転生特典が動体視力?これ、無理ぞ   作:マスターBT

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言峰綺礼VS衛宮影辰。私が最も書きたかった回です。


二人の悪党

 あいつとの因縁は何処から始まったのだろうか。あいつに訓練を頼んだ時か、切嗣が死んだ時だろうか、それともあの泥を浴びた時だろうか。いいや、きっと違う。10年前、初めて出会った時から俺とあいつの奇妙な因縁は生まれたのだろう。死力を尽くしたとしても勝てる未来が見えない相手であり、いずれ越えなければならない師匠でもあり、この世でもっともいけすかない奴だ。

 

「来たぞ。言峰綺礼」

 

 何度も通った道を通り、見慣れた扉を開けるとその先には、聖母像に祈りを捧げているあの男がいた。奴は片膝をつけていた体勢から立ち上がり、ゆっくりと此方に振り向く。蝋燭という決して、明るくない灯りの先に立つその姿はまるでラスボスの様でもあり、ムカつくほどに似合っていた。髪を切ったのか昔の様にさっぱりしている言峰は、その顔に昔とは違う板についた悪役らしい笑みを浮かべながら腕を開く。

 

「この様な夜更けに何用かね。衛宮影辰」

 

 この白々さがまた腹立つんだよなこいつ。

 

「分かりきってる事聞くなよな。お前が呼んだんだろうが」

 

「ふっ、そうであったな。立ち話も何だ、こちらに来るといい」

 

 そう言って奴は、いつもここで鍛錬をした時に座る先頭の長椅子に腰掛ける。顔を合わすなり殺し合いになると思ったが、どうやら向こうにその気はないらしい。とは言え、無警戒で接して良い相手でもない。警戒しながら、奴のところに向かうと俺と奴の間に、ワイン1本とグラス2個が置かれていた。

 

「……こういう事する奴だっけ?お前」

 

「10年の付き合いだ。少しぐらいは付き合ってくれても良かろう?」

 

「へいへい。酔って負けましたなんて言い訳は聞かないからな」

 

 言峰の隣に座ると、奴がワインを向けてきたのでグラスを近づけ傾ける。ゆっくりとワインが注がれていき、注ぎ終わると今度は奴がグラスを手に取ったので、俺がワインを言峰のグラスに注ぐ。

 

 カチンッと静かな教会に甲高い音が響く。

 

「……美味いなこれ」

 

 一口飲むだけで、芳醇な香りが口内を支配する。ワインは詳しくないが、濃厚で果実の甘さがあり、舌で転がしている内に味が変わっていき、次の一口が欲しくなる。多分、相当に良いワインだろう。

 

「ギルガメッシュから守り通した逸品だ。味わいたまえ」

 

 俺の言葉に満足そうに言峰はワインを飲む。俺が言うのもあれだが、味覚が可笑しいのか優れてるのかどっちなんだこいつは。

 

「よく守り通したな……それで、態々なんだ?」

 

「酒のツマミ程度に答えろ衛宮影辰。お前にとって悪とはなんだ?」

 

「今更俺らでそんな話するか?確かに酒でも飲んでなきゃ話せない内容だな……悪ね、俺の命を奪いそして俺の大切な人達を傷つけるものかね」

 

 ワインを飲みながら分かりきっている事を答える。俺にとって悪とは俺自身や周囲に害を齎すものであり、そうでないのなら関係ない。別に隣で殺人事件が起きようが知ったことではない。

 

「その大切なものを守る為なら、手段を選ばないと。それは紛れもない悪ではないか?」

 

「だろうな。でも、そんなのは視点が違うだけだ。俺にとっての正義が悪だって言うのならそれで良いさ」

 

 俺は切嗣の道具だが、切嗣や士郎の様に無関係な者まで護るために命を賭ける気はない。無関係な連中が害を成すと言うのなら、そいつらを俺は息をする様に当たり前に殺すだろう。そういう事が出来てしまう人間だと俺は理解している。

 

「……くくっ、やはりお前は私とは違うな衛宮影辰」

 

「当たり前だ。誰がお前になるかよ言峰綺礼」

 

 どこか楽しげな言峰の声を聞きながら注がれたワインを飲みきる。それを元あった様にワインの横に置く。どうやら、同じタイミングで飲み終わったらしく、言峰もグラスを置いていた。

 

 直後、俺達はなんの合図も無しに立ち上がり、相手に向かって殴りかかる。チッ、これで油断してくれれば良かったのに。鏡合わせの様に放たれた拳は、俺たちの間で激しくぶつかり合い、その衝撃で座っていた長椅子が吹き飛ぶ。力比べをしていても、埒が明かないので一度距離を取り睨み合う。ちょうど、俺たちの中間地点で舞い上がったワインが落下していく。それをゆっくり眺め、教会の床に落下し赤いシミを作ると同時に、駆ける。

 

 互いに手の内は知れている。何故なら、俺は奴の弟子であり奴は俺の師匠だ。どの様に戦い、どんな攻撃を好むのかは目を瞑っていても分かる。だからこそ、裏を読む必要も裏をかく必要もない。ただ単純に真正面からぶつかり合う以外に道はない。

 

「言峰……綺礼!!」

 

「衛宮……影辰!!」

 

 拳が届く距離になると同時に、俺は勢いよく足を叩きつけ発生した力を右手に流し言峰の心臓めがけて放つ。泥によって生きている言峰を俺が殺すには、生きる源になっている泥を奪うしかない。つまり、どこでも良いから身体の一部をあいつの心臓に突き刺す。それが俺の勝ち筋だ。

 

「無論、分かっているとも。お前は重心を落とした一撃の方が優れている」

 

 突き出した拳を真下から逸らされ、生まれた隙間に言峰が入り込む。俺と違って足を止めていない奴は、その勢いのまま体当たりを繰り出し俺は教会の壁に勢いよく叩きつけられる。パラパラと僅かに崩れる壁の音を聞きながら、真横に転がり教会の入り口側へ飛び退く。そこへ言峰の拳が飛んでくるのを顔を逸らして避け、カウンターで蹴り飛ばす。そのまま、奴が体勢を整える前に詰め寄り踵を顔面目掛けて落とすが、捕まれ振り回す様に片側が壊れている教会の入り口へと投げ飛ばされ、扉を完全に破壊しながら外に出る。

 

「呆れた頑丈さと馬鹿力だな。それに、ランサーの動きを真似たか」

 

 暗闇の向こうから言峰が現れる。満天に輝く月に照らされ、歩いてくるその姿は神秘と同時に隠しきれない醜悪さが混在しているなんとも、奴らしい雰囲気だった。

 

「聖杯戦争は学ぶ事だらけだったからな」

 

「やはりお前が化けるには、強者との戦闘経験が必要だった様だな」

 

 両脚に力を込め、その全てを余す事なく地面へと流し得られた力で一気に加速し、言峰に詰め寄る。獣の様に身を屈めて駆け寄り、一気に跳躍。言峰の真上を取り、落下の勢いも含めた踵落としを腕を交差する事で、防ぐ言峰。奴の足元を見ると、石畳の通路にヒビが入っている。チッ、力を流して受け止められたか。宙返りをしながら離れ、地面に足が着くと同時に再び、攻め込む。足を止めるな、加速で得た力を効率よく使え、ランサーの様に。

 

 勢いに乗ったまま言峰の顔面に拳を突き出すが、はたき落とされ右から奴の蹴りが飛んでくるのを引き戻した右腕を盾にして防ぎ、左脚で言峰の顎を狙う。だが、半歩下がる事で避けられた為、振り上げた脚を勢いよく落とし、地面に叩きつける。直後、叩きつけられた力が波紋の様に広がり、その振動で言峰がバランスを僅かに崩す。震脚によって、力で突き出した拳が言峰の腹部に当たり奴を吹き飛ばす。

 

「さっきの仕返しだ」

 

 と言っても手応えはそんなにない。攻撃が当たる瞬間に上手く力を逃されたのだろう。言峰の方へ歩きながら、灰錠を起動させ飛んできた黒鍵を弾く。視界の先には予想通りまだ生きていた言峰綺礼が、片手に黒鍵を携え立っていた。口元には僅かに血の拭った跡がある為、無傷という感じではなさそうだが、笑みを浮かべているところから考えるにまだまだ余裕なのだろう。

 

「そう言えば聞いていなかったな。何故、私のところに来た?」

 

「お前から誘っておいて何言ってんだ?」

 

 何を今更ながら事を言ってんだこいつは。全力で顔を顰める俺を見ながら、言峰が追加で説明する。

 

「誘いを断る。その選択肢だってあっただろう。これから起きる規模においては、私よりギルガメッシュの方が大きいだろうに」

 

 あぁ、そういう事。王様が孔を開けている以上、最優先すべきは王様の方だろう。だが、そっちには士郎達が向かったし、魔術が使えずサーヴァントも居ない俺が行ったところで出来ることはたかが知れているし、それに──

 

「はっ。俺が此処に来てなきゃ、お前は全てを覆して最悪を齎すだろうに。そりゃ、お前が望む最良よりは程度が低いだろうが、それでも俺にとって最悪な事に変わりはない。お前は間違いなく、厄災を起こす。それがお前という男だ」

 

 目の前のこの男を放置する理由が俺には無かった。前回の経験ゆえか、それとも付き合いの長さからくる予感なのかは分からない。だが、放置すれば必ず良くない事がこの男によって引き起こされると云う絶対の予感が存在していた。

 

「くっくっく、そうだな。だからこそ、私はお前を此処に呼んだ。お前が向こうにいては、ギルガメッシュが勝利したとしても私が望む最良は訪れない。なにせ、お前は最善の結果を手繰り寄せる事は出来なくても、最悪の結果を阻止するぐらいは一人でやってのける男だ」

 

 どうやら思う所は同じだったらしく、何が面白いのか笑いながら話す言峰の闘志と殺気が膨れ上がる。それに応じる様に俺の内側からも、闘志と殺気が抑えきれないほどに膨れ上がっていく。

 

「ハハッ」

 

「くっくっ」

 

「「ハハハハハ!だから、お前は今此処で死ね!」」

 

 無関係の人間から見れば異常な光景だろう。俺たちは、互いに笑みを浮かべ挨拶の様に殺気をぶつけ合い、握手の様に互いに殴りかかる。飛んできた黒鍵を弾きながら距離を詰めれば、互いの拳が笑みを浮かべる顔面に横から思いっきり突き刺さる。凄まじい衝撃と共に視界が揺らぎ、歯が折れる。邪魔なそれを地面に吐き捨てながら、俺と言峰は殺しの武術を止めることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながらとんだ化け物を育て上げたことだと思う。殺意と闘志に満ちた笑みを浮かべ、拳を向けてくる衛宮影辰の指導を引き受けたのには、理由があった。一つはあのギルガメッシュが私とは違うが、空虚だと評価し気に入った男に私と同じ時間を与える事で、私と同じ様な存在が出来上がるのではないかと考えたからだ。だが、先ほどの問答で、いいやするまでもなく分かっていた事だが、衛宮影辰は私の様には成らなかった。

 

 そしてもう一つ。これはただの趣味だが、手間と時間をかけて育て上げた才能ある者を、自らの手で摘むと云う悪徳を味わいたかったからだ。漸く巡ってきたこの好機を今、私は存分に楽しんでいる。とは言え、サーヴァント相手に戦闘経験を積んだ事で私の予想より遥かに手強くなっているこの男を殺すにはかなり苦労するだろう。どこまでも私の予想を裏切ってくれるなこの男は。

 

「ふん!」

 

 捻りを加え、威力を底上げした下からの拳を容易く受け止める衛宮影辰。見覚えのあるコートを翻し、一度離れる奴からかつて嗅いだことのある煙草の匂いがした。

 

「見覚えがあるとは思ったが、そのコート。衛宮切嗣の物か」

 

「お前ほんと、切嗣の事好きだな……」

 

「その様な趣味はない」

 

 呆れた顔をする影辰に否定を入れておく。なるほど、衛宮切嗣のコートであれば何か仕掛けがあるかもしれん。致命的な腕前だが、前回の聖杯戦争で影辰は銃を扱っていた。あのコートの内側に仕込まれていても何も不思議ではない。であれば、試してみるか。

 

「ふっ!」

 

 両手に取り出した黒鍵を奴に向けて投げ、私自身は正面から黒鍵を構えて駆ける。衛宮切嗣との戦いでも使った不可避の攻撃だ。銃を持っているのなら、正面の私に向けて放つはず。さぁ、どう対処する衛宮影辰?

 

「ふぅぅぅ……はぁぁ!!」

 

 深呼吸の後に片脚を叩きつけ、指向性を持った振動が私に向かって飛んでくる。それを跳躍して避け、眼下の影辰は左側の黒鍵を弾き飛ばし、右側の黒鍵を掴み取り、そのまま背後に着地した私に斬りかかった。それを持っていた黒鍵で防ぎ火花を散らす。

 

「投擲は最もお前が対処しやすい攻撃だったな」

 

「目に見えない震脚を避けるお前に言われたくねぇな」

 

 パキンっと私達が持つ黒鍵が砕け散る。元々、投擲用に作られた黒鍵は斬り合い、鍔迫り合いには向いていない。ましてや馬鹿力のこいつの力を受け止めきれる性能はしていない。ほぼ柄だけになった黒鍵を投げ捨て、再び至近距離で拳をぶつけ合う。私以上に泥に適合し、桁外れの再生力を有するこの男を殺すのは容易ではないが、痛みで気絶させ洗礼詠唱を唱えれば私の勝ちだ。理由は分からんが、ギルガメッシュ曰く、衛宮影辰の本質はその魂にあるらしい。霊体の様なものであれば私にとって、これほど殺しやすい相手はいない。

 

「はぁぁ!」

 

 態と拳を横腹に受ける。骨が折れる音が聞こえるが無視し、その腕を掴み逃さない様にし渾身の一撃を奴の鳩尾に放つ。防ごうとした腕を無理やり突破し、当たった拳は間違いなく奴の臓器にダメージを与えた様で、口から多量の血が噴き出す。臓器を潰すつもりだったが、私の身体も奴からのダメージで力を振り絞れていない様だ。だが、この好機を逃す訳にはいかない。

 

 片手を掴んだまま、何度も殴打を繰り返し奴が再生したところから破壊していく。地面が奴の血で濡れるほどそれを繰り返した時だ。掴んでいる拳に力が入り、ほぼ接触してる状態から私に攻撃をしてきた。

 

「ぬぅぅ!?」

 

 どこにそんな余裕があった……折れた骨が臓器に刺さるのが分かる。このまま、掴み続けるは愚策か。手を離すと同時に蹴りが飛んできて私を踏み台に距離を取る。だが、ダメージが抜けていないのか立ち上がる事はせず、地面に崩れ落ちるだけだった。終わる時は呆気ないものだ。

 

「私の勝ちだな」

 

 だが、こいつの事だ。何か隠してるかもしれない。さぁ、何を仕込んでいる衛宮影辰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人のことボコボコに殴ってくれやがってこの野郎……地面に倒れながら少しでも身体を休める様に心掛ける。ゆっくりと奴は俺に向かって近づいてきている。懐から取り出したコルトパイソンを身体で隠しながら握る。あれからも練習はしているが、相変わらず俺の射撃の腕は死んでいるから、奴が近づいてくるまで待つしかない。コツコツと足音が近づいてきて、俺の近くで止まった。集中すれば気配で手が近づいてきているのが分かる。首に触れるか触れないかと言ったところで、身体を逸らしコルトパイソンを放つ。

 

「なっ……」

 

「知っているとも。何度もお前がソレに頼るのを私は見てきたのだから」

 

 コルトパイソンと共に突き出した手を奴は、掴み逸らしていた。多少、逸らされても問題ない様に心臓を狙っていた筈なのに、放たれた弾丸は虚空へと消えていった。

 

「ガァァ!」

 

 ただの握力で骨を折られて、コルトパイソンを落とす。言峰は落ちたコルトパイソンを遠くに蹴り飛ばし、俺が再び手に取るのを阻止する。折られた手は解放されるが、再生するまでは動かないだろう。とっくに脳は痛みに耐えられずに俺の意識を落とそうとしていた。今の俺はそれをただの気力だけで抗っているだけに過ぎない。これ以上の負担は本格的にヤバいだろう。兎に角、一度立ち上がらなければ話にならない。

 

「万策尽きたか?」

 

「俺の諦めの悪さ、甘く見るなよ言峰」

 

 ふっと折れた歯を言峰に向けて吹き飛ばし、奴がそれを防ぐと同時に片腕の力だけで身体を起こしそのまま離れる。折られた腕が動く様になったのを確認しながら自分の血が目に入り視界の半分が赤くなった状態で言峰を睨む。肩で息をして、吐き出した血から考えて貧血で倒れてもおかしくない。そんな俺が──

 

「来いよ言峰綺礼。これで、終わりにようぜ」

 

 片手で煽る様に言峰を挑発する。それを見て、より凶悪な笑みを浮かべる言峰は体勢を沈め間違いなく必殺の一撃を放つ構えを見せた。あぁ、助かるよ。動く気力は奥の手に取っておきたいんだ。まぁ、奥の手と言う割にはただの博打。成功するかも分からない代物だが。

 

「では、行くぞ衛宮影辰」

 

 いつぞやの様にわざわざ宣言する言峰綺礼。地面を滑る様に距離を詰めてきた言峰を見ながら俺は、俺が使えない筈の神秘の言葉を紡ぐ。

 

「Time alter──double accel」

 

 言峰の顔が驚愕に染まるのがゆっくりと見えた。魔術を使えない俺が魔術を行使したのだ、当たり前の反応だろう。とは言え、何も不思議な事じゃない。俺の友人、ウェイバーに無理言って頼み込み、切嗣の遺体から壊れた魔術刻印を摘出。それを魔力だけはある俺に、埋め込んだのだ。魔術刻印はその血筋のものでなければ、適合しない。だが、それは埋め込めないという訳ではない。拒絶反応による障害を再生力で治し、絶えず襲い掛かる痛みは慣れてしまえば気にならなかった。なお、これだけの事をしても一度使えば、完全に魔術刻印は壊れてもう二度と使えなくなるらしい。まぁ、やってる事は壊れかけてる回路に正規の手段を使わず、一切調整されてない電気を流すみたいなもんだからな。

 

 電話越しに使えば、どんな反動が待ってるか分からないと散々言われたが、すまんなウェイバー。こいつには俺が使えるもん全部使わないと勝てねぇよ。倍速で動きながら奴の背後へと回り込む。こっちは倍速だというのに振り返り、迎撃しようとしている辺り言峰のイカれ具合がよく分かる。けど、遅い。これなら、等速に戻っても俺の方が早く攻撃が出来る!!終わりだ、言峰綺礼!!

 

 奴が防ごうと突き出した拳をすり抜け、俺の手刀が言峰の心臓を貫く。それが、等速の世界だというのにやけにゆっくりと見えた。

 

「……私の敗北か。まさか、魔術を行使するとはな。考えもしなかったぞ」

 

「たった一度だけの虚飾の魔術だけどな」

 

 言峰の心臓から泥を吸い上げ引き抜く。そして、奴が倒れると同時に魔術行使の反動が俺を襲い凄まじい吐き気と耐え難い痛みが訪れ、俺もその場に倒れる。浅い呼吸を繰り返していると、視界の端で苦しんでる俺を愉しそうに見ている言峰と目があった。これから死ぬってのに最期まで趣味に走ってやがる。

 

「……その状態で聞こえているかは分からんが、今に思えば私は悪性を自覚しながらも、当たり前の幸福を享受しているお前が羨ましかった。ずっと側で幸福そうなお前を見る度に、何度壊してやろうかと思ったことか」

 

 最期に言い残す言葉じゃねぇだろそれ……話せるのならそう反論したが苦しみに捥がくことしか出来ない。

 

「だが、お前はそんな私と共に居ても、時折楽しげにしている事があった。まるで、あの女の様に。私の様な破綻者の側にいて、なぜお前もあの女も楽しげにいられた?その想いに報いる事など出来ない私の側で」

 

「……その女性が誰かは知らんから……勝手な事を言うし……認めるのも気に食わないが……お前の事は嫌いだし死ねとも思っていたよ。けど、お前のお陰で……今の俺が居るんだ……全く楽しくない時間を何年も過ごせるほど……俺は聖人じゃねぇよ」

 

 ちょうど僅かに楽になったから疑問に答えてやる。普段なら絶対に言わないが、どうせ最期だ。なんでもかんでも言ってやるよ。俺の言葉に目を丸くした言峰は、力のない笑い声をあげる。自嘲する様な悲しい様ななんとも言えない声だ。

 

「……クラウディア。私はお前を──」

 

 天に手を伸ばしていた言峰綺礼が最期に何かを呟いたが、俺は聞き取れなかった。暫く奴の横で苦しみに耐えてると、ゆっくりと楽になっていき俺は立ち上がる。既に、空は白み始めており空に空いていた孔は消えてなくなっている。地面で横たわる正真正銘、ただの骸になった言峰綺礼を俺は、抱き上げる。このまま、人の目につくところに放置しておく訳にはいかないだろう。奴の自室まで運び、ベッドの上に置く。

 

「……なんなんだろうな。お前が死ねばもっと俺はスッキリすると思ってたんだが」

 

 涙が流れる事はない。言葉が見つからない感情に別れを告げ、言峰綺礼の自室を出ようとする。恐らく、聖堂教会の連中が上手く誤魔化すのだろう。俺が出来るのはここまでだ。ふと、必要なもの以外何もない殺風景な部屋に造花の紫陽花が置いてあるのが目に止まった。

 

「……」

 

 なんとなく俺は紫陽花を手に取り、言峰綺礼の遺体の上に置いた。願わくば、あの男への手向けとなりもう二度と現世に戻ってこない事を期待する。じゃあな、言峰。天国でも行って、目一杯苦しむんだな。

 




言峰の最期の言葉はなんだったんでしょうかね。

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