転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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26話 身体のついでに頭も冷やそう

 大神殿にいた頃のことを、リュカは今でもときおり夢に見る。

 父と離れ離れになり、姉弟二人だけで敵の手に囚われたあの頃……ルミナの精神は薄氷を踏むかのように危ういものだった。表面上は普段通り明るく振舞っていたが、まだ幼いリュカでも容易に分かるほどその心は軋んでいた。

 自分の身を切り売りしてゲマに便宜を図らせたり、安易に“覚醒”の力を使って無茶な戦いを行ったり……。平気で命を放り捨てる真似をしていたと知ったときは、背すじが凍る想いをしたものだ。

 

 ――庇護対象である自分が弱くて頼りなかったから。

 それも確かに原因の一つではあったろうが、本質はもっと根深い問題だった。

 

 8年前のラインハットで明らかになった、リュカの知らなかったルミナの出生の秘密。生まれて間もなく課せられた過酷な実験と、同じ境遇にいた仲間たちとの悲しい別れ。

 姉は全てを語らなかったが、あのときの表情を見れば、ただ死に別れた以上のことがあったことは容易に想像が付いた。冒険の途中、うなされて飛び起きる姿を見た経験は一度や二度ではない。

 きっと今でもルミナは、『自分だけが生き残ってしまったこと』に深い罪悪感と後悔を抱いているのだろう。

 そこへ父が殺されそうになる悲劇が重なり、『弟だけは命に代えても守らねば!』と、過度の自己犠牲を生んでしまったのだ。誰に言われたわけでもない、『そうしなければ己に価値などない』と彼女自身が自分を縛ってしまっていたから……。

 リュカが何度やめるよう言っても淡い笑顔で受け流され、その度に臍を噛む想いをしたことをよく覚えている。

 

 

 けれども……最近になって彼女のその考えは、少しずつ変わってきているように思う。

 ラインハットでリュカが不満を遠慮なくぶちまけ、その後も折に触れて彼女に想いを伝えてきた結果、今のルミナは前よりも、少しだけ己を大切にしてくれるようになったと思う。

 もちろんそれはほんの僅かな変化に過ぎないし、今だって心の中の傷は治りきっていないだろう。

 

 けれどもそれは、何より尊い前進だった。

 彼女が罪の意識から解き放たれ、自分の新たな人生を歩むための大切な第一歩だった。

 きっと今の姉ならば、罪悪感で圧し潰されたりしない。安易な自己犠牲が大事な人を傷付けると知った今の彼女なら、二度と命を粗末にしたりしない。

 そしていつの日か本当の意味で過去を乗り越え、幸せな未来を手に入れ、心からの笑顔を浮かべてくれるだろう。そのときのことを思うだけで、リュカの胸には温かい何かが溢れてくるのだ。

 

 ……この気持ちがなんなのか、今はまだリュカにもよく分からない。

 けれどもこの陽だまりに包まれたような心地良さは、きっと嫌なものではないと思うから。

 

「おーい、リュカーー、早くーー! フローラちゃんが川下りやってみたいってさーー!」

「クスッ……はいはい、今行くよ、姉さん!」

 

 サラボナで出会った新しい友人と楽しそうにじゃれる姉を見ながら、リュカは優しい笑みとともに駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

「リュカ! お前フローラちゃんの結婚相手に立候補しろよ! そしたら万事解決じゃん!」

 

「…………は?」

 

 温かな想いは一瞬で消し飛び、リュカは静かにブチ切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月×日

 

 

 かーー!

 

 

 かーーッ!

 

 

 かあああーーーーッ!!

 

 

 はい、どうも! 一晩経ってもまだムカムカが治まっておりません、ルミナです!

 あの生意気な弟め、フローラとの結婚を勧めてやった俺に対して何と言ったと思う!?

 

 

 ――『そんな妄言ばかり吐いてるからナンパの一つも成功しないんだよ。偶にはまともに頭使ったら?』

 

 

 ………………ッ。

 

 かーーーッ!!

 

 かーーーーーッ!!

 

 なんッなんだ、あの言い草は! せっかくの善意の提案を無下にしおってからに! 

 しかも最後には『だから姉さんは姉さんなんだよ』ってすんごい冷たい目で見下してきやがって! 『姉さん』は悪口じゃないわ!!

 

 

 あーー、頭キタ!

 こうなりゃもう口きいてやらないだけじゃ気が済まない!

 ヤツの言ったことを完膚なきまでに否定して、俺の発想が正しかったことを証明してやる!

 偉大なる姉の行動が素晴らしいのだと目に見える形で証明して、そのときこそ、ヤツには今までの無礼を悔い改めさせてやるのだ!

 

 

 ――つーわけで今日の昼間、フローラの結婚相手に俺自ら立候補してきました!

 

 

『この大陸のどこかに眠る二つの秘宝、“炎のリング”と“水のリング”を手に入れた者に結婚を認める』

 集まった男たちにルドマンさんが説明しているところに途中参加して、俺も立候補を表明してきた。ルドマンさん(+男たち)は宇宙を見る猫みたいな顔になってたけど、なんとか勢いで押し通した。

 これで俺が試験で1位を取れば、フローラはよく知らん男と結婚しなくて済むわけだ。彼女が『嫌だ』って言ってくれれば俺の方から辞退すれば良いからな。

 そして、『命の危険を冒したのに拒否とはどういうことだ!?』とルドマンさんへクレームを入れれば、その後の天空の盾交渉でも優位に事を進められるだろう。

 

 

 ……フッ、完璧だ。

 第一案(※リュカ立候補)だけでなく代案(※オレ立候補)の方まで非の打ち所がない。

 これでリュカのヤツも姉のことを見直すに違いあるまいよ。

 ククク、事が成った暁には謝罪としてどんなことを命令してやろうか……? 今からそのときが楽しみだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

○月□日

 

 リュカのヤツめ、対抗して自分も立候補してきやがった!

 おいコラ、結局自分も同じことやってるじゃないか! あんにゃろうめ、あれだけ人のこと馬鹿にしたくせしやがって。そんなにフローラが気に入ったんか、アグレッシブな奴め!!

 

 ……フン、まあいい。

 成り行きで勝負みたいな形になってしまったが、結果として後腐れなく優劣をはっきりさせる舞台が整った。

 見ていろよ、リュカ。他の誰よりも早く『炎のリング』と『水のリング』を手に入れて、お前に俺という存在を認めさせてやる!

 そしてそのときこそ姉ちゃんに土下座で謝らせてやるからな! 首を洗って待ってろよッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

○月△日

 

 炎のリングは、大陸の南に位置する『死の火山』の中にあるらしい。峻険な山々が連なる山岳地帯、それをさらに超えた先に聳える、まさに前人未到のダンジョンだ。途中で休憩できるような町や村もなく、モンスターも低地の連中より格段に強い。死の火山という名称は比喩でも何でもなく、普通の人間ならたどり着くことすら命がけのヤベー場所なのだ。

 実際、すでに多くの男たちが挑戦していたが、そのことごとくが火口にも到達できずに引き返していた。

 これは想像以上に過酷な試験のようだ。気を引き締めて向かわねばならない。

 

 

 

 

 ――まッ、俺は翼でひとっ飛びなんで何の問題もないんですけどね!

 馬車や徒歩でえっちらおっちら移動する男たちを眼下に見下ろしながら、間にある森や山脈もショートカットして一気に死の火山へ。

 フハハハ、これが天空人(推定)の力よ。平伏せ、地上人ども!

 

 当然のごとく火山へは俺が一番乗り。

 まだまだ後続が来るまでには時間があるので、一晩ゆっくり寝て明日から攻略開始だ。

 フフフ。この勝負、俺が大差を付けて優勝してやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

○月Λ日

 

 ――あっっっつい!!

 火山の中、クソあっつい!!

 正直、舐めていた。覚悟はしていたけどそれ以上のクソ環境だったよ、死の火山!

 

『火山』という名称が付いているとはいえ、宝が安置されているダンジョンなのだから、そこまで大きな危険はないと思っていた。

 ――一般人ならまだしも、俺たちくらい戦闘経験があるならそこまで苦労はしないだろう。

 ――火山そのものではなく、近場にある多少暑い洞窟ってとこだろう。

 精々そんなものだと予測していたのだ。

 

 

 ……ははは。……なにが、なにが。

 

 がっっつり火山でしたよ!

 “近場の洞窟”なんて生易しいものではなく、山の頂上のでっかい火口から直接出入りする、まさにザ・火山!

 当然そこかしこにマジもんの溶岩がボコボコと沸いている。触れたらアウトどころか、息を吸うだけでも身体の内側が焼けそうだ。

 

 普通の状態なら攻略などまず不可能。

 俺の頑丈な身体に加えて、耐火装備とトラマナは最低限必須。

 ヒャド系で顔周辺を覆って冷たい空気を取り入れ、熱ダメージが蓄積する都度ホイミ系で回復。

 気配を薄めながら静かに探索し、敵は必ず不意打ちで確殺して消耗を回避。

 ここまでやってもなお、一定時間ごとにリレミトで外へ出て体力を回復しなければならない。

 冗談抜きに死のダンジョン。強化人間の俺が、久しぶりに行軍中に命の危険を感じる今日この頃でした。

 

 

 ………………。

 

 

 ……これ、一般の挑戦者が来たら死人続出するんじゃなかろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 あーーー、もう! 案の定だよ!

 いつものごとくトラブル発生だよおお!

 

 探索に手間取っている間に後続の挑戦者たちが到着しちゃった。ここまで来られるくらいなので、途中で帰った人たちよりはそこそこ強い冒険者たち。

 しかし、どう見てもこの火山に耐えられるほどとは思えない。耐火装備とか回復アイテムは持っているけど、トラマナとか冷気系の技とかは持ってないっぽい。

 もう絶対に途中で死にそうなので、一応『やめといた方が良いよ?』と忠告はしておいた。

 

 ――が、当然聞く耳持たず。

 そりゃ一応ライバルなんだから、やめろと言われて素直にやめるヤツなんかいやしない。

 

 

『フン、そんな口車に誰が乗るか』

『自分が手間取っているから、攻略を始められたら困るんだろう』

『なんで女が婿選びに立候補してるんだよ。冷やかしなら帰りやがれ』

『男漁りにでも来てんじゃねえか? はっ、フローラさんを見た後でこんなのに靡く男がいるかよ!』

『なんだ、あの背中の羽。痛い勘違い女だな』

 

 

 ……イッッッラアアアアッ!!

 

 せっかくの忠告を無視するだけでなく口汚く罵ってきやがった。火山の前にここでブッ殺してやろうか。

 特に最後二人は要粛清だ。火山用装備で顔が隠れているからって好き放題言いやがって。こちとら世界最高峰の超絶美人天使じゃい!

 

 マジでイラっとしたので放置してやろうかと思ったが、さすがに見殺しは寝覚めが悪くなる。

 そんなわけで、予想通りダンジョンのあちこちで死にそうになっているアホどもを救助・回収する作業で今日の探索は潰れてしまった。

 無軌道にいろんな場所に突撃していくので本当に疲れたよ……。

 

 

 

 それと、顔とインナー姿を見せた途端に掌を返すんじゃねえ!

 これだから男ってヤツは!

 

 

 

 

 

 

 

 

●月□日

 

 ああああ、時間切れーー。

 ついにリュカが到着してしまった。

 

 今日も今日とて無謀な挑戦者どもを回収していたら、ちょうどリュカたち第二陣挑戦者が火口までやって来た。

 ……数日前に大喧嘩してそれっきりなのでお互いに非常に気まずい。目が合ってもなんか微妙な空気になって話せない。

 

 仲間たちに助けを求めてもダメ。

 プックルは馬鹿にするように鼻で笑い、

 ピエールは困ったように頬を掻き

 コドランは久しぶりに顔を合わせた喜びで俺の頭を甘噛み。可愛い。

 

 仕方がないので、『回収作業を手伝って』とリュカに依頼。仕事的事務会話ならギリ行けるだろうという苦肉の策だ。

 ぎこちないながらも協力して遭難者を回収しながら、今日の探索は終了。

 

 後片付けの最中、リュカは話しかけようと何度か手を伸ばしかけていたが、結局最後は諦めて沈黙した。

 勇気出してこっちから話そうと近付いてやっても慌てて目線逸らすし……。

 

 あーもう、言いたいことがあるなら言えや! 付き合いたてカップルか!

 

 

 

 

 

 

 

 

●月▽日

 

 今日は知ってる顔に遭遇した。

 ルドマンさんの屋敷に集まっていた候補者の一人、アンディだ。

 なんと彼はフローラの幼馴染で、ずっと昔から彼女が好きだったらしい。

 

 自分に自信が持てなくて何年も手をこまねいている内に、今回の婿選びが始まってしまった。彼は戦士ではなくただの詩人。危険なダンジョンに潜って秘宝を持ってくるなんて到底不可能。

 だが、最初から無理だと決め付けて諦めては今までと何も変わらない。『どうせ自分なんか……』と予防線を張って、傷付かないように逃げていた過去の己とは決別したい。

 自分では達成できる見込みがないことも分かっている。しかしせめて、彼女を好きだというこの想いを行動で示したかった……! 試験結果の如何に関わらず、この冒険が終わったらフローラに想いを伝え、それでフラれたらすっぱりこの恋は諦めよう――と。

 その覚悟のもと、一般人の身でこの死の火山まで死に物狂いでやってきたのだ。

 

 

 

 

 ――という青春マックスな独白を、救護テントの中で、包帯グルグル巻きのアンディから聞かされた。

 例に漏れず、彼も他の冒険者同様、火山の中で負傷したところを我々が救助したのだ。……他の候補者が曲がりなりにも戦えるのに比べて彼はズブの素人。そのせいか怪我の具合もかなり酷かった。

 回復魔法だけでは治りきらず、薬やら包帯やら病人食やらで本格的な治療を行い、そんな中暇を持て余したアンディから今回の動機を聞かされたわけだ。

 

『こんな情けない告白を聞いてくれてありがとうございます。……きっとあなたたちのような身も心も立派な方々が、フローラの相手として相応しいのでしょうね。どうか彼女のことをよろしくお願いします』

 

 悔しさと不甲斐なさを飲み込み、好きな女の子のことをライバルに託す。

 彼の真摯な想いを聞かされ、俺の胸の内には凄まじい罪悪感が湧き起こった。

 

 命がけで幼馴染への想いを示そうと限界を超えて頑張った青年。

 対してこっちの志望動機と言えば……、

 

 

 ――弟と大喧嘩したので、その当てつけにヤケクソで立候補した……!

 

 

 あまりの不誠実ぶりに、思わずその場で彼に土下座しそうになった。

 リュカの方も気まずそうに汗をかいていたので、たぶん俺と似たような心境だったんだろう。

 

 

 まったく……姉弟揃って情けない話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

●月▽日

 

 来る者来る者みんな同じパターンで負傷していき、もう新たな参加者も来なくなった今日この頃。結局最後は、俺とリュカによるダンジョン攻略一騎打ちとなった。(プックルたちは手を出さずお休み)

 

 こうなると初日からずっと洞窟探索を続けていた俺に一日の長がある。

 頭に叩き込んでおいたマップと火山仕様の防御呪文メドレーで、見事リュカより先に最下層に到達、『炎のリング』をゲットした。(※番人っぽい溶岩の魔物は、開幕マヒャドからのモーニングスターで瞬殺だった)

 怪我の治療中だった他の挑戦者たちからも『さすがは姐さん!』と祝福され、リング争奪第一戦は俺の勝利で終わったのである。

 

 

 

 ……とはいえ、当初思っていたほどの喜びはなかった。

 

 原因はやはり、アンディの独白だろうか……?

 フローラへの想いのため命を賭けて頑張った彼が、悔しさを堪えて拍手する姿を見ていると、自分のやっていることがどうにもさもしく思えてきた。

 天空の盾を手に入れるためとはいえ、真面目な婿選びに首を突っ込んだ挙句、人様の恋路を妨げていいものだろうか?と。

 

 あと、『俺って誰かを本気で好きになったことがないなー』と、ちょっと寂しい気持ちになった。ナンパはたくさんしてきたが、あれは何と言うかルーティンみたいなモンだったし……。

 実際、女の子側から本気でオーケーされていたら、たぶん自分から引いてしまっていたんじゃないだろうか?

 

 う~~ん……、生まれは生体兵器だし、性別もなんかややこしいし……。

 

 

 

 

 ……俺ってちゃんと、誰かを好きになれるんかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 


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