誰かに憧れるなんて感情を僕は持っていなかった。何故なら、少しでもその分野を齧ればある程度の事は出来てしまうし、ほんの少し努力をするだけで僕以上に努力した人間を超えるなんて当たり前だった。僕は、優秀で選ばれた人間だと本気で思っていた。……あの日までは。
「無事か?士郎、それに慎二くん」
魔術なんて使わず、ただ当たり前のように一瞬で僕らと支柱の間に入ってきたあの人。心底やりたくなかったが、手伝いであの支柱を運んだ事がある。その時、僕を含めた数人で運んでも重かった記憶がある。それを、難なく片手で受け止め涼しそうな顔をしているあの人。その姿を見た時、自分がそういう風になれる姿を想像できなかった。けど、格好いいと感じた。服の下から覗く筋肉は間違いなく鍛え抜かれたものであると素人の僕でも分かった。どれだけの努力をすればその領域に至れるのか想像もつかない。
「ありがとう兄貴。だけど、随分と無茶したな……手、痛くないか?」
一緒に飯を食べていた士郎が尋ねる。その心配にも笑みを浮かべてあの人は応えた。
「この程度、弟のお前やその友人が傷つく事に比べたら屁でもないさ。心配すんな、兄貴だからな。弟は護ってやらないと」
「そ、それは嬉しいが……俺だってずっと護られてるような存在じゃないからな」
「ハハッ、俺より良い身体になってからそういう事は言うんだな」
慌てて駆けつけた教師達に支柱を預け、手が空いたあの人は士郎の頭を撫でる。不服そうな顔をしながらも、嬉しそうに緩んでいる頬を見ながら僕は思う。僕は、ちゃんと桜の兄貴をやれているのだろうかと。その答えはすぐに出た。間違いなく出来ていない。間桐の後継者として、お爺さまに魔術の教導を受けているのは僕ではなく、桜だ。僕は、選ばれた人間ではなく憐れみを向けられる人間だったと知ってから、随分荒れた気がする。桜にも酷い態度を取っていた。
「慎二くん、怪我はないか?」
「え!?あ、はい。大丈夫です」
急に声をかけられるものだからだいぶ上擦った声が出た。士郎、笑ってるの見えてるからな……
そんな僕の頭も士郎と同様に撫でるあの人。大きな手だった。単純に大きさという意味ではなく、頭から伝わる感覚はゴツゴツとした武骨な手であると教え、彼が積んだ経験を物語っていた。
「なら良かった。じゃ、この後も頑張れよ。応援してるからな!」
立ち去っていくその背中を今でも鮮明に思い出せる。助けられただけ、今日この瞬間まで深く関わって無かった人に僕は憧れた。生まれて初めて、あの人の様に成りたいと思った。その日、家に戻ってからお爺さまに筋トレ器具を買って欲しいと頼んだ。自分でも驚きの行動力である。だって、あのお爺さまだぜ?顔を合わせて話すのすら怖かったのに、話すどころか物を強請るのだから。あの時、お爺さまが一瞬理解できないみたいな顔をしてたのをよく覚えている。
それから数年。やっぱり、僕ではなく桜の手に令呪が浮かび上がった。その事実に悔しいとは思ったが、当然だと受け入れる自分がいた。才能無しの自分に比べたら、桜の才能は圧倒的だ。錬金術で作った薬品を持たせて見て、まぁ、綺麗に光るのだから。その光を見て、綺麗って言ってたからくれてやったけど。
「シンジ、時間です」
「ん」
桜は聖杯戦争を拒絶した。僕が欲しい物を全部持ってる癖に、それを活かす気がないらしい。その態度に怒りを覚えなくは無いけど、誰かを傷つけようとかそういうのが出来ない桜じゃ仕方ない。けど、僕が調べた限り一度マスターになったものは本人が聖杯戦争を拒絶しようが、その命を狙われる可能性があると分かった。マスターを失ったサーヴァントと契約をする可能性があるからとかなんとか。
近くに置いておいたお爺さまお手製の偽臣の書を手に取り立ち上がる。仮眠で凝り固まった身体を解しながら、ライダーと向き合う。……やっぱり、桜が呼んだ直後の方が存在感あったな。
「今夜も簡単に襲えそうな人を探す。参加者と思われる人間がいれば、どんなサーヴァントを連れているか分かるまで手出しは無しだ」
「分かりました。ランサーの様に自ら襲ってきた者以外は、無視します」
「それで良い。それともう一度言っておくが、吸い過ぎて殺すなよ?意識不明程度に抑えておけ。僕に、認識阻害とか記憶改竄なんて方法は取れないからな。くれぐれも慎重にやれよ。やり過ぎて他の陣営に狙われるとか嫌だからな」
「勿論ですシンジ。それでは私達の目的が果たせませんから」
僕と、本来のマスターでは無い僕に付き従うライダー。この関係は偽臣の書があるからという訳ではない。ある一点の目的において、僕らは合致しているからこそ手を組んでいられる。
「あぁ。桜がこの聖杯戦争に関わらなくても良い様にする。それが僕らの唯一にして最大の目標だ」
例え憐れみの目で見られようとも。例え、下に見られていたとしても。僕は、桜の兄さんだ。兄さんであるなら、妹を護らなくちゃ。きっと、僕が憧れたあの人ならそうする筈だ。使える物はなんでも使って僕が勝利者になるんだ。
「ふぅぅ」
「うひゃあ!?い、いきなりなんだよライダー」
「ふふっ。何やらとても緊張している様でしたので。過ぎた緊張は身を硬くしますよシンジ」
「だからっていきなり耳に息を吹きかけるなよ。びっくりするだろうが」
「なるほど。シンジは耳が弱いのですね」
「ライダーァ!!」
本当に大丈夫なんだろうなこのサーヴァント……
なんだこの綺麗なワカメ???
ぬめりを貰ったのかぬるぬる書けたので投稿しましたが、このワカメ綺麗すぎるな?
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