エアコン欲しいと、思う夏の暑さ。
「影辰、入るよ」
ノックをし、俺の返事を待たず開かれる扉。別に見られてやましい物とかないけど、少しは待ってくれても良いんだよ切嗣。まぁ、いいか。片手で行っていた腕立て伏せから立ち上がり、近くに用意しておいたタオルで汗を拭いながら切嗣の前に立つ。
既に椅子に座り、その手にはスポーツ飲料を持っている。どうやら俺への差し入れらしく、机に置いてくれた。さて、まだ日が昇っているけど何か用事だろうか?
「君に僕の理想を伝えていなかったと思ってね。この聖杯戦争で聖杯を勝ち取り、僕が何を願うのか。影辰、これを教えると言う事は君に対する僕の最大の信頼として受け取ってほしい」
どうやら切嗣からもかなりの信頼を勝ち得ていたようです。原作知識を持っている身からしたら、こう非常に言葉にし辛いものがある。この世界に転生してから俺が一番関わっているのがこの衛宮切嗣という男だ。当然、情も湧くし報われて欲しいと思う。だが、それと同時にそれが叶わぬ夢であると俺は知っている。胸の奥がズキズキと痛むのを無視しながら、笑みを浮かべて切嗣を見る。
「道具としての責任は果たせていた様で良かったよ」
自分自身を人間として扱わない事で痛みを無視する。自然な動作で差し入れのスポーツ飲料を手に取り飲みながら対面に座る……いや、座れたと思いたい。
「僕が聖杯に託す願いは、恒久的な平和だ。もう二度と、人類が血を流すことのない世界を聖杯に願う」
……知っているとも。子供の様に純粋な願いの癖に至るまでの道筋は血塗れのその理想。どれだけの苦悩を絶望を味わって、それでも尚目の前の男はこうして心折れずに立っている。俺にはとても真似できない在り方だ。
「可笑しいと思うかい?」
沈黙を続ける俺が切嗣の理想に理解を示せないからだと思ったのか、機械を演じる男にしては悲しみを感じる顔を浮べている。たくっ……いい歳したおっさんがそんな顔するなよな。
「いいや。俺は良い理想だと思うよ。良いじゃないか、恒久的な平和。俺みたいに生きたいと願う人間にはとても好ましいよ切嗣」
あぁ……自己保身しか考えてない奴が何を言っているんだ。だからって、聖杯は汚染されていると伝えて何になる?情報の出処を聞かれて別世界から、しかも貴方達が作品の中の一人として描かれている世界から来ましたなんて、言って誰が信じる?バーサーカーと言われても否定できない。
違う。違わない。違う。違わない。違う。
お前は自分が生き残る為に自分が知る物語から乖離させたくないだけだろう?
「影辰?顔色が悪いけど、大丈夫かい?」
「少しばかり疲れてるのかもしれない。夜には整えておく、そんな願い聞かされたら休んでいられないしね」
大丈夫。自分に言い聞かせ、自分の為に他人を切り捨てる。俺はもう二度と死にたくないんだ。死ぬのなら、寿命で痛みなんてなく終わりを迎えたい。そんな綺麗すぎる願いを持つ男の近くにいるには俗物な欲に塗れた願いを、変わらず俺は抱くのだった。
「……気色悪いな」
あの後、宣言通り休みを取り今は夜。聖杯戦争の時間、俺はアイリスフィールの護衛……ではなく、別の役目を命じられ未遠川に来ていた。そう、キャスター、ジル・ド・レェが宝具を展開したあの川だ。巨大な触手の何か。あぁ、なるほどこれはただの人間の精神には優しくない。
クトゥルフ神話。俺がこの世界に来る前の世界では、ラヴクラフトとその友人達の手で生まれた架空の神話形態だったが、このFate世界ではどうやら実際に存在しており干渉してくる様だ。とは言え、どっかの魔神柱がやらかさなければ、向こうが見る事も無かったが。少し話が逸れた。今、ジル・ド・レェが展開している宝具はそのクトゥルフ神話に登場する一柱の神、クトゥルフに関して綴られたルルイエ異本を用いたものだ。彼の友人であるプレラーティによって贈られたものらしいが、これで本物よりは劣化してると言うのだから恐ろしい。
「と、いつまでもアレに見とれている訳にはいかないな」
川から視線を外し、集まってきた人達に目を向ける。どうせ、集まった英霊達によって打破される相手だこれ以上気にする必要もない。それよりも、切嗣の命令を達成しなければ。
切嗣から受けた命令は、ジル・ド・レェのマスター、雨生龍之介を見つけペンライトで位置を知らせること。原作で簡単に狙撃していたけど、時短する手段があるならそれを選ぶ。実に切嗣らしい方法だ。
「舞弥さんの使い魔も放たれてるし、そう時間はかからないと思うけど……」
気配を殺しながら人混みの隙間を駆け抜けていく。出来れば俺以外の人達が見つけてくれる事を祈るが……どうやら俺は神様に嫌われているらしい。川から離れていく人間とは真逆の動きをしている人間を見つけた。俺に蹴られた事で痛めたのか顎に包帯を巻いている男──雨生龍之介を見つけた。はぁ……また間近で人の死を見ることなるかぁ
「切嗣、マスターを見つけた。これから足止めを開始する、場所は冬木大橋、深山町側。川の中間ほどの位置」
『分かった。ペンライトで詳細の位置を教えてくれ』
「やぁ、お兄さん」
背後から声をかけ、雨生龍之介の意識を俺に向ける。同時に、ペンライトを投げてこの場所が切嗣から見て分かる様にする。さてと、あとは撃たれるまでの間、この殺人鬼の相手をするだけ。振り向いた彼は俺の顔を見ると、驚いた様に目を見開く。
「あの時の子供……なんでこんな所に?」
「あ、覚えてたんですか。どうも」
俺のことをしっかり覚えている様で襲ってきたりの素振りは見せない。そのまま俺だけ見ててくれ。
「そりゃこんな事してくれた相手だしね。で、俺になんか用?今は旦那のCOOLな芸術を見るのに忙しいんだけど」
聖杯戦争が殺し合いだって分かってんのかなこの人?まぁ、魔術の知識とか無いしキャスターのジル・ド・レェがその辺教えてるかは知らないから良いや。
「えぇ、まぁ」
『目標を見つけた。貫通した弾に注意してくれ』
切嗣からの通信が入る。距離が近いから聞こえたのか不思議な顔をしている雨生龍之介。悪いけど、これは殺し合いの戦争なんだ。それに、何人も殺しておいて最期は満足そうに逝くなんて気に入らない。
「さようなら、大量殺人鬼さん」
「は?さっきから──」
俺が一歩右にズレる。同時に彼の眉間に穴が空き、弾が貫通する。文句なしの即死、流石は切嗣だ。人が死にまだ近くにいた人達が悲鳴を上げて更に混乱状態になる。それに便乗して俺もその場を離れる。この世界で何度目かの生物が死ぬ瞬間、それを見ても特に俺の心が動くことはなかった。
チラリと空を見上げれば黄金の軌道が見える。よし、まだ時間はあるな。
「バーサーカーのマスター、間桐雁夜を探そう」
急造のマスターなのに、この聖杯戦争で最後の方まで生き残り、使役するバーサーカーは最後までセイバーの邪魔をする。俺の安全の為にも排除したいマスターだ。このタイミングまで待ったのは、遠坂時臣によって焼かれてボロボロになるからだ。近接戦しか取り柄のない俺では、地味に大量の蟲は相手にし辛いのだ。あと、キモイから極力触れたくない。どっかの愉悦麻婆が助けなければここで死んだだろうから、トドメを刺すのは簡単の筈だ。
「問題は何処に居るか探さなきゃいけないんだけど……」
確か路地裏ではある筈だからパルクールしながら探すとしよう。そんなこんなで、約30分ほど経過した。
「全然居ない!!」
冬木市のビルとビルの間を駆けながら探しているのだが、まぁ、見つからない。浮浪者とかならいる。ギルガメッシュがいた位置からある程度、逆算して探したんだけどなぁ……これならビルの上を走って、遠坂時臣を探した方が速かったかな。
「ん?変な音ぉぉぉ!?!?」
上を見上げると燃え盛る何かが落ちてきた。ちょうど、近くに壁があったから蹴って避ける。危ねぇ……激突してたらヤバかった。ん?このタイミングで燃えて落ちてくる人型って、間桐雁夜じゃね?
「神父に見つかるより早くトドメを!」
慌てて地面に向かって降りる。遠坂時臣探そうかなとか思ってたから無駄に高めの位置にいたのが最悪だ。勢いを殺しながら降りても、時間がかかる。あーもう、こういう時に魔術が使えたらフワッと降りれるのに!!
「ッッ!?」
腰からナイフを引き抜き、下から飛んできた黒鍵を弾き飛ばし、距離を取る様に着地する。どうやら遅かった。
「……それを助けるのあんたの立場としてどうなんだ?」
「……」
「ダンマリかよ……」
黒鍵を構え、戦う気満々の言峰綺礼が既に到着していた様だ。不味い……逃げ切れるか?
サブタイの海魔の出番、めっちゃ少ないっていうね。切嗣の理想を直接聞かされるのは今後、大切な事なので今回挟んでおきました。
再び、愉悦麻婆さん登場です。おっさんの出番多いなほんと……
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