月下の下、火花が二人の男を照らす。
片方は、野生溢れるその顔に犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべ、決して広くない柳洞寺山門の空間をその敏捷を活かし、縦横無尽に駆け巡り槍を振う戦士。それに対し、整った綺麗な顔に薄く笑みを浮かべながら対称的にその場から殆ど動かず、扱いづらいであろう長すぎる日本刀を用いて四方八方から振るわれる槍を弾いていく剣士。
「どうした、そろそろ私の目もお前の速度に慣れる頃合いだが、未だ心の臓は脈打っているぞ?」
「はっ、抜かせ!守ってばっかりじゃねぇか!」
刃を打ち合わせた回数は20を数え、剣士──佐々木小次郎は戦士の動きに目が慣れ始めていた。元より、空を自在に飛ぶツバメを斬ろうと考える男だ。縦横無尽に動き回る相手を捉える目は生前から肥えている。
ーーされど、攻めきれぬはこの男が私より圧倒的に戦い慣れているからかーー
佐々木小次郎とて、戦士に隙があればその首を落とそうと刀を振るっている。だが、それらは全て紙一重で避けられるか槍によって始点を潰されるなどして成果を得ることは出来ていない。今こうしている瞬間にも、取れると確信し首へと振るった刀が下から殴られる事で逸らされ、髪を数本散らすだけとなった。これにより佐々木小次郎は確信した。技量においては己が優っているが、それらを含めた総合的な戦いのセンス。それは今目の前の戦士の方が優っていると。
「ふっ……だからこそ滾るというものよなぁ」
飄々とした雰囲気のまま、佐々木小次郎はその身に闘志を滾らせ、大きく戦士の槍を弾く。止まっていたままの足を動かし距離を詰めながら刀を振るう。守ってばかりだった剣士がいきなり攻勢に出たことに驚きながら、戦士──クー・フーリンは突き出された刀を槍で打ち払う。突き、斬る、払う。大凡槍が行える戦い方を高次元で納めているクー・フーリンは、例え生前では一度も見なかった武具であろうと対応してみせた。そして、目の前の剣士が技量こそあれ、戦い慣れしている訳ではない事も早々に見抜いていた。多くの戦でその武勲を立てたクー・フーリンは、剣士から漂う独特の新兵の様な不慣れさの気配を感じ取っていたのだ。
よっぽどあの兄ちゃんの方が場数は踏んでるな。と、刀を弾き槍を突き出すと即座に距離を取る剣士を見ながら、クー・フーリンは思い、背筋に薄ら寒いものが走る。もしも、この剣士が戦いというものをよく知っていたら、自分の首は今こうして繋がっている事はあり得ないだろうと。
ーーこいつは、使えるもん全部使わねぇとオレが不味いなーー
間合いを互いに計りながら睨み合う。クー・フーリンの速さに慣れたという剣士の言葉に嘘はなく、数分前なら虚を突けていた奇襲じみた動きは最早、完全に見切られている。そして、徐々に剣士から新兵の様な雰囲気は薄れ始めている。クー・フーリンとの戦いで戦いというものを知った為、確実に無駄が削ぎ落とされてきているのだ。
「良いぜ、使ってやるよ。その方がもっと楽しめそうだ」
「ほぅ。ここまで手を抜かれていたという訳か」
「ちげぇよ。ただの好みの問題だ。だが、お前はオレの全てをぶつけるに値する敵の様だからな!」
その言葉に思わず笑みが溢れる佐々木小次郎。目の前で槍を構える、間違いなく強者であるクー・フーリンに強者と認められた事が堪らなく嬉しく、またそれがより一層闘志を滾らせる。全てをぶつけてくると言うのなら、あっさりやられて落胆されぬ様にと。その何処までも真っ直ぐ澄んだ闘志をぶつけられて、クー・フーリンはこの退屈な戦争に応じた甲斐があったと思えた。
「いくぞ、剣士ぃ!」
「来い!戦士」
クー・フーリンが駆けると同時に、槍から火が噴き出し佐々木小次郎を襲う。もう一つの手段が魔術だと思っていなかった佐々木小次郎は、完全に虚を突かれ、不必要に大きくその攻撃を避けてしまう。当然、それを見逃すクー・フーリンではなく、重心が乱れた状態で着地した佐々木小次郎へと槍を突き出す。
「やるじゃねぇか」
槍は心臓を穿つーーなんて、事はなく槍と身体の間に刀の鞘が割り込んでいた。槍による一撃を避けられないと悟った佐々木小次郎は、空中で背中に背負っている鞘に手を伸ばし、詰めてくる刹那の間に動かしていた。クー・フーリンなら心臓を狙うという判断と、不利を即座に理解して最善の立て直しを計る。それは、既に戦いを知らない新兵が取れる動きではなかった。
片手という力の乗らない状態で一呼吸の間に、二閃。クー・フーリンに刀が振るわれる。このまま鞘という守るには適していないものを砕き、心臓を貫くことを諦め、距離をとる。物干し竿と呼ばれる長すぎる刀は、避ける為にどうしても佐々木小次郎の技量も相まって距離を取るしかなく、その度に状況がリセットされてしまう。
「まさか妖術いや、魔術と言うのが正しいのか?お前がその類を使えるとはな」
「師匠に叩かれながら覚えたからな。まっ、あんまし趣味じゃないんだが」
「なるほど。良い師匠に巡り会えたのだな」
「……あー、うん。良い師匠なのは間違いねぇな。死ぬほどスパルタだが」
修行の日々を思い出したのか戦いの最中だというのに顔を青くするクー・フーリン。そんな彼を見ながら、どこか羨ましそうにする佐々木小次郎。彼にも師匠はいるが、技を直接教わった事はただの一度もない。最初に見た演舞、それだけを何度も何度も思い返しながら得た我流でこの頂に立っている彼は、師弟というものに一抹の憧れを持っているのかもしれない。
「さて、話も良いがそろそろ戦うとしよう」
それも一瞬のことであり、佐々木小次郎は元の飄々とした態度に戻り刀を構える。例え憧れようとも、それは遠い過去のこと。今のこの至福の時間には一切、関係のないことだ。
「おう。お前のそういうところ嫌いじゃないぜ」
応じる様にクー・フーリンも槍を構える。全てが溶け込んでしまいそうな静寂の中、両雄は睨み合う。永遠に続くと思われた時間は、山門の奥、柳洞寺から轟音が響き渡る事で終わりを告げた。その音を合図に、ルーン魔術により更に速度を上げたクー・フーリンが佐々木小次郎へと飛びかかる。肉を潰す音が聞こえるわけもなく、避けた佐々木小次郎の刀が槍を叩きつけたクー・フーリンへと迫るが、一度槍を手放し上半身を逸らす事で、その一閃を避けてみせた。
槍を手放したクー・フーリンへと追撃しようと佐々木小次郎が刀を引き戻し振り下ろそうとするが、刀の下から勢いよく槍が当たり阻止される。器用に足元の槍を蹴り上げ、追撃を阻止し槍を手元に戻したクー・フーリン。横凪に槍を振るい、佐々木小次郎を吹き飛ばそうとするが身軽に飛び上がり身体を捻ってそれを避ける。着地点にルーン魔術で生み出された太い植物の根が2本襲い掛かるが、それを一閃で斬り伏せ、何事も無かった様に着地した。そして、今度は佐々木小次郎を挟む様に植物の根が左右から襲いかかり、中央からはクー・フーリンが槍を構えて突撃してくる。同時に三方向からの攻撃。根を防げば、槍に。槍を防げば根にやられるだろう。
「ここが使い所か」
半身になり、自身の首元近くまで物干し竿を引き絞る。今までとは違い、何かしらの意図がある構えを見せた。それを警戒するが、構わず走るクー・フーリン。
ーー秘策があるのなら魅せてみなーー
「秘剣、燕返し」
かつて、空を自由に飛び回るツバメを刀一本で斬ろうと考えた男がいた。だが、相手は空を自由に飛び回り、振るった刀が起こす空気の流れを読み容易く避けてしまった。さて、どうするべきか考えながら、それでも時間は腐るほどあった男は、ただツバメを斬るという一念で刀を振い続けた。そして、その剣は魔法の域へと到達した。
クー・フーリンの目には『全くの同時』に振るわれる3本の太刀筋が見えていた。そして、それらは根を両断しながらクー・フーリンを剣戟の檻に閉じ込めた。攻勢に出ていた筈なのに、一瞬でクー・フーリンは追い詰められた。
「うぉぉぉぉぉ!!」
もし、持っている武器が槍でなければクー・フーリンは迫る剣戟の檻に斬り裂かれていただろう。驚異的な反射神経で引き戻された槍は棒高跳びの様にクー・フーリンを持ち上げ、その槍を斜めにする事で3本の内、2本を防ぐ。だが、残る1本はどうする事も出来ない。可能な限り致命傷を避け、剣戟の檻から抜け出したクー・フーリン。その左腕は斬り飛ばされていた。
「これでも命を絶てぬとはな。驚いたぞ、戦士」
「クー・フーリンだ」
片腕を失ってもなお闘志は衰えず、寧ろ強くなっているクー・フーリンが真名を告げる。これほどの相手を前にして、そういやずっと隠してたなと今更思い出した様だ。
「クー・フーリン殿。私は……本来、名など無いが、この身は佐々木小次郎と呼ばれている」
「そうか。んじゃあ、佐々木小次郎。もう一度、構えな。オレも宝具を使うからよ」
「なるほど。そういう趣か、良いだろう。その申し出を受けようか」
再び、燕返しの構えを取る佐々木小次郎と、片腕が無いため少し不恰好だが槍に魔力を走らせ、構えるクー・フーリン。
「秘剣」
「ゲイ・」
「「燕返し/ボルグ!!」」
全くの同時に振るわれる剣と、因果逆転の呪いの朱槍が眼前の敵を殺さんと雄叫びをあげた。
残された刀と槍、そして暗闇を照らす月だけが結末を知っている。
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