転生特典が動体視力?これ、無理ぞ   作:マスターBT

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前話で軽い燃え尽き症候群になってましたが、復活しました。
今回は平和回。シリアスなんてないよ!


些細な切っ掛けでも運命は変わる

 来客の多い衛宮家。その家に元々住む人達の人柄ゆえか、ぽつりぽつりと人が立ち寄っては留まっていく。そんな、衛宮家だが今は、まるで冷戦の如く喧騒が消えていた。

 

「カゲタツ、それなに?」

 

「これか?蜜柑だ。美味しいぞ」

 

 士郎、凛、慎二、桜、セイバーにアーチャーの視線に晒されながら、この冷戦を生み出した主犯格の二名は仲睦まじく蜜柑を食べている。心臓に毛でも生えているんじゃないだろうかと考えずにはいられない豪胆さである。

 ギルガメッシュとの壮絶な戦いを終わらせた影辰とイリヤ。バーサーカーを失うという悲劇はあったものの、あの英雄王を目の前にして全滅しなかっただけで御の字である。だが、戦いでまともに動けない影辰の回復を待っているうちに日は沈み、夜となりそれでもフラフラな彼をイリヤが支えつつ、人避けの魔術を行使しながら衛宮家に来たのである。ちなみに、身長差故に支えるというよりは引き摺るに近い形だった。

 

 どうにかこうにか衛宮家にたどり着いた二人だが、士郎達からしたらいきなり敵だった人物と一緒に現れるのだ。しかも、兄貴である影辰はボロボロ。新手の宣戦布告かと一触即発の空気が流れた。しかし、イリヤが戦闘体制をとらない事、前回からの付き合いで影辰が知らないところで無茶をするのに慣れているセイバーが制止した事で、殺し合いになることは無く今に至る。

 

「……」

 

「ちょっとアーチャー??貴方、凄い顔になってるわよ大丈夫?」

 

 とある紅い弓兵は、美味しそうに蜜柑を食べている■の姿に、安心感と哀しさを織り交ぜたかの様な表情を浮かべ、普段仏頂面か人を小馬鹿にした様な笑みしか浮かべない従者の見たことない表情に驚きを隠せないあかいあくま。

 

「あの人も人誑しだよなぁ」

 

「先輩のお兄さんですから」

 

 敵だった人物と仲良くしている姿になんだか重なるものを感じる兄妹は、何かが起きても自分達では対処出来る事がないので遠巻きに彼らを眺めながら、ちょうど良いと言わんばかりに休憩を享受する。

 

「シロウ」

 

「うぐっ……分かったよセイバー……あー、兄貴。そちらの方は?」

 

 そして、影辰達に向かい合う様に座っていたセイバーが隣に座る士郎に発言を促し観念した様に士郎が影辰達に問うと、イリヤに食べさせる為に剥いていた蜜柑の皮剥きを一度止めてイリヤを見る影辰。ちょうどイリヤも影辰を見ており、二人の視線が交差しほぼ同時に頷く。

 

「イリヤ。切嗣の実の娘で、俺の大切な友人。漸く説得に成功したので、連れてきたところ」

 

「こんばんわ。シロウ以外と仲良くする気はないけど、馬鹿な友人に拉致されたから厄介になるわ」

 

「おう、馬鹿とは何だ馬鹿とは。あと、士郎以外とも仲良くしなさい。そんなんだから友人が居ないんだぞ」

 

「なっ!?失礼ね!そもそも、私はあの城から出た事がないの。友人が居なくても仕方ないわ」

 

 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべてイリヤを見る影辰。その表情に思わず、引くイリヤ。

 

「ほーう?なら、城に居ない今なら友人が作れるんだよなぁ?」

 

 明らかに挑発している言葉と態度。こんなの乗っかるなんて、余程の世間知らずか本能で生きてる大河くらいだろう。だが、悲しきかな。イリヤは圧倒的な前者だ。影辰の言葉に、頬をピクピクさせるイリヤ。

 

「出来るわよ友人の一人や二人ぐらい!!」

 

「はい。じゃあ、ちゃんとここに居る人達に挨拶しような」

 

 セイバーはこの時ほど、勝ち誇った笑みを浮かべる影辰の顔を殴りたいと思ったことはない。見る者全てに殴りたいと思わせるそんな笑みだった。士郎ですら内心でそれは無いわぁっという感想を抱いていた。

 

「イ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです……よろしく」

 

 あっさり乗せられてしまったことに対しての屈辱に顔を歪ませながら、イリヤはこの場の全員に挨拶をし、それをニコニコとした表情で影辰は見ていた。一先ず挨拶が終わった事に安心してお茶を飲もうと湯呑みを手に取った影辰は、力なくそれを取りこぼしてしまった。

 

「やべっ……」

 

「うおっ!?兄貴がそんな凡ミスするなんて珍しいな」

 

 すぐに士郎が台所から布巾を取って、溢れたお茶を拭き取る。その間、影辰は自身の手を見つめるがその手は、震えておりダメージが抜けきっていない事を分かりやすく示していた。

 

「カゲタツ、もう休んだら?私が心配なのは分かるけど、子守りされる程子供じゃないわよ?」

 

 それを横目で見ていたイリヤが休む様に声をかける。イリヤには分かっていた。今すぐにでも、倒れて寝てしまいたいほどボロボロな友人が、自分の為にこの場に居続けている事に。心配しているつもりが逆に心配されてしまった影辰は、申し訳無さそうに頬を掻きながら答える。

 

「そうだな。俺は休むとしよう。士郎、後は任せた」

 

 そう言って影辰は立ち上がり、一瞬ふらっとしたものの歩いて自室へと戻って行った。帰ってきてから風呂などは済ませている為、この後彼は横になり、爆睡する事だろう。そんな彼が大人しく自室に戻ったのを気配で確認してから、イリヤはこの場の全員を見る。

 

「……色々と言いたい事とか聞きたい事はあると思うけど、少し話をしても良いかしら?」

 

「いいぞ。イリヤの話を聞かせてくれ」

 

 士郎がイリヤの分のお茶を新しく淹れ、彼女の前に置きながら答える。その表情はとても優しいものだ。調子が狂うというか毒気が抜かれるというか、お人好しの気配を感じる弟から差し出されたお茶で喉を潤し、自身に起きている異常を話し出す。

 

「先ずは、そうね。私のバーサーカーが脱落したわ、訳が分からない程の宝具を持ってる黄金のサーヴァントに。なんだか、カゲタツと親しそうだったけど、知ってる?」

 

「恐らく、前回の聖杯戦争で受肉を果たしたというギルガメッシュですね。影辰と親しいという話は聞いてないのですが……これは問い詰める必要がありそうですね」

 

 ギルガメッシュのことを知っているセイバーが、何やら黒いオーラを放ちながら答える。彼があの傲慢で人の話を一切聞かない王と仲が良いなど聞いていない。王であるなら、私が一番ではなかったのですか。と内心で拗ねる騎士王。

 

「そう。でも、そこは重要じゃないわ。重要なのはバーサーカーが脱落したという事。普通、敗北したサーヴァントの魂は、直接大聖杯に注がれるのではなく、一定数までは小聖杯である私に注がれる筈なの。大聖杯が顕現する為に必要な穴を開ける為にね」

 

 ここからが本題よと彼女は前置きし、再びお茶で喉を濡らす。

 

「けど、バーサーカーの魂は私に注がれていない。恐らく、別の器が用意されたわ。しかも、距離に関係なく私から奪える程に精巧な小聖杯を。貴方達の中に、何か大きな物を注がれた感覚だったり、五感とかが不調になった人はいる?」

 

 その問いに全員が首を横に振り、それに一安心したイリヤ。少なくとも、ここに居る誰かが代替わりの器にされた訳ではない様だ。

 

『なるほどのぅ』

 

 突然、部屋の中に嗄れた声が響き渡る。それに反応した慎二が桜を庇う様に背中に隠しながら懐から小瓶を取り出すが、それは飛来した蟲によって横から奪われてしまう。やがて、全員の視線が集まる先に蟲が集まり人の形を取り、それは間桐家現当主、間桐臓硯であった。

 

「くっ……」

 

「全く、魔術回路も持たない不出来な孫だと言うのに油断のならない。じゃが、安心せい。別に危害を加える為にこの場に現れた訳ではない。アインツベルンの娘よ、その代替わりした聖杯で願いを叶える事は可能なのか?」

 

 此度の聖杯戦争はイレギュラー過ぎる。その為に、ありとあらゆる監視の目を放っていた臓硯。当然、アインツベルンの城で起きた戦いも見守っており、こうして見事、アインツベルンの娘を守りきった影辰に賞賛の一つでも送ろうかと思っていた矢先、先ほどの内容が桜を通して耳に入った。座視はできぬと急ぎこの場に現れたという訳だ。

 

「……答えてあげても良い。けど、その前に一つ問うわ。マキリ、貴方が聖杯に託す願いはなに?」

 

 感情というものが抜け落ちた顔でイリヤは、いや彼女の中に残されたユスティーツァが問う。その問いに自らの願いである『不老不死』を答えようとして、口を閉ざす。そのまま、桜を守ろうと震えた手で彼女の前に立っている慎二をチラリと見た。正真正銘、間桐の血筋を終わらせた生まれつき不出来な孫だと言うのに、愚かにも自分に抗おうとしている。魔術が使えないからと身体を鍛え、最近は魔力を使わずとも出来る錬金術にまで手を伸ばす様になり、この聖杯戦争が始まってからはどうせ使えぬと思って偽臣の書に記した魔術を、桜の魔力を利用して行使するまで至った。

 

 それに使えもしないのに未だ間桐の家にある魔術書を読み漁り、まさか令呪の契約を分ける方法を理解しきるとは思わなんだ。実に泥臭い、絶望し諦めてそれでもなお足掻き続ける愚かな孫。だが、その姿に言い表せぬ懐かしさを覚えた。結果、らしくもなく孫達の勝手な行動を許していた。

 

「……耄碌したと笑うが良い。儂は、今の儂はな、ユスティーツァ。儂の願いがなんだったのか分からんのじゃ」

 

 自嘲する様に、吐き捨てる様に臓硯は答えた。500年もかけて、儂はなにをしていたんじゃろうなと。それに対し、かつての同胞は僅かに本当に僅かに哀しそうな表情を浮かべた。それは、ユスティーツァという人物をよく知るマキリ・ゾォルケンにしか分からない変化だった。

 

「本来与えられた以上の時間を生きるからそうなるのです、マキリ。……ですが、その諦めの悪さがマキリの数少ない美徳でしたね。良いわ、教えてあげる。本来の方法と違う手段で起動させられた聖杯が正しく機能するかは分からないわ」

 

 ユスティーツァからイリヤに戻り、臓硯の問いに答える。何事にも正規の手段というものがあり、正規の手段はそれによる結果が正しく起きるからこそ、正規なのだ。今現在起きている現象は、正規の手段からほど遠く、聖杯に精通したアインツベルンであっても正しく機能するかは分からないと言う。

 

「けど、少なくとも大聖杯へと通じる孔を空ける事は出来ると思うわ。そうでなければ、小聖杯に魔力を集める意味が分からないもの」

 

「であれば、起きるのは10年前の再来か。ふむ、慎二よ」

 

「な、なんだよ……」

 

 突然名を呼ばれた慎二はビクビクしながら、答える。今でも心の奥底に根付いた恐怖の象徴なのは変わらない。

 

「主に、策を一つ授ける故、家に戻って参れ。あぁ、桜は良い。セイバーと距離を取りすぎるのは、まだ早かろうて」

 

「「なっ!?」」

 

 セイバーにしていた事が一目でバレてる事に驚きを隠せない間桐兄妹。しかも、それに対して何か罰を与える訳でもなく策を授けると言うのだから、もう二人の中の印象と目の前の人物が違いすぎて、二人は完全に混乱気味だ。

 

「別に来ないのなら来ないで構わん。その時は、今の様にお荷物のままじゃからのぅ。では、邪魔したなアインツベルンの娘よ。それと、衛宮の倅よ、言伝を1つ。主の兄に、良くぞアインツベルンの娘を守ったと、桜の婿になりたければ歓迎するとなカカッ!」

 

 場を掻き乱し、爆弾を残して臓硯は蟲の群れとなり、消えていった。

 

「「さ、桜の婿!?一体、どういう事!?!?」」

 

「き、聞いてません!一切、そんな話聞いてませんから落ち着いてください兄さんに、遠坂先輩!」

 

「話が大きすぎて俺はもうよく分かんないぞ……」

 

「シロウには私がもう少し詳しく教えてあげるから安心して」

 

 結局、喧しくなる衛宮家であった。何処からともなく、カカッ!っと愉しげな声でも聞こえてきそうな程、カオスな空間になったのは言うまでもない。




家が賑やかになる中、爆睡をキメる主人公

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