転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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32話 誰がために神は鳴る

「パトリシア、急いでくれ!!」

 

 鬱蒼と木々が茂る森の中を猛烈な勢いで馬車が駆け抜ける。

 視界が十分でない山中での強引な走行。引く馬にも相当な負担がかかるのは理解していたが、今のリュカに加減する余裕などなかった。

 ルーラで山奥の村まではショートカットできたものの、空を飛んで直接祠へ向かったルミナの速度とは比べるべくもない。彼女が一人で屋敷を飛び出してからすでに一時間にもなろうとしている。

 

 その間遠くの空では山々が砕け、幾度となく大地が爆ぜ、凄まじい戦闘の余波が大気を震わせた。

 そして、最後に発生したあの雷雲と激しい稲光。リュカにとって忘れようもない、かつてルミナが放った大規模な雷撃魔法。覚醒状態でなければ使えないはずの彼女の切り札だ。

 すなわちルミナは今、それを使わなければならないほど追い詰められているということだ。

 

「早く……、早く……、早く……ッ!」

 

 焦燥のままに馬車を飛ばし続け、やがて、果てしなく続く深い森が終わりを迎える。

 

「姉さんッ!!」

 

 数十分ぶりに見上げる眩しい太陽。

 開けた視界の先でリュカが目にしたのは――

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

『――イオナズン』

 

「グオああああーーッ!!?」

 

 胴体部に大爆破の直撃を受け、城壁に匹敵するブオーンの巨体が木の葉のように吹き飛んだ。

 この呪文もまた、ラインハットでジャミ擬きが見せたソレとは比べものにならない。あちらが単発銃ならこちらは戦車砲だ。いくら攻撃してもビクともしなかった外殻があっさり砕け、少なくない量の血が周囲に撒き散らされていく。

 

「ぐがああーーーッ! な、なんなのだ、キサマは!? ……ワシのッ……ワシの身体が、こんなにも容易く!!」

 

『敵肉体に有意な損傷を確認。攻撃を継続します。

 

 

 ――イオナズン。

 

 

 ――イオナズン。

 

 

 ――イオナズン』

 

 

「ぐぅおああアーーッ!!?」

 

 凄まじい爆破の連続により、全身の外殻が容赦なく剥ぎ取られていく。生まれて初めてであろう明確な負傷にブオーンが僅かな怯えを見せる。

 しかしルミナは欠片も頓着しない。ようやく一矢報いたことを得意がる素振りもなく、ただ淡々と攻撃を繰り返す。

 ……当然だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 頭の中にあるのは、いかに効率良く敵を破壊するかという思考だけだ。

 

 

『外殻の破壊を完了。続いて内部を破壊します。――メラゾーマ』

 

 

 直径5メートルに及ぶ大火球が同時に20以上生み出されブオーンに殺到。巨体が紅蓮の炎に吞み込まれた。

 開いた口腔、砕けた外殻から炎が侵入し体内を焼いていく。いかに頑丈な怪物といえど身体の中までは鍛えられない。無尽蔵の魔力で強化された地獄の業火が内臓や呼吸器などを容赦なく焼き払っていった。

 同時にルミナは翼をはためかせ、ブオーンの懐へ飛び込む。

 息を呑む怪物が迎撃する間もなく天空の剣を一閃――――否、六閃。

 

「ぐばああアッ!?」

 

 雷光のごとき斬撃がブオーンの左腕を切り刻み血煙へと変えた。残った右腕を闇雲に振り回すもすでにルミナの姿はなく、今度は背中側を深く斬られてたたらを踏む。

 前のめりになったところを顎から額にかけて斬り上げられ、ブオーンは顔を覆って悲鳴を上げた。

 

「ぐうううっ……! ス、スカラあ――『霧散せよ』なあッ!?」

 

 少しでも被害を軽減しようと唱えた防御呪文は一瞬で解除された。天空の剣が発した光が発動前の魔法を分解したのだ。

 

『攻撃を継続します。――バイキルト』

「そ、その程度――ガッハ!?」

 

 驚く間もなく、ブオーンの身体はさらに切り刻まれていく。刀身よりも明らかに深い裂傷。魔力により強度と間合いを増した天空の剣は、ブオーンの巨体をいとも容易く抉り取り多大な出血を強いる。

 

「ちょ、調子に乗るなああアアーーー!!」

 

 それでもなお30メートルを超える巨躯は健在だ。ヒビ割れた身体をおして右腕を振り回す姿には、まだまだ余裕が感じられた。

 

 

 ――ゆえに彼女は最後の工程に入る。

 

 

(いかずち)よ』

 

 右手を高々と空へ掲げる。

 長々とした詠唱はもはや必要ない。

 今の彼女ならば――『そうあれ』と望むだけでそれは顕現する。

 吹き散らされていた黒雲が再び湧き出し、山脈の空を深い闇に染めた。

 

「わ……ワハハハハハ! 何かと思えばまたソレか! このワシに雷撃など効かんことを忘れたか、小娘ッ!」

『…………』

 

 何かに縋るような怪物の喚声。ブオーンは引き攣った顔のまま、まるで自分に言い聞かせるように敵を嘲弄する。

 対してルミナは一言も発さない。

 敵の戯言(たわごと)に返答する理由など皆無。

 少女は無言のままひたすら空へ魔力を注ぎ続けていた。

 山の一画のみを覆っていたはずの雷雲はすでに島全体へ広がり、周辺の土地全てを暗闇へ沈めている。

 只人の魔法では……否、自然現象ですらあり得ない異常事態。

 ブオーンの足は知らずの内に後ずさっていた。

 

「な……なんだ、()()は……! そ、そんなもの……そんなものワシは知らんぞッ!」

『必要魔力量を再設定。術式を再構築。――攻撃規模を増大します』

 

 ――雷撃など効かない?

 ()()()()()()()()()()()()()

 電気を通さない絶縁体も決して無敵の物体ではない。

 限界を超えるほどの圧を加えられれば、物体に囚われた電子は弾き出され、やがて絶縁破壊と激しい炎上を引き起こす。

 怪物の外皮でも同じことだ。

 電気が通らないと言うのであれば、()()()()まで魔力を注ぎ続けてやればいい。物理的な限界を超えてしまえば、属性も相性ももはや何の障害にもならない。

 

 

 すなわち、結論は――

 

 

『――魔力充填完了。効果範囲を周囲1kmに設定します』

「な、何なのだッ……お前は」

 

 封印される前も今も、おそらく生涯で一度も味わったことのない驚愕と恐怖。

 抗うことすら忘れ、壺の悪魔は(そら)に浮かぶ化け物を仰ぎ見た。

 

「お、お前は一体ッ、何なのだあああーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

『――ギガデイン』

 

 

 

 

 

 音も光も、振動すらも感じ取れない――引き伸ばされた一瞬の中で、

 

 

 

 曇天が地上へ落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゴロ……ゴロ……ゴロ……と。

 

 上空には今も黒雲が渦巻き、内部に残留した稲妻が島全体を震わせている。

 その眼下に広がる情景は惨憺たるものだった。

 雷の塊が落下した大地は、着弾点から数百メートルに渡り地盤ごと抉り取られていた。中央に空いた穴の底は暗闇に包まれ全く見通せず、一体どれほどの深さとなっているのか見当も付かない。あまりの高温により周囲の岩盤は融け崩れ、赤熱した溶岩の大河がそこかしこに形成されていた。

 まるで巨大な隕石でも墜ちてきたかのような地獄絵図。もはや人知など及ぶところのない災害であった。

 

 

 

「ゲホッ……ゲホッ! みんな、無事かッ!?」

 

 そのクレーターから数十メートル離れた場所。散乱する瓦礫と横転した馬車を押し上げ、その下からリュカたちが姿を見せる。

 

「ケホッ……! え、ええ……なんとか!」

「ガウッ」

「キュー」

 

 全員泥だらけではあるものの、大きな怪我を負った者は一人もいなかった。雷撃が炸裂するあの瞬間、腕力に優れるリュカとプックルが地面に穴を開け、仲間たちを地中に退避させたのだ。

 そうでなければおそらく、全員無事では済まなかったろう。

 

「リュカ。あれが……ルミナの中に隠された力、なの?」

「……うん」

 

 物怖じしないビアンカもさすがに声が震えている。

 それも致し方ない。

 八年前に見せられた勇者の呪文――ライデイン。

 あの時点ですでに人知を超えていたソレを、今回の雷撃は遥かに上回っていた。肉体的に大きく成長したことで、勇者としての力もいよいよ完成に近付いたということなのか……。

 

 

 

『――排熱処理完了。残存魔力量2割を切りました。以後、雷撃魔法は使用できません』

 

「ぁ……ぅぅ……ッ、コひゅ……ッ」

 

『――敵の生存を確認。生命力微少。通常の攻撃手段にて撃破が可能です。

 

 

 

 

 ――頸部を落とし、生命活動の確実な停止を実行します』

 

 

 

「ひ、ヒィ……ッ!?」

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 ――恐ろしい。

 

 現実とは思えない大規模破壊を見せつけられて、リュカは恐怖に震えていた。

 何より――彼女のあの眼だ。

 目の前の敵を生物ではなく、ただ排除すべき物体として捉えるあの無機質な瞳。周囲への被害など何一つ気にしない、ただ対象を殺し尽くすための自動人形。

 姉が別のナニカになってしまった八年前の恐怖がありありと蘇り、リュカの身体は芯から震え上がった。

 

「姉……さん」

 

 分かっていたつもりだった。

 ああなった姉がこの世界の誰よりも強いこと……。

 今の自分などでは到底敵うわけがないこと……。

 大神殿での暴走や半覚醒状態での戦闘を何度も見せられ、十分に理解していたつもりだった。

 だがそれは――本当に『つもり』でしかなかったのだ。

 ラインハットでの戦いで彼女の力になれて、今の自分なら隣で戦うことができると……、戦友として彼女を支えることができると、本気で思い込んでいた。

 

 とんだ思い上がりだった。今までルミナが見せてきた“力”など、彼女の全力のほんの一端でしかなかったのに……。

 

(僕にできることなんて……もう、何もない……。これじゃ見放されるのも……当たり前じゃないか……ッ)

 

 無力感と劣等感に打ちのめされ、少年は力なく地面を見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コフッ』

 

 

「……え?」

 

 

 ポタリ――と。

 水気を含んだ落下音に引かれ、リュカは反射的に顔を上げた。

 

 

『――魔法使用による損傷を確認。――該当部位を精査します』

 

 

「え…………、え……?」

 

 

『――左腕部骨折。

 

 ――両脚部に裂傷、筋肉の断裂を多数確認。

 

 ――天翼2枚焼失。

 

 ――皮膚表面17%炭化。

 

 ――上気道部、中度熱傷。

 

 ――左外耳道損傷、及び鼓膜穿孔。

 

 ――通電ダメージにより内臓筋の6割に麻痺症状。

 

 ――複数の臓器に機能の低下が見られます』

 

 

 

「……ッ!?」

 

 改めて姉の姿に焦点を合わせ、リュカは呆然と息を呑んだ。

 クレーターの中ほどに虫の息で横たわるブオーン。

 その横に墜落するように降り立ったルミナは、全身のあらゆる場所から鮮血を滴らせていた。それだけではない。生身の手足は大部分が黒く焼け焦げ、曲がるべきでない方へ向けて何カ所もひしゃげていた。

 人知を超えたあの大魔法は、術者本人の身体をも激しく蝕んでいたのだ。

 

 

『――損傷部位の処置を完了。――余剰生命力を魔力に変換。――敵の殲滅を続行します』

 

 

 それは決して『勝者』の姿ではなかった。

 残された翼でなんとかバランスを取り、唯一無事な右手で天空の剣を掲げる。

 いまだ身体の各部に雷撃の余波を残し、ときおりフラつきながら吐血する姿は、敵に立ち向かう勇ましき者などではない。

 それは戦いのため無慈悲に使い潰される、哀れな道具の姿に他ならなかった。

 

 

(ッ~~~何をまたヘタれていたんだ、僕はッ!!)

 

 

 自分の情けなさにほとほと嫌気が差し、リュカはその場を走り出した。

 溶岩に足を焼かれても構わずそのまま突っ切る。

 葛藤も、後悔も、劣等感も、蟠りも……。

 リュカの中から余計な感情は全て消えていた。

 

 今はただ彼女がいなくなってしまうことが……、

 あの笑顔と二度と会えなくなってしまうことが、何よりも恐ろしかった。

 

 

 

「姉さん! もうやめて!」

 

『……』

 

 リュカはルミナの進路上に立ちはだかり、それ以上は進ませまいと大きく両手を広げる。

 

「そんな状態で戦えば命にかかわる! お願いだからもう止まってくれ、姉さん!」

 

 足を止めたルミナは表情一つ変えずに邪魔者(リュカ)を見据え――

 

 

『――警告。当機は現在敵の殲滅を実行中です。非戦闘員は速やかに退去してください』

 

 

「ッ……!」

 

 凄まじいプレッシャーを叩き付けられ、思わず膝から折れそうになる。

 それでも両手を広げたままリュカは正面から一歩も動かない。

 

 

『――当機は魔族殲滅において、あらゆる権限を付与されています。妨害と判断された場合、強制的な排除も許可されています。――再度警告します。

 

 

 

 

 ――速やかに退去してください』

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 ……怖い。

 およそ生き物に向けるものではない、冷たく無機質な翡翠の瞳。

 それが自分に向けられることがこんなにも怖いとは思わなかった。

 知らずの内にリュカの身体は震えだし、額からは止めどなく冷や汗が流れ落ちていく。

 

(…………ッ、けど!)

 

「お願いだ、姉さん! 植え付けられた闘争本能なんかに負けないで! 敵を殺すためだけの悲しい存在になんてなっちゃダメだッ!!」

 

 ルミナという存在が喪われることに比べれば、どうということもない。

 彼女の手で討たれることも、彼女から嫌われることも、大切な人がこの世から消えてしまうのに比べれば些細なことだ。

 たとえ取るに足らない存在だと思われていたとしても、リュカからルミナへの想いは何も変わらない。

 自分を攻撃して正気に戻ってくれるならばそれも本望。

 ……願わくば彼女が正気に戻ったときに、敵を殺すために安易にこの力を使ったことを、少しでも悔いてくれれば――!

 

 

『警告が拒否されました。――これより、対象の強制排除へ移ります』

 

 翡翠の瞳が昏く沈み、攻撃意思を宿した右腕が振り上げられた。

 一片の慈悲もない視線にリュカの全身が強張る。

 

『――排除します』

「ッ……姉さん!」

 

 

 そして少年は、襲い来る痛みを覚悟して目を瞑り……、

 

 

 

 ……10秒。

 

 

 

 …………20秒。

 

 

 

「ッ…………?」

 

 30秒が過ぎ、未だに痛みは襲って来なかった。

 

 ……攻撃が外れたのか?

 それともすでに鉄槌は下され、間抜けな自分がただ気付いていないだけなのか?

 覚悟が揺らぎ、不安に駆られてリュカは瞼を開く。

 

 

 

 

 ――と。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……ダ……メッ!」

 

「……え?」

 

 そこにあったのは、命を屠る無機質な翡翠ではなく……。

 

 

 

 

「……手を……出しちゃッ、……ダメ……ッ!」

 

 

 

 

 必死に自らの腕を押し止める、涙に濡れた銀色だった。

 

「ね……姉、さん?」

 

 問いかけに返事は還らない。

 ルミナはリュカの方を見る余裕すらなく、折れた左手で右腕を握り締めていた。

 言うことを聞いてくれない自分の身体を、痛みで無理矢理押さえ付けるように……。

 

「……早く……離れてッ。……今の私はッ……全部……壊してしまう、から……!」

 

 それだけは絶対に駄目なのだ……と、

 自分にそんなことをさせないで……と、

 今にも飛んでしまいそうな微かな意識を、傷の痛みで必死に繋ぎ止めながら。

 

 

 

「お、願い……リュカ! ……あなたを、守るために……使った、力でッ……、

 

 

 

 

 あなたを……殺させないでッ!!!

 

 

 

 

「ッ――!!?」

 

 頭をガツンと殴られた気分だった。

 ……いや、リュカは実際に、誰かに思い切り殴り飛ばしてほしい気分だった。

 これまで何度も間違えてきたのに、今度もまた自分は何も見えていなかったのだ。

 

 

 ――闘争本能に呑み込まれた?

 

 ――敵を殺すためだけの自動人形?

 

 ――自分を攻撃して正気に戻ってくれれば本望?

 

 

 

 

(なにを……なにを馬鹿なことを考えていたんだッ、僕はッ!!)

 

 己の間抜けぶりに血が出るほどに歯を食いしばる。

 

 

 ――姉は()()()()()()にあの力を使ったのではない。

 

 ――安易に使った結果、力に吞み込まれたわけでもない。

 

 ――ましてや、弟を攻撃して正気に戻るなどあり得ない!

 

 

(姉さんは、力に吞み込まれてなんかいなかった! 最初からずっと正気だった!)

 

 当たり前の話だ。

 天変地異のごとき破壊をもたらした上級雷撃魔法。

 それをすぐそばで見ていたはずの自分たちが、なぜ一人も欠けることなく無事だった? なぜ自分たちの後ろの森だけが、扇状に無事な姿を残していた?

 

 ――そんなの決まっている!

 

(姉さんが僕らに当たらないように、力をコントロールしたからだ! こんな山奥で一人で戦い始めたのは、他の人を巻き込まないためだ! 力を使い果たしたときに、自分が機能停止して倒れることまで計算して!)

 

 そんな危険を冒してまで、悪魔との戦いに臨んだのはなぜだ?

 

(決まっている! ()の命と未来を、自分の身と引き替えにしてでも守るためだ! ――断じて、得体の知れない人格に吞み込まれたからじゃない!)

 

 怒りか、悲しみか、喜びか、あるいはその全てか。

 足の震えはいつしか止まり、リュカは大きく一歩を踏み出していた。

 ビクリとルミナの身体が震え、怯えたように一歩下がる。

 

「……姉さん」

「ダ、メ……来ないで……! 今は……理性が……飛びそうでッ……、本能がッ……抑えられない、から……!」

「大丈夫……。大丈夫だから」

 

 ……ああ、本当に。

 自分はこの人の何を怖がっていたのだろう?

 彼女は不死身の化け物でもなければ、心無い殺戮兵器でもない。

 無敵のヒーローでもなければ、何があっても傷付かない超人などでは決してない

 

 無茶をすれば怪我もするし、無理をすれば死んでしまう。

 嫌なことがあれば人並みに怒るし、傷を負えば痛みに泣いてしまう。

 そんな普通の人間なんだ。

 何年も隣にいて、とっくの昔に知っていたこと。

 

 ――そんな当たり前のことを、なぜ忘れていた!

 

 

「…………ッ」

 

 傷だらけの身体を壊れないようにそっと抱き寄せる。全身が血に濡れても構わない。もう決してどこにも行かないように、両腕の中に閉じ込めてしまう。

 

「ごめん……。酷いことばかり言って、何度も姉さんを傷付けた」

「……ッ」

「ごめん。いつも一人で戦わせて、今もこんなに辛い目に遭わせてしまった」

「ッ……ひ……ック」

「ごめん。怖いことも不安なこともたくさんあったのに、僕が頼りないせいで、姉さんにばかり無理をさせた」

「ッ……ち、が……わ、たし……ッ」

 

 しゃくり上げる少女の頬に手を添え、潤んだ目元をソッと拭う。

 

「もういいから……。姉とか弟とか、義務とか責任とか、何も気にしなくていいから……。姉さんの気持ちを……、今まで言えなかった想いを……全部僕に聞かせて?」

「ッ……リュ……カぁ……」

「大丈夫……。何を言われたって、絶対に嫌いになんてなってあげないから。……だって僕は――」

 

 

 

 

 ――初めて会ったときから、こんなにも姉さんのことが好きなんだから。

 

 

 

 

「……ッ」

 

 ビクリと少女の身体が震え、血に濡れた(つるぎ)が落ちる。

 乱れた呼吸で何度も何度もしゃくり上げ、やがて、堰を切ったように言葉が溢れてきた。

 

「……ゃ……だ。……一人にしちゃ……やだ……。もう、寂しいのは……やだ」

「……うん」

「いなくなっちゃ……やだ……。結婚なんかしちゃ……やだ……。他の子のとこに行っちゃ……やだぁ」

「……うん」

「お願い、……嫌いに、ならないでッ……。ずっと、ずっと……ッ、いっしょに……いてッ。……一生……私を、……離さないで……リュカぁ!」

「うん……。もう二度と、一人になんてさせないからッ」

 

 泣きながらしがみ付く少女を、折れてしまわないように……、けれど誰にも奪われないよう、もう一度強く抱き締める。

 

「もう、姉さんだけに背負わせたりしないから……。次に目覚めたときには、全部終わってるから……。だから今は、安心して眠って、姉さん」

「…………ぅん」

 

 朦朧としている意識の中で、ルミナは最後の力を振り絞るようにリュカの肩にそっと身体を預けた。

 今もその瞳からは涙が溢れ続け、身体は痛みで小さく震えている。

 

 

 けれど――

 

 

「…………リュカ」

「なに?」

 

 

 甘えるような声を零しながら、弟に向けられた涙に濡れた顔。

 

 それは、少年が本当に久しぶりに見た……、

 

 

 

 

 

 

「――――大好き」

 

 

 

 

 少女の花が咲くような笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、戦闘不能になった怪物・ブオーンは、サラボナから駆け付けたルドマンの手によって新たな壺の中に封印された。

 もうほとんど動けない状態だったとはいえ、あの怪物を唯一殺し切れるルミナは気を失っており、時間を置けば回復して逆襲される恐れもあったため、とりあえずの緊急措置が取られたのだ。

 新しい壺には対象の力を削いでいく効果もあるため、いずれはブオーンも通常の魔物並みに弱体化するだろうとのことだ。

 最終的に殺すにしろ完全封印するにしろ、正式な処遇は弱体化が完了する数年後にまた判断するということになり……。怪物騒ぎはこうして、一人の犠牲者も出さずに終息したのであった。

 

 

 

 

 ――ちょっとリュカ! ボーっとしてないで、早く回復魔法の準備して!!

 ――どどどッ、どうしよう、ビアンカ!? ね、姉さんがッ! 姉さんが僕のこと『好き』って! 『好き』って!?

 

 

 まあ、一部の者には、天地がひっくり返る大騒動が続いていたようだが……。

 

 

 ――喜ぶのは後になさい、この色ボケ弟ッ! 今はとっととベホマッ!! 早くッ!!

 ――は、はぃいッ!!

 

 

 怪物騒ぎの後の微笑ましい延長戦として、兵士たちに生温かく見守られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホッホッホ、順調に成長しているようで何よりですねぇ」

 

 ローブ姿の魔導士が一人、闇の中で薄ら笑いを浮かべていた。眼前には一匹の蛇が自らの尾を噛んだ状態で浮かんでおり、円の内側には遠い戦場の様子がくっきりと映し出されている。

 

「予想はしていましたが、さらに“上”がありましたか。ククク、天空の武具に反応して段階的に解放していく仕様――と。……いやはや、良いですねぇ。様式美というものを分かっていますよ、この開発者の方は」

 

 自ら目覚めさせた怪物には目もくれず、ゲマは周囲数kmにおよぶ破壊痕を実に愉しそうに眺めている。敵であるはずのルミナ(勇者)がさらに強力になったというのに、その態度に悲観や不快の色は一切ない。

 

「こちらも手間暇かけた甲斐があったというものです。適合率65%で()()ということは……、もっと上に行けば一体どれほどのものに――――ッククク! 夢が広がりますねぇ!」

 

 いや、むしろ……、

 

 

 ――ねえ、ビアンカッ、これってもうゴールで良いんだよね!? お互いに気持ちを伝えて両想いってことで良いんだよね!? そうだよねッ!?

 ――自惚れるんじゃないの! どうせこの子のことだから、まだ家族としての“好き”と勘違いしてるわよ!

 ――ええッ、あんなにドラマチックな告白だったのに!? そんな子どもみたいなッ。

 ――ちょっと前のアンタだってそうだったでしょうが! だいたい、『愛してる』『結婚して』ってはっきり言えば文句なしのゴールだったのよ! それをまたヘタれて曖昧な言い方してッ!

 ――うぐぅ……!

 ――この子が回復したら、今度こそ腹を括って気持ちを伝えなさい! それよりも今はベホマあッ!!

 ――イ、イエスッ、マム!!

 

 

「ホホホ、その上微笑ましいラブロマンスまで見せていただいて……。や、昔から見守っていた子供がそういう年頃になったと思うと、感慨深いものがありますねぇ」

 

 そんなこと欠片も思っていないだろうに、魔族はますます愉しそうに笑みを深める。

 ……いや、もしかすると真実、この男は本心からルミナたちの成長を喜び、さらなる飛躍を願っているのかもしれない。

 慌ただしく治療に動く彼らを眺める魔族の眼は、混じり気の無い期待感に溢れていたのだから……。

 

 

「覚醒にはやはり感情の爆発が鍵となりますか。……となると、さらに心を揺さぶるような劇的なイベントがあれば…………、ククク、いいですよぉ、これからもっと愉しくなりそうです! 今後も期待していますよ、勇者殿ッ、ホーッホッホッホッホ!」

 

 

 ……それはどこまでいっても、実験動物に対する期待でしかなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

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