転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった 作:マゲルヌ
「が……はっ……!」
背中から岩肌に叩き付けられ、ルミナの口元から血が舞う。
「ん~? まだ死んでおらんか~?」
「ッ! く、そがッ!!」
――ドガンッ!!
追撃の巨腕を紙一重で躱し、降り注ぐ土砂の嵐を突っ切って上空へ飛び上がる。関節が増えた左腕を気にする余裕もなく、ルミナは目の前の悪魔を改めて睨み付けた。
(……強い!)
舐めていたつもりはなかった。
しかし、想定を遥かに超えていた。
接敵時に感じた気などこの怪物の力のほんの一端に過ぎない。攻撃をしかけたルミナを察知した瞬間、その力は一気に数倍にも膨れ上がったのだ。
セントベレスの凶悪な魔物を歯牙にもかけない今のルミナが、腕の一振りで3割以上の体力を持っていかれるほどに……。
「ん~? なんだぁキサマ、あのカラスどもの仲間か?」
「う……るせえ、タコ! 天使と言え、天使と!」
「ブフ~、まあ良いわ。身体慣らしにキサマから血祭りに上げてやる! このブオーン様の相手になれることを光栄に思えいッ! ブフーーンッ!!」
「くっ……!」
減らず口も大した時間稼ぎにならず、怪物――あらため“ブオーン”はその巨腕を再び振るった。
山のような巨体に相応しくその攻撃力は驚異の一言だ。ルミナの立っていた岩場は一撃で粉砕され、撒き散らされた石礫が弾丸のように彼女を襲う。
翼をはためかせて瓦礫を回避し、再びルミナは上空へ飛び上がる。
「カアアアッ!!」
「ッ!?」
一息吐こうとしたルミナを炎の奔流が襲った。
以前ラインハットで見た、強化されたジャミのベギラゴン。
それを遥かに上回る灼熱がルミナへ迫る。
「フバーハ!! マヒャドッ!!」
光の衣がルミナの全身を包み、吹き荒れる吹雪が炎の威力を減衰させる。
「ぐッ……おああああーーーッ!!」
炎の壁から飛び出したルミナの身体は端々から黒煙が上がっていた。二重に軽減した上でなおこのダメージ量。かつて食らった煉獄鳥のブレスなど比べものにならない。
「そらッ、まだまだいくぞ!!」
「ッ!?」
息つく間もなく再びの追撃。巨体に似合わぬ高速の連打を紙一重のところで躱す。風圧で前髪が煽られ、押し退けられるように後退し距離を取る。
そこへ追い縋る広範囲ブレス。極寒の吹雪が森ごとルミナを凍らせようと津波のごとく迫って来る!
「くっ、ベギラゴン!!」
業火で吹雪の大半を消し飛ばし、残った氷塊を蹴りで叩き返す。
「ぐはははッ、効かぬ効かぬぅ!」
「ちぃ!」
「フハハッ、頗る調子がいいぞ! 知らない技まで使えるわい! 眠っている間にレベルでも上がったか!」
人間大の鋭い氷塊を顔面に受けてもブオーンは何の痛痒も感じていない。
当然だ。相手の体高は優に30メートルを超え、顔だけでも人間の背丈を軽く上回っている。この程度の打撃でダメージなど入るわけがない。
「メラゾーマッ!!」
「温いわああ!」
その他の攻撃も結果は変わらず。メラゾーマやマヒャドなどの上級魔法を放つも、鋼のような外殻で全て弾かれてしまう。予備の剣で斬りかかっても最初と同じく砕け散り、悪足掻きで放った投げナイフに至っては噛み砕かれた。
戦闘開始から10分以上が経過しているが、与えられたダメージは未だゼロだ。
幸い初撃以降はルミナも被弾していないが、魔力を全力使用している彼女とほぼ物理攻撃のみのブオーンが根競べをすれば、どちらが先に力尽きるかなど明らかだ。
「えーいッ、ちょこまかと鬱陶しい!」
「そんなモン当たるかよ!」
「ぬ~~~んッ!」
ハエを払うように振るわれた腕を躱すこと数十回……、ルミナは覚悟を決めた。
覚醒状態の今しか使えない勇者専用呪文――ライデイン。
ゲマさえも瀕死に追い込んだこの魔法なら、目の前の化け物にも有効なダメージを与えられるはずだ。雷による通電ダメージなので硬い外殻も問題にはならない。
……懸念としては、意識をより第二人格に近付けてしまうこと。
そして消耗も段違いに激しいため、できれば使いたくないということだが、この際四の五の言ってはいられない。
「後のことは終わってから考える! ――行くぞ!!」
「ムッ?」
翼を強く羽ばたかせ、ルミナはブオーンから大きく距離を取った。
予備の剣を放り捨て、無事な右手を天へ掲げる。暗闇に染まった空がさらなる曇天に包まれ、黒雲の表面に
かつては発動に時間がかかっていたが、大神殿で訓練を重ねたことでスムーズな魔力収束が可能となった。今なら謎の人格に意識を乗っ取られることもない。
「来いッ、
ルミナは上空へ向けて収束した魔力を飛ばした。全身の感覚が空と繋がり、眼下の敵を高みから睥睨する。相手は山中を駆ける山のような巨体、細かな狙いなど付ける必要はない。
雷雲と同化した魔力に最後の一滴を流し込み、収束限界を一気に突破!
臨界に達した雷の塊を、一点に凝縮して地上へ引きずり墜とす!
「喰らえッ、壺の悪魔!!」
「ム!?」
「ライデインッ!!!」
――カッッ!!!
「ぐおおおおおッ!?」
世界が白光に包まれた直後、凄まじい雷がブオーンを襲った。
轟音とともに空気を貫いた光が怪物の身体を直撃! 30メートル超えの巨体表面に余すところなく稲妻が奔り、全身の苔を焼き焦がし蒸発させていく。
雷撃の余波はそれだけに終わらず、周囲の木々や岩場、大地すらも破砕し、飛び散り帯電した粒子がやがて二度目の大放電を引き起こした。
「ぬおぁああああーーーッ!!?」
叫びとともに光の中に消え去るブオーン。
広大な山脈が地盤ごと抉り取られ、周囲数十メートル以上が見る影もなく更地と化す。
これ以上ない手応えに、ルミナは疲労に震える拳を握りしめた。
枯渇寸前まで魔力を絞り出した上での全力の一撃、間違いなく会心の当たりだった。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!! これでヤツも、少なくとも瀕死に――!」
ゆえに、
「稲妻よ!」
――ズガアアアーーーンッ!!!
「があああアア゛――――ッ!!?」
空から降ってきた一撃に対して、ルミナの意識は全くの無防備だった。全身が瞬間的に硬直し、視界が明滅したまま地上へ落下、硬い地面に叩き付けられて肺の空気が全て飛び出した。
「カハッ!? ……あ、ぐぅう……!」
しかしより深刻なのは全身を襲う激しい痺れだった。いくら腕に力を込めても、倒れた身体はピクリとも動かない。一体何が起きたのか、思考が千々に乱れて混乱が静まらない。
「ぐわはははッ、ワシに対して雷をぶつけようなど片腹痛し!」
「な……!?」
驚愕するルミナの目の前に、白煙を吹き散らして
「あのようなか弱い火花がこのブオーンに通用すると思ったか! 思い上がるな、小娘ッ!」
「うそ、だろ……!」
最大威力で放ったライデインをその身に受けて、ブオーンの身体には表皮が僅かに焦げた以上の傷は全く見受けられない。雷撃に対して高い耐性を持っている証拠だった。
加えて、自分と似た雷を操る能力まで持っていたとは……。
無意識の内に驕っていた。勇者の呪文を受けて無事な者などいるはずがない、これさえ撃てば無敵だ――と。単なる攻撃魔法の一つである以上、それを防ぐ術を持つ者がいても何もおかしくなかったのに!
「ぐ……ぅッ」
「ぐははははッ、どうした! もう終わりか!」
全力で藻掻いてもなんとか半身を起こすので精一杯だった。いくらルミナが強化された実験体とはいえ、体構造そのものは常人と変わらない。肉の身体を持つ以上、物理的な感電ダメージだけは防ぎようがなかった。
「ブフ~~、本当にもう終わりかぁ。久しぶりの戦いがこの決着ではつまらんな~!」
それ以上ルミナに動く気配がないことを察し、ブオーンは拍子抜けといった態度で鼻息を吐く。
「! よしッ、ならワシがもっと盛り上げてやろう!」
「な……なにッ?」
倒れるルミナにとどめを刺さず、なぜかブオーンは傍らにある岩に目をやった。
持ち上げるのに大人が20人は要りそうな巨大な岩石。それを軽々と地面から引き抜くと、お手玉のように弄びながら背後を振り返る。
釣られて視線の先を見てルミナの全身が総毛立った。
海の向こうに豆粒ほどに見えるのは、先ほどまで彼女がいたサラボナの街だ。
「キサマの前に、まずはあそこにいる人間どもから叩き潰すとしよう!」
「なッッ!?」
「人間どもは仲間に手を出されると力が増すらしいからなぁ。あそこで適当に暴れておれば、キサマももう少し倒しがいが出てくるかもしれん」
事もなげに言い捨てると、ブオーンは巨岩を掴んだままゆっくり歩き始めた。
山のように大きなその巨体。のんびりと進んでいるように見えて、一歩一歩の歩幅は数十メートルにも及ぶ。この程度の距離など瞬きの間に辿り着いてしまうだろう。
「~~く、そ! 待ちやがれ、てめえッ!!」
「ブフフーウッ! それにしても……近場の集落はだいたい踏み潰したはずだが、あんなところに街なんてあったかな? まあ、楽しみが残っていたと考えればラッキーか、ぐはははは!」
「……ッ」
このままヤツが街まで辿り着いてしまえば、その時点でサラボナは終わりだ。
実際に戦ってみて嫌というほど思い知らされた。
――あの街の戦力では、ブオーンには絶対に勝てない。
リュカやビアンカがいても同じことだ。この状態のルミナが全力で挑んでこの有り様なのだ。昔より強くなったとはいえ、ルミナより遥かに劣る今の彼らではどうにもならない。街の兵士諸共、容易く蹴散らされて終わるだろう。
そしてその後に始まるのは蹂躙だ。
平和な街並みも、心優しい人々も、新しくできた友人も、再会できた幼馴染も……、等しくあの巨岩で磨り潰されてしまう。
(――姉さん!)
「……ッ」
その瞬間、ルミナは人生で一番の恐怖に襲われていた。
脳裏を過ったのは他でもない、誰よりも大切な
――母親の顔を知らず、父親とも生き別れ、幼い身で奴隷として囚われた不憫な弟。
別ればかりの辛い日々を送ってきたあの子が、ようやく幸せを手に入れようとしている今、再びそれが理不尽に奪われようとしている。
――そんなことが許せるのか?
「………………ふ、ざけんな」
恐怖の次に湧いてきたのは――怒りだった。
こんな訳の分からない畜生ごときに、大事なものを暇潰しのように奪われる?
そんな馬鹿げた現実を一瞬でも受け入れ、諦めようとした自分の弱さに心底腹が立った。
「……ふざけんなッ!!」
そうして――怒りに震える彼女の視界に“ソレ”は転がり込んできた。
叩き付けられた衝撃で地面に散らばってしまった荷物の中。
ずっと死蔵していた“ソレ”が、巡り合わせのように彼女の目の前に転がっていたのだ。
「! ……ああ、そうだ。俺にはまだあったじゃないか。こんなときのために用意されていた“切り札”が」
ごてごてと握りにくそうな柄を拾い上げ、ルミナは無意識の内にソレを額に当てた。
なんとなく、こうすれば良いのだと本能が教えてくれていた。
(そうだ。半分のままで済まそうだなんて、覚悟が全く足りていなかった)
あれだけの力を持つ怪物が相手だ。全力を尽くさないまま挑んで勝てるわけがない。
……それは文字通りの
この血のための専用装備だ、間違いなくあのときより力は上がるはず。
「……ッ」
使った結果どうなるかは分からない。
そのまま死ぬかもしれないし、あるいは人格が塗り潰されてしまうかもしれない。
一人で消えていく不安も、自分がナニカに造り変わっていく恐怖も、捨て鉢だったあの頃と違ってはっきりと自覚できている。
「……だけど!」
それでも!
「あいつを喪うのに比べれば――全てどうでもいいことだッ!!」
震える心を鼓舞するように、ルミナは新緑の柄を握り締めた。
弟の傍にはもう、支えてくれる誰かがいる。
たとえ自分がいなくなっても、あの子は一人で頑張っていける……!
だから――!!
「目覚めろッ、
…………。
………………。
……………………。
『――提言受諾。システムを起動します』
『専用武装“天空の剣”を確認。……同調率65%まで上昇。第二階梯までの解放が可能です』
『……正常深化完了。第一・第二魔力炉並列起動。神経接続異常なし。システム・オールグリーン』
『対魔族用特殊戦闘個体【ルミナ・リミネート】――――これより、敵を殲滅します』
「――AAAAAAAAAA゛ーーーッッ!!!!」
古の悪魔の前で、四枚羽の