その日も変わらず、影辰とカレンは教会でいつもの日常を過ごしていた。いつもと違ったのは信者達の来訪が終わり、清掃を始めた時だ。教会全体が結界に包まれ、5人の武装した神父が教会に入ってきたのだ。
「……何だお前ら。格好から見るに同業者っぽいが、武器をチラつかせながらとは、随分な態度じゃないか」
「お前が此処の神父、衛宮影辰だな。我々が来た理由は簡単な話だ。そこのシスターの身柄を引き渡せ。散々、悪魔探しの為に使いたいという要求を拒否しおって」
影辰の言葉など、聞こえていないという態度で酷く横暴な物言いでカレンの身柄を要求する神父。発言をしている者以外も、この数に逆らうと思っていないのか影辰を見下した目で見ていた。神父としてそれはどうなのかとは思うが、彼らからすれば祓うべき絶対悪である悪魔を探知するのにこの上なく有用なカレンを、占有し挙句利用しないという聖堂教会の人間として役目を放棄してる落伍者という認識なのだから仕方がない。
「同業だから一回だけ忠告してやる。今すぐ帰れ」
その言葉と共にドス黒い殺気が影辰から放たれ、そのあまりの禍々しさに神父達は戦闘体勢に入り1人が黒鍵を影辰に向けて、投擲してしまう。
「……そうか。それが返答か」
投げられた3本の黒鍵は容易く影辰に受け止められ、言葉と共に投げ返される。その反撃に反応できなかった神父は、神父服を壁に縫われ完全に動けなくなった。凄まじい衝撃と共に壁に激突した神父は、自らの黒鍵を解除することなく、そのまま意識を手放してしまう。
「ッッ……我々、聖堂教会に逆らうか!!」
「……」
自身の近くにあった長椅子を蹴り上げる影辰。落下してくる長椅子を敵に向けて、蹴り飛ばそうとしたそのタイミングで、背後から赤い聖骸布が影辰の身体に巻きつき、その効果により完全に拘束された。驚きに顔を染めながら倒れていく影辰。赤い聖骸布の出所は、見間違うことすら無い彼が守ろうとしているカレン、その人であった。
「……カレン?」
「影辰神父。これ以上は貴方の立場を悪くするだけです。私の様な一介の見習いシスターの為に、無理をする必要はありません。……聖堂教会、神父の皆様方。私は大人しく貴方達に同行します。ですから、彼の問題行動はどうか不問にして下さい」
「おい!カレン!!」
能面の様な顔で一方的に影辰に告げ、神父達に頭を下げるカレン。そこには時に影辰を弄り、時に共に笑い、怒り、そして寄り添ったカレンの姿はなく、出会った時の様な義務感しかないシスターが立っているだけだった。
「ふ、ふん!最初からそうすれば良かったのだ。不問かどうかは我々ではなく、本部が決める。今は大人しく着いて来い」
「はい」
神父の言葉に従い、カレンは影辰から遠ざかっていく。
「カレン!!頼む、行かないでくれ……カレン!!!!」
「……」
マグダラの聖骸布は捕らえた男性を決して逃さない。サーヴァントの如き、力を有している影辰であっても男性である以上逃れる事は出来ず、無様にジタバタと暴れるだけであった。それでも、彼は喉が枯れるほどいや、枯れる度に再生する喉を潰しながら遠ざかるカレンの名を呼び続けた。やがて、教会から彼を残し、人が居なくなり日が昇る頃漸くマグダラの聖骸布による拘束が解けた。
「……」
暫くの間、力なく倒れていた影辰だが、やがてゆらりと立ち上がり、懐から携帯を取り出すとこういう時に最も頼りになる人物へと連絡を入れると、数コールの後に電話は繋がった。
『貴方から連絡とは珍しいですね。影辰』
「すみません舞弥さん。最速で、聖堂教会本部行きのチケットっていつ頃になりますか?」
『……はい?』
突然の申し出に電話先で固まる舞弥。魔術に関わる者なら、聖堂教会がどれほど敵に回したくない組織かよく知っているし、電話の相手である影辰が今はそこに所属している神父だという事も知っている為、底冷えする様な声でその提案をしてくる理由が分からなかった。
「大切な奴がそこに行った。俺はそれが許せない、なんとしても連れ帰る」
『……止めても無駄でしょうね。2日で貴方の元へ届けます。だから、早まらない様に』
「ありがとう。舞弥さん」
目的を果たした影辰は通話を切り、鬱陶しそうに神父服を脱ぎ投げ捨てる。感情の色が一切窺えないまま彼は教会を出て行った。
聖堂教会は身をもって知る事となるだろう。竜から、宝を持ち去る、それがどれだけ恐ろしい事かを。
ー聖堂教会本部ー
厳粛な空気が流れる教会をゆっくりと歩くカレン。足が悪く、片目の視力が著しく弱い彼女を気遣う者はおらず、ただ彼女が逃げ出さない様に四方を囲み同行する代行者達。冬木から、聖堂教会に戻ったカレンは2日ほど休息が与えられ今日、悪魔憑きを探す為の道具として大司教の元に差し出される事になっていた。
(誰も私を気遣う者は居ない。歩きが遅いのを怠そうに見て来る者達ばかり……少し前までこれが当たり前だったのに。今は、違和感しか覚えないですね)
物としての扱いには慣れていたはずなのにと、カレンは思う。今まで過ごしてきた時間より、圧倒的に影辰と一緒に過ごした時間は少ない。その筈なのに、胸にポッカリと大きな穴が空いた気分になる。私が私で居られる場所を捨てたのは、自分自身だというのにカレンは苦しくて苦しくて、仕方がなかった。
「着いたぞ。入れ」
「はい」
でも、後悔はありません。私は彼と出会って、随分と人らしい生活を送る事が出来ました。そんな時間、本来なら私如きに与えられて良い時間ではなかったのです。ですが、過去を返上する事は出来ません。だから、私に人らしい時間をくれたあの人の未来に少しでも恩返しが出来たのならそれで良いのです。
そんな自己犠牲の考えをしながらカレンはそっと大司教が待つ部屋への扉に手を伸ばすが、その手は震えていた。その震えをもう片方の手で無理やり止め、カレンは部屋へと入る。そこには大司教と、代行者2名と悪魔憑きを疑われている者が1名居た。そして、即座に入ってきた扉を聖堂騎士団の騎士1名が塞ぐ。
「……カレン・オルテンシア。只今参りした」
「よく来た。早速で」
大司教が口を開いた直後、この場所に届くほど表が騒がしくなり、勢いよく扉が叩かれる。大司教が扉の前にいる騎士に指示を出し、扉を開けさせると、ボロボロの神父が駆け込み大きな声で報告した。
「敵襲です!黒いコートを着た人物が、ヘリコプターから勢いよく降下し此処、聖堂教会本部に乗り込んで来ました!!!敵の目的はただ一つ、見習いシスターであるカレン・オルテンシアの引き渡しです!!!!」
時は少し遡る。
便を手配した舞弥と共に聖堂教会本部のあるローマへと来た影辰は、そのまま舞弥が用意していたヘリコプターに乗り込んでいた。感覚を取り戻す為に、セイバーやアーチャー相手に戦い、勘を取り戻した彼は自らの内にある激情を抑え込んでいた。
「本当に援護はいらないんですね?」
「はい。必要ありません、これは俺の我儘ですから」
ヘリコプターは聖堂教会本部の真上で静止する。下から、聖堂教会の者達が何やら文句を言っているがそれら全てはプロペラの音に掻き消され、彼らには届かない。舞弥に礼を言って、影辰は立ち上がりヘリコプターの淵に立つ。
「影辰」
「なんですか?」
「切嗣のコート。よく似合っていますね」
「……ふっ、ありがとうございます。舞弥さん」
笑みを浮かべて影辰はヘリコプターから飛び降り、所謂ヒーロー着地で聖堂教会の面々の前に降りる。舞弥の乗るヘリコプターが飛び去ったのを確認してから、彼は自らの内に荒ぶっていた感情を爆発させ、禍々しい殺気を放つ。ただそれだけで、戦う事が専門ではない者達は意識を手放し代行者や騎士団の者達は各々の武器を構えた。
「俺の目的はカレンだけだ。邪魔をするなら、全員ぶっ飛ばす」
地獄から聞こえてくる様な声はその場にいる者達に冷や汗をかかせた。だが、それだけで引き下がる者も居らず先ずは聖地の守護者たる騎士団が、陣形を整え数を用いて影辰に攻め込む。
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
全くの同時に四方から襲いかかるという相手の逃げ道を完全に無くす見事な連携を見せる騎士団。常人であれば、此処で死んでいるだろう。だが、運の悪い事に目の前の男は、常人ではない。生身でサーヴァントと戦う異端だ。
「……」
「「「「なっ!?」」」」
振り下ろされる剣が影辰の間合いに入ると同時に、片足を軸に影辰は一回転。回し蹴りを放った。ただそれだけで、騎士団が持つ聖別された剣は半ばからポッキリと折れてしまう。そのまま、影辰は真正面にいる騎士の顔面を身に付けている兜の上から殴り飛ばす。錐揉みもしながら吹き飛んだ騎士は当然の事ながら意識を手放した。
「殺しはしない。一応、同業だ。ただまぁ、今俺は虫の居所が死ぬほど悪い。半殺しにされても文句は言うなよ?」
歩くのに邪魔な騎士を殴り飛ばした影辰はそのまま教会へと足を進める。当然、黙って見送る訳も行かない騎士達が襲いかかるが、悉くその武器を破壊され歩くのを邪魔すれば、一撃で吹き飛ばされていった。中には盾で進路の邪魔をしようとする者もいたが、受け止める腕が折れるか構えている盾を掴まれ投げ飛ばされるかの未来しかなかった。
「騎士団下がれ!数が通用する相手ではない!」
黒鍵や灰錠を装備した代行者達が今度は立ち塞がる。だが、影辰は全く臆する事なく足を進める。そんな彼に次々と黒鍵が投擲されるが、飛来する武器の対処は最も彼が得意とするもの。その視力で見切り全てを掴み取り、投擲した者へと投げ返す。自らの元へと帰ってきた黒鍵を叩き落とす代行者達。その間に灰錠を装備した代行者が影辰へと襲いかかる。
「喰らえ!!」
「……言峰のやつの方が速い」
半身になり攻撃を避け、伸びきった肘を逆方向に曲げる。痛みに顔を歪める代行者の顎を下からかち上げ飛ばす。落ちてきた代行者は脳震盪により意識を失った。その代わりに影辰の攻撃後の隙を突き、腹部を殴る代行者だがその硬さに驚く。まるで、鉄の塊を殴った様だと。そして、それが彼の最後の思考となる。振り下ろされた手刀により地面と熱いキスを交わし、気絶したのだ。
「くっ……この化け物が!」
黒鍵を構えた3名の代行者が影辰へと襲いかかる。代行者と割には連携を取る彼らの剣戟を余裕で避けていく影辰。だが、攻勢に出ないその姿に勝ち目を見出したのか代行者達の動きがより苛烈になっていく。徐々に追い詰められていくかと思われたが。
「黒鍵の使い方は、そうじゃないだろ」
一瞬で3名の手から黒鍵を掠め取る影辰。手から突如消えた事に驚き、自身の手と影辰のところに握られている黒鍵を交互に見る代行者達。隙だらけな彼らに背を向けながら、影辰は黒鍵を先ほどより素早く投擲する。その速度に反応できなかった3名の代行者は、壁に縫い付けられ動けなくなった。
「そこだ!」
気配を消す事に特化した代行者が背後から影辰の胸を貫く。明確な手応えに勝利を確信するが、直後、正面の存在から向けられる殺気に反応し顔を見上げる。そこには首を横に向け己を見ている絶対零度の視線があった。
「ひっ!」
その視線に怯えると同時に
(強者の気配は感じるが、こっちに来る様子はない。真面目な埋葬機関の連中は今、この場には居ないって訳か)
そもそも、従う義理のない埋葬機関の者達だがそれでも万が一、邪魔をされれば敗北すると影辰は思っていたが、どうやら様子見を続けるらしい。それに安心しながら歩いていると、一際豪勢な扉が目に入る。
「そこまでにしておけ。侵入者」
「……誰だ?」
柱の影から右眼に派手な装飾の眼帯を身に付けたスパニッシュ系の男が立ち塞がる。殺気を向ける影辰だが、目の前の男はそれを涼しい顔で受け流し、口を開く。
「おぉ、怖いな。俺は、ハンザ・セルバンテスという者だ。過去に類を見ない侵入者、お前は何しに此処にきた?」
「俺の目的はただ一つ。カレンを連れ戻す事だ、そこを退け。ハンザ」
「カレン?……あぁ、少し前に日本から連れ戻されたシスターか。最後にこれだけ教えろ。そのカレンってのはお前にとって、大切な人か?」
「答えるまでもない。此処にいる事が何よりの答えだ」
「……そうか」
腕を組み、少しの間考えるハンザ。影辰も目の前の男がいつまで経っても戦う意志を見せない為、攻撃することはないが歩きを止める事はしない。影辰の歩く音だけが廊下に響き渡る。そこまで距離のある廊下ではない。すぐに豪勢な扉の前に立つハンザの元へ影辰が到着するのは分かりきっていた事だった。
「「……」」
目を開けたハンザと影辰の視線が交差する。ゆっくりと組まれていたハンザの手が動き、それを影辰は目で追う。動いていた手は、戦闘姿勢を取る事はなく、豪勢な扉を僅かに開いた。
「良いのか?」
「さて何の事だか。俺は同業者に道を譲っただけだとも、ほら何も不思議なことではあるまい?」
「……ふっ、そうか。俺は影辰という、機会があればまた会おうハンザ」
そう言って影辰は扉を開き、中に入っていく。それを見送ったハンザは、口笛を吹きながらその場を去ったのだった。
随分と久しぶりに感じた。俺の顔を驚いた様に見ているカレンを見ながら俺は笑みを浮かべ、手を振る。何やら横で喚きながら剣を振るう騎士がいた気がするが片手で殴り飛ばし、カレンの方へ歩を進める。左右から代行者が襲いかかってくるが、攻撃を避け2人をぶつけ合わせ塊になったところを蹴り飛ばし、気絶させた。
「ぶ、無礼者!此処を何処だと心得る!?」
「……あ?聖堂教会の本部だろ知ってるわ。その身なりから察するに大司教かアンタ?」
「そうだ!要求は、このカレン・オルテンシアと聞いたが?真か!」
カレンと俺の前に立ち塞がってんじゃねぇぞ?チッ、だが話し合いで済めばまだ楽で良い。落ち着け、俺。
「あぁ。その通りだ」
「渡すと思うかね?漸く、取り戻した便利な道具だぞ!……ん?よく見れば貴様、衛宮影辰ではないか。異端狩りの力を我々に向けるとは……破門に処すぞ!」
道具だと??何ふざけた事を吐かしてんだこいつは。全身から制御の効かない殺気が溢れ出していくのを感じるとともに、目の前の大司教の顔がどんどんと青褪めていくのが見えた。
「も、文句があるのか!!」
「……訂正しろ。カレンは道具じゃねぇ……カレンはなぁ、俺と違って見ず知らずの他人の為にその身を使う覚悟があって、神父の俺以上に神って奴を信仰してる癖に、人を弄るのが大好きで、他人の幸福を見ると潰したくなる厄介なサディストで……けど、こんな碌でなしの俺に寄り添ってずっと俺の心臓を五月蝿くさせるただの女の子だ!!!!決して、便利な道具なんかじゃねぇ!!!」
「ゴフッ!?」
死なない程度に全力で大司教の顔面を殴り飛ばす。その辺の豪華な椅子にぶつかり彼は意識を失う。あっ、やべぇやり過ぎた……
「カレン!」
だが、後悔をしている暇はない。背後から、殺気だった団体が此処に向かってる気配を感じる俺は、カレンに向けて手を差し出す。もし此処で、カレンが俺を選ばないのなら、俺は本当に全てを諦めるつもりだ。ここまでやらかして、カレンを巻き込む訳にはいかない。
「……影辰」
カレンは迷った様子で俺の手と大司教を交互に見ていた。俺はじっとカレンを見つめ続ける。もう俺に言える事は何もない。時間ギリギリまで此処で手を伸ばし続けるだけだ。時間は刻一刻と過ぎていく。それでも俺は焦る事なく、カレンの決断を待ち続けた。
「……折角、自由になれた貴方を縛らない様にしたのに来てしまうんですね。本当に、悪い人です」
「あぁ。俺は悪党だからな」
「ふふっ、本当に仕方のない人」
怒号が迫る。けれど、そんなのがどうでも良いくらい見惚れる綺麗な笑みを浮かべるカレン。
「でも、そんな貴方だから私は側に居たいと思ったのかもしれません。どうか、連れて行ってくれますか?」
カレンが俺の方に手を伸ばす。当然、俺はその手をしっかりと握りしめる。もう一度取り戻せた温もりに手だけではなく、心が暖かくなっていく。
「あぁ!もう二度と離すなよカレン!」
「えぇ。離しませんよ影辰」
カレンを優しく引っ張り、お姫様抱っこで持ち上げ、その辺にあるものを足場にステンドグラスを破り外へと飛び出す。そのまま、全力で走っていると目の前に舞弥さんの乗ったヘリコプターが現れた。流石、タイミングバッチリですよ!
「乗って!!」
開かれた入り口から飛び込み、ヘリコプターに乗り込む。カレンを優しく座席に座らせた俺は、安心した事で此処までの疲れが一気に身体に現れ、あっさりと意識を手放す。大丈夫だ、此処には舞弥さんがいるし、離れないと誓ったカレンも居るんだから。
気がついた頃には日本に戻ってきており、俺とカレンは暫く冬木の教会には立ち寄らずホテルや家で、寝泊まりをした。そして、数日の月日が流れたある日、家に青髪で眼鏡をかけた女性が訪れると、俺を呼び出し軽い挨拶の後、手紙を渡してきた。どうやら俺が起こした無茶に対する処罰が決まったらしい。覚悟しながら手紙を開くと、そこには簡潔にこんな言葉が記されていた。
『衛宮影辰。以上の者を埋葬機関、予備役として任命する』
「は?」
「まぁ、暴れ過ぎましたね。でも、偶々あの場所に居たメレム・ソロモンさんが貴方の事を気に入ったらしくて、掛け合ってくれたらしいですよ。これから、同僚として宜しくお願いしますね」
そう言って目の前の女性、シエルさんは微笑んだ。……うっそだろおい。
なーにしてんだろうねこの男。
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