「んあ?」
「あ、漸く起きたか。もう飯出来てるぞ兄貴」
なんだ、寝てたのか俺は?士郎が俺の顔を覗き込んで起きたのを確認すると、呆れた顔を浮かべて去っていく。いつ間に寝てたんだ俺は……というか、なんだか頭がぼーっとして記憶がはっきりしないな。寝る前の俺は一体何をしてんだっけか。
「兄貴?起きたんなら皿を運ぶのを手伝ってくれ」
「お、おう。分かった」
士郎に呼ばれてた俺は取り敢えず立ち上がり、襖を開けてリビングへと──
「ん?珍しいね影辰がうたた寝とは。よく眠れたかい?」
「……は?」
俺は思わず思考が停止してしまった。だって、その男は此処に居て良いわけがなく、あり得ない光景なのだから。信じられる訳がなかった。思わず、頬を抓っても目の前の景色が変わることはない。まだ寝ぼけているという訳ではない様だ。益々、何が起きているのか分からない。俺自身の記憶と目の前の光景どちらを信じてれば良いのだろうか。
「もしかして体調でも崩したかい?それなら取り敢えず、ご飯を食べて薬を飲むと良い」
晩年の彼と同じ様にこちらを気遣ってくる優しさに思わず、泣きそうになる心を必死に押さえ込み俺は口を開く。もう直接、呼ぶことはないと思っていたその名前を告げながら。
「大丈夫だ切嗣。少し、寝惚けてるだけさ。らしくない事はするもんじゃないな」
「なに、君も人間だ。時には疲れが溜まる事だってあるだろう」
そう言って目の前の男、切嗣は俺を見ながら優しく微笑む。あぁ……まさかもう一度その顔が見れるとは思わなかったよ。
「ご馳走様。うん、相変わらず士郎の料理は美味しいね」
「今日は切嗣の好きなハンバーグだからな。気合を入れて作ったよ」
高校生の姿の士郎が切嗣に礼を言っている。違和感しか覚えない光景だが、この短時間で少しずつ見慣れてきてしまった。一体なにが起きたかは分からないが、俺は今あり得ざる世界を見せられている。切嗣が生存したまま士郎が高校生になっており、今の季節は春。恐らく、第五次聖杯戦争も起きていない。
「……なんだってんだ。魔術師の襲撃か?だとしたら俺に抜け出せる手立てはないぞ」
「影辰?さっきから随分と悩んでる様だが、本当に大丈夫かい?」
「あ、あぁ。大丈夫」
落ち着け。現状、この切嗣も士郎も俺に何か危害を加える気配はない。それどころか、俺が心の奥底で望んでいた誰も不幸せにならない世界を歪に再現した様にただ、平和な時間を過ごしているだけだ。きっと、俺の意識だけがおかしい。この世界を歪だと捉えてる俺が。
「あぁ、そうだ。影辰、士郎。今度の休日に何処かに遊びに行こうかと思ってるんだけど何処が良い?」
「俺はまた料理器具を見れればそれで良いかな。包丁が少し古くなってきてるんだ」
「本当に士郎は料理が好きだね。分かった、折角なら堺まで行って良い包丁を見つけようか」
「良いのか!」
にこやかに切嗣と士郎。それは間違いなく、普通の親子の光景で俺は思わず笑みを浮かべると、それに気が付いたのか士郎と切嗣が俺の顔を見た後、顔を合わせて笑い合った。なんだ?何か面白いことでもあったのか?首を傾げた俺に対して士郎が説明をする。
「漸く笑っただろう?それがなんだか面白くてな」
「うん。影辰はいつも、僕らが話してるのを優しい笑みを浮かべて見てるよね。そんなに僕らの事が好きなのかい?」
「うなっ!?」
確かに二人の事は大切な家族として、好きだ。それでもこうして面と向かってそう言われると、恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。そう言えば以前、大河にも似たような事を言われたな……もしかして俺って自分が思ってるより顔に出てるのか?
「良い大人を揶揄うなよな!ああくそ、顔が熱い」
俺がそう返すと二人の笑い声が一段と大きくなる。二人が楽しそうに笑っているのを見ていると、俺もなんだか全てがどうでも良くなってきて一緒になって笑い合う。そんな事をして過ごしていれば、時間の経過は早いもので辺りはすっかりと暗くなり士郎は学校があるからと既に眠りについた。
「なんだか久しぶりにここまで笑った気がする」
「そうかい?君はいつでも楽しそうに過ごしてるじゃないか」
「後悔が無いようには生きてるつもりさ」
あの日と同じ様に縁側に座りながら俺は切嗣と、一緒に夜空を眺めながら話をする。月は見えないが、憎たらしいぐらいに星は綺麗に輝いていた。
「決して歩みを止めないのが君だものね影辰」
「あぁ。だから、此処には居られない」
俺は立ち上がり切嗣の前に移動する。下から見上げてくる彼は、変わらず枯れた顔をしているが何処までも優しい顔で俺を見ている。だからこそ、俺はこの平和を享受する訳にはいかない。それをきっと目の前の男は望んでいないから。
「もっとゆっくりしても良いんだよ」
「いいや、俺は行くよ切嗣。此処は何もかもが俺に優しい嘘だらけの世界だ。とても居心地は良いけど、世界はこんなに優しくないって俺はよく知ってるから。俺は俺の世界で生きるよ」
「そっか。うん、君らしい選択だよ影辰。いってらっしゃい」
「あぁ。行ってきます」
切嗣に背を向けて俺は歩き出す。後ろを振り向く事はしない。足を進め家の前の門で足を止める。閉まっている門に触れ、開けようとするがビクともしない。鍵が掛かってる訳では無い。世界がこの先を拒んでいるそんな感じだ。
「……まだ拒むか」
両手を置き全力で押すがこれでも開く気配はない。どうしたものか……魔術的な仕掛けだとしたら俺に打つ手はなにもないぞ?門の前で立ち止まり、悩んでいると背後に気配を感じた。
「何を悩んでいる。お前が出来る事など、一つだけだろう」
「……それで開かないから悩んでるんだろうが」
「ふっ。やれやれ、仕方ないな私が手を貸してやろう」
奴が俺の隣に来る。決して、顔を見合わす事はしないが何をするかは理解した。合図も何もなく、俺達は同じ構えを取り、同時に全力で拳を門に叩き込む。破砕音が響き渡り眼前を遮っていた門は完全に消滅する。
「礼は言わないからな」
「なに、これからのお前で払って貰えれば構わん」
相変わらず趣味の悪い野郎だ。俺は足を進め家の外に出ると、同時に全てが黒に染まっていく。それでも俺はただ前を向いて歩き続ける。
『抜け出すのが早いねぇ。もっと時間かかると思ったけど』
「そりゃ、残念だったな。暇潰しの相手は今度からは選べよフランチェスカ」
『……アッハハ!こわーい、殺気だね!今度君と会う時は新しい身体でも用意しておかなきゃ駄目かな?』
視界が徐々に明るくなっていく。どうやらこの世界とも完全におさらばできるらしい。はぁ、全く4月の頭から最悪な始まりだな……ん?4月の頭つまり、1日……おいおいまさか。そこまで考えて急速に意識が浮上する感覚と光が差し込んだ。
「……ん?」
「聖書をアイマスク代わりにいい夢見れましたか?」
呆れたカレンの顔が視界に広がる。そういや、教会でうたた寝してたんだっけか。今度はしっかりとある記憶に安心しながら、軽く身体を動かす。
「最高でクソッタレな夢だったよ」
「あら、そんな面白そうなものを私抜きで見ないでくださいな」
「難易度高い事を言うな!?」
無理やり理由付けするなら、偽りの聖杯のアルファテストみたいなものですかね?
え?エイプリルフールは午前中だけ?体調不良とか思いつきとかで、書いたからその辺の細かい事は忘れなさい。
では、またの更新でお会いしましょう。