火の手があちらこちらに回っており、黒煙が夜空すら覆い隠す。ほんの少し前まで人が暮らしていたとは思えない瓦礫しかない地獄の景色。燃え盛り、砕け散る音の中に人の悲鳴が、助けてと言う願望が掻き消えていく。
衛宮切嗣によって、小聖杯が破壊され、第四次聖杯戦争は全てのマスター・サーヴァントの敗退ではなく賞品の消滅によって終わりを迎えた。今、起きているこの景色は衛宮切嗣が器たる小聖杯をセイバーの宝具で破壊した事により、既に穿たれていた孔から大聖杯を汚染している『この世全ての悪』──アンリ・マユの泥が溢れてしまった為にこの地獄は地上に具現した。その地獄にて一騎と一人が会話をしていた。一騎のサーヴァントは、この泥を受けてなお反転する事なく、受肉を果たしたアーチャークラスのサーヴァント、真名をギルガメッシュ。一人の人間は彼のマスターにして、今この瞬間不条理に囚われた男、言峰綺礼。
「これでは足りん。確かに問い続けるだけの人生に私は漸く解答を得た。ところが、問題が解かれる過程を省略してただいきなり解答を投げ渡され、何をどう納得しろと言うのだ?」
内なる愉悦の答えを見せられてなお、求道者である彼は満足していなかった。この世の地獄とも言えるこの景色は確かに言峰綺礼にとっては、心地よく満足のいくものであろう。だが、解答だけでは物足りない。この世全ての悪がこの世界に具現し、その存在を証明する事が出来る瞬間こそ、真に己は満足する事が出来ると言峰綺礼は定めた。底無しの欲望、それを見せられ裁定者たるギルガメッシュは受け渡された布で裸体を隠しながら、満足げに立ち上がる。
「それで良い。神すら問い殺す貴様の求道、このギルガメッシュが見届けてやる」
己を飽きさせない在り方を示す言峰綺礼を益々気にいるギルガメッシュ。普通の幸福を願う者たちにとっては、理解できない一組が出来上がった瞬間である。
その場を去ろうと歩き出した、直後言峰綺礼は振り返る。そこには、燃え盛る火を越え、酷く草臥れた様子で歩く男がいた。この地獄を引き起こしてしまった衛宮切嗣だ。宿敵たる彼を見て闘志を燃やす言峰綺礼だが、切嗣はあっさりと視線を逸らし近くの瓦礫を退かし始める。恒久的な平和を望んでいた男だ。今、こうして起きている惨状にギリギリで保っていた心が精神が崩れていた。誰か一人でも救えるかもしれない。まだ生きている人がいるかもしれない。そんな幻想に取り憑かれた男は、もはや言峰綺礼など見えていなかった。
「どうしたのだ綺礼?」
「いや……」
ギルガメッシュの問いに短く答え、前を向く。他人が苦しみ、絶望する様に愉悦を感じる言峰綺礼だが、この衛宮切嗣には愉悦より失望が勝った。そしてもう二度と衛宮切嗣を視界に入れる事はなく、彼はギルガメッシュと共に歩き出す。先ずはこの場を離れる為に。そしてふと、一人の少年が脳裏に浮かぶ。己と三度対峙し、答えを知っているかと期待したあの少年だ。
「そう言えばギルガメッシュよ。あの少年、衛宮影辰はどうなった?」
「知らないな。貴様は、我とパスが繋がっているから掘り起こせたがアレの目印は無い。それに、この惨状だ。流石のアレも死んだのではないか?」
何かを試す様にギルガメッシュは綺礼に問いかける。まるで衛宮影辰の生存を疑っていない様な素振りを見せている綺礼の真意を探るが如く。
「……そうか。死んだか」
「ククッ、落胆が隠せていないぞ綺礼。そんなにアレが死んでいると考えるのが嫌だったか?」
「……どうだろうな。まだ彼奴が苦しむ様を見れていない。それが心残りなのかもしれんな」
そんな会話をしている二人の近くで瓦礫が崩れる音がした。いや、正確には積み重ねられていた物が下から動かされ、崩れる音だ。その方向をギルガメッシュは愉しそうに、言峰綺礼は驚きの表情を浮かべ見る。崩れた瓦礫から覗くは余りにも小さな手、大人ではなく子供の手だ。煤に汚れ黒くなってはいるが、その手はしっかりと動き生きている事を証明する。瓦礫を動かし、隙間を作ればそこから一人の子供が姿を現す。酷く青褪めた顔をしているが生きていた。瀕死の重症という訳でもなく、この少年は地獄を生き延びていた。
セイバーと別れてからの記憶がない。一体、何が起きた?切嗣は勝てたのか?
なんだかはっきりとしない頭を押さえながら、辺りを見渡す。そこに広がっている景色は切嗣の願いとは正反対のものだった。もう此処に存在できる命は無いだろうと分かってしまうほどの風景。初めて見るはずなのに既視感を覚えるその景色の中に、彼奴らは居た。英雄王ギルガメッシュと、言峰綺礼だ。まさか、彼奴らが勝利者になったのか?その所為でこんな景色に?状況が飲み込めず混乱している間に、ギルガメッシュが近くまでやってくる。あの眩しい黄金の鎧は身に付けていない。見窄らしい布で身を隠す彼を俺は見上げる。
「ほぅ?生きていたか道化」
「……どうにかね。多分、貴方がくれた霊薬の効果もあるとは思いますが」
俺がそう返すとギルガメッシュは目を細める。何かを考える様な素振りを見せた後、何かしらの解に至ったのか笑みを浮かべ、あの時と同様、いやそれ以上に存在感が増す。その王気に圧倒されるが視線は逸らさない。逸らせば死ぬと本能が告げていた。
「なるほど、適当に選んだ霊薬であったが、確かにアレならばこの泥と原典は同じだ。この世全ての悪を耐え切って見せても不思議ではあるまい。まぁ尤も、アレに精神を強化する仕組みなど無いから貴様の魂がその身体と見合っていなかったのが一番大きいといったところか」
この世全ての悪?なんだそりゃ。俺は何かを忘れている?なんとも言えない喪失感が俺を襲うがその答えは分からない。ギルガメッシュが宝具を一つ取り出し、俺に突きつける。彼の機嫌を損ねれば俺は此処で死ぬだろう。それは嫌だ、俺はまだ死ねない。
「問おう道化。その様に成り果ててなお、貴様は何故生に執着する?」
そんなもの決まっている。裁定者として俺を裁こうとしているギルガメッシュから視線を逸らさず、真っ直ぐと言葉を告げる。
「俺が、衛宮影辰がこの世界に生まれ、そうあれと願われたからだ!!」
切嗣に拾われ、そこで出会った人達から衛宮影辰として生きて欲しいと、未来を願われた。そう願われたのなら死ぬ訳にはいかない。この命は俺一人のものではないのだから。
「ククッ……アーハハハハ!!!!!この世全ての悪という呪いに蝕まれてなお、生きてくれと
宝具が消えていくと同時に圧倒的な王気が鎮まっていく。無意識のうちに忘れていた呼吸を取り戻し、激しく呼吸する。何がどうしてか分からないが、俺はどうやらギルガメッシュに名前を呼ばれるほど気に入られたらしい。支配ね……支配か。
「俺が王として好ましいのはセイバーなんだけどな……」
「ふっ、なに。彼奴は我の物だ。つまり、俺に支配されるという事はセイバーに支配される事と同義よ」
「いや、絶対違うと思う。というか、え?いつの間にセイバーと結婚したの?一方的な勘違いじゃない?」
「戯け!この我がそう決めたのだ」
「つまり、セイバーの同意は得てないっと……」
やっぱり一方的な決定じゃないですかやだー!というか恋愛下手かよこの王様。その理論が通るなら、この世界から未婚って単語は消えてるよきっと。傍若無人な王様に呆れながら、瓦礫の上に立ち上がる。少し瓦礫が崩れてバランスを崩すが体調に問題はない。
「どうする?我々と共に来るか?」
「いや、切嗣を探して合流する。あの人ならこの状況でも生存者を探してるだろうから」
「そうか。では行くが良い」
ギルガメッシュの横を通り過ぎる。背中から宝具で刺される事はないだろう。不意打ちなら兎も角、それなりに仲良く?話してズドンなんて行為はしない。そのまま歩きながら言峰綺礼の近くを通り過ぎようとする。
「衛宮影辰」
予想通り呼び止められる。早く切嗣を探したいんだけど……
「なに?」
「貴様はこの光景を見てどう思う?」
「はぁ?……地獄以外の何でもないよ。もういい?早く切嗣を探したいんだけど」
「……あぁ。行くがいい」
何の為に呼び止めたんだ?まぁ、良いや。早く切嗣を探すとしよう。足場の悪い瓦礫の山を歩きながら今度こそ、ギルガメッシュと言峰綺礼から離れる。何度も殺気をぶつけられ、殺されかけた関係だが別れはとてもあっさりとしていた。
その後、一人の少年を抱き上げていた切嗣と無事出会う事とができ、何度も生きてくれていてありがとうと言われるのだった。
ー五年後ー
「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」
縁側で月を見上げながら切嗣があの日助けた少年、士郎と話をしていた。なんとなく物陰に隠れながら二人の様子を見守る。別に混ざっても良かったんだけどなんとなくあの場に行くのが無粋な気がしたのだ。黙って聞いていると切嗣が士郎に対して、自分の夢を語った。士郎が自分の様にならないか不安だったのに結局、話すのか。そして、案の定予想していた言葉が続く。
「しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはもう大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。爺さんの夢は」
此処に願いは継承された。それと同時に俺の弟、衛宮士郎の在り方が定まった。はぁ、大変な事になりそうだ。隠れるのを辞めて、二人の元に向かう。
「はいはい、もうそろそろ士郎は寝る時間だぞ。月見も良いが、早く寝なさい」
「もうそんな時間か。ありがとう兄貴、じゃあおやすみ、爺さん、兄貴」
「おう、おやすみ」
手を振って立ち去っていく士郎に同じく手を振りながら見送る。士郎が見えなくなったタイミングで切嗣の横に座り、持ってきた将棋盤を置く。俺の行動に少し目を丸くした切嗣を可笑しく思いながら口を開く。
「一局どうだ?」
「君は寝なくて良いのかい?」
「おいおい、もう17歳だぞ?少しぐらい夜更かししても問題ない」
パチン、パチンと互いに無言で将棋の駒を動かし合う。うーん……無言で打ち合いたい訳じゃなかったんだけどな。あー……真面目に話すのはやっぱり苦手だな。ましてや士郎の話の後だし。ふぅぅっと息を吐き、覚悟を決めて口を開く。
「……もう、限界か?」
俺の言葉に手を止めず切嗣は口を開く。
「うん。僕はもう死ぬだろうね」
ただ当然のように言い切る切嗣に悲しくなりながら、いや素直に言おう。結構、心に来てる。親代わりに育ててくれたものだからね。
「……あんたは……その、良くやったと思う。あの戦争でも、イリヤスフィールに関しても。やれる事はやり尽くしたと思う。
俺なんかに言われたところで、なんの意味も救いも無いのだろうけど」
切嗣の手が止まり、驚いた様な目で見てくる。なんだよ、切嗣その目は。
「君が僕にそんな事を言うなんてね。てっきり、道具の様に使った事を恨んでいると思ったよ」
今更だなおい!?そりゃ、正直恨みたい事とかあったけど、今更それを掘り起こすほど器は小さくないと思うぞ。はぁ……ほんと、この人はどう足掻いても善人だな。機械に成りきれなかった人間……こんなにも寂しい人だ。仕方ない、寄り添ってやるか。
「恨んでないさ。切嗣に道具として拾われてなかったら、俺はとっくの昔に死んでる。聖杯戦争に連れて行かれてなかったら、あのジジイに殺されてたと思う。あの大火災の後、切嗣が戸籍を用意してくれなければ今の俺は此処に居ない。そんな大恩人を恨める訳がないだろう?」
そう言って最大限の笑みを浮かべて切嗣を見る。そうすれば、切嗣も僅かな微笑みを浮かべてくれた。
「そうか……僕は恨まれてなかったんだね」
「あぁ。士郎と同じ、俺は衛宮切嗣という正義の味方に救われたんだ。貴方が、どれだけ自分を責めて後悔したとしてもその事実は変わらない。……他の誰かが否定したとしても、俺は道具としての俺だけは認め続ける。切嗣は正義の味方だと」
「……聞かれてたか。盗み聞きは悪い事だよ影辰」
綺麗な月を見上げる切嗣。その目に僅かな輝きを見たのを俺は黙っておく。それを言ってしまえば、俺が今溢しているものも突っ込まれるだろうから。
「影辰」
「何?」
「王手だ」
「げぇ!?」
慌てて将棋盤を見ると、俺の玉がどう足掻いても取られる形になっていた。い、いつの間にこんな詰みの状況にされたんだ……やっぱり、切嗣には敵わないな。
「ありがとう。影辰、後は任せたよ」
「……おう。あんたの夢は俺が見届けてやる。だから、ゆっくり休んでくれ」
士郎は俺が見届ける。あいつがどんな正義の味方になるのかしっかりと。だから、あんたはもうアイリスフィールに逢いに行ってこい。少し怒られて、たっぷりと甘やかされてこい。お疲れ様、
取り敢えず、第四次聖杯戦争編終わりです!この後、幕間を少々書いて、第五次聖杯戦争編になります。
霊薬の正解は、インド神話に存在するソーマ。起源をゾロアスター教の神酒ハオマです。皆さんが感想欄で予測したりなど眺めててとても楽しかったです!
では、また次回お会いしましょう。
感想・批判お待ちしています。