がすとふれげん 作:錨を妾にする
武装国家ガストフレゲン。大陸においては長い歴史と流してきた血の量から、度々悪の代名詞として名を用いられる、怖いこわーい国である。
歴史にして八千年。一つの国が名を変える事無く八千年続くことの難しさは、けれど建国当時から変わらぬその頂点によって容易なものとなる。
幽姫。そう呼ばれる王がいる。
「妾なんじゃけどな?」
「そっすね」
「んー、敬意足らんくない? 妾これでもかなり恐れられて畏れられて怖れられてるタイプのロリババアなんじゃけど」
「はあ。でも私よりチビなんで」
「仕方ないじゃろロリババアなんじゃから。身長高かったらロリババアじゃないじゃん?」
「しらんすけど」
世間一般では赤子を取って食う鬼のような、血も涙もない残虐非道で冷酷無情なイメージの幽姫。ただそのイメージは、ガストフレゲン国内に入ると少しと変わる。
容姿においては可愛らしい方だろう。プラチナブロンドの髪は足首の辺りまで伸びていて、サラサラ。顔立ちも幼子にしては整っている。服装は何時も同じ。真っ黒いワンピースには花柄の刺繍が施してあったり、両腕にはこれまた花柄のバングルが嵌めてあったり。
かと思えば足元は裸足にサンダルと、おしゃれを気にしているのかずぼらなのかわからない。
「いやこれは、臣下から貰ったものじゃん? つけないはずないじゃん?」
「はあ。貰わなかったら全裸だったんすか」
「なわけないじゃろ。妾割と恥ずかしがり屋じゃよ?」
「しらんすけど」
国民には気さくで、まぁ、あんまり落ち着きのない王だと知られている。
彼女の人気は高い。ちゃんと高い。それは勿論、可愛らしいという点もあるのだろうが──。
「んで、侵略先じゃけど」
「出来るだけ平和な国、すよね」
「おー、わかっとるじゃん?」
これまた、ちゃんと。
武装国家の頂点らしく、誰よりも残忍である、という点にあるのだろう。
「リヴィニア」
「なんすか」
「確かお主は、許婚がいたな?」
「……」
それは勿論──私に対しても。
元敵国の、敵対していた王の娘たる私に対しても。
未だ──私を取り返さんと徹底抗戦をしているらしい両親のために。
「別に、お好きにどうぞ。この国の頂点はアンタすから」
「うむうむ。従順で結構じゃ。でも、も少し気を許してくれてもいいんじゃぞ? おっぱい触っていいか?」
「出来れば死んでほしいす」
「ううむ、でも不老不死なんじゃよなぁ、妾ってば」
どうしてか、何故か、敵である私を手元において、自由にしている幽姫を。
いつか、いつか──この手で。
「楽しみにしとるよ、リヴィニア」
「はあ」
「リアクション薄いのぅ
さて──侵略だ。
どこぞの国を攻めるとならば、当然、国は忙しくなる。慌ただしくなる。
果物や雑貨と並んで売られている武器類の需要が上がるし、メンテナンス業をする職人たちも嬉しい汗を流す。
市街を駆けまわる子供。買い物をする主婦。杖を突く老人。
その誰もが既に、何かしらの武器を身に着けている。刀剣類。銃器。槌や槍。
この国は、この国の民は、はっきり言って異常だ。
「お、リヴィニアちゃんじゃないか! どうだ、一つ」
「うす」
「うんうん、若い内はどんどん食ってどんどん強くなるんだぞー」
餡子入りのパンケーキ。列記とした商品だ。ちゃんと値段のある商品を、なんでもないかのように貰う。
「リヴィニアさん、お久しぶりです。国王は元気ですか?」
「言うまでもないんじゃないすかね」
「はは、それはそうだ。ああ、これ、国王と一緒に食べてください。今月のは特段甘いんですよ」
「うす」
籠にいくつかの林檎を貰う。一応元王族。品質の良さくらいはわかる。紛う方なき、高級品。
こうして街中を歩いていると、こういう事が良くある。
よくある。これでもかという程に。そしてそれは私にだけ、ではなく、誰しもが誰しもに"お裾分け"や"おまけ"をしていて、戦時下にあるとは思えない和気藹々とした雰囲気が蔓延している。
異常だ。この国は。
もしかしたら──明日にでも隣人が、あるいは己が死んでしまうかもしれないというのに。
横暴な国王に振り回されて、今の平和を失うかもしれないというのに。
随分と、幸せそうで。
「だって妾がおるし?」
「……一人の時間もくれないんすか」
「いやストーキングしてきたわけじゃないよ? 妾、ちょっとここのチョココロネ死ぬほど好きでちょっと買いに来ただけだし。いる?」
「貰うすけど」
心臓に悪いとはつくづく思う。
この王は神出鬼没だ。どこにでも現れる。そして、言葉にも出していない心情に答えを出してくる。
「それと、金があるからじゃろなぁ。他人に善意をかけても貧困に陥らない余裕があるんじゃよ。湯水の様にお金あったら、少しくらい奢ってやろうって思うじゃん?」
「じゃあなんで働いてんすかね」
「働くのが楽しいからじゃろ。自らの技術を磨いて、自らの交友を深めて。働くというのは、金を稼ぐ主目的を外さば、自身の向上における最適の行為じゃよ」
「そすか」
これもまた、異常だ。
向上心の塊しかいない。この国には。幼子も、老人も、常に上を上を目指す。
誰もがあくせく働くし、誰もがそれを苦痛に思っていない。それは幽姫の言ったスキルアップを求めて、でもあるのだろうけど、それ以上にこの国には……悲しみ、あるいは嘆き、といった感情が見当たらない気がする。
裕福、というのか。これが。
「あ、そろそろ見たいアニメ始まるからまた後でな」
「うす」
「ちゃんと帰ってくるんじゃぞ~」
言って、消える。
神出鬼没は何も言葉の綾じゃない。本当に突然現れるし、突然消えるのだ。
「……ああ、林檎。持ってってもらえばよかった」
私は今、別に、何の拘束もされていない。何か
だから、逃げようと思えば逃げられる。
逃がしてくれるか、とか、どうやって逃げるのか、はおいておいて、逃げる事自体は出来る。
でも。
「……一緒に食べて、って言われたし」
何故か帰る理由を見つけてしまう。
何故か──逃げない理由を。
もしかしたら、私はもう、心まで。
「ん? あれ……リヴィニア様?」
「え?」
落ち込んだ気分にふと、凛とした声がかかった。
顔を上げる。いつの間にか俯いていたらしい。だからその顔を上げて、相手を視認した。認識した。
そこには、端正な顔立ちをした一人の男……っぽい服装の女性が。
「騎士レビール。どうしてここに?」
我が国の筆頭騎士が、いた。
「そうですか。いえ、ご無事で何よりです。あの衝突の後、攫われたリヴィニア様の安否を国王達も心配しておりましたが……その、お元気そうで」
「はい。ガストフレゲンの王は、私に何もしませんでしたので。それで、騎士レビール。貴女は何故ここに?」
「ああ、謀反したのですよ。ただ団長に叩き潰されまして。敗走後、この国に辿り着きました」
そんな──なんでもないかのように。
騎士レビール。その美貌から、多くの女性人気を集めた白百合の剣。少しばかりの問題行動の多さから重要な役職には就けず、それについて騎士団長が頭を抱えていたのを覚えている。あれさえなければ、すぐにでも副団長に上げるのだが、と。
それが。
「何故、と聞いても?」
「ああ、いえ、いつまでもリヴィニア様の奪還に勤しむ国王側に嫌気が差したのですよ。国民は疲弊し、騎士団も休養が必要。だというのにリヴィニア様リヴィニア様と……。これは、一度性根叩き直した方が良いな、と。まぁ、叩き潰されたのは私なワケですが」
「……」
「あっと、一応弁明しておきますけど、私はリヴィニア様を嫌ってはいませんよ? ただ一度冷静になって、態勢を立て直すべきだと言ったんです。"お前はリヴィニア様の悲しみを云々"って説教されましたけど、どうです? 今悲しいですか?」
「……いえ、特には。お父様達にも……休んで欲しい、と、そう思います」
美貌は確かに、美しいと言えるのだろう。
ただ、性格が少々。だから問題行動が……周囲との衝突が多い、という話だったか。
成程。
「しかし、この国は過ごしやすいですね。店に入って剣を置けとも言われず、外に出て所作を気にしろとも言われず。無駄な伝統や無駄な礼儀に縛られない」
「わかる。妾テーブルマナーとか大嫌いじゃから、そういうの言ってこない家臣で超安心しとる」
「私もこの見た目故、まるで
「わかる~。妾も国王じゃけど別に高貴な血筋ってわけじゃないし。少しくらい王らしくしてください、とか言ってくる臣下いるけど妾の在り方が最も王らしいと思ってるし」
「あぁ、貴女がガストフレゲンの国王幽姫でしたか。初めまして。リヴィニア様がエメンド国の騎士、レビールと申します。まぁ騎士号は剝奪されてますが」
「妾国民には優しいから言うけど、妾の容姿知らないのは大分やばいよ。オタクとかいるからね。道端で突然質問してきて、答えられなかったら妾の録画記録に十年分とか送り付けてくるからね」
「成程、留意しておきますね」
アニメを見に行ったのではなかったのだろうか。
そこにいた。
そこ──噴水の縁に座る騎士レビールの、膝の上に。いつのまにか。
「レビール、妾の側近になる?」
「ええ、私で良ければ」
「おっけー、城に入れるようにしとくから。あ、妾の寝室は入れんから。たとえ同じ女といえど、こう、あるじゃん? それ以外の場所だったらどこいってもいいから」
「ありがとうございます」
「なんならリヴィニアと同室に……いや、リヴィニア食われそうだからやめとく。妾レズには聡いんじゃよね。レビールからは獣の匂いするから。リヴィニアは妾が守るから」
「残念です。実はこの後リヴィニア様をホテルに誘って、言いくるめて食べようと思ってたのですが」
「許さないから。妾が先に食べるから。その後ならいいよ」
「どっちも死んでくれないすかね」
騎士レビール。白百合の剣。
この様子だと、彼女の毒牙にかかった国民は多いのだろう。まさか私にまで矛先を向けんとしていたとは思わなかった。もう気を許すのはやめる。
「そういえばもうすぐ戦争あるんじゃけど、参加する?」
「しない、という選択肢があるので?」
「みんな参加したがるからアレじゃけど、別に参加しなくてもいいんじゃよ。その辺強制するつもりはないし」
「ふむ。ちなみにどこへ?」
「ウィードル」
「それは」
一瞬、レビールが私を見る。良かった、その辺の良識はあるのか。
「そう、リヴィニアの許婚殿がいる国じゃよ」
「成程。話していて、噂は噂か、と思っていたのですが、火のない所に煙は立ちませんね」
「あ、リヴィニアは参加するよ。むしろ率先して立候補してたし」
「へえ。なら、私も参加させていただきます。リヴィニア様の部隊でお願いしたく」
「おっけー」
戦争。戦争だ。
否、やっぱり侵略だ。だって、あちら……ウィードルに軍隊は存在しない。騎士団さえもない。戦う力の無い国に対し、超武力を叩きつける行為。宣戦布告さえ行われずに、侵略は始まる。
その布石は既に打たれている。
「やばい、今唐突に猛烈にサーモンのカルパッチョ食べたくなったからその辺の漁村行ってくるんじゃけど何か買ってきてほしいものとかある?」
「魚介は苦手なので、構わずに」
「リヴィニアは?」
「いらないす」
「おっけー」
そしてまた、消える。
レビールの膝の上から、一瞬で。
間。
「それじゃ……どうです、リヴィニア様。この後ホテルとか」
「死んでほしい」
もうコイツ相手に王族ぶる必要はないと判断した。
ガストフレゲンは浮遊している。
大陸の中心部には大きな大きな穴が開いていて、そのまた中心に、ガストフレゲンがある。
周囲には雲が漂っているけれど、あくまで自然の雲でなく、作り出された雲だ。触れるし。乗れるし。
ガストフレゲンの下に開いた穴の深さはわかっていない。否、唯一その穴を作り出したとされる幽姫だけは知っているはずなのだが、"えー、どれくらい深いとか細かくない?"とか言って、話そうとしない。
幽姫。彼女の本名を知る者は少ない。私も知らない。
ただ幽姫と呼べば反応するし、王と呼んでも反応するから、困りはしない。その名を知っている者はいずれにせよ重鎮と呼ばれるお歴々で、彼ら彼女らも話そうとはしないものだから、やっぱり幽姫が呼称としては一番正しいと言えるだろう。
彼女は強い。多分、騎士や軍隊などとは比べ物にならない程に。強さ、というものが何を表すかは人に寄るんだろうけど、単純に武力が、あるいは殲滅力が。ガストフレゲンの国民も高い武力を有しているけれど、それをして敵わぬくらい、幽姫は強いのだという。どんなだ。
そして不老不死らしい。発生から今の今まで歳を取っておらず、死んだこともないのだそうだ。食べなくてもいいけど食べるのが好きで、先ほどの様に、たまに唐突に何か食べたくなって、それを食べに行くくらいの行動力を有す。
「……」
パタンと、手帳を閉じる。
別に情報収集が得意なわけじゃないから、この国で聞きかじった事を適当に羅列しているだけの手帳。とりとめの無さは当然、何かに役立てるきがないから。
一矢報いる、なんて事は考えれど、それが無理な事くらいわかりきっている。
私程度がそれを成し得るのなら、この国が八千年続くことは無かっただろうから。
「リヴィニア様。私です、レビールです」
「……」
「あ、勘違いなさらないでください。別に手を出しに来たわけではありません。ウィードルへの侵略について、少々……二、三、確認しておきたくて」
「……話す事は、何も」
「そんなことはないでしょう。許婚……エリオット様のいる国です」
「はあ」
ノックもせずに、とか。思わないでもないけど。
扉を開ける。ベッド横に備え付けられたスイッチ一つで扉の開け閉めが可能で、だから私は、ベッドに寝転がったまま、騎士レビールを迎え入れた。
「……誘ってます?」
「出て行くか死ぬか」
「ふふ、冗談です。それほど気を許していただいている、と思っておきます」
「別に……もう私は、王族ではないんで。先ほどは一応居住まいを正してましたけど、もういいす。貴女は国に謀反をし、敗走した騎士。謂わば犯罪者。私は攫われた姫ではあるけど、幽姫と共に他国への侵略を企て、手配を行う加担者なんで」
「おお、違和感がすごい。新鮮な一面だと喜んでおきましょう」
「勝手にして」
レビールは慣れた足取りで、私のベッドに……足元に座る。
そのまま触れようとしてきたので蹴る。躱された。流石は騎士か。
「加担者、と言いましたか。ウィードルへの侵略手順は、リヴィニア様がお考えに?」
「まぁ。あの国の構造は良く知ってるんで。どこを攻めたら落とせるかくらいは、容易に」
「では、エリオット様は自らの手で?」
「別に誰かと張り合うつもりはないけど。貴族王族には賞金がかかるっぽくて。生け捕りは二倍だそうで」
「金銭のためだったのですか?」
「この国に身を置く以上は、必要な事。自身の技術向上と金銭。まぁ、戦争に参加するだけで、エメンドでは考えられない規模の参加費を貰えるんだけど」
「どこから……などと、問うまでもありませんね」
「潰した国から」
「はい」
この国は、常勝だ。
侵略行為は勿論、戦争においても常に勝ち続けている。故に資金は潤沢で、困る事がない。頂点がアレなこともあって、国民も杞憂する事がない。
ガストフレゲンにおける通貨は必要であれど、絶対じゃない。生きていくために何が何でも稼がなければいけないものではなく、より高価なものや、より深い知識を得るための手段だ。この国における富豪とは、戦場において多くを殺し、国内において多くを学んだ者を差す。
それを異常と思えなくなるのも、時間の問題で。
「良いのですか? リヴィニア様とエリオット様は、大変仲がよろしかったとお見受けしていましたが」
「私を救いだせぬ未来の夫に、価値はないんで」
「……ほう。なら、私が貴女をここから救い出したら、未来の妻としての価値を見出していただけると?」
「……出来るものなら」
幽姫は唯一、寝室には入って来ない。曰く"自分の寝室に入れないのに他人の寝室に入るのは流石に人として、みたいな……あるじゃん?"だそうで、だからこういう話も出来る。
まぁ本人が目の前にいてもするのだが。
「ふふ、やめておきます。私はまだ死にたくはないので」
「騎士レビールでも、幽姫は恐ろしいんで?」
「勿論です。私とて幼き頃から聞かされてきましたよ。怖い怖い、幽姫の話。地に穴を開け、星を墜とし、神を殺した幽姫の話」
「御伽噺では?」
「そして……あの日。リヴィニア様が攫われたあの日に見た、圧倒的な威光。だから私は国王に告げたのです。あれには勝てない、無理だから諦めろ、とね」
まぁ、先に性格に難があると評したけれど、確かにそうだとも思う。
幽姫に歯向かうと……徹底抗戦ならば、いつか希望が見出せると思っているの自体が過ちだ。誤りではなく、過ち。
無理だ。あれには勝てない。そんな無駄な事をするくらいなら、あれの興味が向かぬよう細々と暮らしていろ。奪還など、諦めて。
「運が悪かったのです。馬車に轢かれたようなものです」
「雷に打たれたようなもの、では?」
「頻度は比べ物にならないでしょう。なんせ幽姫の性格がアレですから」
「それはそう」
思い付きで、気分で行動する絶対武力。
そんな恐ろしいものもそうそうない。
「エリオット様は生け捕りにするおつもりで?」
「二倍は捨てがたい」
「わかりました。私も殺さぬよう努めます」
「ただ、生け捕りにしても、死ぬと思う」
「それはどうして?」
「幽姫は女にしか興味ないから。国民は別にして、捕虜にするのも、臣下にするのも、女ばかり。重鎮の中には男もいるけど、みんな苦い顔をして"国王は女好きだからなぁ、滅多に顔を出さんよ"って」
「なるほど、私に禁止しておいてあの王もソッチですか」
「別に禁止はしてないと思うけど。私に手を出すと怒るっぽいだけで、合意の元誰かを食べるのに問題はないんじゃ?」
「ほう。それは良い事を聞きました。しかしその話はおいておきましょう。リヴィニア様は、よろしいので? エリオット様が、命を落とされても」
「別に。さっきも言ったけど、彼にもう価値はないから」
「良い冷酷さです。いえ、杞憂が過ぎましたね。リヴィニア様の心が壊れてしまうのではないかと心配しましたが……問題は無いようで」
殺さぬように努める、なんて言っておきながら、一人前に心配を、などと。
怖い騎士だ、本当に。背を向けてはいけない気がする。
「ちなみに私はロリにも食指が動くのですが」
「知らんけど」
「ロリババア。良いジャンルですね」
「知らんけど」
早く出ていって欲しい。同じ空気を吸っていたくないから。
「で?」
「いやさ、漁村に行ったらなんかご飯屋さん全部休業してるじゃん? 何があったんじゃろー、って話を聞けば、クラーケンの群れが近海に来てて、思うように漁が出来ないらしいじゃん? 助けるよねー」
「別にそれはいいんすけど」
「で、勿体ないじゃん? クラーケン。食えるし。だから持ってくるじゃろ普通」
「はあ」
「勿論下処理済ませて捌くじゃろ。収納保存の術式かけて鮮度保つじゃろ。んで城の食糧庫に放り込むじゃん?」
「そっすね」
「で、クラーケンって頭足類じゃん? 吸盤と触手が特徴じゃん? ……これはピンとくるわけじゃよ」
ぬめ、としたソレが、肌を撫でる。
所々が吸い付き、圧し、服の上からわかる程、蠢いている。
「触手プレイ、いいな、って」
「死んでくださいす」
「あれ、お気に召さない?」
「召すわけ」
「……おかしい、良い女とは、全員触手が好きなものとばかり……」
「消してくださいす」
「おっけー」
ふ、と消える。触手が、そしてそれを出していたナニカが。
幽姫の足元の影から出現していたそれは、あれだけ湿っていたはずなのに、あれだけぬめぬめしていたはずなのに、どこも汚していない。私の肌にも、服にも、何も付着していない。
ただ、不快感だけがひっしりと。
「じゃあお夕飯行くかぁ」
「うす」
「今日はイカ飯じゃよー」
不快感。
……けれど、何故か、それが育ち切ることはなく。
泡の様に消えて行った。