「ッッ!?」
全身に寒気が走ると同時に、身体の内側が熱くなり何かが溢れでる様な感覚が駆け抜けた。訳の分からない感覚だが、俺は直感でそれを理解した。俺の体内を流れてるあの泥が、歓喜する様に祝福する様に、長い間外に出る事が出来なかった己の誕生を讃美しているのだろう。それが指し示す答えはただ一つ。
「クソが……サーヴァントの数足りてないだろうが。どんな裏技使いやがったあの王様」
ただまぁギリギリで作戦会議は済んでいる。士郎とアーチャーが回復した後、言峰の奴から伝えられた内容からある程度の作戦を練っていた凛ちゃんと慎二君のお陰で、大所帯だと言うのに滞りなく作戦会議は進んで行った。今から向かおうと家を出た時、このクソッタレな感覚が襲って来たのだ。
「兄貴、大丈夫か!?」
俺の異常に気がついた士郎が駆け寄ってくるのを手で制しながら、空を見るように促す。柳洞寺上空に、黒い孔が開いていた。そして、そこから少しずつだが、赤黒い液体がこぼれ落ちていく。あの下がどうなっているか正直、考えたくない。
「あれは……10年前に見た孔……」
士郎の顔が青白くなり、驚愕に染まっていく。こりゃ、同時に嫌な記憶まで引き摺り出してるな。背中でもど突いてやろうかと思ったが、アーチャーが士郎の横を通り過ぎ、ふっと嘲笑う様な笑みを浮かべると、士郎の顔色がどんどん戻って行き戦士の顔になる。
「……分かってる。こんなところで俺は止まれない」
「ならば良い。震えてる正義の味方などその辺の犬より使えないからな」
「はいはい。そこいがみ合わないの。手はず通り、急いで行くわよ。どうやら、悠長にしてる時間は無さそうだからね」
凛ちゃんは良いストッパーだ。士郎はああいう子に弱いからな。柳洞寺に向かうのは、イリヤと桜ちゃんを除いた全員だ、サーヴァントの居ない慎二君を連れて行くのは危険だと思うが、何やら臓硯さんが秘策を授けたらしいので彼を信じる事にする。……はぁ、悩んでたけどこの感覚がある以上は仕方ないか。あぁ、本当に仕方ない。
「凛ちゃん、悪いけど俺は先約を思い出した。だから、柳洞寺には一緒に行けない」
「……今更、貴方が逃げるとも思えないから好きにすると良いわ。独断行動は今に始まった話じゃないし」
酷い言われ様である。とは言え、否定できないのも事実なんだよなぁ。
「あはは、まぁという訳で。みんな、行ってらっしゃい。生きて帰ってくるんだよ」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの」
俺の言葉に自信満々に返す凛ちゃん。相変わらずの強気で安心するよ。
「桜の白無垢姿を見るまで死ぬ気はないよ僕は」
「兄さん!?」
本当に桜ちゃんの事が好きだねぇ慎二君は。斜に構えた態度は健在だけど、うん。いい漢の目をしている。
「本来ならその言葉に、サーヴァントは含まれては居ないのでしょうが、貴方の事です。どうせ、私達の生存も祈っているのでしょう。任せてください。シロウやみんなを守り通し必ず戻ってきます。それが貴方の王として相応しい姿でしょうから」
俺の事がよく分かってる様で嬉しいよセイバー。前回の時から色々と振り回してごめんね、本当に。でも、あなたならそれでも大丈夫だと思ったんだ。みんなを頼むよ我が王。
「……」
ここで無言で頷くだけなのが君らしいねアーチャー。
「兄貴も生きて戻ってこいよ」
「……あぁ。頑張るよ」
士郎が突き出した拳に俺の拳を合わせる。背を向けて走り出す彼らを俺達は見送る。どうか、誰一人として欠けずに戻ってきてほしいと思うのは、過ぎた願いだろうか。遠のく背中が見えなくなった辺りで、俺は桜ちゃんの方を向く。
「それじゃあ、悪いけど留守の間頼んだよ」
「はい。心配しないでください、イリヤさんや遠坂……姉さんが結界を張ってくれて居ますから」
「魔術の事はさっぱりだけど、それなら安心だな」
「はい!」
背を向けて歩き出そうとして目の前にイリヤが立っていた。その顔は何かを覚悟した顔だった。
「カゲタツ」
あぁ、なんでこの子はこんなに重いものを背負っちゃったかなぁ……俺たちが前回で聖杯を手に入られなかったからだよな。でも、手に入れたところであの汚染された聖杯じゃ、アインツベルンの悲願?ってやつもどうなっていたことか。
「行くのか?」
「えぇ。だって、私にしか出来ないことだもの」
なんでそんなにさっぱりとした態度で居られるんだよ。いっそ、辛そうな顔をしてくれればこっちだって引き止められる口実に出来るのに。イリヤはまるで、何事もない様に1日の挨拶をする様な態度のままだ。
「……ごめんな」
その姿があまりにも痛々しくて、なんの力にもなれない無力な自分が悔しくて謝罪の言葉が出た。それを聞いたイリヤは困った風に微笑みながら、俺を安心させる様に優しい声で言った。
「ううん。良いんだカゲタツ、あの日貴方に助けて貰ってからずっと決めてた事だから。それにね、私はカゲタツが私に死んで欲しくないって思うのと同じくらい、みんなに死んでほしくないの。リンは、負けず嫌いの癖にお節介だし、サクラは意志が弱そうに見えて凄く強いし、シンジは捻くれてるけど、優しいし、シロウは……シロウはやっぱりキリツグの息子なんだなって。何でもかんでも自分の事後回しにして、でもみんなが楽しそうにしてるのを誰よりも嬉しそうに見てて。あと、やっぱりカゲタツはお馬鹿だし」
「俺でオチをつけるな!どこで学んだそんな会話術……」
「ふふっ、内緒。私ね、そんな場所が大好きなの。一緒に過ごした時間は少ないけど、それでも冷たいあの城じゃ手に入らない暖かい思い出をくれたみんなが。だから、みんなが戻って来れる様に私が出来ることをしに行くの」
そのみんなの中にはお前だって居るんだぞって言おうとして、それをイリヤが視線だけで止めてきた。そうか、もう全部理解した上で決めたんだな。全部覚悟の上で、そう決めたのならもう俺に言える事はない。
「……分かった。みんなを頼めるか?イリヤ」
「えぇ。任せてカゲタツ」
ゆっくりと歩き出すイリヤの背中。叶う事なら手を伸ばして、抱き止めたい。けど、それは出来ない。俺にも行かなければならない戦場があるのだから。だから、こうしよう。
「イリヤ!帰ったら、また遊ぼうな!鬼ごっこでもなんでも付き合うぞ!」
「もう!私はそんなに小さい子供じゃないわよカゲタツ!でもそうね、久しぶりに全力の鬼ごっこでもしたいわ!!」
「あぁ!約束だからな、破ったら針千本な!!」
「それは大変ね。約束破らない様にしなくちゃ!」
ただの子供の様になんのしがらみがなかったあの日の様に、遊ぶ約束をする俺とイリヤ。結ぶ事はできないけど、お互いに小指を天へと向ける。子供の約束なら、守る守らないなんて自由だし気楽に出来る。辛気臭い別れは俺とイリヤには合わないだろう。
口約束を結んだ俺は、ゆっくりと目的地に向かって歩き出す。体内の泥が喧しいせいで、体が動かし辛い。こんなんで大丈夫か?……いや、骨折した腕抱えて、戦ったりした時に比べれば全然マシか。
「……誰だ?」
進路方向の物陰に碌でもない奴の気配を感じ足を止める。暫く、反応がなかったので殺気を飛ばして脅しをかける。
「やー、怖い怖い。また、私の身体を曲げられちゃうのかなー??あれれ、でもなんだか凄く体調が悪そうだねぇー!前の身体を甚振ってくれたお礼をするチャンスかなぁ?ねー、どう思うー?」
「知るか……というかお前ならこうしてわざわざ現れなくてもそれくらい出来るだろう」
物陰からひょっこり顔を現したのは、臓硯さんに頼まれて見回りをした時に出会った碌でなしだが、多分凄い魔術師のフランチェスカだった。薄暗い街灯しか灯りが無いというのに、どろっとした光を通さないその目はなんとも気色悪い。
「あっははは!その状態で凄むとかほんと、君の精神は肝が据わってるね。っとお喋りしてる時間もないんだっけ?そうだよねぇ、聖杯戦争も終点が見えてきてるもんね。ねぇ、私と取引しない?その身体の不調を取り敢えず治めてあげるよ」
「対価は?」
利点だけ言われても決められる訳がないだろ狂人。俺が内心でそう思ったのが伝わったのか張り付いた気色の悪い笑みを更に深めるフランチェスカ。
「今度、私のお願いを聞く事」
「そんな事か。代わりに命でも要求されるかと思ったわ。良いぞ、それくらいなら」
俺がそう答えるときょとんとした顔になった。なんだ、薄気味悪い笑み以外にも浮かべられるのかお前。得体の知れない奴から一本取れた様でちょっとだけ嬉しくなる。
「…アハ、アハハハハハハハ!私がどんな奴か理解してるのにあっさり一つ返事とか。あー、もう本当に君は面白いなぁ。君の視界で君がやってきた事は全部見てたけど、うん!期待以上だね君は。ふふふっ、ここでぐちゃぐちゃに出来ないのが残念だよ」
なーんか今、プライバシーもクソもない発言が聞こえた気がするんだが?目の前で絶賛、腹を抱えて笑ってるフランチェスカを見ながら、一つ返事で了承したの失敗だったかな?なんて思う。
「ふぅ、笑った笑った。さてさて、ほら手を出して」
「あいよ」
とは言え、もう遅い。ここでやっぱり止めるわ!って答える方が絶対に良くない。フランチェスカに手を差し出すと、彼女は暫く何かボソボソと呟く。一瞬、視界が揺れたが蠢いていた泥の感覚は消えていた。
「はーい、終わり☆君の体内と外の境界線を騙して、君の体内の泥が外を知覚出来ないようにしておいたよ。まぁー、この1日ぐらいしか保たないけどそれで十分でしょ君?」
「あぁ。身体がすごい楽だ。お前、凄い魔術師だったんだなやっぱり」
「あれれ?あの蟲使いから何も聞いてないの?」
「臓硯さんから?何も聞いてない。やばい奴って事ぐらいっと、雑談はここまでだな。フランチェスカ、ありがとうな。メールか何かでお願いを教えてくれ。じゃあな!」
ゆっくり歩く理由がなくなったので走り出す。フランチェスカは、俺に向かって手を振り見送ってくれた。絶対に碌でもない奴だが、ああいう奴には気に入られてる限り、殺されないと経験則が告げている。だからまぁ、お願いってやつも直接俺の命に関わる事ではない筈だ。とびっきり危険なのは確かだろうけど。
こうして、予想外に乱れていた体調をこれまた予想外の奴の手によって取り戻し俺は目的地を目指す。あの野郎がいる教会へと。
本格的な戦闘は次回から。
さてさて、どうなるのかお楽しみに!
感想・批判お待ちしています。