転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった 作:マゲルヌ
「最初に焚きつけた私たちが言えることじゃないけど……」
「……うん」
「やっぱりあれは……ちょっと良くなかったですよ、リュカさん?」
「…………うん」
祠からの帰り道の船上。女子二人から怒り顔で見下ろされながら、リュカは膝を抱えていた。
結婚話を笑顔で祝福されたときから分かってはいた。姉はやはり姉のままで、弟に対して嫉妬なんかしてくれないのだと。
しかしどうしても、理性と感情は別物だった。
彼女の口から、他の女性といっしょになることを祝福され……、
こちらを見てもらおうと頑張ったアプローチは全て受け流され……、
終いには平気な顔で離れて行こうとする態度を目の当たりにし、つい感情が溢れ出てしまったのだ。
「それにしたって、『姉さんがいなくてもどうってことないッ』は無いでしょ」
「ええ。フラれて悲しかったとしても、あれはちょっと酷いです」
「ま、まだフラれてはいないから!」
告白もしていないのに失敗扱いは心外である。ちょっとした手違いから試合前に失格にされただけで、まだ勝負自体はついていない……はずだ。
そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせ、リュカは改めて反省の弁を述べた。
「さすがにアレは……姉さんが怒るのも当然だと思ってる。全面的に僕が悪かった。怒りが収まった頃に、折を見てちゃんと謝るつもりだよ」
「……まあ、それなら良いんですけど」
「今回ので愛想尽かされてなきゃいいけどね?」
「やめてッ!?」
姉弟としての今までの積み重ねはまだ生きているはず……!
その貯金が健在な内に、一刻も早く謝ろうと決意したリュカだった。
――が、
「見張り台へ監視を送れ! 異変があれば逐一報告させろ!」
「外壁強化にもっと人員を寄越して!」
「資材が足りない! 補給担当は何やってんだ!」
「自警団を集めろ! 予備兵も全てだ! 他領へも援軍の要請を!」
「急げ! いつ復活してもおかしくないぞ!」
風雲急を告げる事態により、事は謝罪どころではなくなってしまうのだった。
◇◇◇
――かつてこのサラボナの地は大いなる災厄に見舞われた。どこからともなく現れた天を衝く巨大な怪物が、平和に暮らしていた住民に突如襲い掛かったのだ。
その力は現存するあらゆる魔物を上回り、駐留する軍隊や冒険者たちではまるで歯が立たなかった。街は徹底的に破壊し尽くされ、多くの住民が無慈悲にその命を奪われていった。
『このまま放っておけばサラボナの街のみならず、いずれ世界中が奴の手に落ちてしまうだろう』
事態を重く見た当時のサラボナの長・ルドルフは、自身の持つあらゆる伝手と私財を投じて戦力を掻き集め、死闘の末、なんとか怪物を封印の壺に閉じ込めることに成功する。
しかしその封印は不完全な代物であり、長くとも百数十年しかもたないものだった。壺がその効力を失い赤く輝き始めたとき、再び奴がこの世に蘇るだろう。
そして今年はその140年目の年に当たり、伝承の通り封印の壺は赤い光を放ち始めてしまった。もはやいつ怪物が目覚めてもおかしくない、街そのものの存亡に関わる火急の事態であった。
「ゆえに私はサラボナの長として、総力を結集してこの街を守らねばならないのだ」
「そ、そんなことが……」
ルドマンから事の次第を聞かされフローラが蒼い顔で呻いた。代々家に伝わる試練の旅が、まさかそんな意味合いを持つ行為だとは思いもよらなかった。
「で、でもルドマンさんッ、そんなのただの迷信じゃないんですかッ?」
ビアンカも震えながらルドマンに問い質す。物々しい街の雰囲気から半ば確信を持ちながらも、どうしても希望的観測を捨てられなかった。
封印の祠に最も近い山奥の村には彼女の大切な両親がいるのだから。
「140年も前のことだし……! 誰かの作り話とか、ちょっとした魔物騒動だったってオチじゃ!」
「残念ながら本当のことなのだよ、ビアンカ君。我が先祖の手記だけではない。街の公式文書による被害報告に加え、魔法による当時の記録映像がいくつも残っていた。発見したのはごく最近のこと……、君たちが祠へ旅立った直後だったがね。ルドルフの手記を見つけ、その内容に従って半信半疑で市庁舎の地下を捜索したところ、隠し部屋から膨大な量の資料が見つかったのだ。死者・行方不明者の名簿、街の被害額や復興予算の総計、他国への正式な救援要請書など……、とてもイタズラや作り話で片付けられるものではなかった。――見たまえ」
「ッ! そ、そんな……」
対策室の机に広げられた古い資料と記憶水晶には、当時の被害の様相が克明に記されていた。昨今の魔物被害も決して軽視できるものではないが、ここに記された内容はそれらを遥かに上回る。
民間人を含む数万人以上の死者。街の八割以上が瓦礫と化し、貴重な文化財や資源、住宅やインフラなども全て破壊された。失われた街の活気と人口を取り戻すまでには、そこから50年以上の歳月を要したという。
現代のサラボナの街の大きさや人口は当時の数倍以上に膨れ上がっている。仮に140年前と同じことが起きれば、その被害はかつてとは比べものにならない規模になるだろう。
そのような悲劇の再現だけは、なんとしても防がなければならなかった。
「とにかく、私は急ぎ奴を迎え撃つための準備を整える。フローラ、お前は戦えない者たちを連れてこの街を離れなさい」
「え? お父様、何を……」
「誰か! いるかね!」
「はっ!」
ルドマンの呼びかけに外で警備をしていた兵たちが入って来る。
「娘を避難民たちのところへ連れて行ってくれ。護衛の兵は予め決めた通りに各組に割り振り、各々ポートセルミ、ラインハット、テルパドールを目指してくれ」
「はっ、了解しました!」
「頼んだぞ。――工兵は引き続き防衛設備の強化を! 戦闘部隊は早急に装備を整えるんだ!」
「「はっ!!」」
「お、お父様、待ってください! 私だけ逃げるなんて……!」
異を唱えようとした娘の肩に手を置き、ルドマンは懇々と諭した。
怒るでも悲しむでもない。
やむを得ないことを受け入れた、落ち着き払った声だった。
「聞き入れてくれ、フローラ。もしこの戦いに私たちが敗れ、全滅するようなことでもあればこの街は終わりだ。サラボナという街の血を残すためにも、生きて希望を繋ぐ存在は絶対に必要なのだ」
「そ、そんな……」
「ビアンカ君も急いで準備しなさい。間もなく山奥の村へ避難のための部隊が出発する。君はその隊に帯同し、村に着いた後はご両親といっしょにポートセルミを目指すんだ。いいね?」
「え、で、でも……」
「リュカ君。もうしばらく君たちに付き合ってあげたかったが、このような事態となっては切り上げざるを得ない。事が終わって私がまだ生きていたら、また改めて協力させてくれ」
「そんなッ、ルドマンさん! 僕も戦いに参加――」
「ならん!」
「ッ!!」
参戦を進言しようとしたリュカは、ルドマンの鋭い声に身を竦めた。
娘に甘い、どこか抜けたところのある父親の顔は消えていた。そこにあるのは多くの人々の生命と人生を預かる責任ある大人の姿だった。
「君はたまたまサラボナを通りすがった、ただの客人に過ぎない。我が街の存亡に命をかけさせるわけにはいかん。……それよりも君には、フローラとビアンカ君の護衛を頼みたい」
「え?」
「君ほどの男ならば安心して二人を任せられる。安全な場所へ辿り着くまで彼女らを守ってやってほしい。……死地へおもむくこの老骨の願い、どうか聞き入れてはくれんかね?」
「ル、ルドマンさん……」
「お父、様」
……頭では、理屈では、そうするべきだと皆理解していた。
これだけの被害をもたらした化け物が再び襲ってくるとなれば、敗北の可能性は十分あり得る。……いや、それどころか文字通りの全滅すら考えられるだろう。
ならば、残された住民をまとめる立場であるフローラは絶対に生き残らなければならない。
ビアンカは元々離れた村の住民であり、リュカに至っては遠い異国からやって来た旅人だ。街と心中する義務などなく、勧められるがまま逃げても誰も責めることはない。
長年の奴隷生活を経た今、世界に冷たい現実があることはリュカも十分理解していた。友人や家族を守るためならすぐにでも頷くべきだ。
「でも……僕たちだけそんな……。戦う力があるのに、逃げるなんてッ」
「そ、そうですよ、お父様! みんなで考えれば何か他の方法が……ッ」
けれど冷徹な計算のもと益を取るには、彼らはまだ若く善良に過ぎた。
少なくない日々世話になった街の住民、そして、見ず知らずの自分に良くしてくれた目の前の夫婦を見捨てて逃げることなど、あっさり決断できるはずもない。
意思を貫いて突っ撥ねることも、割り切って従うことも選べず、彼らはその場でただ苦悩し、立ち止まることしかできなかった。
「……ね、ねえ、ルミナッ。……あなたは……どうすれば良いと思う?」
ゆえに、その場から一人の姿が消えていることに最後まで誰も気付けなかったのだ。
「…………? ちょっとルミナ? あなたも何か言っ…………――えっ?」
ビアンカが振り返った先から返ってくる声はなかった。
先ほどまでもう一人の幼馴染が立っていたはずの窓際。
そこでは淡い色のカーテンだけが、海風に頼りなく揺れていたのだ。
「リュ、リュカ!? ルミナがいないわよッ!」
「えっ? こんなときに一体どこに――」
「装備品もありませんわ!」
「ッ!?」
部屋の一画を見たフローラが驚き声を上げ、ハッと口元を覆った。
「ま、まさかルミナさん……、お一人で戦いに!?」
「ッ! あの馬鹿姉さんは――ッ!」
「! リュカ!?」
「リュカさん!?」
引き止める声も聞かず、リュカは開け放たれた窓から外へ飛び出していった。
◇◇◇
――サラボナより北西へ30kmの地点――
(くそッ、なんて間抜けだッ!!)
翼をはためかせて森の上空を翔けながら、ルミナは自分自身に悪態を吐いていた。子どもの頃のラインハットでも……、成長した今でも……、肝心なときに自分はいつも後手に回ってしまう。
いくらリュカと喧嘩した直後で自失していたとはいえ、これほどの禍々しさに気付かず異変を見逃すとは……なんという体たらくか!
ルドマンから渡された映像や記録を見るまでもなく、すでにルミナは壺の悪魔の存在を確信していた。
――ドクン、ドクン、ドクン!――と。
彼女の中の勇者の因子がとてつもない邪悪に共鳴し、激しく活性化していたのだ。その鼓動は祠で壺の様子を確かめたときより明らかに強い。
……それどころか、今も一秒ごとにその波動は大きくなりつつある。理屈ではなく本能で分かった、すでに復活は秒読みの段階であると。
何より、怪物のデタラメな強さがルミナには誰より理解できていた。このままサラボナの軍だけで戦えば、間違いなく兵士たちは全滅し、かつてのように街は壊滅させられるだろう。そしてその後始まるのは、周辺の町や村にまで広がる容赦ない蹂躙だ。
これから弟が暮らしていく街でそんな悲劇が起こるなど、断じて許容できなかった。
「だったら今……、この場で滅ぼすッ! 制御できるギリギリまで解放して、即効でケリを付けてやる!」
悪魔とやらが復活した瞬間に全戦力を叩き込み、何もできない内に殲滅する。
幸か不幸か、ルミナには恐ろしいほどの戦闘力と広域殲滅能力が備わっている。最上位魔族をも屠るこの人外の力があれば、相手が強大な悪魔といえども十分に対処できるはずだ。
幸い相手の復活場所は人里離れた山中。ある程度
自分が弟にしてやれる、これが最後の餞別。
たとえ嫌われてしまったとしても……、
いなくなって平気だと言われても……、
自分からリュカへの気持ちは永久に変わらない。
今も昔も……あの子の身を脅かす敵は、全てこの姉が排除する!
「ッ! 来たか!」
決意を固め鋼の剣を手にした瞬間、遠くの空が暗雲に包まれた。
今まで以上の邪気にルミナの肌が粟立った直後、祠の屋根を貫き、漆黒のオーラが上空へと立ち昇る。
一瞬の静寂の後、闇に染まった空に亀裂が奔り、
恐ろしいほどのプレッシャーを纏った力の塊が地上に着弾する。
周囲の木々や岩石を全て薙ぎ倒し、山中に巨大なクレーターが形成される。
その中心から立ち上がった巨大な影は大きく両手を広げ、気だるそうに身体を震わせた。
「ブウウーイッ、よく寝たわい!!」
伝承通りの山のような威容。
城壁すら一撃で打ち砕く巨腕と蹄。
螺子くれた二本角と三つ眼を備えた、悪魔の名に恥じない凶悪な面貌。
それらを喜悦に歪ませ、古の怪物は封印からの解放に歓喜の声を上げた。
「さぁて、ルドルフはどこだ? すぐに殺してやるわい、あの小僧めッ!」
苔むした体表は見るからに頑丈そうで、生半可な攻撃など通りそうもない。
――が!
(これなら、殺れるッ!!)
遠くから探ってみたところ、感じる気そのものは戦慄するほどではない。そこらの魔物とは比べものにならないほど巨大なのは確かだが、どうしようもないというほどではない。おそらくは8年前のゲマと同程度。今のルミナが全力さえ出せば一方的に倒し切れる相手だ。
ルミナは限りなく気配を薄め、寝惚け眼の怪物の背後から高速で忍び寄った。
勇者の気を半分まで解放、ルミナの全身が凄まじい全能感に包まれる。
両手に携えた長剣に魔力を流し込み、狙うは無防備な首の後ろ!
(――死ねッ!!)
目にも止まらぬ最高速での奇襲が、怪物の頸部に叩き込まれる――ッ
――寸前。
「ん~~?」
限りなく引き伸ばされた一瞬の中で、ルミナの鋭敏な聴覚は確かにソレを聞いた。
「なんだぁ、キサマはあ~~?」
「ッ!!?」
瞬間、ルミナは全力で回避に転じた。
片翼を振って強引に軌道を捻じ曲げ、襲い来る巨腕に鋼の剣を叩き付けて逸らし――
「うっとうしいわあ!!」
「ガッ!?」
長剣は粉砕され、ルミナの身体は岩肌に叩き付けられた。