転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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9話 奥の手

 ――魔族。

 妖精族やドワーフなどと同じく、この世界では架空のものとされている伝説上の生物。公式の記録などはほとんど存在せず、真偽も分からない古い資料の中に僅かな記述が残る程度である。

 

 曰く、

・見た目は人型であり、言語を解し、高い知性を持つ。

・魔物を配下として従え、高度な文明を築いている。

・頑強な肉体と膨大な魔力を有し、戦闘能力に特に優れる。

・魔界にのみ生息し、滅多に人の世には出て来ない。

 

 ――等々。

 資料によって内容もバラバラかつあやふやで、以前ルミナが読んだ際も、洒落で書かれたおとぎ話だろうと、大して真面目に受け取っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、情けない……。多少手強いとはいえ、人間ごときに後れを取るとは――――ザオリク」

 

 ……しかしそれも、実際に目の前で見せられては信じざるを得なかった。パパスが確実に心臓を潰したはずの馬の魔物は、ゲマが軽く腕を振るとあっさり起き上がった。

 一流の術者が、大量の魔力と時間を使ってようやく唱えられる上位蘇生呪文――【ザオリク】。それをこの魔族は、初級魔法を唱えるほどの気軽さで容易く扱ってしまったのだ。

 

「も、申し訳ありません、ゲマ様ッ。不覚を取りました!」

「ホホホ。ま、今後の働きに期待しましょう。教団と教祖さまのため、一層励むことですね、ジャミ」

「ハ、ははぁッ!」

 

 伝えられていた情報に偽りはなかった。ジャミと呼ばれたあの手下など比べるべくもない。自分と父が力を合わせて挑んでもなお勝てるかどうか……、ゲマから感じられる力はそれほどまでに強大だ。

 

「さて、あまり時間をかけるのも良くありませんね。――ゴンズ、あなたも手を貸しなさい」

「ハッ!」

 

(しかも、もう一匹かッ!)

 

 呼びかけに応じて現れたのは、こちらも動物型のモンスター――猪のような風貌の魔族の戦士だった。感じられる魔力量や覇気から言って、おそらく強さはジャミと同程度。普通に戦えばルミナでも問題なく倒せるレベルだろう。

 ……しかし、ここにゲマが加われば話は変わってくる。

 魔導士として圧倒的な力を持つゲマが、戦士型2体を盾としてその腕を十全に振るえば、脅威度は一気に跳ね上がる。

 

「グフフフ、さっきはよくもやってくれたなぁ?」

「たっぷりとお返しをしてやるからな? 覚悟し「イオッ!!」――るおおッ!?」

 

 ならば、この場でルミナが取るべき行動は決まっていた。

 

「うぐっ! 目がッ!?」

「ど、どこだ、小娘え!!」

「(この隙にッ!)」

 

 ニヤつきながら寄ってきた二匹に対し、ルミナは先制攻撃により出鼻を挫いた。発動速度に優れる初級魔法で目と耳を塞ぎ、土埃に紛れて連中の背後へと忍び寄る。

 息を殺して剣を振り上げ、狙うはもちろん――

 

「(――死ねッ!)」

「おっと? 危ないですねぇ」

 

 ――ガギンッ!

 

「チィ!」

 

 首の後ろを狙ったゲマへの一撃は、こちらを見もせずに指一本で防がれた。さすがは上位魔族の肉体、察知能力も防御力も凡百の魔物とは一線を画している。生身を斬り付けて鋼の剣が刃こぼれするなど、ルミナにとって初めての経験だった。

 

「父さん! 俺がこいつを引き付けておくから、その間に二匹をお願い!」

「ルミナッ!? 無茶な真似をするんじゃない!!」

 

 元々今の攻撃で倒せるとは思っていない。彼女が狙っていたのは、ゲマを部下たちと分断することだった。

 実力の劣るルミナが囮を務め、その間に父に部下たちを倒してもらう。然る後に二人がかりでゲマを相手取れば、たとえ勝てなくとも逃げるくらいは十分に可能なはずだ。

 

「これが現状の最善だよ! 心配なら早く片付けて助けに来てくれ!」

「クッ! ――いいかッ、くれぐれも防御に徹するのだぞ!!」

 

 パパスは長剣を抜き放ち、ジャミとゴンズへ突っ込んでいく。

 

「時間が惜しいッ。手早く終わらせてもらうぞ!」

「舐めやがって! 二対一で俺たちに勝つつもりか!」

「人間風情が調子に乗るなよッ!」

「はああああッ!!」

 

 交戦を開始した二匹と一人を横目で確認すると、ルミナも目の前の敵へと集中する。剣を正眼に構え、どこから襲われても良いよう意識を研ぎ澄ませていく。

 

「ほっほっほ、勇ましいお嬢さんですね? 戦いが苦手な私では怖くて震えてしまいそうですよ」

「……ちっ」

 

 ルミナが父と話している間も全く動こうとしなかったゲマ。今もニヤニヤと嫌な嗤いを浮かべながら、完全に待ちの態勢で佇んでいる。人間ごときが何をしようと、後出しでどうにでもできるという自信があるのだろう。

 そしてそれは、概ね事実でもある。両者の実力差は明らかであり、まともに戦ってはルミナに勝ち目などない。

 となると、導き出される戦法は自ずと限られてくる。

 

 

 

「――ベギラマッ!」

「ほほッ、ヒャダルコ!」

 

 炎の渦が氷の柱とぶつかり合い、大量の水蒸気が撒き散らされる。

 

「メラミ!」

「バギマ!」

 

 真空の刃が火球を切り刻み、室内に激しい気流が吹き荒れる。

 

「「――イオラッ!」」

 

 同時に放たれた爆発で空気が弾け、寝室の壁の一部が粉々に吹き飛ばされた。そこから吹き込んできた高所の風に煽られ、両者は一旦大きく距離を取る。

 

「良い腕です。その歳でこれほど扱えるとは素晴らしい」

「……ちっ」

 

 遠距離からの魔法の撃ち合いはほぼ互角。

 ……というより、ゲマが意図的に威力を押さえて拮抗を演出しているのだろう。上級魔法などいくらでも撃てるだろうに、ルミナに合わせてあえて中級のみを使用している辺り、完全にこちらを舐め切っていた。

 無論、腹立たしいことこの上ないが、時間稼ぎができるならルミナとしても願ったりだ。『くれる』と言うのならありがたく受け取っておく。

 

「返礼はきっちりしてやるけどなッ! ――スカラ! バイキルト!」

 

 撃ち合いが終わり、戦いは近接戦へ移行する。ルミナはヤケクソ気味に自分へ補助呪文をかけると、長剣を掲げて突撃した。

 いつまでも同じことの繰り返しでは、ゲマが飽きて他へ目を向けてしまう恐れがある。ゆえにルミナとしてはできる限り奴の興味を引き、この場に釘付けにしておく必要があった。

 

「おやおや、剣も扱えるのですか? 芸達者なことで」

「そいつはどうも! はあッ!!」

 

 打ち合いが始まる。筋力を増強したルミナが目にも止まらぬ連撃を繰り出していく。元々の素早さに魔法の上乗せもあって、凄まじい剣速を発揮していた。常人なら何も気付かぬ内に膾切(なますぎ)りにされて終わっていただろう。

 

「フム、こちらも素晴らしい!」

 

 もちろん、相手は“常”ではない上に“人”ですらない。限界いっぱいの速さで振るわれるルミナの剣を、ゲマは余裕をもって素手で捌いていく。魔力を纏わせた剣は手の表皮すら傷付けられず、逆に、時おり返される手刀によってルミナの方が傷を負う。

 素手対武器でリーチでは有利だというのに、ゲマの拳速は容易にルミナの間合いを浸食し、その肉体に小さくない傷を付けていく。今も、ルミナの剣を手の甲で弾いたゲマは、返す刀で貫き手を放ち少女の肩口を朱く染めた。

 

「ぐがッ。……こ、の化け物め!」

「ほっほ、誉め言葉として受け取っておきましょう」

 

 分の悪さにルミナは歯噛みするも、動揺は最小限に抑えて敵を見る。幸いゲマは彼女を舐め切っており、接近戦に移ってからは一切の魔法を使っていない。補助魔法さえも使わず、身体能力によるゴリ押しのみでルミナの攻撃に対応している。

 ……それでもなお圧倒されているのだから笑えないのだが……。

 

 しかし構わない。押し負けるのは分かっていたこと。

 全力で剣を振るい、それでもなおゲマには届かない現状。力も手数も間合いも把握され、奴は弄ぶかのようにルミナが追い付くギリギリの速さで腕を振るい続ける。

 そして拳に剣を合わせること、数十合。

 右から迫るゲマの大振りを躱し、ルミナは大きく上へ跳んだ。ここまで築き上げてきたリズムを突然変える縦の動き。人間と同じく二足歩行である以上、魔族にとっても頭上はこの上ない死角だ。瞬間的に相手の姿を見失ったゲマの直上から、ルミナは全力で鋼の剣を突き下ろす。

 

「はあああッ!!」

「ほほっ、惜しいッ!」

「ぐっ……!」

 

 隙を突いたはずの一撃は容易く打ち払われ、逆にルミナの身体が無防備でゲマの眼前に曝される。

 

「どうやら、ここまでのようですねッ!」

 

 空中で急所を晒したルミナの身に、ゲマの手刀が勢いよく迫り――

 

 

「(――――ここだッ)」

 

 瞬間、彼女はまだ見せていないとっておき(カード)を切った。ここしばらくの間ずっと窮屈な思いをさせてきた()()を、今こそ全力で解放しろ!

 

「ホホ、よく頑張りましたが、これで――――なにッ!?」

「はああああーーーッ!!」

 

 叫ぶと同時、ルミナの背中に純白の翼が顕現した。この世界に生まれ落ちたときから、何度も彼女の命を救ってくれた最古の相棒だ。たとえ準備無しの緊急使用でも、その運動性能には些かの減殺もない。

 

「せやあッッ!!」

「ガッ!?」

 

 空中機動力を得たルミナは、ゲマの周囲を上下左右、縦横無尽に駆け巡る。目にも止まらぬ旋回速度と、不規則な軌道の合わせ技。ただの人間には不可能な全方位波状攻撃により、ゲマの意識を翻弄していく。

 

「あなたッ、その背にあるのは――ッ!」

 

(いける! 変化した姿に面食らっているのか、なぜだか動きも鈍い。今なら一方的に叩き込める!!)

 

 攻撃を掻い潜り、魔族の大柄な身体に斬撃を叩き込む。急所に当たってもなお刃は立たない――が、斬れなくとも衝撃は通る。心臓や肺を重点的に狙えば、僅かなりとダメージは蓄積するはずだ。

 

「フンッ! あまり舐めてもらっては困りますねえ!」

「ッ! ちぃぃ!」

 

 それでもなおゲマは即座に対応してくる。スタミナ度外視の全速攻撃を、反射神経と勘だけを頼りにはじき返し……、やがて視覚でもルミナを捉え始めた。

 元々肉体スペックに差があり過ぎるのだ。初見殺しのビックリ技もそう長くは通じない。この化け物が全神経を集中して対処すれば、子どもの悪足掻きなど遠からず制圧されることだろう。

 

 

 

 

 ――そう。……()()()()()()()()()()()()に集中すれば……ッ!

 

 

 

 

「――今だ! 父さんッ!!」

「承知ッ!!」

「なッ!? ぐおおおッ!?」

 

 ――これこそが真の狙いだった。

 子どもとの一対一で油断させ、意外な隠し球で度肝を抜き、そうして全ての注意をルミナに引き付けたところで、部下を倒したパパスが背後から奇襲をかける。そこまでルミナが持ちこたえられるかどうかが賭けであったが、パパスは恐るべき早さでジャミとゴンズを片付け、ここまで来てくれた。

 目論み通り、娘を数段上回る父の豪剣は、無警戒だったゲマの背中を深々と斬り裂いたのだ。

 

「もともとが2対3なんだ! 卑怯とは言わねえだろうなあッ!!」

「ぬ、ぐっ……!」

 

 すかさずルミナも前方から斬りかかる。騎士道精神に篤い父が罪悪感を抱かぬよう叫びながら、前後からの挟み撃ちで手負いのゲマを追い込む。腕から血が噴き出すのも構わず剣を振り、肉体の限界まで強化魔法を重ね掛け――――やがて、

 

「そこッ!」

「しまっ――!?」

「はあああッ!!」

 

 ルミナが両腕を跳ね上げた隙をつき、パパスの剣がゲマの腹を真一文字に切り裂いた。

 

「ゴ……フッ!」

 

 ゲマの口元と腹部から青い血が溢れ、その足元が大きくふらつく。残念ながら即死させるまでには至らなかったが、重要な臓器はいくつか損傷させたはずだ。上位魔族といえども、重傷であることに変わりない。

 

「俺たちの……勝ちだッ!」

 

 助けに入る部下もすでにおらず、後はもうトドメを刺すだけ。それでこの戦いも終わりだ。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……終わりのはずだった。

 

 

「…………、ホ……ホホ……、ホホホホ……」

「??」

 

 俯くゲマの身体が、小刻みに震えだす。

 ……その揺れは徐々に大きな振動となっていき、やがては哄笑へと変わっていった。

 

「ホホホホホッ……! ……ホーッホッホッホッホッ!!」

「ッ!? ……な、何笑ってやがる!? 状況が見えてないのか!?」

「はははッ、いや、これは申し訳ない! 正直、驚きましたよ? 多少の油断があったとはいえ、人間が私相手にここまでやれたのですからッ」

 

 追い詰められたはずのゲマは、斬られた腹を抱えたまま嗤っていた。まるで『ここからどうとでも逆転できる』と言わんばかりの愉しげな表情。その不気味過ぎる態度が、優位なはずのルミナの背を意志と関係なく震わせた。

 

「落ち着け、ルミナ。冷静に対処すれば問題ない。ヤツが回復魔法を行使するよりも、私たちが斬りかかる方が早いはずだ」

「……わ、わかってる。…………わかってる、けど」

「ほほッ、おっしゃる通り、私はかなりの深手を負っています。そしてあなたたちの方にはまだ余裕がある。今お二人で全力でかかれば、確かに私を殺せるかもしれませんねえ?」

「…………ッ」

 

 パパスが冷静に諭すも、ルミナの悪寒は全く消えてくれない。腕の震えが止まらない。

 ……そして往々にして、当たって欲しくない予感ほど最悪のタイミングで当たってしまうものだった。

 

「仕方ありませんね。ではちょっとだけ――――卑怯な手を使いましょうか?」

「……何だと?」

「フフフフ……」

 

 ゲマは不気味な嗤いを浮かべたまま、その場で大きく両手を広げると――

 

 

 

 

 

「さあ出番ですよ! 起きなさい、我が僕よッ!」

「は……?」

 

 攻撃ではなく、ただの呼びかけだったという意外さ。

 

 

 ――わッ!? お、お姉ちゃ、ンぐ――!?

 

 

「ッ! リュカッ!?」

 

 続いて聞こえてきた有り得ない声に驚き、ルミナは隙を晒すのも構わず背後を振り返り、……そして絶句した。

 

「ッ!? お、お前……ッ」

「ひょーほほほほッ!」

 

 薄暗い室内の一画。豪奢な寝台の横では、血だらけの王妃が嘲笑を浮かべながら、大切な弟たちを拘束していた。その足元では、プックルが身体を踏み付けられながら必死にもがいている。

 

 

「どうやら形勢逆転のようじゃの、小娘ッ! 我らの勝ちジャ!! あひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

 

 不意の雷光によって照らされた王妃の嗤い顔。

 耳まで大きく裂けた口元と、そこから見える鋭い牙。

 

 その悍ましい顔付きは明らかに、人間のものではなかったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(原作との違い)
 誘拐を邪魔する厄介な連中(パパス一行)がいたため、偽王妃の入れ替わりが原作より前倒しになっています。本物の王妃は誘拐が失敗した直後に、地下牢へ幽閉されました。
 
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