「兄貴、舞弥さんから手紙来てるぞ〜」
「ん?分かった、そこに置いておいてくれ」
60kg、大体一人分の重さを身につけながら剣道場で腕立て伏せをしてると、士郎がやってきた。舞弥さんからの手紙か……確か、最後に会ったのは二年前ぐらいだったかな。切嗣の葬式に参列してくれたのが最後だったはず。重りを外し、近くに置いておいたスポーツ飲料を飲み喉を潤す。手紙は丁寧に梱包されており、お土産と思われるフランス語で書かれたお菓子の上に置かれていた。
『影辰へ
切嗣と貴方の二人に言われた自由に好きな様に生きてみたらどうか?と提案されてはや四年、踏ん切りが漸くでき私は今、フランスでスイーツ巡りをしています。自分に何かを楽しむという機能が残っていた事に我ながら驚きを隠せませんが、少しずつこの世界というものを見ていきたいと思っています。
其方はどうですか?士郎くんに家の全てを任せていませんか?私と同じで生活力が皆無なのですから、その家で暮らすのなら少しずつ出来ることを増やしてくださいね。それと、言峰綺礼に師事している様ですが、不必要に痛めつけられたりしていませんか?もしそうなら、早急に連絡を。ありったけの銃弾と火器を用意しますので。話が逸れましたね。影辰、貴方が貴方らしく生きていけるのならそれが切嗣の願いです。無理はせず、元気に生きてください。同封してあるお菓子は士郎くんとどうぞ、私のお気に入りです。舞弥より』
手紙を読み切ると裏に写真があるのに気がつく。表を見て思わず笑みが溢れる。
「舞弥さん、自撮り下手すぎでしょ」
ケーキと思われるものを食べていたのか口元にクリームをつけてぎこちない笑みを浮かべている舞弥さんが、ブレながら写っていた。きっとこれでもマシな部類なのだろう。けど、漸く舞弥さんも自分だけで動ける様になったか。あの第四次聖杯戦争終結後、舞弥さんが運ばれていた病院は大災害の影響を受けずに済み、一命を取り留めた。怪我の完治には時間がかかったが、それでも終結から一年後には動ける様になっていた。
「士郎がある程度育ってからは、一緒にイリヤのとこにも行ったな。無茶する切嗣を二人で引き摺ることになったっけ」
養子に引き取った士郎がある程度育つと、切嗣は世界旅行と銘打ってイリヤを取り返そうとアインツベルンに向かっていた。俺もそれに同行するものだから、士郎と大河が駄々を捏ねるのも何度かあったが、それに退院し動ける様になった舞弥さんも同行していた。
……今でも思い出す。森の結界を解かないクソジジィのせいで吹雪の中、蹲った切嗣がとても悲しげにイリヤの名を呼んでいる姿を。
『イリヤ……イリヤ!!聞こえているか!!僕だ、父さんだ!!イリヤ!!……アイリ……僕は娘すら救えない……』
ただでさえ弱っている彼をこれ以上弱らせる訳にもいかないので二人がかりで抱えて運んだ。あの時ほど、切嗣を寂しく感じた事はない。やがて、その世界旅行すら出来なくなった切嗣。面倒を見る為に同じ家に住めば良いのに、それは奥様に対する裏切りだと言って、近くに家を借りた舞弥さん。穏やかで平和な時間を過ごしたと思う。
「……っと、昔ばかり見てる訳にもいかないな」
時間を見て立ち上がる。時刻は夕方、そろそろ夜が来るといった時間だ。この時間から先は、また別の用事が俺にはある。仕事は土日なのでない。穂群原学園の警備員だから学園が休みの時は同じく仕事が無い。まぁ、俺の勤務形態がそれってだけなんだが。
「士郎、これ舞弥さんからのお菓子」
「あぁ、冷蔵庫とかに入れとくよ。兄貴、そろそろ時間だろ?」
「おう。汗ながして教会に行ってくる」
「弁当はそこに置いてあるから」
「いつも悪いな」
台所に立っていた士郎と会話しながら、風呂に向かう。これからの用事とは言峰綺礼との修行だ。切嗣の死後、時間が余っていた俺は筋トレとかの独自の修行はしていたが、それでは限界があると悟り、俺が知る中で最も強いあの男に教えを乞う事にした。魔術が使えない俺は、体術を鍛えるしかない。知り合いの殆どは魔術を扱う連中だから、アテに出来ない。となると、あの男に白羽の矢が立った。心底嫌だったが、もう一度聖杯戦争が起きた場合、俺は無力だ。前回はサーヴァントがいる陣営にいたからある程度は楽だった。だが、次があった場合、そうなるかは分からない。その時になす術なく殺される、そんなのは嫌だ。だから、サーヴァントは無理でもそのマスターを魔術の行使すらさせずに殺す若しくは無力化する為にあの男の強さがいる。
「ふぅぅ……だからって修行がハードすぎる気もするが」
弟子入りして暫くは俺でも思いつく訓練を数倍ハードにした程度だった。ある程度筋力がつくと、その次にはヒマラヤ山脈を登山させられ、意識が飛びそうになれば治癒魔術で叩き起こされ、登った先で組み手をさせられたり、サハラ砂漠を全力で走り回らされたり、可笑しいな。普通その環境でやらない事をやらされてる気がする。苦しそうな顔したらあの野郎、笑みを浮かべやがるし。
「でも、成果はあるんだよなぁ……」
低酸素状態で活動させられたから、どういう風に呼吸すれば良いかとか動きの無駄を削ぐ事も出来るし、足場の悪い場所での脚の使い方とか、重心の整え方とか学べたし。体もどんどん余計なものが削ぎ落とされていくし。
「ん?もう行くのー?」
玄関で大河と出会う。俺より年上で俺より給料もあるのだが、飯を集りにくるタイガーだ。教師としては良いんだろうけど、もう少し私生活どうにかならないかねこいつは。
「あぁ。というか、また士郎の飯食いに来たのか。良い歳した女なんだから、もう少し抵抗を覚えたらどうだ?ショタコンって言われても否定出来ないぞ?」
「私は士郎のお姉ちゃんだからいいんですぅー!影辰だって、ご飯は士郎頼りじゃん!やーい、ブラコン!」
「弟が可愛くて何が悪い!?枯れた切嗣が狙いかと思ったら、実はショタの士郎狙いとか業が深いぞ」
「ちょっ……!?それは言わないでよ!!私は別に、切嗣さんが好きとかそういうんじゃ……」
「兄貴!藤ねぇ!何を言い争いしてんだ!近所迷惑だろう。そもそも兄貴は出かけるんだろ、早く行けって」
大河と言い争いをしてると台所から士郎が飛び出してくる。確かに時間がない。大河は弄りやすいからついつい弄ってしまう悪い癖だ。顔を真っ赤にしてる大河の横を通り過ぎ、玄関の引き戸を開ける。
「んじゃ、士郎行ってくる。大河も食い過ぎんなよ、俺の夜食が無くなるからな」
「あぁ、いってらっしゃい兄貴」
「ふーんだ。食べちゃうもんねー!!いってらっしゃーい!!」
士郎と大河の返事に笑いながら家を出る。
「ほら、藤ねぇ。早く手を洗ってこい。今日は藤ねぇの好きな料理だぞ」
「え?ほんと!」
耳を澄ませば賑やかな声が聞こえてくる。切嗣達と一緒にいた時には全くなかった喧騒。それが今はとても心地よい。あの静寂さも嫌いではないが、楽しそうにはしゃいでいる声というのも悪くない。
「さてと……今日はどんな修行をさせられるのかね」
またあの愉悦神父に無駄に精錬された無駄ではない全身を酷使する修行をさせられるのだろう。そう考えると足が重くなるが、俺はこの日常を平和を失いたくない。だから、今日も教会に足を運ぶのだろう。
次回の幕間は主に肉体戦闘能力の高い人が出番になるかと思います。
影辰くんは中学・高校と休み多めで過ごしながら卒業し、穂群原学園の警備員になりました。うん、どうして自ら死地に行くかなこいつは。
それと、切嗣がいた時には一緒にアインツベルンへ、死後は言峰綺礼に振り回されているので影辰がいる事で士郎と藤ねぇの仲の良さが損なわれたりとかはないのでご安心を。切嗣に負けず劣らず家を留守にしてる男。
では、また次回お会いしましょう。
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