「私が運良く貴方の前を通ったから良いものの……どうやって合流するつもりだったんですか?影辰」
「うっ……いやぁ、その無線で呼べば良いかなって……まさか言峰綺礼と出会うとは思わなかったんです」
「貴方の独断専行にも慣れてきましたが……切嗣の道具としての役目を忘れずに。まだ仕事はあるんですよ」
「はい。すみません」
言峰綺礼から無事に逃げ出した直後、俺はランサーのマスター、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを確保した舞弥さんと合流。そのまま車に乗せて貰い次の戦場へと向かっていた。間桐雁夜の殺害(未達成)という独断専行を咎められながら、揺れる車中でソラウの応急処置を行う。到着するまでに死なれたら切嗣の作戦が意味を成さない。
「令呪を右手ごと切断。下手したら失血死ですよこれ」
「真っ当な魔術師相手には勝てませんから。それにこの後使えればそれで良いのですから。ソレの手当てが終わったら、荷台に弾薬が積んであるので、不備があれば補充しなさい。言峰綺礼からの逃亡はタダでは無かったでしょう」
脇の下を強く縛り、血の流れをある程度抑制しとけばそれで良いだろう。ただの死の先送りでしかないし雑で良いや。舞弥さんの言葉を受け、荷台からコルトパイソンに合う弾薬を回収し、装填する。目的地に着くまで適度に弄っておく。……うん、特に歪んだりはしてなさそうだな。暫くして車が停まる。降りればそこには切嗣がいた。
「影辰、独断専行に関しては後で話をしよう。舞弥、ランサーのマスターは?」
「此処に。影辰が応急処置をしておりますが、そう長くはありません」
「構わないよ。交渉の間、生きていてくれればそれで良い。では、二人とも所定の位置に向かってくれ」
「「了解」」
後で怒られるの嫌だなぁ……怒られるの嫌だからバーサーカーのマスター殺しましたって結果が欲しかったんだけど、あの麻婆神父め。仕方ない、任された仕事はしっかり熟して少しでも心証を良くしよう。どうせ、怒られるだろうけど。
ランサーとセイバーが戦ってる音を聞きながら、この廃墟の2階に当たる部分に移動する。ケイネスに気付かれる可能性はあるが、今頃ランサーがセイバーとの一騎打ちに興じてる事に苛立っているだろうし、周囲に意識を割くだけの余裕はすぐに切嗣が奪う。瓦礫の山を駆け上り、二騎の英霊が戦っている場所を眺める。
「英霊の戦闘を見るのはこれで二回目か?うん、相変わらず規格外だな」
セイバーの振るった剣が瞬く間にランサーの槍に弾かれたかと思うと、即座に剣が元の位置に戻るように振われ、今度はランサーの槍を弾く。距離や位置取りも同時に行いながら一瞬でこれを行うのだから恐ろしい。速いだけなら耐え切れるが、あの二騎の攻撃は威力もある。そんなの見えたところで潰されるだけ。
「……ランサー、楽しそうな顔してるな」
此処からでも分かる。色々なストレスに苛まれてるあの英霊は今、純粋にセイバーとの戦いを楽しんでいるのが。ただ忠義を貫きたいという願いの為に聖杯戦争に参加したサーヴァント。だが、マスターとの相性が致命的に悪くその忠義が報われる事はない。そう、彼がどれだけ罵倒されようが、貶されようが嫉妬されようが最期の時まで報われる事はない。
「じゃあな、ランサー」
真紅の槍がランサーの胸を貫く。突然の行動に、セイバーもアイリスフィールも、そしてランサー自身も理解が及ばない顔を浮かべている。セイバー達のちょうど反対側から切嗣と、気絶したソラウを抱き抱え、車椅子に乗ったケイネスが姿を現す。そして、ケイネスの手から消えゆく令呪を見て全てを理解したランサーは怨嗟の声を上げる。
「貴様らは……そんなにも……そんなにも勝ちたいか!?そうまでして聖杯が欲しいか!?……この俺がたった一つ懐いた祈りさえ踏み躙って……貴様らはッ、何一つ恥じる事もないのか!?」
ランサーの恨みは尤もだ。彼の在り方からしたら最悪な手段で俺たちは勝ちを手に入れただろう。何故なら、これは聖杯戦争なんだ。たった一つの宝物を奪い合うこの戦いに、騎士道も何もない。負ければ全てを失う、誰かに願いを託す事も出来ない。国ではなく、個人が争う戦争だからこそ、使える物は全て使わなければならない。これはそういう戦いなんだ。
でも、貴方の在り方は良いと思うよディルムッド・オディナ。怨嗟の声を上げるランサーと視線が合う。俺の顔を見てなにを思ったのかは分からない。だが、より強く恨みを抱いたのは間違い無いだろう。
「赦さん……断じて貴様らを赦さんッ!名利に憑かれ、騎士の誇りを貶めた亡者ども……その夢を我が血で穢すがいい!聖杯に呪いあれ!その願いに災いあれ!いつか地獄の釜に落ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せ!」
より目を見開き、より強く怨嗟の声を残し彼は消えていった。ディルムッドの最期に心を痛め、感傷に浸るのは此処までだ。俺は俺の役目を果たそう。切嗣の道具として。
「これでお前にはギアスが」
「あぁ、契約は成立だ。これで僕にはお前達を殺せない」
切嗣が懐から煙草を取り出し、火を着ける。それを合図に俺はケイネスの背後に飛び降りた。
「なっ!」
音に驚き振り返ろうにも今の彼は車椅子。当然、その動きが間に合う訳がない。素早く取り出したコルトパイソンをガラ空きの背中から二発撃ち込み、そして簡単に狙えるソラウの頭部に一発撃ち込み、まだ息のあったケイネスの頭部を舞弥さんが遠距離から撃ち抜いた。
「僕にはな」
切嗣の言葉を聞きながら、ケイネスとソラウの死を確認する。まぁ、原作よりは苦しみを知らずに死ねたんだ。これでも良い方だろう。だから、恨んでくれるなよ。恨むならこんな戦いに参加した自分を恨んでくれ。
「ランサーのマスター、両名共に死亡」
「確認ありがとう影辰。此処からはいつもの様にアイリの護衛を頼むよ」
「分かった」
切嗣からの指示を受け、セイバーとアイリスフィールの方に向く。セイバーは怒りに満ちた表情を浮かべており、アイリスフィールは顔色を悪くしながら車に全体重を預けている。あぁ、そう言えばこの時点で三騎の英霊が脱落してる訳だから、アイリスフィールの人としての機能が低下してるのか。
「……私は漸く貴様を外道と認識した。答えろ、切嗣。真に聖杯を求める理由はなんだ」
セイバー達の方へ歩き出した直後にセイバーが切嗣に問う。清廉潔白なセイバーと切嗣の相性は悪い。今回の件で遂にセイバーの我慢が限界を迎えたらしい。アイリスフィールの言葉を信じてたらしいけど、うん。もう少し人を見る目を鍛えたらセイバー?
「答えて切嗣。今回はいくらなんでも貴方にも説明の義務がある」
アイリスフィールの言葉を受け、切嗣が説明を始める。マスターだけ殺しては他のマスターと、サーヴァントだけ殺しては他のサーヴァントと再契約する可能性があり、同時に殺すのが最善の手だとアイリスフィールに説明した。
「私ではなくセイバーに。彼女には貴方の言葉が必要よ」
「いいや、栄光だの名誉だのそんなものを嬉々として持て囃す殺人者にはなにを語り聞かせても無駄だ」
「我が眼前で騎士道を貶すか外道!」
切嗣の言葉は間違ってないと思う。どれだけ綺麗な言葉で飾ろうが、やっている事はただの殺人。同族殺しには違いないのだから。騎士道に則り戦うセイバーと願いの為に他者を殺す切嗣。その両者に違いを俺は見出せない。
「影辰!貴方も、切嗣に思うところはないのですか?貴方の様な子供を戦場に立たせ、その手を血に染めさせるこの男に」
おっと、二人のとこに到着するや否や俺に飛び火したか。思うところ……思うところねぇ……俺は切嗣から理想を聞いてるし、こういう選択を取れる人だとも知っていた。なんならランサー陣営の辿る結末も。だからまぁ、答えなんて決まっている。
「ないよ。セイバー、前に言っただろう。俺は衛宮切嗣の道具だ。道具が一々使い手の行動に文句を言うか?言わないだろう」
両手が血に濡れる事も、感情を殺さなければならない事も全て理解して俺は此処にいる。何故なら、そうしなければ、生きていけないから。
「ッッ……その目は決して貴方の様な子供がしていい目ではない」
「……悪いけど、俺はもう戻れない。これは俺が選んだ在り方だから」
心配してくれるセイバーには悪いが、もう引き返す道なんて存在してない。ただの子供として、転生者として普通に生きる道もあっただろう。或いは、この戦いから逃げ出す事も出来ただろう。けど、そんな道なんて選んでない。可能性を考えたところで無駄だ。そんなもの理不尽に奪われるのだから。
「影辰」
舞弥さんが車に乗って現れる。ちょうど良いタイミングだ、空気が重くなって来たから。
「切嗣、迎えが来たぞ。まだ仕事があるんだろ?」
「そうだね」
顔色が悪そうなアイリスフィールをチラリと見て、切嗣は車に乗り込む。やっぱり、分かってても心配なんだな。
「……切嗣はもう行ったわね?」
苦しそうに捻り出したその言葉を最後に、アイリスフィールは倒れていく。駆け込んだセイバーにより支えられ、声をかけられるが反応はない。アイリスフィールの体調悪化。それが指し示すのは、第四次聖杯戦争は後半戦に入ったということ。この先、どうやって生き残れば良いのか……
「セイバー」
とりあえず今は、アイリスフィールを運ぼう。車の後部座席を開けながら、俺はセイバーに声をかけた。車中での会話は一切無かったのは言うまでもないだろう。
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