転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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22話 一歩ずつ、ちょっとずつ

○月×日

 

 あ~~。

 

 

 あ~~~~。

 

 

 あ~~~~~~ッ!!

 

 

 

 やーらかしたー、やらかしたーー。

 トラウマ刺激する敵が出てー、

 浮足立って暴走しー、

 最後はヤケくそで危険な覚醒するとかー、

 完ッ全にやらかしたー!!

 

 しかもリュカの奴は恥ずかしい発言連発するわ、こっちも動揺して変なリアクション取っちゃうわ、最後はみんなから生暖かい目で見られるわ、もう完全に黒歴史であーる!

 

 ……いやまあ? 弟からストレートな家族愛を向けられるのは正直嬉しかったんだけどね?

 ただ何と言うか、みんなの前でああいう感じのはちょっと困るというか、この歳だとさすがに恥ずかしさが先行するというか……。いろいろ気まずくなっちゃうので、『こういうのは二人きりのときだけにして』とちゃんと言い含めておいた。

 一瞬リュカがすごい顔になったような気もしたけど、最終的になんやかんやで納得してくれたので、今後はまあ大丈夫だろう。

 

 

 ……あくまで姉弟愛やからね、姉弟愛。

 なんもおかしいことはないし、普通普通。

 

 

 

 

 

 

 ――ってなわけで! ガラにもない話はこれで終わり!

 ここからは戦闘後の展開について語ります!

 

 力を使い果たしてヘロヘロになった俺たちに代わり、ジャミ・ゴンズ戦後はヘンリーとマリアが頑張ってくれた。

 まだ魔物が残っている城内を先頭に立って駆け抜け、丁々発止・八面六臂の大活躍。特にヘンリーは鬼気迫る表情で魔物どもを屠っており、『ああ、やっぱりコイツは故郷を大切に想ってるんだなあ』と深く感心したもんだ。

 ……ヨシュアに同意を求めたら変な顔されたけど。

 

 

 魔物たち(※人間に化けていた奴含む)を掃討した後は、城のバルコニーに本物の王妃とデール、そして偽者たちを連れて来てラーの鏡を使用。目の前で奴らの正体を暴き、国民に向けてラインハットの現状を明かした。さすがにみんな動揺していたけれど、そこへ体力を回復させた王様がなんとか駆け付け、今までの経緯を説明して場を収めてくれた。

 死んだと思われていた国王と第一王子の存命 & 正統な王家の復権に国民一同は大層喜び、クーデターは見事成功と相成った。

 父さんの誘拐犯疑惑も晴れてこちらとしても万々歳である。イエイ。

 

 

 んで、当初の予定はここまでだったんだけど、ふと王様とデールが顔を見合わせて一笑い。奥に引っ込んでいたヘンリーを正面に引っ張り出すと、今までレジスタンスを率いて戦っていたリーダーが彼なのだと明かした。

 慌ててヘンリーが止めようとするも、処刑されそうな人を大勢助けたことや、困窮する村へ密かに物資を送っていたこと、その他いろんな救助活動をこれでもかとバラされ、その場は怒涛の『ヘンリー様万歳!』コールに包まれた。

 

 まあそうよね。死んだと思われていた第一王子が実は生きていて、自分たちを助けるためにずっと危険な活動を続けていたと知ったら、国民としては喜びと尊敬の念が大爆発よ。

 

 クフフ、ヘンリーの奴め、昔から褒められ慣れてないもんだからメッチャ照れてやがった。

 しばらくの間、このことで揶揄ってやるとしようw(メイド服の恨み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 黒幕である魔族を打ち倒しても、すぐさま国が元通りになるわけではない。

 傷病者の治療、行方不明者の捜索、防衛力の強化、政治体制の見直し、辺境地域への支援、諸々のための法整備。それら全てを成し遂げた上での、国民からの信頼回復。

 やるべきことは山ほどあり、人手はいくらあっても足りはしない。

 

 ――というわけで、俺たちも今怪我人の治療に協力している。

 生活が困窮して身体を壊した人。重税を払うため魔物と戦い怪我をした人。政治犯として長年囚われて衰弱した人。7年の圧政の間に被害を受けた人を数えればキリがない。

 

 とりあえず、軽症者にはリュカたちと手分けしてホイミやキアリーを……、偶に運び込まれる重症の人には俺がベホマやキアリクをかけて治療していった。これが単純な怪我ならその場で治ってめでたしなのだが、虜囚だった人はやはり蓄積ダメージが大きく、完治するには長くて地道な療養が必要だった。

 こういう現実的なところはファンタジー的世界でも変わらない。……いや、現代ほど医療が発達していない分、よりシビアだと言えるだろう。治療の甲斐なく亡くなってしまう人も少なくなく、そういうときはさすがに気分が落ち込んでしまった。

 

 

 ――そんな中でも良い出来事はあった。

 実はリュカたち、王都へ潜入したときに困窮した母子を助けたそうなのだが、その人の旦那さんが救出した人の中にいたのだ。

 覚えているだろうか? 前に情報収集のため地下牢へ潜入したときに、俺が回復魔法をかけて回った人たち。その内の一人が偶然にもその旦那さんであった。以前は城勤めの役人だったのが、ニセ太后に逆らったせいで罪人として地下牢に囚われていたのだという。

 捕まってから早五年。冷たい地下牢で長い間放置され、家族すら生存を諦めかけていた。それを俺がギリギリで助けたということで、母子からはもの凄い勢いで感謝されてしまった。

 ――離れ離れになっていた家族の涙ながらの再会。

 抱き合う彼らの姿に父さんたちのことを思い出し、『いつか必ずみんなで……』とリュカと誓いを新たにした。

 

 

 

 

 

 ……直後、俺の翼を見た旦那さんが『ここは死後の世界!?』と心停止しかけるアクシデントも起きたが、マリアの迅速な蘇生措置によりなんとか生還できた。

 凄まじくアホな理由で患者を死なせるところだった。あぶねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月▽日

 

 ちょいと暇をもらったので、みんなでサンタローズへ凱旋。ヘンリーと王様は後方支援メンバーの労いと、今後の街の運営方針を話し合いに行った。東西のラインハットが統合されて、法律や物流、人の流れとかもいろいろ変わってくるからね。統治者としては何かと考えなければならないことが多いのだろう。

 休暇中も四六時中仕事のことを考えないといけないなんて、王族ってのはホントに大変だなあ。

 ぼくにはとてもできない。

 

 パンピーな俺は面倒なアレコレから解放され、本日はダラダラ実家生活を満喫だ。真面目に掃除や片付けに勤しむ弟を眺めながら、よろず屋で買ったお菓子片手に、日がな一日食っちゃ寝グータラ生活。ときおりコドランの顔をモフモフし、合間にピエールのスライムをフニフニし、箸休めに冷たいエールをグビグビする。くぅ~、最高だぜ。

 

 

 

 てな具合にゴロ寝していたら、キレたリュカに家から叩き出されてしまった。

『そんなに暇なら挨拶回り行ってきて!』って文字通り窓から“ポーン”よ。いくら俺がその程度じゃ怪我しないっていっても酷くね? この前思い切り怒られて以来、あいつますます遠慮がなくなってきた気がする。ここらで一度、姉の威厳というものを見せ付けてやるべきではあるまいか?

 ――俺は村人相手に愚痴を撒き散らした。『最近弟が生意気だから、ちょっと分からせてやるべきかな?』と。

 

 

 全員から集中砲火を食らった。

『お前が悪い』『なんというダメ人間』『専業主婦とヒキニートは違うのよ?』『相変わらず賢さ低いわね!』

 

 分が悪かったのでジェシカ姐さんに泣きついた。

 そしたら彼女だけは庇ってくれた。

『この子を真人間にするのはもう無理よ! このままでも生きていける方法を考えてあげましょ!』

 

 あまりの感動に俺は涙し、癒しを求めてビアンカに会いに行くことにした。

 

 

 

 ……あとベラの野郎にはパロスペシャルをかけておいた。お前はさっさと妖精界へ戻って修行しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月§日

 

 驚天動地! ビアンカがいなくなってたッ!!

 久しぶりの再会を楽しみにアルカパまでやってきたら、なんとビアンカ一家がどこかへ引っ越していたのだ!!

 

 やー、ビックリした。昔みたいに世話になろうと宿を訪ねたら、知らない人がカウンターに座ってるんだもん。なんでも、数年前にダンカンさんが身体を悪くしてしまい、療養のため海の向こうへ引っ越したそうな。

 事情を聞いてみれば仕方のないことではあるんだけど……。

 はあ~~~~、残念だ。

 テンションダダ下がりだ。

 せっかく懐かしい顔に会えると思ったのに……。

 

 代わりに、プックルを虐めていた悪ガキどもとは再会したけど、そんなんじゃ癒しにならないんだよ。

 あいつら節操なくナンパしてくるし……。

 相手が俺だと気付いたら顔面蒼白になって腰抜かすし……。

 おらッ、さっさと王都へ戻って再就職するんだよ、プータローども! 魔族はブッ殺しておいたから安心だぞ!(さらに蒼くなりおった)

 

 

 

 テンション下がっていた俺を見かねて、夜はヨシュアたちが酒場に誘ってくれた。こういうときは酒飲んで発散しちまえと、みんなで大ジョッキ持ってグイグイグイッ。敬虔な信徒であるマリアはちょっと渋い顔していたけど、落ち込んでる俺を気遣って最後は付き合ってくれた。ありがとう、マイフレンド。

 ……でもビアンカのこと話すとちょっとムスっとした顔になるのはなんでなん? 俺は知り合った順番で友達を差別したりしないぜ?

 

 酒場では天空の勇者についての興味深い話も聞けた。

『魔王エスなんたらを倒した』とか『最後は天空へ還って以後は消息不明』とか、大半はゲマから聞かされた内容と被っていたが、一つだけ初耳のネタがあった。

 ――勇者の装備は天空の剣・鎧・盾・兜の四つで、その内の一つ『天空の盾』を、南西の大陸の富豪が所有しているという噂だ。天空の武具関連の情報は貴重なのでとても助かった。ちょうどビスタ港からそちらへ船が出ているという話だし、ラインハットの後は早速西大陸へ向かうことにしよう。

 

 

 

 

 ……それにしても、大昔に勇者が空へ還ったのなら、俺の中の勇者の血はどこから持ってきたのだろう?

 研究者連中が言っていた遺跡から? それとも案外どこかに子孫が残っていたりするのかな? いずれその辺も分かればありがたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月×日

 

 各地でのあいさつ回りも終わり、再び王都へと戻ってきた。クーデターの事後処理はまだまだ残っているが、さすがに直後よりは大分落ち着いてきている。

 

 なので、この機会に王様ともいろいろ話すことができた。

 手紙のやり取りから予想していた通り、やはりヘンリーの親父さん、ウチの父さんと個人的な知り合いだった。若い頃いっしょに旅した冒険者仲間で、そのときのことを楽しそうに語ってくれた。

 

 ただ、父さんの故郷がどこかまでは彼も知らず、そのことを謝られてしまった。『分かっていれば送り届けてあげられたのに申し訳ない』と。

 い、いやいや別に良いんスよ! 父さんの若い頃の話とか聞けただけで嬉しかったし! マーサさんとの馴れ初め話とかも楽しかったし!

 

 それに、身の上話からなんとなく、父さんの出身は南方のどこかではないかと予想している。なにせ上半身は常に半裸だったし……。

 王様も同じ考えだったらしく、おそらく南にある砂漠の国テルパドールか、もしくは南東の小国グランバニアではないかと踏んでいるそうだ。

 テルパドールはかつての勇者の供が興した国であり、伝説の武具の一つ『天空の兜』を代々受け継いでいる。またグランバニアは僻地のため情報は少ないが、それゆえ逆に、何か珍しいものを発見できるかもしれないとのこと。

 

 なるほど、それなら西大陸を南下していき、そのままグルっと東へ進んでいけば効率良く二国を回れるな。文字通りの世界一周旅行って感じだ。

 フフフ、個人的にちょっと楽しみになってきた。

 どうせやるなら楽しまなきゃ損だしね。

 父さんの若い頃の足跡も探しながら、姉弟で見聞を広めていこう。

 

 

 

 ――というわけなので、王様。

 息子さんの嫁になるって話をお受けするのは無理なんですわ、ごめんなさい。

 

 ……いや~、真面目な顔でいきなりベタな冗談放り込んでくるんだもん、ビックリしたわ。

 一国の王様をやるにはユーモアのセンスも必要なんかな?

 大変な仕事だわ、ホンマ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇月☆日

 

 時の流れは早いもので、俺たちの旅立つ日がもう明日に迫っていた。復興のためにやるべきことはまだまだ山積しているが、俺たちもいつまでもここに留まるわけにはいかない。

 父さんやプックル、母上殿やサンチョさんも探さないといけないし、俺の中の勇者の力も使いこなさなければならない。光の教団についても調べる必要があるし、何より、ゲマの野郎の首を捩じ切ってやらないと気が済まない!

 

 というわけで、明日の俺たちの出発を前に、今日はささやかなお別れパーティが開かれた。

 ヨシュア、マリア、ヘンリーは当然として、デール君や王様、トムさんを始めとした兵士たちも、酒やらつまみやらを持って顔を見せに来てくれた。さすがに三か月も滞在していると仲良くなった人も多くて、みんなが別れを惜しんでくれた。

 

 それでもやっぱり、一番寂しく感じるのは幼馴染組との別れだ。

 ヨシュア、マリアとは神殿時代の苦労話を……。

 ヘンリーとは幼い頃の勝負の日々を……。

 またしばらく会えなくなるということで、リュカも交えて思い出話に花を咲かせた。子ども時代をみんなで回想するだけで、ここ最近の辛さを忘れて温かい気持ちになれた。やっぱり幼馴染って良いモンですね。

 

 

 ……まあ、たまによく分かんない話題もあったけど。

 

『あんなの見せられたら割って入れない』とか、

『分かります。私もそんな流れでした……』とか、

『7年越しだからしばらく引きずりそう……』とか、

『愚痴ぐらいなら聞きますよ?』とか、

 

 一体何の話なん? ま、まさか俺だけ仲間外れ!?

 

 親友たちとの絆に不安が生じたので、パーティからの帰り際、三人に思い切りハグしたった。思い返すとなんとも恥ずかしい行動だけど、しばらく会えずに疎遠になるのも嫌だったので酒の勢いも借りて突撃した。

 いろんな感謝とか激励とか、寂しさとか愛しさとか、万感の想いを込めて『ありがとう』と『大好き』の言葉を伝えたのだ。

 

 

 

 

 

 ……なのに、なんであんなジト目で見られたんですかね? いつもは優しいマリアまで。

『決心したそばから揺らがさないでくれ……』ってどういうこと?

『さすがにここでそれはないです……』って何が?

『狙ってないからタチが悪いんだよな……』って俺何か悪いことした!?

 こっちだってちょっと泣きそうなんだから、そんなアホを見る目しないでよぅ!

 

 年頃の人間関係の距離感がホントに分からんッス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……またね、マリア」

「はい。お二人とも、どうかお気を付けて……」

「……うん」

 

 ラインハットの王都外縁部。人目に付かないこの場所で、若者たちは最後の別れを交わしていた。涙ながらに抱き合う女子二人を遠目に見ながら、ヘンリーもまた隣にいる友人の肩を叩く。

 

「悪いな、リュカ。できれば旅の手助けをしてやりたいんだが、俺もまだこの国でやることがあるからさ……」

 

 後ろめたさに俯くヘンリーを、リュカはカラリと笑い飛ばした。

 

「何言ってるのさ、ヘンリー。いろんな情報に加えて、馬車やお金までこんなに融通してくれて……。至れり尽くせり過ぎて逆に申し訳ないくらいだよ」

「それこそ何言ってんだ。これくらいじゃまだお前たちの働きに全然釣り合わねえよ。もっと要求したって良いくらいだぞ?」

 

 本心からの言葉だった。

 かつては親子揃って命を救われ、今回もまた、自分たちでは到底敵わない敵を倒してもらった。本来ヘンリーたちが負うべき責任を、縁もゆかりもない彼らにまるまる肩代わりさせてしまったのだ。今後一生、それこそ国ぐるみで生活の面倒を見たってお釣りが来るレベルだ。

 

「もう充分過ぎるくらいに貰ってるよ。サンタローズを守ってくれたことだけでも、ヘンリーには一生感謝したって足りないんだから」

 

 それなのにこの姉弟は、友達のためなら当然だと、実にあっけらかんと笑うのだ。過酷な運命を背負わされているというのに、昔と何ら変わらない優しい笑顔を浮かべながら……。

 

「あ、あれは……お前らに命を懸けさせた、せめてもの償いというか」

「なら村人全員の命を救ってもらったんだから、十分返してもらったよね?」

「いや、数の問題じゃなくてだな……」

「その上これからは父さんの捜索でも頼ることになるんだし、…………う~ん、やっぱりこれ、僕らの方が貰い過ぎじゃないかなぁ?」

「…………」

「ね?」

「………………はぁぁ。ホントにお前らは」

 

 まったく、呆れるほどのお人好しだ。こっちがいくら返そうとしても、気が付けばどんどん新しい恩が積み重なっていく。

 これから先、果たして自分は彼らに借りを返し切れるのか? ヘンリーはちょっと自信がなくなってきた。

 

「……分かった。あんまり言い過ぎても逆に悪いし、もう気にしないことにするよ。その代わりじゃないけど、パパスさんのことは俺らが全力で探すから、期待しててくれ」

「うん、よろしく!」

「…………」

 

 ――だからこれは、今の自分にできるせめてものエールだ。

 この、見ててやきもきする親友たちへの、この場に(とど)まる男からの精一杯の餞別だ。

 

「……それとな、リュカ」

「ん?」

「ルミナのこと、ちゃんと見ててやれよ?」

 

 唐突な話題転換に一瞬キョトンとするも、リュカはすぐに笑顔で頷いた

 

「ふふ、わかってるよ。ウチの姉さんってホントに危なっかしいからね。今回のことで特に骨身に沁みたよ」

「あー、そうじゃなくてだな…………いやまあ、それはそれで重要なんだけど」

「??」

 

 こういうことに関してのみ察しの悪い親友に苦笑する。奴隷生活が長かったせいで、あまりそういった情緒は育っていないのかもしれない。なんとも似た者姉弟である。

 

「えーと、つまりだな……あいつが何を考えて何を望んでいるのか、注意深く見てやれって話だよ。あれでいろいろと複雑な奴だからな」

「……複雑? 姉さんの望みって、基本的にアレだよね? 女の子と仲良くなってあれこれしたいっていう煩悩的な……。叶うかどうかは別として、そんなに複雑かなぁ?」

「そりゃ今はそうだろうけど、この先いろいろ変わっていくかもしれないだろ?」

「いろいろ?」

 

 あまり言い過ぎは良くないとは思いつつ、後一歩踏み込む。

 

「ほら例えば……、女好きだったはずのあいつが男を好きになって、ある日突然結婚相手を連れてきたりとか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え゛っ?」

 

 

(おっ?)

 

 

 ――親友が、初めて見る表情(かお)をした。

 

 

「え……結婚相手って……え、えぇ?」

 

 まだまだ先の話かと思いきや、意外に()()いるリュカの反応に、ヘンリーは顔に出さずほくそ笑む。

 

「別におかしな話じゃないだろ? あいつだって一応女なわけだし、年齢的にもそろそろ適齢だし」

「い、いやだって……あの姉さんだよッ? ロクに反省もせずにナンパのことばかり考えて、話を逸らすために下品な下ネタ振ってくる残念姉さんだよッ? それがまさか……け、結婚とかって……」

「おおぅ……そこまで言うか」

 

 昔よりちょっと口の悪くなった友に苦笑しつつ、最後にもう一押し。

 

「まあ別に今すぐって話じゃないさ。……ただ、人の好みや考え方って、良くも悪くも変わっていくもんだからな。そういう変化がいざ表れたとき、変に拗れたりしないように、あいつのことを注意深く見ててやれ――と。そういう話だよ」

「え……あ……うん……。そう、だね……ちゃんと、見てないと……」

 

 ――チラリ。

 少しだけ何かを感じ始めたのか、リュカの視線が無意識にズレる。

 

 

『元気でな。たまには手紙の一つも出せよ?』

『うん。ヨシュアも……兵士の仕事、頑張って』

『ホントにお二人にはお世話になったッス。またこの国に来たときには盛大に歓迎するっスよ!』

『フフ、ありがと。トムさんも……ヘンリーのこと、よろしくね?』

 

 

「……ッ」

 

 ヨシュアやトムたちと名残惜しそうに話す姉を見て、リュカの眉間に微かにシワが寄る。その姿に『してやったり』と笑みを浮かべ、ヘンリーはポンと手を打った。

 

「っし。じゃああんまり引き止めても悪いし、そろそろお開きかな? 声かけてくるわ」

「え? あっ、ヘンリ――」

「おーい、お前らー! そろそろ出発の準備しろー!」

 

 動揺するリュカを置き去りに、ヘンリーは部下に指示を与えながら歩いていった。今さら追い掛けて問い直そうにも間が悪く、一人残されたリュカは、モヤモヤした何かを誤魔化すように咳払いをする。

 

「……も、もう! いきなり変なこと言うから驚いたじゃないか。……ね、姉さんが、男の人とそういう感じになる、なんて。……あれだけ女好きな人が、そんなことあるわけ――」

 

 誰に言い訳するでもなく、チラリともう一度ルミナを見る。

 別れの悲しみからか、微かに涙に濡れた憂い顔。

 いつもの快活な表情と違うそれにドキリと一瞬胸が鳴る。

 

 ――あぁ、そうだ。日頃の行いでつい忘れそうになるが、自分の姉は普通では考えられないくらいの、ものすごい美人で――

 

 

『あーあー、こんなに泣きはらしてまあ。その顔見られたら百年の恋も冷めるぞ?』

『う、うるさい! お別れなんて何回やっても慣れないんだから仕方ないだろ!』

『お前、再会のときにもピーピー泣いてなかったっけ?』

『ッ~~どっかのアホが死んだふりなんかするからだ! 殺されたって聞いたとき、俺がどれだけ…………うッ、うえええーーん』

『ああ、悪かった悪かった。そうだよな、お別れは辛いよな? お詫びに王子様の胸でドーンと泣くが良いさ』

『うぅぅッ、女の子の胸の方が良いよぉぉぉけどありがとおぉぉお!』

 

 

「……ッ」

 

 それは焦燥か、不安か、はたまた恐怖の類なのか。

 親友に縋りつく姉を見て湧き上がってきた、よく分からない感情に急かされ、リュカもまた二人のもとへ駆けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャリ――と硬質な音が響く。

 薄暗い部屋の中、空になった容器から手を離し、魔導士は目を開いた。

 

「そうですか。結局、彼女に覚醒を使わせるには至らなかった――と」

「はい。リミッター解除後は、ある程度のダメージは与えたようですが……」

 

 手元の資料を捲りながら部下が報告する。それは然程長い内容でもなかったが、彼の視線は両手の紙束から片時も上がらなかった。

 

「ふむ……、まあそんなものでしょうか。期待以上ではありませんでしたが、期待外れというわけでもない。一定の成果は得られましたし、現状はこれで満足としておきましょうか。欲張り過ぎは罰が当たるとも言いますしね、フフフフ」

「……ッ」

 

 結果が芳しくなかったにもかかわらず、上司は満足気な笑みを見せる。

 しかし彼は、それを無邪気に喜ぶ気にはとてもなれなかった。追従して愛想笑いでも浮かべた瞬間、何か恐ろしいことが起こるのではないか? そんな疑心暗鬼な思いに駆られ、ひたすら下を向いて気配を殺していた。

 

「報告ご苦労様でした。もう通常業務に戻っても構いませんよ?」

「はっ……。で、では、失礼いたします」

 

 結局、報告が終わって退出するまで、彼の視線が上を向くことは終ぞなかった。

 それは報告内容ゆえに顔を合わせづらかったからではなく、もちろん、上司に対して敬意を示していたからでもない。

 ただ彼は、

 

 

 

 ――ゴポリッ。

 

「……ッ」

「おっと、反応がありましたね。……やはり濃度は高めが適正ですか。まあ、いくらか寿命は削れますが、予備はたくさんあるので問題ないでしょう」

 

 ()()とは一体何を指すのか……? 振り返って問い質したくなる欲求を必死に抑え、彼は素早く足を動かす。

 

 

 ――バンッ、バンッ、バンッ!

 

「ヒッ……!?」

「さて、次はどうしますか。これの完成を早めるのが良いか……、それとも新たな因子を探すべきか……。ああそういえば……もう7年になりますし、あちらに期待するのも良いかもしれませんね? 完全な勇者の力、早く手に入れたいものです、ホーッホッホッホ!」

 

 何か硬いものを殴り付ける音と、何ら理解の及ばない上司の独り言。

 背後のそれら全てに聞こえないふりをして、彼は足早に伏魔殿から逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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