「……暇だ」
ランサー敗退により、セイバーとの折り合いが悪くなりはや二日。俺は早朝から間桐の家を見張っていた。残りサーヴァントはセイバーを除けば、遠坂時臣のアーチャー、ギルガメッシュ。ウェイバー・ベルベットのライダー、イスカンダル。そして間桐雁夜のバーサーカー、ランスロットの3騎のみ。俺の同行はアイリスフィールと舞弥さんに強く反対されて行けなかったが、昨日遠坂時臣との一時的な休戦協定の話があったらしい。つまり、今日この時点で遠坂時臣は死に、アーチャーのマスターはあの言峰綺礼になっている事だろう。
「はぁぁ……嫌だなぁ。逃げ出してぇ……」
考えても考えても俺が生き残れる未来が見えない。いや、正確に言えば考えてはあるが実行に移せていない。今、俺は何の見張りをつけられる事なく、こうして一人アンパンを齧っている。つまり、冬木市外に逃げるなら今がチャンスなんだ。けど、それが出来ないまま時間だけが過ぎてしまった。もちろん、色々と理由を考えれば実行できない根拠がある。
「けど……情が湧いてしまってるんだろうなぁ」
一番はこれだ。生き残る為にほとんど関わってない人間を切り捨てる事に何の躊躇いもない俺だが、切嗣達は別だ。そういう覚悟を持つ前に関わり、命を救われた。笑えるだろ?この聖杯戦争の結末を知って黙っている癖にこれだ。情が湧いたなら、信じて貰えない覚悟で真実を話すべきだった。狂人の様に思われ、捨てられたり殺されたりする可能性を容認すべきだったんだ。けど、もう遅い。切嗣達というぬるま湯に俺は居心地の良さを覚えてしまったから。
「……こうなりゃ最後まで付き合って全てを運に……ん?」
双眼鏡の倍率を弄る。間桐邸から、間桐雁夜が出てきて言峰綺礼と合流しているのが見えた。それを確認した瞬間に無線機を取り出し、切嗣に繋ぐ。
『どうした?』
いつもより切嗣の声に暖かさを感じない。そうか、俺という不純物が居ても戻れたんだな暗殺者に。
「間桐雁夜が言峰綺礼と合流した。どうする?」
俺の報告に息を呑む音が聞こえる。そして、しばらくなにかを考えていたのか無言の時間が続き、切嗣が返答する。
『気づかれない距離を維持しながら追いかけてくれ。舞弥にこの事を伝えておくから、定期的に報告してくれ』
「分かった」
切嗣との通信が切れる。さて、どうしたものか。間桐雁夜はただの素人だから兎も角、言峰綺礼相手にストーカー出来る自信がない。だが、時間は早朝。昼よりは人通りが少ないとは言え、堂々と殺してくる事はないだろう。そうと決まれば早速行動しよう。隠れていた木から飛び降り、言峰綺礼達を追いかける。幸いな事に満足に歩くことすらままならない間桐雁夜のお陰で簡単に二人を視界内に捉えることが出来た。二人を見失わない程度に追いかけていると、やがて二人は言峰綺礼が用意したであろう車に乗り込む。っと、それは不味いな。徒歩で車に追いつく事は出来ない。視線を彷徨わせ、タクシーを見つけ、止まってもらう。
「こんな朝早くにどうしたの?親御さんは?」
「すみません、細かいことは良いので目の前の車を追いかけてくれますか?」
「悪戯かい?駄目だよ、ほら早く親御さんの所に戻って」
くっそ、全然話が通じねぇ!子供の身体だからか?100%そうだろうな!きっと、善意で言ってくれてるんだろうけどその善意が今回ばかりは必要ないんだ。とは言え、言いくるめるだけのスキルもない。二人が乗り込み、既に遠くになっている車の外見と番号を覚える。車種?詳しくないからわかんない!
「あぁ、もう分からず屋!」
タクシーの運転手にそう言って走り出す。そのまま無線機を取り出し今度は、舞弥さんと繋ぐ。
『どうしました影辰?』
「車に乗られたから見失った!時間の許す限り徒歩で探してみる」
『分かりました。ですが、無理はしないでくださいね』
「一時間置きに連絡します」
無線を終わらせ、全力で街中を走る。到底追いつけるものではないが、今はこうして何かしてないと余計な事を考えてしまう。そんなこんなで冬木市内を走り回り、昼ご飯を食べまた走り回り、時刻は夕方になりつつあった。走り回りに走り回り、現在拠点としている後に衛宮邸と呼ばれる場所の近くまで来てしまった。
「いくらなんでもこっちには居ないよな」
無我夢中で走り回っていたとは言え、自分達の拠点近くに戻ってくる奴があるか?帰巣本能じゃないんだぞ全く……っと、そろそろ定期報告の時間か。無線を取り出し、舞弥さんに連絡を取る。
「……出ないな」
舞弥さんが連絡に出ない。マメな人だし、定期連絡すると言っておけば手放さないはず……
「ッッ!?そうだった!今日は……!!」
記憶を辿り思い出した事実によって、走り出す。此処からなら10分とかからず戻れる筈だ。走れ、走れ、走れ!!今日ほど子供の身である事、考え過ぎた事を恨む日はない。舞弥さんが連絡に応じない。それはそうだ、今日この時間はライダーに化けたバーサーカーがアイリスフィールを拉致する日。そして、守る為に応戦した彼女が死んでしまう日なのだから。
「やっぱり……扉が砕けてる。舞弥さん!!」
慌てて倉庫に駆け込めばピクリとも動かない舞弥さんが横たわっていた。既にセイバーが出て行ったあとなのか、弱々しく彼女が目を開ける。
「……影辰」
「喋らなくて良い!今、手当をする!」
倉庫に入れておいた救急キットを取り出し、失礼だとは思うが舞弥さんの上着を脱がす。ざっと見た限り、一番深い傷は右胸近くの刺し傷。清潔な布を押し当て、包帯でキツく縛っていく。その際に脇をより強く縛り血流の流れを抑える。よし、次は頭だ。傷口は見つけづらいが、流れていく血を辿れば大凡の位置は分かる。
「少し持ち上げますよ」
返事をする体力もないのか舞弥さんから返事はない。だが、胸が上下している為、呼吸はしている。それだけ分かれば十分。今度は頭に包帯を巻いていき、傷口を押さえる。出血は応急手当てでもどうにか出来るが骨折はそうもいかない。
「救急車を呼ぶから安静にしててくれ」
舞弥さんが持っていた携帯を借りて、連絡しようと立ち上がる。その瞬間、足を舞弥さんに掴まれる。
「舞弥さん?」
「……かげたつ……あなたは、きりつぐといっしょにたたかって……あのひとのゆめを……てつだってあげて……」
そう言って舞弥さんの手が俺の足から離れた。どうやら気絶したらしい。応急手当てはした、やれるだけの事はした。あとは救急に任せよう。震える手で119番を押し、此処の住所と怪我人がいる事を伝える。そのまま外に出て、救急車が到着するのを待つ。暫くして、救急車が到着。サーヴァントの事は伏せておき、轟音が鳴ったから気になって来てみたら舞弥さんが倒れていたと説明し、応急処置をした事も伝える。彼女が運ばれていくのを見送り、塀に背中を預けながら蹲る。
「影辰」
どれだけの時間そうしていたかは分からないが、頭上から冷たい声の切嗣に声をかけられた。顔を上げて、彼と視線を合わせる。
「舞弥はどうなった?」
「応急処置をして、救急車に乗せた。その後は分かんない」
「そうか……僕はこのまま聖杯を呼ぶに足る霊脈を探る。お前はどうする?」
俺?俺はどうすれば良いんだろうな。切嗣に問われた質問を頭の中で反芻させていると、さっき舞弥さんに言われた言葉が蘇る。
「……かげたつ……あなたは、きりつぐといっしょにたたかって……あのひとのゆめを……てつだってあげて……」
なにもかも黙ってた俺が、原作を変えるかもしれない事に怯えてる俺が叶うことのない切嗣の夢をどうやって手伝えば良いんだ……分からない。分からないけど、今俺だけが知る情報で切嗣の危険を僅かでも下げる事が出来る。
「……バーサーカーのマスターを殺す」
「分かった」
今夜、0時冬木教会。そこに間桐雁夜は現れる。バーサーカーが霊体化してるかもしれない。愉悦を求め言峰綺礼、ギルガメッシュが邪魔してくるかもしれない。けど、そんなの知ったことか。あの時、仕留める事が出来れば今日この事態は避けれたかもしれない。舞弥さんが死の淵を歩かずに済んだかもしれない。俺の不始末は俺が片付ける。
「君がどんな情報を握っているかは知らないが、君を信じよう。間桐雁夜の殺害、任せたよ」
「あぁ。任せてくれ」
ごめん、舞弥さん。俺が知る全てを語るにはもう遅い。だけど、今の俺が出来る全力で切嗣を手伝うから。
深夜0時。冬木教会へと繋がる道を間桐雁夜は歩いていた。並の魔術師であれば、この聖杯戦争の間、防御術式を展開していたり使い魔で視界を広く確保していたりするのだろうが、魔術の道において落伍者である彼はそんな芸当は出来ない。冬木教会まであと少し、形が見えて来たところで暗殺者は静かに忍び寄る。
「遠坂……時臣ぃ」
見えて来た教会に間桐雁夜が溢れる呪詛を抑えきる事が出来ず思わず、立ち止まり恨みを吐いたところで暗殺者は仕掛けた。草むらから音もなく飛び出し、ただでさえ半身が麻痺しバランスの悪い間桐雁夜の足を蹴り砕く。
「ガッ!?」
急に足から走る激痛に苦悶の声を上げながら間桐雁夜は、倒れ伏す。痛みに悶え、周囲の確認を怠った彼は霊体化しているバーサーカーへ指示を出せない。霊体化から実体に戻るには一瞬の隙があり、理性を失っているバーサーカーはその辺の判断が通常より鈍っていた。もちろん、それだけではかの湖の騎士が判断を見誤る事はないが、直前に令呪二画による命令でセイバーを無視しなければならずその事実に己の中で負の感情を募らせていたからこそつけ入る隙が出来ていた。
「死ね。バーサーカーのマスター」
暗殺者──衛宮影辰は、懐からコルトパイソンを取り出し間桐雁夜を撃ち抜く。頭に風穴を空け、蟲と共に地面に間桐雁夜の血がぶちまけられた。ゴミを見る様な冷徹な目で間桐雁夜の死を確認した衛宮影辰は素早くその場を離れようとする。
「……まぁ、そう上手くはいかないよな」
「Arrrrr!」
「うるさいよ」
間桐雁夜が死に漸く霊体化を解いたバーサーカーから振り下ろされた拳を避ける衛宮影辰。直後、1騎と一人の間に黄金の宝剣が突き刺さる。飛んできた方向にいるのはもちろん。
「その道化に裁定を下すのは、この我だ。勝手に触れるな、狂犬」
英雄王ギルガメッシュだ。愉しげな笑みを浮かべバーサーカーと衛宮影辰を見ている。流石のバーサーカーもマスター死亡により魔力供給が途絶えた今、サーヴァントとの戦闘を避けたいのか唸ったまま動かない。ふと、影辰は気がついた。ギルガメッシュの近くに言峰綺礼が居ないことに。何処だと思った直後、彼の首筋に鋭い痛みが走る。
「しまっ……」
「ふっ、お前が釣れるとはな。海老で鯛が釣れるとはこの事か」
木を隠すなら森の中。殺意を隠すなら殺意の中、バーサーカーとギルガメッシュ、そして影辰自身の殺意によって言峰綺礼が接近している事に全く気がつけなかった。遠のく意識の中、衛宮影辰は切嗣に対する謝罪を思うのだった。
「(ごめん……切嗣。ははっ、危険を犯したらすぐこれとか救えねぇなぁ……)」
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