「見事に咲いてるもんだなぁ。綺麗だ」
「桜の下には死体が埋まってるとも言うそうですよ」
「……カレン、お前なぁ」
見事に咲き誇る桜を士郎の提案で、俺たちは皆んなと一緒に花見に来ていた。ここら辺の桜は満開になると綺麗だと、有名で周囲を見れば所々に花見客が来ているが分かり、それらを狙いとした屋台も多く出ている。それだけ立派に咲く桜への感想に対して、死体が埋まってるそうですよと返すカレンの捻くれ具合と言ったら無いだろう。
「ふふっ、冗談です。あまりに間抜けな顔をしていたので揶揄いたくなりました」
春の日差し、桜の下でそう言って微笑む彼女の顔は、満開の桜より美しいと思った。けど、それを素直に口に出せば揶揄われるだけなので言わないが。そもそも、大河とかに聞かれたら死ぬほど弄られるしな。
「それ、元ネタ的には桜を美しいと褒める内容だからな。怖がらす目的じゃないぞ。確か、死者の魂を花として咲かせそれがヒラヒラと散っていく。そこに言葉では言い表せない美しさを見出したらしい。日本人らしい感性だな」
「貴方はそう思わないんですか?」
カレンが俺の横に座りながら聞いてきたので俺は桜をもう一度見上げる。そこには変わらず、美しく咲き誇る桜と、青空を背景に花びらが舞っていた。それは確かに綺麗だと思えたけれど。
「俺は満開の桜を見る方が好きだな。散りゆく桜に思うところがない訳ではないけど、花としての命を終えていく所より綺麗に咲き誇り輝いている姿を見ている方が俺は好きだな。散るところを見ると、どうしても寂しくなってしまう」
「……貴方らしい感想ですね」
ヒラヒラと舞い散る花びらの一枚をカレンはそっとその手に優しく乗せる。それをしばらく見つめた後、上へと投げてまたヒラヒラと舞い散る花びらの仲間入りを果たし、今度はゆっくりと地面へと落ちる。
「私は散る所も好きですよ。命が尽きる最期まで、誰かの心の中に残るのは寂しいですけど、とても美しいと私は感じますから」
見ず知らずの誰かの為に自らを使い潰せるカレンからしたら、何か感じる所があったのだろう。憂こそあれ、何処か満足そうな彼女の横顔を見ていると胸が締め付けられる。俺は、君にそんな顔をさせたくて連れてきた訳じゃないんだ。
「そうだな……なら、目一杯桜を堪能するとしようか。美しい姿を俺たちが記憶して、また次の春に一緒に見に来よう」
消えそうな彼女を繋ぎ止める為に、彼女を見失わない様にその顔をじっと見つめながら来年の約束を取り付ける。そんな俺に気がついたのか桜を見ていた顔が真っ直ぐと俺に向く。少し驚いたのか目を見開く彼女は徐々にその顔に愉しげな表情を浮かべ始める。あれ?
「まるで告白みたいですね?影辰神父」
「こっ!?いやいや、そんなつもりはなくてだな!?」
「あら。女性に来年も一緒に桜を見る約束を取り付けるのは、どう聞いても告白だと思いますよ?」
慌てる俺の顔がそんなに面白いのか愉しそうに追い討ちをかけてくるカレン。それなりの時間を過ごしていて分かった事だけど、カレンには弄ると決めたらとことん弄ってくる悪癖がある。こうやって弄られるのも初めてではない。
「分かって揶揄ってるだろお前!」
「流石に鈍い神父様でも、気が付きますか。偉いですね」
「そんなんで褒めるな!と言うか、何度も弄られてたら分かるわ……たくっ、まぁお前が楽しそうならなんでも良いんだけどさ」
「……そう言う所ですよ鈍神父」
俺が一体何をしたと言うんだ……反論はせずに再び桜を見上げるとカレンも同じ様に桜を見つめる。この時ばかりは散る桜も素直に美しいと思えた。
「……ねぇ、桜。アレ、どう思う?」
「……さぁ、私に聞かれても」
凛と桜はヒソヒソと目の前の光景に関して話をしていた。士郎提案の花見は、場所取りに彼の兄である影辰と士郎達が直接話をするのは初めての同僚、カレンが先に向かってその後、お弁当とかを携えた彼女らが来ていた。初めの内は別に変な所などなく、顔合わせも至って普通に行われたのだが、時間が経つに連れてその違和感に気がついた凛は、思わず桜に問いかけていたのだ。
「カレン、陽射しは大丈夫か?」
「心配しなくても辛ければ言いますから。それに、貴方が近くに居れば軽い不調ぐらい平気です」
「誤解を招く言い方を態とするのはやめなさい」
「本当の事を言ってるだけですよ?」
「あーもう、分かったよ。それで良いよ」
花見が始まってからずっと、食べている時もみんなと話している時も、飲み物や屋台の食べ物を買いに行く時も影辰とカレンは、片時も離れる事が無かった。その事実に気が付いてないのは、花より団子をしているセイバーと、視界の端で白野に迫られている士郎ぐらいだろう。
「ん。やっぱり士郎の料理は美味しい。毎日食べたいぐらいだ」
「そりゃ良かった。折角、皆んなが揃ってる花見だからな。気合を入れたんだ、そうそうこっちは白野にお薦めしたくてな」
「麻婆豆腐!しかも良い色をしている……お重と分けたのは私専用だからか?」
「あぁ。ほら、食べてくれよ」
毎日という発言に反応しないのは突っ込むべきか。いや、士郎の事だから言葉の通りに受け取っているのだろう。言った張本人の白野ですら、特に残念がっている様子は見られないし、麻婆豆腐をとても美味しそうに食べていた。
少し話は逸れたが、凛と桜の本題は影辰とカレンの距離感に関してだ。聖杯戦争を通して、影辰という男と関わった二人だがその評価は気の良いお兄さんであり、そして深く自分から関わってくる人ではないと思っていた。何処か一線を引かれているというか、ある程度までは仲良くなれるけどその先に進むには難しい人。そんなイメージの人が、特定の誰かに近づいているのが不思議であり、また年頃の彼女らからしたらそういう関係じゃないのかと思っていた。
「もしかして、恋人同士なのかしら?」
「カゲタツとカレンは、今のところただの神父とシスターって関係よ。リン」
いつの間にか会話を盗み聞きしていたイリヤがお団子を食べながら話に加わる。時折、教会に遊びに行く彼女はこの場の誰よりも影辰とカレンの状況を知っていたのだ。
「どう見てもカゲタツはカレンに惚れてるし、カレンもそれを悪くは思ってなさそうなんだけど……あの二人、自分の幸せを求める気がないのよ」
その顔と声に呆れを浮かべながらイリヤは言う。影辰は、今までずっと当たり前から身を遠ざけていたから、今のところはカレンと一緒に居られるだけで幸福と感じてそれ以上を求めていないし、カレンもカレンで彼が近くにいるだけで満足してるからアレ以上進展しないと。
「はっきり言って近くで見てるともどかしいわよあの二人」
「それはなんとなく分かります。兄さんなら、ブラックコーヒー片手に逃げ出しそうですし」
「そう言えば慎二はどうしたのよ?」
凛の質問に桜が無言で指を刺す。その方向の先には、メドゥーサに膝枕をされて眠っている慎二の姿があった。日頃の鍛錬であったり魔導書を読んでいたりと寝不足がデフォルトになりつつあった慎二は春の陽気に当てられ、船を漕ぎ始めそこをメドゥーサに回収された様だ。
「……なるほどね。なんというかさっさっとくっついてくれないかしらね」
「リンはお子ちゃまね。ああいう期間も大切なのよ。まぁ、それはそれとして後でカゲタツは弄るけど」
「何よ!貴女だって、そういう経験がある訳じゃないのに偉そうに!」
売り言葉に買い言葉。ギャーギャーと喧しくなる凛とイリヤ。なんともまぁ、負けず嫌いな二人である。そんな二人を桜は呆れた様に見ながら、お茶を飲み、先輩のところに行こうか考えるのだった。
「賑やかだな」
「そうですね」
まさか自分たちの話をされていたとは思ってもいない影辰とカレンの二人は呑気に、騒いでいる二人を見ていた。血生臭い非日常から最も遠い、ありふれた平和な光景が此処には広がっている。世界の何処かでは、悲しみに暮れている人もいるだろう。だが、男が望んだ世界は今此処に確かに存在しているのだ。
さて、楽しい時間と云うのはあっという間に過ぎていくもので日も落ち始め、少し冷たい風が吹いてきた頃解散の流れとなった。途中から顔の広い大河は別のところに顔を出して見事、出来上がった状態で戻ってきたがそれは話の隅に置いておこう。今日は家に戻る予定の影辰は教会へとカレンを送っていた。勿論、彼女が転ばない様に右側に立ち手を握りながら。
「皆さん、善い人達でしたね」
「だろう?人の縁には恵まれて……うんまぁ、恵まれている方だと思うよ」
「何か含みがありそうですね……もしかして前任者の事ですか?」
言い淀んだ影辰に対してカレンが質問すると図星のように視線を逸らした。影辰の脳裏には、主に二人の人物が浮かび上がっており一人はキラキラと輝く黄金の王様、もう一人はいけすかない笑みを浮かべる神父だ。
「そう言えば聞いてませんでしたね。前任者の事はどう思ってるんですか?」
そんな彼を見てふと気になったカレンは問いを投げかけた。
「うん?なんでそんな事を聞くんだ?」
「少しばかりの興味です。聖堂教会でも貴方は有名でして、言峰綺礼神父が突如名を登録し、後継に宣言した人。私は知りませんが、とても後継をわざわざ指定するような人ではなかったらしいので」
「なるほど?んー、そうだなぁ、好きか嫌いかで言えば嫌いな奴だった」
「え?」
「人の不幸を喜ぶ奴だし、その為なら努力は惜しまないし、訳わからないほど辛い麻婆豆腐食わせてくるし、まぁ今では好物だけど。あと、加減なんて考えてない鍛錬を押し付けてくるし。何度あいつの愉しそうな顔を見たことか」
「……」
言葉の割には何処か楽しそうに話す影辰に言葉を挟めないカレン。彼がこういう話で嘘吐く人物ではないと分かっているからこそ、その声と表情に込められた複雑な心境を察してしまう。やがて、彼は少し寂しげな表情を浮かべて言葉を続けた。
「……ただ、同時にすごく悲しい奴だと思った。どれだけありふれた幸福を望んでも自らそれを壊してしまう。満ち足りている癖にこの世界の誰よりも渇いていたあいつが、俺を後継に指名した。それすら俺が苦しむのを眺めたいだけだろうけど、少々特殊な俺が生きるには合っているものだ。悪人が気まぐれに起こした善意。そう捉えれば無碍には出来ない」
「貴方はあの人を恨んでいないと?」
「そうだなぁ……そういうのはあの時に全部置いてきた。今は俺にとって、最も因縁があって嫌いで可哀想な奴だよ」
何処か遠くを見た後、カレンの顔を見て笑みを浮かべる影辰。その表情が何よりも後悔はないと物語っていた。だから、カレンはもうじき教会に着くというのに影辰の手を今までより強く握った。なんとなくそうするべきだと思ったから。
「……随分と甘い事を言うのですね。ですが、それが1番の仕返しでしょうね」
「うん?よく分かってるじゃん。言峰綺礼に会ったことあるの?」
「いえ、ありませんよ。ですが、想像できるだけです」
「んん?そういうものか」
「そういうものです」
話していると早いものでもう教会に到着した。カレンを自室に送り届けると、名残惜しそうに二人の手は離れ影辰は部屋を出て行こうとする。その背中を眺めながらカレンは、ふと昼間の事を思い出し口に出した。
「来年も桜を見に行きましょう。影辰」
その言葉に彼が笑みを浮かべて、嬉しそうに応じたのは言うまでもない事だろう。ゆえに彼は気づかなかった。その言葉を口に出したカレンの耳が少し紅く染まっている事に。
こいつら、もどかしい。