転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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14話 新たな目標と少年の悩み

○月□日

 

 個人的な見解だが、ヨシュアってかなり天然だと思う。

 大海原をタルに入って漂流するという発想もそうだけど、『セントベレスの頂上から海面までダイブする』という、頭のおかしい脱出方法を真面目に提言するところなんて、失礼ながら正気を疑ってしまった。

 

 …………ホント、あれは死ぬかと思った。

 てっきり、下まで緩やかな川でも続いているのかと思いきや、水路を抜けた瞬間綺麗なお月様とご対面、そのまま地上まで直通・空の旅だもん。慌てて外に飛び出して、タルの縁を掴んで全力で翼を振った。リュカの風魔法のサポートもあってなんとか無事に着水できたけど、一歩間違えば全員で血煙になってたぞ。

 蒼い顔のマリアが『本当に……、兄さんがすみません』って消え入るような声で言うから、それ以上文句なんて言えなかったけど……。

 

 ………………。

 

 ……まったく、妹にこんな顔させてんじゃないよ。

 マリア一人だけ逃がしたって、アンタ自身がいなかったら絶対に悲しむに決まってるじゃないか。

 水門の操作のために残る必要があったとはいえ、目の前で兄妹の別れを見せられるこっちの気持ちも考えてくれよ…… 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まあ、最後に俺がひとっ飛びして連れてきたから、ヨシュアも今この修道院にいるんだけどね!

 

 やー、もう、マジギリギリだったわー。

 偶々見張りの魔族が数匹いたから、応援を呼ばれないように速やかに処理して……。その後急いでヨシュアを抱えてタルまで戻ったら――直後に地上までのスカイダイビングよ。

 上空の強い風にガンガン煽られて、降り落ちる滝の水にシェイクされて、タルの中はもうしっちゃかめっちゃか。マリアなんて顔面蒼白になって、乙女の尊厳の危機だったからね。……間に合って本当に良かった。

 

 その後はみんなで数日間海の上を漂いながら、魔物の襲撃と食料不足の危機に耐えつつ、なんとか無事にこの海辺の修道院まで流れ着いた。そして今は、こちらの院長先生のご厚意に甘えて、ありがたく静養させてもらっているところです。

 人間兵器である俺はともかく、他のみんなは船酔いとか食糧不足で結構ギリギリだったからね。たどり着いた先がこんなに親切にしてくれるところで本当にラッキーだった。

 皆さん、本当にありがとうございました!

 

 

 現状唯一の不満を挙げるとすれば、俺まで修道女の恰好させられて困ってるってことぐらいだけど。

 それ以外はホントに良いところだぜ、HAHAHA!!

 

 

 

 …………。

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 いや、うん……。修道院には女物しかないから、仕方ないと分かってはいるんだけどね……? あの後すぐに脱走して俺の服ボロボロだったし、あんな汚い恰好で厄介になるわけにはいかなかったし。

 

 でも理解と納得は話が別っていうか……。

 シスター服は嫌いじゃないけど、それはあくまで着ている女性を愛でる目的であって、別に自分が着たいというわけではなく。……さらに言うなら見舞いに行ったときにリュカがすごい勢いで目を逸らすようになっちゃって。

 そりゃ似合ってないのは分かっているけどさすがにそれはちょっと傷付くよせめて少しはフォローしてくれても良いんじゃないか弟よそもそもッ (以下、愚痴と泣き言が続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 客としてお世話になっている俺たちだが、もちろんいつまでもタダ飯食らいではいられない。他の皆がまだベッドから起きられない以上、まずは俺がキッチリ働いて恩を返していかないと。

 

 というわけで、『力仕事なら任せろー』と、女所帯で滞りがちな肉体労働を片っ端から終わらせていった。薪割りや畑仕事は村暮らしのおかげでお手の物。数日分をパパっと片付け、ついでに教会近くの魔物も軽く追っ払っておいた。

 昼食をみんなといっしょに病室で食べた後、午後は翼を活用して屋根の修理。こういう風にみんなのお役に立てるなら、この特異体質もなかなか悪くない。その後も時計台など高所の掃除をしつつ、夕方にはシスターたちといっしょに夕飯の準備。剣を包丁に持ち替えてスパスパスパ。皆で食卓を囲んでウマウマウマ。

 そして一日の終わりにはもう一度マリアたちをお見舞いして、午後九時くらい(?)には就寝スヤスヤ。

 

 こんな感じに、とても健康的な毎日を送っています。

 長年切った張ったの毎日だったので、今のこの穏やかな生活がとても心地良く幸せだ。院長と先輩方に感謝感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 ……ただ、偶にリュカの様子が変になることだけ、ちょっと気にかかる。どこか傷でも開いたのか?と思ったらそうではないようだし。

 時おりベッドに突っ伏したまま、『また養われ……』?だの、『ひも……』?だの呟いているけど、一体どういうことなのだろう?

 

 

 ヨシュアやマリアに聞いても『気にするな』と苦笑されるだけだし、…………謎だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月◇日

 

 意外なことだが、俺は裁縫も結構得意である。

 

 ――というのも、昔から父さんは俺に女の子らしくなってほしいと思っていたようで、放っておくと女物の服がたくさん用意されていたのだ。

 さらに、家事の大部分を担っているサンチョさんも父さんと同意見だったので、油断すると俺のクローゼットがフリフリ衣装で溢れている、なんてことになりかねなかった。ゆえに俺は独学で仕立てについて学び、簡単な服なら自作できるぐらいには裁縫スキルを身に付けた。

 ……あのときの父さんの、『そんなに嫌なのか……』という切なそうな顔にはちょっと罪悪感が湧いたけど。いやでも、女物はやっぱりムリッ!!

 

 ってことで、今日は衣服作りに精を出しました。

 いつまでもシスター服のままでは、その内何かに目覚めそうだったからね。一刻も早くいつもの自分を取り戻すため、旅人の服っぽいヤツ(男物)を早急に作る必要があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 “服装”で思い出した……。今の俺の容姿に触れていなかったのでちょっと書いておこう。

 まあ重要な話でもないのでサラッと終わるけど、一言でいうなら――

 

 

 ――スタイル抜群の銀髪美少女(16)に成長しました。

 

 

 うん……。小さい頃から片鱗はあったというか、ほぼ完成された美人だったけど、成長とともにさらに輪をかけてやばくなった。この見た目で奴隷生活とか、力がなかったら確実に18禁だったってレベル。

 何が、とは言わないけどバインバイン(婉曲表現)だし。……何がとは言わないけど。

 

 だがそんな綺麗さも、本人にとっては何のメリットもない。

 そりゃあどこまで行っても自分の身体だからね? 鏡で裸をガン見しても、神秘のオーブ(比喩表現)を鷲掴んでみても、悲しいことに全くなんも興奮しない。最近じゃ、『精神が女に近付いて、女性の身体で興奮できなくなったのでは?』と不安になっているくらいだ。

 それらを解消するためにも、早いとこ男の恰好に戻り、本来の自分を取り戻さなければならないのである。

 ああ、久しぶりにナンパがしたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月×日

 

 祝! ついにリュカたちの体調が回復した。念のためもう数日は様子を見るつもりだけど、走り回って剣も振れていたし多分問題ないだろう。

 なので今日はリハビリがてら軽い労働をやりつつ、今後の身の振り方をみんなで考えることにした。

 

 

 まずマリアだが、彼女はこの修道院に残るそうだ。

 ――といってもシスターになるというわけではなく、教会の仕事を手伝いつつ、自分の人生や価値観についてじっくり考えたいらしい。

 確かに、カルト教団から逃げてすぐまた神様ってのは、ちょっと抵抗があるよね。いくらここの人たちが善良だと分かってはいても、やはり心のどこかに恐怖が残っているだろうし……。ゆっくりじっくりいろいろ考えて、その上でどうするか決めれば良いと思う。

 

 花嫁修業で長く滞在する人もいたみたいだし、別に信徒じゃなくても暮らす分には問題はないだろう。というか、せっかくだからマリアも花嫁修業やってみたらどうだろう? 何か目的があった方が生活に張り合いも出るだろうし。

 

『マリアのウェディングドレス姿、いつか見てみたいな~』――と勧めてみたら、

『ルミナさんのも見てみたいです! きっとすごくお綺麗ですよ!』と、純粋な笑顔で返されてしまった……。

 

 ……い、いや、俺はなる方じゃなくて貰いたい方だからね?

『いっそのこと、マリアに俺の嫁になってほしいくらいだよ』と冗談で言おうとしたら、途中でヨシュアに口を塞がれてた。

 なんか知らんが、『万が一があるとマズイから』?――らしい。

 …………どういうことやろか?

 

 

 

 そのヨシュアだが、マリアがここでやっていけるかしばらく確認した後、近隣の街に移って職を探すそうだ。兵士としての経験を生かして魔物退治をするか、もしくは単純に肉体労働を考えてるって。

 ここへは偶に様子を見に来るって感じかな? 兄としてはいっしょに暮らしたいだろうけど、基本は男子禁制だから仕方ないね。

 

 

 

 ……あっ、でもこの後俺たちが旅立ったら、しばらくは男一人になるわけだよな、ヨシュアは。

 神に仕える女たちの園に、性に飢えた若い男が一人……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

『頑張れよ、男子ッ!』とサムズアップしたら、『はしたない!』と院長先生にスパーンと叩かれた。……可愛いジョークなのに。

 

 

 

 

 

 

 そして最後に我々姉弟について。

 俺たちのやるべきことなどもう決まっている。

 

 行方不明の父さんとプックルと再会すること、そして、まだ見ぬリュカの母上殿を見つけ出すことだ!

 父さんが生きていれば、今も諦めずに俺たちや母上殿のことを探しているはず。ゆえに彼の昔の足跡を辿りながら、俺たちの方でも勇者の情報(※俺のことではなく、父さんが探していた昔の文献や遺跡のことね)を集めていけば、いずれその先で二人に会えるだろう。

 

 ゲマへのお礼参りについては……、まあ今は後回しだ。このまま放置する気はもちろんないけれど、今は復讐なんてしている場合ではないし、何よりまだ奴には勝てないと思う。

 だからまずは父さんたちを見つけ出して、その間に俺は自分の力を使いこなし、そして最後にみんなでタコ殴りにしてやればいいだろう。

 …………あの子たちについての落とし前も、そのときキッチリ付けさせてやる。

 

 ってなわけで、とにかく今は目の前の目標――『家族みんなでの再会』に全力集中です!

 

 

 

 

 

 ……リュカ、姉ちゃん頑張るからな?

 今の俺の一番の目標は、お前の大切なものを全て取り戻してやって、また幸せな人生を送らせてやることだから。

 明日からも肉体労働に魔物退治にガンガン邁進していくぜ! ファイトー、オー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□月△日

 

 とうとう旅立ちの日を迎えた。

 修道院の入り口でお世話になった皆さんに見送られ、名残惜しいが別れの挨拶。

 ヨシュアとリュカは、男どうしのカラッとしたさようなら。『じゃあ気を付けてな、リュカ』『うん、ヨシュアもね?』でハイタッチを一回ポン! 終了!

 7年近くいっしょにいたってのに、ずいぶんあっさりしたお別れである。

 

 でもまあ、男の別れなんてこんなモンなのかな? 女の子の前で情けないところを見せたくないって意地もあるだろうし。

 ……最後にヒソヒソ話をしていたのだけちょっと気になったけど、まあツッコむのはやめてあげよう。男どうしの内緒話など、どうせエロい話に決まっている。

 

 

 

 一方、俺とマリアの方はというと――――なんていうか、割とウェットな感じになっちゃった。

 …………あ、いや、マリアだけね? マリアだけ。

 ほら、女の子は感受性が豊かで涙腺が緩みやすいから、長年の友達との別れともなると、そりゃ涙だって出てくる。仕方ない、仕方ない。

 マリアはポロポロ泣きながらも、最後は俺たちに心配をかけまいと笑顔でエールを送ってくれた。

 

『お父さまたちを探す旅、頑張ってくださいね! 私にも何かできることがあれば協力しますから!』

『それと恋人探しの方も応援してます! 良い人というのは意外に近くにいるものですから、周囲に目を向けておくといいかもですよ!』――だって。

 

 あー、もう、ホントに良い子! 父さんたちのことだけじゃなく、俺の個人的な欲望まで応援してくれるなんて! こんなの適当に話を合わせておけばいいのに、ちゃんと真面目なアドバイスまでくれるし。

『身近な人ってマリアのこと? もしかして立候補してくれてるの?』って冗談にも、『……それもありかもしれませんね! 旅が終わってもフリーでしたらぜひお願いします!』って笑いで返してくれた。

 

 

 フフ、やっぱり友達って良いな。最後にいい元気をもらった。

 

 よーし、両方の目標達成に向けて、明日からも気合入れて頑張るぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ところでリュカは、さっきからそんなに悩んでどうしたん?

 

 え? 自分の内面を見つめ直していた?

 

 

 

 ……哲学かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……姉は昔から、ちょっと変わった人だった。

 幼い頃のリュカは気にもしていなかったが、成長した今改めて思い返してみると、驚いたり苦笑したりすることもしばしばだ。

 

・ナンパがしたいと言って酒場に入り浸ってみたり。

・金が欲しいからと無断外泊して魔物と戦ってきたり。

・そのお金を持って、オラクルベリーのいかがわしいお店に行こうとしてみたり……。

 

 8歳の少女としては、なかなかに常識外の行動を繰り返す人だった。父が頭を抱えていた気持ちも今ならよく理解できる。……そりゃあ娘がダメなおじさんみたいな言動してたら心配にもなるだろうな――と。

 

 

 ……しかしそれでも、リュカにとってルミナは何よりも大切な“家族”だった。

 いつもニコニコと明るく振る舞い、ときに少しだけ厳しく弟を叱り、でも寂しい夜はいっしょに寝て自分を元気付けてくれる。少しくらい変わっていたって、そんなの全然気にならない。リュカにとってルミナという少女は、ずっといっしょに笑っていたいと思える、父と同じくらい大切で、大好きなお姉ちゃんだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 …………だから。

 

 ルミナがゲマの過酷な実験を受けていることを知ったとき……。それと引き換えに、自分に恵まれた環境を与えてくれていたことを知ったとき、少年はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

 ……姉は本当に、困った人だった。

 父がいない今、弟を守れるのは自分だけだと気を張り、そのために躊躇なく己の身を犠牲にしてしまう、本当に困った人だった。

 

 リュカは生まれて初めて姉に怒りを抱いた。……そしてそれ以上に、彼女が辛い目に遭っていることを知らぬまま、ぬくぬくと暮らしていた自分に心底腹が立った。

 ルミナがそんな無茶をした原因など明らかだ。自分が独りよがりの自己嫌悪に浸り、いつまでも情けなく塞ぎ込んでいたから……。リュカのその弱さが、姉に『自分が守らなければ……!』という悲愴な決意を抱かせたのだ。

 

 この日少年は、守られるだけの弱い自分と決別することを誓った。

『守りたいなら強くなれ!』――ヨシュアも男子たる者の先輩として、力強く背中を押してくれた。

 そのために師事する相手が、守りたい対象である姉自身というのが、少し情けない話だが……。そんな恥ずかしさなど、ルミナが傷付くことに比べれば些細なことだ。リュカは最も厳しい指導を自ら望み、過酷な奴隷生活の傍ら、死に物狂いで鍛錬に励んだ。

 

 

 ――そして7年後。

 リュカは、そこいらの大人を片腕で投げ飛ばせるほど逞しい少年に成長していた。これまでの必死の努力が実り、姉には及ばないまでも充分に強くなれた。だからもうルミナも無茶なことはしないだろうと、リュカもとりあえずは安心していたのだ。

 

 

 

 ……だが、ルミナの心配性は筋金入りだった。

『自分はもう大丈夫だから』とリュカがいくら言っても、彼女は弟を守るための行動をやめようとしない。実験について拒否するように言っても、『これで命を保障してもらっているから……』とその都度やんわり断られてしまう。

 意外にも頑固な彼女は提案を聞き入れることなく……、リュカはやきもきとしたまま日々を過ごし……。やがて彼女は、これまで以上に馬鹿げた行動をしてしまう。

 

 なんとルミナはリュカが知らない間に、あの恐ろしい第二人格を呼び起こす実験を受けていたのだ。さらに最近はあの人格に精神を蝕まれて苦しんでいるらしく……、そこへトドメの“第二人格暴走事件”である。

 ルミナは暴走したフリをして幹部たちを襲撃すれば、万一失敗してもペナルティを負わずに済むと思ったらしい。そして思い立ったが吉日とばかり、出力を上げて第二人格を呼び覚ましたところ、そのまま精神を乗っ取られてしまった――というのが事の真相であった。

 

 

 ――このときリュカは、地面に力なく横たわる姉の姿を見ながら、心の底から確信したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、僕の姉さんってかなり残念な人だぞ……』と。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……いや、真面目な話である。

 もちろん、家族のために身を削る、行き過ぎた博愛精神もかなりの問題ではあった。

 だが、今姉の命を脅かしている一番の原因はむしろ、

 その“考え無しの性格”というか……、

 “直情的過ぎるモノの考え方”というか…………。

 

 

 ……いや、この際遠慮した物言いはやめておこう。

 

 

 つまり今、何が問題なのかというと、

 

 

 

「僕の姉さんは脊髄反射で物事を考えてしまう、とんでもない“アホの子”ってことなんだ!!」

 

 ――exactly。正解である。

 このまま放っておいたら、この姉は絶対またとんでもないことをやらかす!

 それに気付いてしまった少年は、この日、優しく従順な(自分)と決別することを誓った。

 

 ・もうこれからは、下手に目を離したりしない。

 ・変わったことがあったら、全部報告させる。

 ・そして何かを隠しているようなときは、白状するまでとことん問い詰める!

 

 ……若干、年上への対応ではないというか、頭の悪い子どもに対する扱いのような気がしなくもないが、危なっかしい姉を守るためならば仕方がない。たとえこれで嫌われたとしても、ルミナの命が喪われることに比べればずっとマシだ。

 ……血まみれの彼女を抱き起こす経験など、もう二度とゴメンだったから。

 

 いつの日か、代わりにこの人を守ってくれる誰かが現れるまで、その役目は自分が担うのだ――と。

 マリアに泣かれてオロオロするルミナを見ながら、リュカは遠くの空の下の父に、強く誓ったのである。

 

「父さん……。姉さんは必ず、僕が守ってみせるから……ッ」

 

 

 少年14歳。大人の男としての第一歩を、踏み出した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――って、言ってるそばからまた面倒見られてるし!」

 

 その決意から半月後、リュカは狭いテントの中で頭を抱えていた。

 仕方がないということは重々承知している。彼女の生まれや経験を考えれば、まだまだ自分などでは(頭以外)及ばないことも理解している。

 

 しかし……、それでも……!

 舌の根も乾かぬ内にまた姉の世話になってしまうなどと、これでは今までと何も変わらないではないか。そのくせ本人は嬉しそうに世話を焼きながら、『リュカのことはきっちり養ってやるからな!』とか言うし!

 傍から見ればもう扶養家族というよりただのヒモである。リュカはせっかく助かった命を思わず投げ捨てそうになった。

 

 その上マリアは、ルミナに求愛されて満更でもなさそうだったし……。

 あとヨシュアは、『妹は割と本気みたいだし、お前も頑張れよ?』ってどういうこと? まるで意味が分からんぞ?

 

「うーー。なんだか分かんないけど、急いで強くならないといろいろマズイことになりそうな気が――」

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………?

 

 

「……あれ? なんで僕、焦ってるんだろう? 姉さん『彼女が欲しい』ってずっと言ってたし、マリアみたいな良い子ならむしろありがたいくらいなのに……」

 

 リュカはテントの中で一人唸った。その声に反応し、隣でゴソゴソと毛布が擦れる音が上がる。

 

「……んん~~、リュカぁ? さっきからどうしたんー?」

「あっ……ご、ごめんね? うるさかった?」

「んー、別にいいけどぉ……、何か気になることでもあるんー?」

「ううん大丈夫、ちょっと考え事してただけだから。……明日もかなり歩くし、気にせず休んで?」

「ンー、そっかー。……おやすみぃ…………すぴー」

 

 寝惚け眼のルミナは数秒でまた寝入ってしまった。危険など全く感じていないと分かる、あどけない子どものような無防備な寝顔だった。

 そんな姉の寝姿を微笑みながら眺めていたリュカだったが、不意に、頭の中にストンと答えが落ちてきた。

 

「! ……あ。……そうかッ」

 

 リュカは両手をポンと打った。

 天啓を得たかのように彼が辿り着いた答え。それは――

 

「つまり僕は、『姉さんを取られるかも』って思って、マリア(友達)に嫉妬してたのかッ」

 

 

 ――なんとも微妙に的を外していた。

 

 

「う……うあああ、恥ずかしい。確かこういうの、“シスコン”っていうんだっけ? 最近は寝床も別にしてようやく姉離れできたと思ったのに、全然ダメじゃないか、僕……。これからは身体だけじゃなくて、精神の方も鍛えないとなあ……」

 

 

 このモヤモヤする気持ちの正体は何なのか?

 奴隷生活が長かった少年が正解に辿り着くには、まだしばらく時間がかかりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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