に教えちゃったんだ。奴隷についてもずっと黙ってるくらいの過保護アニキだっただろうが。

 

 い、いや、違うんよ、マリア……。俺の予想通りだったとしたら、むしろ巻き込んでしまったのはこっちの方で、君は完全に被害者なの。

 だからそんな罪悪感マックスの顔で泣かないでください。お願い、ホント勘弁して、心が痛いから泣き止んで……。

 

 って、リュカに助けを求めても全然取り合ってくれないし。可愛い弟は、あらぬ方向に視線を逸らしたままツーン状態。

『いい機会だからしっかり反省するといいよ、アホ姉さん。……あとアレは、今後一切使用禁止』

 と、一言釘を刺されて、後はひたすら女の子に泣かれる針の筵。(※一時間)

 

 

 ほ、本当にごめんなさい。反省してますから、もう許して……。

 

 

 

 

 

 ……今度命をbetするときは、もっと緻密な計画を立ててからにしますから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとヨシュア? さっきからずっと気になっていたんだけど……、その大きなタルは何なの?

 

 ……え? これを使ってセントベレスから脱出しろ?

 

 

 

 ……ちょっと何言ってるか分かんないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

「た、大変です、ゲマ様ッ!!」

 

 薄暗い小部屋の扉が開け放たれ、騒々しい声が響く。上司の私室でその行動は少々礼節を欠いていたが、彼に気にする余裕などなかった。

 

「おや、どうしました? そんなに慌てて」

 

 目の前の相手はいつも通り静かに微笑んでいるが、そんな笑いなど表面的なものでしかないことを、彼はよく知っている。この穏やかな表情を浮かべたまま、一体何人の同僚があっさり粛清されていったことか……。

 しかしどの道、この重大事項を黙っているという選択肢などない。できる限り処罰が軽いものになるよう祈りながら、彼はその報告を上げたのだ。

 

「ほ……報告します! さ、先ほどッ、例の天空人の娘が逃亡したとの知らせが! どうやら兵士の一人が手引きしたようで、昨夜の内に水路から逃げ出した、とのことです!」

「…………ほう?」

「ッ……」

 

 軽く目を見開いたゲマに、部下の全身がすくみ上がる。

 ゲマが勇者の研究にどれほど傾倒していたかを知っていれば、今の心情は察するに余りある。なにせ、あの娘に吹き飛ばされた片腕を見ながら愉しげに嗤っているくらいなのだ。

 それを逃がした部下たちに対し、怒り心頭なのは確実。処罰が軽いものになる可能性などほぼゼロであろう。

 

「もッ、申し訳ございませんでした!」

 

 自分の名が犠牲者リストに新たに刻まれることを覚悟し、部下は頭を垂れたのである。

 

 ………………。

 

 そのまま10秒が経ち……、20秒が経ち……、30秒が過ぎ……。

 

 それでも上司からの反応はなく。

 

「…………?」

 

 やがて、『……あれ? なぜまだ死んでいないんだ?』と部下が疑問を感じ始めた頃、

 

「ふむ……以上ですか? 他に何か報告は?」

「え!? ……あ、いや、はいッ! その……、手引きしたのが内部の者だったということで、今後は監視体制も強化した方が良いという声もありまして……!」

「わかりました、人員の見直しをしておきましょう。……もう終わりですか? では行っていいですよ?」

 

 なんでもない風にそう言ったゲマは、再び資料の確認に戻っていった。意外なことにその口調にも雰囲気にも、怒りの感情や、それを我慢している様子は微塵も感じられない。

 ――『あんなに勇者に入れ込んでいたのに、なぜ……?』

 あまりにあっさりした態度を逆に不安を感じた部下は、その背に恐る恐る確認の問いを投げた。

 

「あ……あのゲマ様……? 追跡などは、なさらないので……?」

「ん……? ああ、データはもう充分に取れましたし、これ以上は必要ないでしょう。あとはこちらの方で応用していくだけで問題ありませんよ」

「……は、はあ」

 

 どうやら本当に怒気はないようで、彼は命拾いしたことに胸を撫で下ろしたのである。

 

 

 

「……それにね? 彼女が逃げ出してくれて、ある意味都合が良いと言えば良いのですよ」

「え……? ……ど、どういうことでしょうか?」

「いやなに、このまま泳がせておいた方が、いろいろと面白そうということです。ホホホホホッ』

「? ? ?」

 

 大事なサンプルが逃げ出して、都合が良いとはどういうことだろうか? 煙に巻くような上司の発言に、彼の頭にはますます疑問符が浮かんだ。

 ――が、これ以上藪をつついて蛇が出てもたまらない。

 

「な、なるほど。……で、では、自分はこれで任務に戻ります。失礼いたしました!」

「ホホ、ご苦労様でした」

 

 部下は余計な好奇心を全て呑み込み、賢明にも沈黙を保ったまま退室したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さて、これから一体どうなりますやら……、実に愉しみですねえッ? ホーーホホホホッ!!

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 ……背後から聞こえてきた不気味な声には、全力で気付かないフリをしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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