少しの間、慎二と桜は互いを抱きしめ合っていたが、慎二の方からゆっくりと優しく桜を離す。驚きが勝って中ば忘れ掛けていたが、今は戦闘中。守りたい妹がこの場に居て良いはずがないのだから。
「桜、色々と言いたい事はあるけど今は離れてろ」
「兄さん、私は」
「僕を止めたいんだろ?けど、桜のお願いでもそれは聞けない。僕はなんとしても──」
パァン!と乾いた音が響く。桜が慎二の頬を平手打ちした音だ。その行動に、桜を除いたこの場にいる全員が目を丸くして彼女を見る。一番、驚いているのは慎二であり、何度も瞬きをして状況が飲み込めていない。対して、士郎は何処か落ち着いている。
「……まぁ、意外とやれるからな桜は」
慎二を除けば一番付き合いが長く、そして何の壁もなく付き合い続けた士郎だからこそ一番、驚きが少なかったのだろう。
「兄さん。確かに私は、聖杯戦争の事に関して相談しました。戦いたくない事も伝えました。でも、代わりに兄さんに戦って欲しいとは言ってません!私は我慢ばかりで意志も弱いけど、そんな死にに行く様な顔をした兄さんを見るのは嫌です!間桐の人は、どうして私を守ろうとして死のうとするんですか!残される気持ち、考えてください。……優しくなって私を見てくれる兄さんが死ぬなんて……嫌なんです……」
間桐桜は常に劣等感と共に生きてきた。そして、間桐慎二も身体を鍛え、違う道を見る事である程度マシにはなったが、憧れていた魔術師になれないという現実に彼は劣等感に蝕まれている。故に、自覚する事がこの時まで無かった。慎二が兄として桜を大切に想っているのと同様に、桜も妹として慎二を大切に想っているという事に。互いに互いを大切に想っているのに、その生まれから自身が愛される者だと思えなかった二人の想いが交わった。
そして、それと同時にライダーが展開していた鮮血神殿が解除される。
「シンジ」
「……タイムオーバーか。まぁ、時間をかけ過ぎたな。ライダー、死人はいないだろうね?」
「はい。病人がこの場に居ない限り死人は居ないはずです」
「居ない事を祈るしかないね……さてと、どうするか」
鮮血神殿が解除されたという事は、この瞬間から慎二の勝ち目は消えたという事。素直に敗北を認めて楽になれればどれだけ良かったか。自分を大切だと言ってくれた桜を見る。そしてまた、桜も慎二を見た。二人の視線が交わり、やがて慎二が笑みを浮かべ偽臣の書を取り出し、桜も笑みを令呪を光らせる。
「「ライダー」」
「はい」
「「やるぞ/やりますよ」」
「なっ!?もう勝負は決まった様なものでしょ!?どうして」
慎二と桜が戦闘の意思を見せた事に凛が驚く。この中で一番、魔術師である凛はライダーの弱体化をしっかりと感じていた。そして、結界が消えた事で自身のサーヴァントがこの場に干渉が可能になった事も。弱体化したライダーと、サーヴァントの中でも優れていると言われる三騎士の内、二騎が揃ったこの状況で戦おうとする二人が理解できなかった。
「そうですね、兄さんから私に契約を戻しても既に消耗しているライダーでは勝ち目が無いと思います」
「なら!」
「でも、兄さんが戦うというのなら兄さんを死なせない為に私も戦います。私の我が儘の責任ぐらい果たしたいんです」
強い意思の篭った瞳で桜は宣言する。兄の想いを無駄にしてしまった愚かな妹の責任として、この場に来てしまった者として戦う覚悟を決めたんだと。
「別に我が儘の責任とか咎める気もないけどさ。妹が戦う気なら、兄の僕が引くわけ行かないでしょ。それに、僕達は勝利を諦めた訳じゃないぜ。なぁ、ライダー?」
縋るように向けられた視線を一蹴する慎二。それに呼応する様に士郎が口を開く。
「諦めが悪いな慎二は……けど、さっきより今の方がお前らしいよ」
「余計なお世話だ士郎」
桜が現れた瞬間、慎二が戦う事に固執していた理由が理解できた。聖杯と桜がどう繋がるのかは分からないけど、妹を守る為だったんだと。友人は外道になんて堕ちていなかった。ただ、いつもの様に捻くれて全部自分で背負おうとしただけだと。
「けど、やっぱ無関係な人を巻き込んだのは許せない。だから、手加減なんてしないぞ慎二」
「はっ、碌に魔力供給も出来てないくせに偉そうに」
「俺もお前もまだ未熟だからな。少ない魔力だけど遠慮なく持っていってくれセイバー。出し惜しみとかしてたら負けるのはこっちだ」
「そうですね。私も同感です」
セイバーが聖剣を構える。それと同時に天馬を上空へと走らせるライダー。桜という乱入者によって阻止された宝具が再び、放たれる。上空でどんどん加速していく天馬。地上では魔力がセイバーに集う様に光り輝き始める。
「ライダー……令呪を持って頼みます。私と兄さんに勝利を。もう一つの令呪を持って重ねて頼みます。どうか、勝利を!」
桜の手に残っていた2画の令呪が光り輝き、ライダーへと魔力を注ぐ。それを見て、令呪を行使しようとする士郎。だが、それはもう一人のライダーのマスターによって阻止される。
「偽臣の書。僕に力を貸せ!」
令呪を用いて作られた偽臣の書。慎二はただの命令権の様なものだと思っていた。けど、本を捲っていくうちにある事に気が付いた。命令権以外にも何か機能があると。そして、桜が令呪を使った事でライダーに全力を使う必要が無くなった為、この偽臣の書が消えても問題はない。故に、残った魔力を全て行使する。
それは予め偽臣の書に記されていたものなのか、それとも祖父が仕組んだものなのか慎二には分からない。本が怪しく光ると同時に、影の様な刃が何本も士郎へと向かって飛んでいく。それを士郎は避けるが、その為に令呪の行使は間に合わない。
「「いけぇぇ!!ライダー!!!!!」」
不思議な気分だ。反英霊であるライダーが応援される立場になるとは。けど、その声援はとても心地よい。ライダーは、天馬に乗りながら笑みを浮かべる。
「
最大限に加速した純白の流星が放たれる。それを迎え撃つは、人々の願いを一身に託され、兵達が今際の際に夢みる幻想。星の息吹にして、最強の聖剣。
「エクス……カリバァァァッ!!」
黄金の輝きが純白の流星へと放たれる。空中で両者は激突し、一瞬の膠着を見せた後流星が飲み込まれた。そして、輝く光が何もかも消えた後、地上にボロボロのライダーが落ちてくる。令呪によって、僅かでも勝利の可能性を残す為ギリギリで離脱したが、ライダーは最早、数分も経たずに消滅するだろう。
「……まだ、立ち上がりますか。ライダー」
それでもまだこの身が残っているのなら。大切な二人がまだ、私を応援してくれるのなら。
「私は……まだ……戦える!」
正真正銘、最期の攻撃だ。僅かに残った短剣を構えて、セイバーへと走る。魔力もなく、全身もボロボロなライダーではその速度は先程までとは比べられないほどに遅い。それでも、セイバーは油断なく、聖剣を構え自らライダーへと走り出し、一刀で斬り伏せた。
「見事です。ライダー」
地に崩れ落ちるライダー。そんな彼女にセイバーの横を通り抜け、慎二と桜が駆け寄る。桜がライダーを抱きしめ、慎二は近くにしゃがんだ。
「ありがとうライダー……そして、ごめんなさい。私が余計な事をしなければ……」
「良いんです桜……貴女が来てくれなきゃ、シンジは何処かで壊れてたでしょうから」
「余計なお世話だ」
「ふふっ……シンジ。顔を近づけてくれませんか?」
慎二は無言でライダーに顔を近づける。ゆっくりと慎二の顔を眺めた後、ライダーは慎二の額にキスをした。
「なっ!?」
「……頼る事を覚えてください。後悔してからでは遅いのですから……」
「……善処するよ」
「それと……桜にとって……良い兄でいて下さいね」
その言葉を残しライダーは消滅した。聖杯戦争、最初の脱落者が生まれた瞬間だ。暫くの間、桜も慎二もその場を動くことはなかった。
「ふっ、ふははは!!!!!!!!此度も召喚されたかセイバー!良い、良いぞ。今度こそ、我が手で存分に愛でてやろう。綺礼!我は勝手に動くが構わないな?」
「余計な手間を増やさなければ何をしても構わん。事の顛末、衛宮影辰を呼び出して聞くしかあるまいな。全く、日中に宝具など。私の手間を考えて欲しいものだ」
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