その果てに男は自らの消滅を容認し、あれほど生きたいと思っていた願いを手放し消えた筈だった。けれど、世界はそれを許さず、男は罪悪感を抱えたまま外で生きるもう一人の自分を見続ける事となった。
これは、そんな男に与えられた贖罪の物語であり、ほんの僅かに赦された世界に生きるただの一人として、生きた物語。
「なんだ、行くのか?」
立ち上がった俺を見て、アンリがやっぱりかみたいな顔して呼び止めた。なんだよ、全部お見通しってか?
「まぁな。これでも、善性が見込まれて転生してるんだし。最後くらい善行したって神様の期待通りだろうさ」
「自分が生き残る為に原作キャラの死を見送ったアンタが今更、自己犠牲ってやつか。それはちょっと遅いんじゃねぇか?」
こいつ、本当に的確な所を突いてきやがるな。実際、アンリの言う通り俺が今からやろうとしてる事はただの自己犠牲だし、それをするならもっと早くやっておけば良かった。その方が犠牲が少なかっただろう。
「罪滅ぼしとか、向こうのアンタへの同情とかそういうので動こうってしてるなら辞めとけ。それはアンタの生きたいって願いを放棄するには釣り合わねぇよ」
この世全ての悪。そう呼ばれてる割には、優しいこの世界でただ一人の俺が心の底から、友人と思える相手が俺を止めようとしてくる事に思わず笑ってしまった俺をアンリが不機嫌そうに見てきた。仕方ないだろ?俺が止まらないって分かりきってる癖に態々止めてくるのが面白かったんだ。
「そうだな。確かに、そういう感情がある事は否定しないさ。俺は、世話になった切嗣を救えなかったし、衛宮士郎の平穏を奪ったし、イリヤに地獄を進ませてしまった。全部、知ってて回避しようとしなかった俺の責任だ。けど、俺はそんな独善的な理由で動いてない」
俺が抜けて、楽しそうに生きる『俺』を見て、羨ましいと思った。ずっと、死の恐怖に怯えて何も出来なかった俺と違って、全力で生きてる『俺』は眩しかった。
「聖杯が解体されるまでずっとお前と此処で、話してるのも悪くないと思ったさ。けど、それを選んだら、俺は結局何一つしないまま生きたクソ野郎になっちまう。それは嫌だ。もう何もかも遅い?そんなもん生きてりゃ関係ない。人間、何度転ぼうが好きな時に立ち上がって歩み出せばそれで勝ち組さ。アンリ、俺は俺が生きた証を残したい。あの輝かしい英霊達のように……ってのは無理でも、どっかの誰かさんみたいにこの世全ての悪を引き受けて、その先に誰かを救ったんだと。そういう自己満足が欲しいんだよ」
「……けっ。そんじゃあ、さっさと行っちまいな。散々、地獄を味わった癖に一握りの幸福で満足するなんてアンタも欲がないねぇ」
「違うな間違ってるぞアンリ。俺は欲の塊さ、だから逝くんだよ。異なる結末を見る為にな」
そもそも俺はあの日、消える事を選んだんだ。何故か、大聖杯に取り込まれてこうして追加の時間を貰ったが、結局のところそれは死に損ないが一人生まれただけのこと。色々と押し付けた現実世界の『俺』が折角、頑張って彼女を助けたんだから、結末はハッピーエンドじゃなきゃ報われないってもんだろ?
俺は光の方へと歩き出す。足元の泥がピチャピチャと音を立てるが、ここ10年で慣れ親しんだ音だ。むしろ心地よく安心する。
「あぁ、そうだ。もし、お前がこのまま消えようとする俺に友情を感じてるなら、一つ頼まれてくれないか?」
「おいおい、厚かましいなアンタ」
その厚かましい面を殻にして被ってるのはお前だろうにアンリ。
「いつもの事だろ?……『俺』を頼むよ。どうせ、厄介毎に首突っ込むだろうから適当に手助けでもしてくれ」
背後から返答はない。だが、それで良い。否定しないという言質が取れたのだから。止めてた足を再び動かし、今度こそ俺はこの場所から外に出て、あの小さい姿が見えるまで待つ事にする。
「……10年間。良い暇つぶしだったぜ」
「それは良かった。俺も楽しかったよ、アンリ」
顔を見合う事なく、背中越しに最後の友に別れを告げ、それを最後に俺が出てきた穴は消える。これで良い、俺が、■■■■が紡いだ物語の結末は最期に、彼女の代わりになって終わりを迎える。あぁ……良い人生だった。
「え?」
「よぉ、久しぶりだなイリヤ。残念だけど、此処から先は行き止まりだ。後は、俺が引き継ぐ」
……聖杯よ。もし、俺の願いを叶えてくれるのなら、イリヤが他の人達と同じ時間を生きられる様にしてください。