転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった 作:マゲルヌ
リュカにとってルミナとはどういう存在か?と問われた場合、昔であれば何の悩みもなく即答できた。
――『頼りになる姉であり、大切な家族であり、穏やかな日常の象徴だ』
しかし最近のリュカ少年はどうにも答えに窮するようになっていた。
頼れる姉であると同時に、守ってあげたいとも思うようになり。
大切な家族のはずなのに、それ以外の何かであることを想像してみたり。
日常の象徴にもかかわらず、近くにいると妙にこうふ――じゃない、動揺してしまったり。
成長してからこっち、姉に対してなにやら含むものを感じることが多くなっていたのだ。
『……もしや血が繋がっていないからと、姉のことを色眼鏡で見てしまっているのではッ?』
そんな
そうして少年は、幼馴染のお姉さんから爆弾を放り込まれたのである。
「いや、どう考えても恋でしょ、それは」
……。
…………。
………………。
「……??」
「いや、『……??』じゃなくて」
パラパラとメモ帳をめくりながら、ビアンカは呆れ顔で続ける。
「自分の手で守ってあげたくて、家族以外の何かになりたくて、近くにいると自然と興ふ――もといドキドキするって。……そんなのどう考えたって“恋”でしょ」
「……?」
「だから恋なの。あなたはルミナお姉ちゃんに恋しちゃってるの。フォーリンラブなの。プロミスフォーエバーなの!」
「…………?」
……。
…………。
………………。
「ッ~~!!!?」
スカラでも重ね掛けされたようにリュカの顔が紅くなった。
同時に思い当たるフシが走馬灯のごとく彼の脳裏を駆けめぐる。
・ルミナを守るため強くなりたいと願ったこと。
・ヘンリーを抱きしめる彼女の姿がなんとなく面白くなかったこと。
・赤ん坊を抱くルミナを見て、隣に立つ自分を想像したこと。
・魔族たちとの戦いで
・ルミナの恋愛話を匂わされて不思議なくらい焦ったこと。
・彼女に邪な視線を向けた冒険者を思いきり蹴飛ばしたこと。
「あ……あ……あ……ッ」
そして……ルミナの口から他の女性との結婚を勧められて、感情的に怒鳴ってしまったこと。
思い返せばどれもこれも、恥ずかしいくらいに恋する少年の態度だった。
「あ、ああああああ~~~~~ッ!!!?」
「ありゃま」
リュカは洞窟の壁に頭を叩き付け、しばらくその場でジタバタ転げ回った。
頭から浴びる滝の水が気にならないくらい、全身丸ごと熱かった。
――――
「……あの……いつ、気付いたの?」
しばらく頭を冷やしたところでリュカは怖々と質問した。
返答は呆れ顔とジト目だった。
「逆に『なんで気付かないの』ってレベルだったんだけど? 村で話を聞いたときも、『こいつらすっとぼけて私をからかってるのかな?』って思ったぐらいだし」
「し、してないよ、そんなこと!」
「分かってるわよ。すぐに天然だって察したし。こんなに分かり易いのに自分じゃ気付いてないんだろうなーって」
「あうぅ……」
ビアンカ曰く、予定ではさりげなく二人の気持ちを確認し、気付かれない程度に背中を押す予定だったそうだ。しかしあまりに答えの分かり切った質問をされてしまったため、ついツッコミと共に真実を暴露してしまった、と。
「てことで、もう気を遣わなくて良いわよね? ここから一気にアプローチをかけていきましょう」
「へ?」
ようやっと平常心を取り戻しかけていたリュカは、またまた妙なことを言い出した幼馴染に困惑する。
いや、妙なのは言動だけでなく表情もだ。なんだか凄く良い笑顔。
「無自覚ならあまり口出しするつもりはなかったけど、もう気付いちゃったんだからいいわよね? 私も全面的に協力するから、近い内に告白するところまで行っちゃいましょう!」
「え、ええええッ!?」
無茶な提案に後ずさるリュカ。ズズイと距離を詰めるビアンカ。
「えー、じゃないの。放っといたらあなたたちいつまで経っても進展しそうにないもの」
「い、いや、こういうのは人それぞれにペースってものが――」
「お黙り! 8年も同じ部屋で寝泊まりして何も進展しなかったヘタレが!」
「はぅ!?」
「何かしらのアピールくらいはしてると思ったのに、まさか自覚すらしてなかったなんて! さっきのチャンスでも結局何も言わずにビビッて引いちゃうし!」
「うぐぅ!」
その通り過ぎてぐうの音しか出なかった。あれだけいろいろあったのに今の今まで家族愛と勘違いしていたのだ。反論のしようもない。
とそこで、ビアンカは難しい顔で腕を組んだ。
「――とはいえ、相手は恋愛情緒3歳児並みのルミナ。いきなり告白しても却って混乱させるだけでしょうね」
「え……? でも姉さん、いつもナンパとかしてるけど」
指摘に対し、ビアンカは困ったように首を振る。
「あれはお約束ネタというか、それほど本気でやってるわけじゃないと思うわよ? たぶん肩の力を抜くためのお遊びよ。本人的にはそこまで恋愛に前向きなわけではないと思う」
「えっと、どういうこと?」
「言葉通りの意味よ。生まれのこともあるし、無意識にセーブをかけているように見えるわ、あの子」
「あっ……」
ビアンカの推察を聞いてリュカの中でも話が繋がった。
これまでの人生で、罪悪感から自己犠牲を重ねていたルミナ。
その姿勢は彼女の恋愛観にも影響を与え、おそらく誰かと過度に親密になるのを避けていたのではないか?
友達くらいならまだしも、一生をともにする関係になることは無意識の内に忌避していたのではないか?
「そういうこと。一定より深い関係になることを避けているフシがあるわ」
推測を視線に乗せて問うと幼馴染も頷きを返した。
その上で、これまで以上に真剣な顔で言い含める。
「だからいいこと、リュカ? あの子が恋をできるかどうかは、全てあなたにかかっているのよ? 家族としてすでに“特別”になっているあなただけが、あの子が無意識に引いているラインの内側に入れるの」
「と、特別……」
「真面目な話の最中に喜ばないの!」
「あイタッ!?」
“特別”と言われただけで、彼女の横にいる自分を想像して顔が緩んでしまった。もはや言い訳のしようもなく恋に浮かれるアホである。こんな茹った頭で姉の繊細な心を解きほぐせるのか、リュカはちょっと自信がなかった。
「ま、安心なさいな」
「え? わわっ」
拳骨を落とした右手で、ビアンカはリュカの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「このお姉さんがダメダメなリュカのために完璧な作戦を考えてあげるから」
「ほ……本当!?」
「ええ。同じ女どうし、どういうアプローチが効果的かはだいたい分かるから。あなたたちがサラボナを発つまでに、意識してもらえるところまでは持っていってみせるわ」
「す、凄い、ビアンカ! 恩に着るよ!」
リュカは頼りになる年上幼馴染に最大限の感謝を捧げた。小さい頃散々撫でくり回された被害もこの瞬間の代わりと思えば安いものだ。
「じゃ、善は急げね。さっさと戻って作戦を練りましょうか?」
「うん!」
差し込んできた一筋の光明にリュカは足取りも軽く歩いていった。
……一瞬何か忘れているような気もしたが、おそらく気のせいだろうと気にしなかった。
◇◇◇
「というわけで、彼女が今回の協力者よ」
「お疲れ様です、リュカさん。無事リングを手に入れられたようで何よりです」
「え……?」
サラボナに帰還して宿に泊まった翌日。朝からビアンカが連れてきたのは、今回の騒動の始まりであるフローラだった。
「ど、どういうこと、ビアンカ?」
「だから、ルミナへのアピールに彼女にも協力してもらうのよ。ダメ元で頼んでみたけど快く引き受けてくれたわ」
「は、話が早すぎる! 一体いつの間に渡りを付けたのさ!?」
「そりゃ昨日の間によ」
彼らがサラボナに帰ってきたのは昨日、日没も近い夕方頃。
――今日のところは宿屋で休み、明日の昼にでも改めて訪ねよう。
と、姉弟が夢の世界へ旅立っている間に、ビアンカは密かにルドマン邸に赴いていた。そしてフローラと顔合わせをし、そのまま協力体制まで結んできたのだ。
「す、凄すぎる……。何のコネもないのにどうやって」
「出会えたのは偶然だけど、その後は女同士のシンパシーと言うか、……同じ被害を受けた者どうしの共感?」
「ですね。『やきもき被害者同盟』といったところです」
「え?」
一瞬言葉を失うリュカに無慈悲な真実が告げられる。
「あなたの気持ち、とっくにフローラさんも気付いてたわよ? 『あ、この子お姉さんのこと好きなんだろうなぁ』って」
「ファっ!?」
肯定するようにフローラが微笑する。
「ふふ、ルミナさんが他の誰かと結婚しないように自分も立候補するなんて、いじらしくて可愛かったですよ?」
「ッ~~!?」
恋心を指摘されたとき以上にリュカの顔が紅くなった。
無自覚に焼きもちを焼いて行動し、それを自分以外に把握されていたなんて黒歴史もいいところだ。
……ま、まさか他の人もみんなッ? いやそれより誰より、ルミナ本人にも気付かれているのでは――!?
「安心してください、リュカさん。ルミナさん自身は全く気付いてらっしゃいません。どうもこういったことには疎い印象でしたので」
「ほっ……」
「それどころかあの子、自分の気持ちにも気付いてないわよ。……むしろそれだったらどれほどやりやすかったか」
「え?」
「なんでもないわ。とにかく――!」
気になる言葉に反応しかけるも、ビアンカは咳払いとともに流す。
「現状全く恋愛モードに入ってない子が相手なんだから、まずはこっちを意識させないと話にならないわ」
「う、うん……それは洞窟でも聞いたけど」
一体どうすれば良いのか。これまで恋愛事に無縁だったリュカには想像も付かない。
……美人の義姉ちゃんと同棲しておいて何が恋愛と無縁だ、この野郎。
「そこでフローラさんに力を貸してもらうのよ」
「フローラに?」
「ええ。ルミナは鈍感なとこがあるし、匂わせる程度のアプローチじゃたぶん効果はないわ。もっと心からドドーンと驚かせることをしないと!」
ね?――とビアンカがウインクすると、フローラが大きく頷いて話を引き継ぐ。
「はい。というわけでリュカさん、私と婚約(嘘)いたしましょう!」
……。
…………。
………………。
「???」
リュカは宇宙を見る顔になった。
「おーい、リュカ? 戻ってきなさーい」
「……はっ!」
目の前で手を振られてリュカは母星に帰還した。初めて見る宇宙はとても雄大で心洗われる気分だった。
「説明を続けてもいいですか、リュカさん?」
「あ……う、うん、どうぞ!」
「と言っても、単語から想像は付くでしょうけどね」
フローラとビアンカが説明してくれた作戦内容は、まあ言ってしまえば有りがちな方法だった。どこぞの極東の島国であれば国民全員が、『あ~、そういうパターンね~』と予想できてしまうほど使い古されたベタ展開。
題して――
「『リュカとフローラさんに嘘婚約してもらって! ルミナに焼きもち焼かせて恋心を目覚めさせる作戦』よ!」
「わぁぁぁ」(パチパチパチ)
「……お、おぉー?」(パチ……パチ……)
いまいちピンと来ていないリュカのために説明しよう!
嘘婚約作戦とは、弟のように可愛がっていた身近なあの子が、ある日突然他の女性と結ばれそうになることで焦り、
「『こ、この気持ちは何? まさか……これが恋!? もしかして私、あの子のことを!?』――ってなる高度な作戦のことよ」
「な、なるほど……」
「要はライバルの存在で自覚を促し、彼を盗られてしまうかも!と焦らせるわけですね。今回は私がその当て馬役です。牝ですけど、ふふ」
「あ、当て馬……牝……」
清楚なお嬢様の口から似つかわしくない単語が出てきて困惑する。
――この子、こんなに明け透けなタイプだっただろうか?
「ていうか、そんなことして大丈夫なの、フローラ? ルドマンさんにも誤解されて、そのまま結婚の準備を進められたりしない?」
そもそも結婚話が気に入らなくて父親との関係が拗れた件はどうなったのだろうか?
「あ、それなら大丈夫です。皆さんが滝の洞窟へ行っている間に、父とはちゃんと話を付けましたので(物理)。今までの人生で溜まっていた不満分も、この際まとめて全部叩きこんであげました!」
「た、叩きこんだッ?」
「はい! 腰を深く落としてまっすぐ突いてあげました!」
ほ、本当に何したんだ、この子……。
疑問とともに不安を感じ始めたリュカの横で、姦し娘二人はますます盛り上がっていく。
「というわけで、当家の方は何の心配も要りません。私たちは後顧の憂いなくルミナさん目覚めさせ作戦に邁進しましょう!」
「ふふ、頼りになるわ、フローラさん。これならきっとルミナも自分の気持ちに気付いてくれるはずよ!」
「ですね! 『ロトの勇者物語』でもあの三角関係から急展開でしたし!」
「あ、それ私も読んだわ! 恋を知らなかった女賢者が、ライバル出現で一気に自覚するのよね!」
「あ、ビアンカさんもファンなんですね! いいですよね、あれ! 自分の気持ちに戸惑いつつも、王女様や仲間の女戦士に負けたくなくて大胆に迫っていく! そのいじらしさがキュンキュンしてもうッ!」
「わかるぅ~~!!」
「ね~~!!」
――キャイキャイキャイッ。
「…………」
(もしかしてこの子たち、身近に降って湧いた恋愛話を楽しんでいるだけなんじゃ?)
そんな不安を感じつつも、他に良い知恵も浮かばなかったリュカ少年は、幼馴染たちの勧めに従って作戦を決行することにした。
その日の夕暮れ時、リュカは人気のない街の一画にルミナを呼び出し、
そして――
「ね、姉さん! 僕ッ、フローラと結婚することにしたんだ!!」
「お、そっかー! どっちに転ぶか不安だったけど、受け入れてもらえて良かったなぁ。これで俺も一安心だよー」
……。
…………。
………………。
「…………ゴファッ!」
好きな人から笑顔で結婚を祝福された!
恋を自覚した少年は灰となった!
「(あ、あれえッ!? な、なんで焦らないの、ルミナッ!?)」
「(もも、もしかしてッ、
「(無理があるでしょ!?)」
「(ル、ルミナさんならあるいは!)」
――あたふたッ、あたふたッ、あたふたッ!
「………………」
建物の陰で焦る少女たちの会話を聞き、リュカはようやく漠然とした不安の正体に気付いた。
――恋愛未経験のクソ雑魚ビギナーが何人集まったところで、碌なアイデアなど出るわけがなかったのだ――と。
恋心を 自覚した!
痛恨の一撃を もらった!