転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった 作:マゲルヌ
蝋燭の炎が揺れる狭い室内で、二つの影が言葉を交わしていた……。
「……ラインハットへの工作は、もうよろしいのですか? 人間どもの抵抗が激しくなっていると聞きますが……」
「ホホホ、構いませんよ。むしろ望ましいぐらいです。戦いが拮抗していた方が、“アレ”の出番も早く来るでしょうから」
「……例の調整体、ですか?」
「ええ。勇者の力こそ発現しませんでしたが、それなりの出来には仕上がりました。戦闘データが取れれば今後の研究にも大いに役立つでしょう。彼女を参考に造った特殊個体。――タイプ
クツクツと楽しそうに語る上司に対して、部下は控えめに指摘する。
「で、ですが……、ただの兵士たちにアレの相手が務まるとも思えませんが」
「はい?」
「通常の魔族ですら、そこらの人間ではとても太刀打ちできません。ましてやさらに強化された個体など……。それこそ、本人が相手にでもならない限り、碌なデータは取れないの……で、は――――ッ!?」
何かに気付いたように部下は息を呑む。同時に彼は過去の会話を思い起こし、思わず背すじを震わせていた。
「……おや? どうかしましたか?」
「い、いえ、その…………」
「フフ、構いませんよ? 気になることがあるのなら遠慮なくお聞きなさい」
優しく促され、しかし彼は慎重に言葉を選びながら問いを発した。
「…………ま、まさかあなたは……これを狙っておられたのですか? 実地で性能を試せるようにと……、最初から彼らの逃亡先すらも、予見して?」
「ホッホッホ。何の話かよく分かりませんが、まあ……
――――試作品と完成品、両方の力を見られれば嬉しいですねえ……?
…………。
………………。
――――
「ゲホッ……ケホッ……、こ、こいつらは……!」
『敵の攻撃能力を上方修正。防御主体の戦術を提案します』
『提言受諾。装備はオーガシールドを選択。当機が前へ出ます』
『了解。後方より援護を行います』
「さすがにこれは、予想外過ぎるだろ……!」
「姉さん、怪我はッ!?」
「大丈夫だ、もう回復した! それよりも――」
血が混じった唾を吐き捨て、ルミナは再度目の前の魔族たちを観察した。
何も映さない伽藍洞のような瞳。
何の情動も感じられない無機質な声音。
ここまで似ているのなら、おそらく間違いないだろう。
「お、おい、ルミナ。こいつらってあのときの……」
「ああ、そうだ。あのマッドめ、人様のデータ解析して何するつもりかと思ったら、こんな厄介なモン造ってやがった!」
おそらくゲマは、ルミナの第二人格を参考に制御用疑似人格を造り出し、それを複製した部下の身体にインプットしたのだ。これにより力任せで粗野だった奴らの言動は鳴りを潜め、代わりにルミナの隙を突けるほどの連携と知能を手に入れた。
さらには彼女の戦闘因子を注入することで、各種能力も大幅に引き上げられている。幸い勇者の力までは発現しなかったようだが、それで楽観視など全くできない。単純な戦闘力なら
「に、兄さん……」
「あぁ……。悔しいが、俺たちがどうこうできるレベルじゃなさそうだ」
微かに震える仲間たちを目の端で捉え、ルミナは現状の不味さに唇を噛む。
(くそっ、どうする? 今の俺ならこのままでもいけるか? いっそのこと、“半覚醒”を使って短期決戦を…………いやダメだ! 不用意にアレになって意識が飛びでもしたら、今度こそ皆を巻き添えに――ッ)
『――魔力充填開始。攻撃用術式を構築』
「ッ!?」
『発射まで……3……2……1……』
「マズイッ、全員下がれえええーーーーッッ!!」
「え?」
逡巡していたルミナの警告は、わずかに遅かった。
『――ベギラゴン』
轟ッッ!!
ジャミ擬きの手から炎の奔流が溢れ出す。かつてのジャミには使えなかったはずの上級閃熱呪文。それが廊下の先のルミナたちを飲み込もうと高速で押し寄せてくる。骨すら焼き尽くす地獄の業火、常人がまともに食らえば全滅は必至だ。
「「う、うあああああーーーッ!?」」
「チッ、――マヒャド!!」
兵たちの避難が間に合わないと判断したルミナは、咄嗟に氷の上級魔法を発動した。本来ならば猛吹雪を起こす呪文を改変し、氷の塊を生み出して炎に叩き付け、同時に叫ぶ。
「伏せろおおおーーーッ!!」
「ひぃいいいいい!?」
――カッッ!!
全員が床に身を投げ出した瞬間、巨大な火球と氷塊が激突し、激しい水蒸気爆発が発生した。膨張した空気により窓ガラスが全て砕け散り、着弾点の天井と床がみるみる融解していく。
「……く……そ! 互角かよッ!」
骨が軋むほどの衝撃を腕に受けながら、ルミナは表情を歪める。
――上級魔法どうしであっても、必ずしもその威力は同等ではない。ルミナの無尽蔵の魔力ならば、大抵の相手は力尽くで押しきれていたのだ。それとこうまで拮抗するなど……、目の前の相手の力はやはり7年前とは全くの別物だった。
――な……なんだよ、アレ……。今までのヤツらと違い過ぎる!
――いくらあの子たちでも、あんなのが二体もいて勝てるわけがないッ。
――お、俺たちも加勢した方が……!
――無理に決まってんだろ! 足手纏いにしかなれねえよッ!
(く……! やっぱりここで戦うのはマズイかッ!)
焦りながらもルミナは一瞬で思考を切り替えた。彼らには申し訳ないが、仲間も含めてこの場で自分以外は全て足手纏いだ。ルミナが咄嗟に防御していなければ、先の一撃でほぼ全滅していたのだから。
となれば――取るべき行動は決まっている。
『警告。敵生命反応に変化なし、全個体生存。警戒を――ッ!?』
「マヒャドッ!!」
敵が次の行動を起こすよりも早く、ルミナは再び上級魔法を――今度は本来の使い方で二体へ放った。
咄嗟にゴンズ擬きが前に飛び出し、オーガシールドを構えて腰を落とす。そこへ数メートルに及ぶ氷の槍が多数飛来し着弾した。
『敵、上級氷魔法を連続使用。耐久限界を超える攻撃。援護を要請』
『了解。――スカラ、――バイキルト』
巨体のゴンズが大盾を構え、補助魔法を用いてもなお押し込まれる氷槍の威力。その凄まじい連続攻撃は二体の意識を数瞬、防御のみに集中させることに成功した。
『! 警告ッ、敵一体が急速接近――ッ「遅いッ!」
――ザシュッ!
『GUOOOOッ!?』
煙っていた水蒸気に身を隠し、さらには氷柱の着弾音に気配を忍ばせ、ルミナは二体を急襲した。まずは防御の薄い後衛――ジャミ擬きに対し鋼の剣を一閃。淡々と指揮を取っていた馬が苦悶の声を上げて大きく仰け反る。
『敵を排除します』
「ちっ!」
そこへ振り返ったゴンズ擬きの一撃。風圧で瓦礫が吹き飛ぶほどの振り下ろしを紙一重で回避し、ルミナは仕切り直しに大きく距離を取った。
「――ハッ!? ね、姉さん! 僕らもいっしょにッ!」
そのタイミングでようやく、呆けていた仲間たちが加勢すべくその場を駆け出した。恐怖心を振り払うように各々走りながら武器を構え、援護のための魔力を集中していく。
「ルミナさん! 今加勢します!」
「よし! ルミナは一旦下がって皆で連携を――ッ」
「――来るなあああッッ!!!」
「ッ!?」
空気を震わせるほどの怒声。
正面から叩き付けられた音圧に、駆け出していた仲間たちの足がビクリと止まる。
「マヒャドッ!」
「――あッ!?」
その隙にルミナは再び氷魔法を、今度は後方へ向けて放った。
右から左へ弧を描くように放たれた極寒の冷気は、廊下を分断する氷の壁を一瞬で築き上げた。厚さ1メートルを超える強固な魔力氷壁、術者以外の者が突破するのは極めて困難だ。
「ね、姉さん何してるのッ!? これじゃ援護がッ」
「いいからそこで大人しく――いや、今の内に別ルートで会場へ向かえ! ここは俺一人でやる!」
「なッ、何言ってるんだ!! 一人でなんて危険過ぎる!! 僕も戦うからこれを解いて!!」
「そうです、ルミナさん! 無謀なことはやめてみんなで――!」
「馬鹿野郎! 足手纏いにいられたら迷惑なんだよ! 分かったらさっさと先へ進め!!」
「おい、ルミ――ッ」
乱雑に言い捨てると、ルミナは氷壁を引き上げて完全に廊下を覆ってしまった。向こうから微かに聞こえる声は全て無視し、目の前の敵だけを鋭く睨む。
護衛対象の安全はこれで確保した。ならば後は遠慮なく殲滅するだけだ。
戦意を漲らせる二頭の獣へ向け、ルミナもまた獰猛な笑みを浮かべる。
「――さあ来いよ、擬きども。人造生命どうしのよしみだ。先輩が優しく相手してやる!!」
『敵性体1、危険度を最上級に再設定します。二体での連携を強く推奨』
『提言受諾。当機が敵の動きを止めます。後方からの援護を要請』
『了解。――戦闘行動を再開します』
……。
…………。
………………。
――ドッッ!!
「ハアアアアッ!!」
どちらからともなく走り出し、激しい攻防が始まった。ゴンズ擬きが前衛として矢面に立ち、ジャミ擬きは後方で魔法の準備を進める。
『GAAAAAッ!!』
ゴンズの圧倒的なパワーが槌に乗せられ、凄まじい連続攻撃が繰り出される。鼻先を掠めた大金槌が地面を叩き割り、返しの薙ぎ払いが壁をまとめて抉り抜く。
もともとのパワーに補助魔法まで上乗せされた強力な一撃。まともに食らえば
「はッ!」
『GOFUッ!?』
しかしルミナはそれらを最小限の動きで躱していく。槌から僅か数センチ横を身を屈めながらすり抜け、がら空きになったゴンズ擬きの胴を素早く斬り付ける。大金槌を引き戻すまでにさらに二太刀、硬直し仰け反る隙にももう二太刀!
ゴンズ擬きがパワー型だということを差し引いても、そのスピード差は圧倒的だった。相手がよろめいた隙に脇を駆け抜け、今度は後方で魔力を集中するジャミ擬きへ迫る。
『ッ! 魔法発動――』
「遅いッての!」
『GUGAッ!?』
未完成のまま魔法を放とうとした腕を蹴り上げ、さらに脚部を斬り付ける。暴発した魔法のなり損ないが天井を破壊し、落下してきた石柱がジャミ擬きに直撃する。
『GUッ、GAAAAAーーッ!!』
ダメージを押してジャミ擬きが反撃を試みるも、その頃にはすでに後方へ離脱し、再びゴンズ擬きを翻弄しながら攻撃を加えていた。高速のヒット&アウェイで的を絞らせず、ひたすら死角から身体を切り刻んでいく。
『GU……AAAAッ!』
(……いける! 今のまま攻撃を続ければ、問題なく押し切れるッ!)
確かに二体とも強い。ルミナの全力に迫るものはある。
しかしその能力もあくまで限定的な範囲に過ぎない。ジャミ擬きは魔法関連、そしてゴンズ擬きは身体能力――とりわけ攻撃力と耐久性に限ってのことだ。
おそらくルミナの持つ因子の内、魔法力をジャミに、身体能力をゴンズに割り振ったのだろう。それぞれの分野ではルミナを脅かす力を持っているものの、総合力ではまだまだ彼女の方が上回っていた。
「ハアアアッ!!」
『GOFUッ!?』
ルミナの全力の刺突がゴンズ擬きの胸に突き込まれる。激しい吐血とともに巨獣の動きが止まる。あいにくと即死まではさせられなかったが、これでかなりの重傷を負わせたはずだ。しばらくは満足に身動きもできないだろう。
「フンッ!!」
ルミナはゴンズを蹴り飛ばして剣を引き抜き、ジャミ擬きを視界に捉える。
――二対一でやっと拮抗していた内の一方が倒され、残りの敵は一体。
奴らがいくらルミナから得た力を使おうとも、単体相手ならば負ける道理はない。後は、強力な魔法を使わせないことだけ気を付ければ、遠からずジャミ擬きも力尽きる。
そう予測した彼女の読みは、何ら間違ってはいなかった。
「……ここで二体とも……殺しきるッ!」
そこに誤算があったとすれば、ただ一つ。
少女が敵の悪辣さを、今もなお過小評価していたことであった。
「このまま一気に、トドメ――」
――ドンッッ!!!
「か、はッッ!?」
突如、背後からの激しい衝撃。たたらを踏んだルミナが息つく間もなく、彼女の首に獣の太腕が巻き付く。
圧迫感と痛みに呼吸を阻害されながら、少女は驚愕に目を見開いた。
「お、お前ッ!? なんで動けて――ガッ!?」
『――敵の捕獲、完了しました』
あり得ざる光景だった。確実に行動不能に追い込んだはずのゴンズ擬きが、背後からルミナを拘束していたのだ。その力は先ほどより明らかに強く、格上の彼女が全力で抵抗しているのにビクともしない。
『生命維持機能をカット。全魔力を筋力へ変換、腕部へ集中します』
『敵の力が予測最大値を超えました。――全リミッターを解除。残存生命力を使用し、魔力を限界まで引き上げます』
『了解。当機の生命活動も間もなく途絶します。停止前に敵諸共殲滅することを提言します』
二体の魔族は致命傷の回復など微塵も考えず、流血が酷くなるのも厭わずに全力でルミナを拘束し、次の攻撃の準備をしていた。
(ッ、こいつら!?)
そこでようやく、ルミナにも理解できた。
……できてしまった。
この二体は今、僅かに残された生命力を根こそぎ使い切ろうとしているのだ。
生物ならば当然持っているはずの生命維持の本能は存在せず、任務達成のためなら己の命すらも平気で使い切ろうと考えている。
……いや、そもそも彼らは
この戦闘中の動きも、命を使い捨てる選択も、果てはこの戦いに臨んだことすらも、全ては背後の製作者の手でインプットされたものに過ぎない。そこに個人の意思など存在せず、ただただ命令通り機械的に動作を行うだけ。それはまさに使い捨ての、
『魔力充填開始。制御系回路を破棄し、動力系として使用します。以後、当機の人格は全て抹消されます』
「ッ!?」
溢れ出た魔力が一点に集束し、ジャミの両手が激しい極光で満たされる。
生命力どころか精神と人格までも使い潰す、文字通り捨て身の特攻技。いかに実力差があるとはいえ、これだけの魔法を防御もなしに食らえばまず致命傷は免れない。
……あるいは、素直に仲間と連携して戦えばまだやりようはあったかもしれないが、今さら言っても詮無いことだ。油断して忠告を無下にし、一人で突っ走った彼女のミスだった。
『全魔力解放。――――イオナズン』
「ッ!!」
ついにジャミ擬きが膨大な魔力を解き放つ。淡々と紡がれた言葉とは裏腹に、凄まじいエネルギーを内包した光球。それは炸裂前にもかかわらず、大理石の床をまるで豆腐のように抉り取っていく。そこから予想される恐ろしい破壊力に、ルミナは己の未来を予感した。
生体兵器の持つ全魔力が注ぎ込まれた、最上級の爆発魔法。直撃して即死しなければ御の字――最低でも手足の一・二本は覚悟しなくてはならないだろう。
ルミナは無駄だと分かりつつ、せめてもの抵抗として強く身体を固め、ギュっと目を閉じた。
(……悪い、リュカ。……死んだら……後は頼む!)
その独白の1秒後、爆ぜる直前の熱気が少女の前髪を吹き上げ、やがて――
「――アホ姉さん。後でお説教だからね?」
「え?」
ありえない声にルミナは反射的に目を開け、そして、驚きに見張った。
なぜここに?と思う間もなく身体を引かれ、温かい両腕の中に閉じ込められて……、
「衝撃に備えてッ!!」
「! 待っ――」
――カッッ!!!!
直後――凄まじい衝撃が空間を満たし、姉弟の身体は木の葉のように吹き飛ばされた。