俺が聖堂教会で大暴れしてから1年の月日が流れた。埋葬機関の予備役に命じられたとは言え、もっと罰則やなんなら処刑とかあるかと思っていたがこれと言ってお達しはなく、言峰から引き継いだ教会も引き続き神父として預かれている。まぁ、ただの神父をしていた時より明らかに危険な仕事を任されているが、大体シエルさんとの同行だし相手が危険すぎてカレンの出番もないから俺としては有難いぐらいだ。
そんな訳で俺は相変わらずの時間を過ごしている……いや、1つだけあの事件を境に変わったことがある。
「影辰。隣失礼しますね」
「お、おう」
いつもの様に教会の長椅子に座っていると、カレンがやって来て肩が触れ合うほどの近くに座る。そう、変わった事はこれだ。今までは近過ぎず、離れ過ぎないぐらいの距離感を維持していたのだが、あの事件以降少しずつ俺との距離が物理的に近くなり今では、誰も居なければ至近距離にいるのが当たり前となったし、誰かが居ようとも俺を影辰と呼ぶのが当たり前となった。最初は、弄る目的かと思ったけどどうにもそういう感じではないんだよなぁ。
「何一人で百面相しているんですか?元々、面白い顔が更に面白くなっていますよ」
「ねぇ、それって褒めてる?絶対、貶してるよね」
「いえ。退屈しないいい顔だと褒めているんです」
「本当でござるかぁ?」
まぁ、彼女が近くに来てくれて何か困る事と言えば心臓が煩いぐらいだし、別に問題はない。休日なんてものが存在していない仕事だし、カレンも寂しい思いをしているのだろうなんて思えば、こうして甘えられるのも微笑ましいと言える。
「そう言えば、弟の士郎さんはイギリスに留学するんでしたっけ?」
「あぁ。凛ちゃんと桜ちゃんと一緒に時計塔に行くよ。魔術師になるつもりはないみたいだけど、自分の持つ力をもっと使い熟すのには魔術師達が集まる場所で訓練したいんだと。凛ちゃんと桜ちゃんも一緒だし、何より時計塔にはウェイバーの奴もいるからそれなりには安心して預けられる」
高校卒業後の進路として、士郎は時計塔を選んだ。自分の持つ力をアーチャーとは違う方法で育てる為だ。面倒ごとに巻き込まれてなければ良いけど、まぁ無理だろうな。士郎のことだし、目の前で困ってる人が居れば手を差し出すだろうしウェイバーの教室所属になれば、トラブルが向こうからやってくる。
「となると家には大河さんとイリヤさんだけと?」
「いや、イリヤもイギリスに向かうよ。士郎が寝泊まりする場所で、一緒に寝泊まりするって。流石に時計塔に入るのは、イリヤ自身も危ないと判断してくれたようだ。それでも危ないって俺は止めたんだが、鳥籠の中で生きるのはもう嫌だ、私も世界を見たい!って言われてな。そんなこと言われたら引き下がるしかない」
止まっていた時間が動き出した様にイリヤは少しずつ成長しているが、それでも見た目はまだ子供。アインツベルンの生まれなのもあって、魔術師の多いイギリスに行くのは辞めて欲しかったが、俺は過保護になり過ぎていたのかもしれない。自由に生きる事が許されるのなら、自由に生きたいのが人間だ。大切だと思う余り、あの爺と一緒になるところだったよ。
「つまり……あの家には大河さんしかいない?」
「そうなるな。まぁ、あと一、二ヶ月ぐらい先の話だけどな」
「なるほど。それは良い事を聞きました」
「ん?」
何が良いことなんだろうか?うーん、まぁ良いか。何やら企んでる気配を感じるけど、今更彼女が何か害を成すとは思えないから放っておこう。……なんて、この時の俺は考えていた。
二ヶ月後。士郎達は荷物を持って、イギリスへと旅立った。勿論、セイバーやアーチャーもそれぞれのマスターに着いて行った為、この家を利用するのは正真正銘、俺と大河ぐらいだろう。訪ねて来る人らは居ても、泊まったりする人は居ない。
「みんな成長したねぇ」
「そうだな。この家も随分広く感じるよ」
大河と共に家に戻った俺は、広くなったと感じられる居間で寛いでいた。成長期と呼ばれる時期はとうの昔に通り過ぎ、青春も彼方へ消え大人になった俺たちにあいつらの輝きは眩しすぎるものがある。成長したなぁ……きっと隣で大河も同じ事を考えているのだろう、満足そうにけど何処か寂しげな笑みを浮かべていた。
「士郎が出て行ったが、お前はどうする大河?」
「んー、どうしよっかなぁ。このまま、此処に居続けるってのもなーんか違う気がするのよねぇ」
「別に居たいのなら構わないというか、今まで通りなだけだしな。部屋も余ってるし」
俺より少しだけ年上という理由で、面倒を見ると言ってウチに入り浸っていた大河。彼女が今更、この先も家にいると宣言しても何も今までと変わる事はない。何せ、ほぼ毎日寝泊まりして仕事行ってるからなこいつ。だが、当の大河には何かしらの考えがあるのか俺と言葉を聞いてもまだ悩んでいる様だった。
「……ねぇ、影辰?」
「なんだ?」
「カレンさんのこと、好き?」
「ゴフッ!?」
突然の質問に咽せる俺。いきなりなんてこと聞いてきやがるこの虎!顔を顰めながら大河を見ると、普段ならこんな露骨な反応を取った俺を弄る彼女がじっと真剣な顔で俺を見ている事に気がつく。……はぁ、恥ずかしいけど正直に答える以外選択肢はなさそうだな。
「出会った時から惚れてるよ。けど、それを言う気はない。あいつには、俺みたいな人でなしより相応しい人間がいる筈だ。そいつと出会うまでの間、カレンが死なない様に、守れれば俺はそれで良い」
カレンの体質が明らかになった時から、俺はそう決めていた。俺の様な人を殺す事になんの躊躇いもない人でなしは、真っ当に生きてあいつを愛してくれる奴が現れるまでの盾に過ぎないと。だから、カレンが笑って生きてくれているのを見れるだけで俺は満足できる。
「……気がついているんでしょ?カレンさんの気持ち。士郎と違って、影辰は鈍くないもんね」
「それは……」
明確な時期は覚えてないが、カレンが俺に異性として好意を向けてくれている事に俺は気がついていた。けど、今更俺が人並みの幸せを手に入れる権利もないと思っていたし、彼女の好意は壮絶な人生の中で初めて向けられたであろう優しさからくる勘違いの様なものだと目を逸らしてきた。
「私は影辰じゃないからどんな事を想っての行動なのかは分からないけど。女の子の気持ちには真っ直ぐ向き合ってあげて。どんなに頑張っても、相手にされず好意を受け取ってすら貰えないのって、凄く辛いんだよ?」
そう言って儚げに微笑む大河。あぁ……散々売り言葉に買い言葉で言い合ってたけど、大河は切嗣の事が好きだったんだな。そりゃ、相手にされない気持ちも分かるよな。あの人の心にはずっとアイリスフィールが居たんだから。
「……少し考えてみる。流石に今すぐ返事を出せるものじゃない」
「うん。それで良いと思うよ」
さてとどうしたものか……そう考え始めた直後、家のインターホンが鳴り来客を告げる。俺はとても対応できる気がしなかったので、大河に任せ思考の海に潜ろうとしたのだが、大河がすぐに来客を居間に連れてきたので中断された。
「暫く此処でお世話になりますね影辰」
「……なんでさ。いやいや、聞いてないぞ!?」
「じゃ!私はこれで失礼!!あ、私の部屋にある荷物は後で取りに来るから気にしないでねー!」
「待てや大河ァァァァ!!」
先程までの空気は何処へ。来客の正体はカレンであり、寝泊まりする為の旅行鞄を持ってきており、おそらくその事を知っていたであろうクソ虎は脱兎の如く、この場から逃げ出した。あの虎……神妙な顔しながらカレンが来るまでの時間稼ぎをしてやがったな。
「……とりあえず言いたい事は沢山あるが……なんで黙ってたカレン?」
「無様に驚いている顔と、今の疲れ切った貴方を見たかったからですよ?」
「キョトンとした顔でさも当然です!みたいなリアクション取るんじゃない!はぁ……部屋は幾らでも空いてるから好きな所を使ってくれ」
あーもう、疲れた。適当に部屋を使う様にカレンへ伝えて立ち上がり、彼女の元へ向かい荷物を預かる。軽いな……本当に必要最低限しか持ってきてない感じか?なら、後で日用品の買い物をしなくちゃいけないか。
「貴方の部屋は何処でしょうか?」
「此処を出てすぐ突き当たり、その右側の部屋だ。隣はイリヤが使ってた部屋だから荷物は置けないぞ」
「なら向かい側にしましょうか」
「あいよ」
カレンを部屋まで連れて行き、荷物を置く。荷解きが終わったら飯でも行こうと伝えて、部屋を出る。そのまま、自分の部屋に行き着替え、財布を持ってカレンが来るまでの居間で寛ぐ。あー……家が大河だけになるって聞いてこのサプライズを思いついたなカレンのやつ。
30分ほど待っていると、カレンが荷解きを終えて居間にやってくる。いつものシスター服でも、あの穿いてる?って言いたくなる仕事服でもない。赤で統一され、私服を着ていた。ぱっと見軍帽か?と思えるこれまた赤い帽子も、カレンの銀髪に彩りを加え似合っている。
「赤いな」
「そういう貴方は黒いですね」
そう言われて自分の格好を見る。黒のパンツに、白いパーカー、その上に黒いチェスターコートを羽織っている。……確かに黒い。夜の闇に背中を向けてたら溶け込めるんじゃないんだろうか。
「でも──」
「まぁ──」
「「──似合ってると思うよ(思います)」」
同時に同じことを言った俺たちは目を丸くしながらお互いを見る。そして、これまた同時に笑い出した。ひとしきり笑い合った後、俺たちはいつもの様に手を取り合い、冬木市の新都へと向かった。
「……さて、いよいよ逃げられないな」
家に戻った頃にはすっかり陽が落ち、空には月が昇っていた。もはや、悩む時は必ずここに来てると言える場所、縁側で俺は座りながら大河に言われた事を思い出していた。ただの勘でしかないが、カレンがこの家に来た以上俺はもう逃げる事は出来ない。カレンの想いに答えなければならないだろう。
「はぁ……確かに俺はカレンの事が好きだ。愛してると言っても良い」
初めこそただの一目惚れだった。こう言うのはなんだが、アイリスフィールや、舞弥さん、セイバー等と言った美人達を散々見てきた俺が、ただ見ただけで好きになるとは想っていなかった。浮世離れした容姿ではあるが、それこそアインツベルンで見慣れたと言って良いほどそういう容姿は見てきている。だから、一目惚れだけはしないだろうと思っていたんだがなぁ。それに今では、カレンの性格にも惚れている。
まぁ、シスターらしい性格もあるが加虐趣味で俺の事を散々弄ったりしてきているが、そういう所も愛おしいと思えてしまう。もし、カレンを逃せばこの先、俺は誰かを愛する事はないだろう。
「……惚れた人には幸せになって欲しい。それだけなんだけどなぁ……明日消えてしまうかもしれない俺と一緒になっても、カレンは幸せになれない。ずっと報われない人生を生きてきたんだ、この先は幸せに生きて欲しい」
俺の命なんていつ消えるか分からない。埋葬機関の仕事で、跡形もなく死ぬかもしれない。明らかに人の枠組みを超えた再生力も、突然消えて今までのツケを払わされるかもしれない。フランチェスカみたいな魔術師との戦いに巻き込むかもしれない……ありふれた幸福を過ごすには俺という男は余りにも向いてない。あぁ、だからこのまま──
「私の幸福は私が決めます。影辰、貴方が決める事ではありません」
「……もしかして全部聞いてた?」
「はい。初めから全部聞きました」
そう言ってカレンは俺の隣に座る。お風呂上りの為か彼女からは、甘い良い匂いがしている。恥ずかしさで俺は彼女の方を見る事が出来ないでいた。考え事に集中しすぎた……カレンの気配に気づけないなんて。
「……私は生まれてきた時からずっと、誰かに愛されるという経験をしてきませんでした。ずっと、腫れ物の様に扱われ、聖痕が現れてからは貴方も知っている通り、聖堂教会の都合が良い存在として扱われました。ですが、私はそれでも構わないと思って生きてきたのです。この身が誰かの役に立つ事が主によって定められた私の運命なのだと。
その果てに人ですらない死が訪れたとしても、そしてその亡骸さえも利用されて構わないと思っていた私を道具ではなく、人として接する奇特な人と出会いました。その人は、教会の神父で悪魔を祓わなければならないのにその為に便利な私を使う事すらせず、挙句の果てに力を使う事を怒りました。それはもう修羅の如く。私は、胸の内側が暖かくなるのを無視してなんて背信者が神父をやってるのだと思いましたが、彼はその態度で笑みで確かに救っていたのです。教会に訪れる信者を……そして私を」
月を見上げながらカレンは語る。その胸に隠された感情を。
「初めて向けられた優しさに初めは、困惑していましたが慣れてくればこれほど心地の良いものはありませんでした。ずっと観察をしていれば、その優しさは彼本来のものであり、私が好きだからなどという特別なものでもない事は気付けました。だって、彼の周りは沢山の笑顔がありましたから。けど、ある日、私に向けられる優しさは他の人と違うと気づいたんです。彼は、優しいけれどそれは求められた時に応じるもの。私に向けているいっそ独善的とすら言えるものではないのです。
だって、彼の優しさが他の人と一緒なら自ら離れた私を全力で取り戻しになんて来ませんから」
カレンは自分の手に視線を落とす。そして、その手を大切なものを落とさない様に器の様にした後自身の胸の前に持ってくる。それはまるで、祈りの様だった。
「……主よ。どうか、私が私の道を歩むのをお許しください」
そう呟いた後、カレンはゆっくりと俺の方を向いた。彼女の独白を聞いているうちに更に熱が灯った俺は相変わらず、彼女の顔を見れずにいたが俺の頬に彼女の手が添えられ、強制的に顔を合わす事になる。いつもの様に澄ました顔をしていると思ったが、カレンは耳まで真っ赤にし俺の顔を見ていた。それに気を取られた瞬間だった。
「!?」
カレンの唇と俺の唇がそっと触れ合う。時間にして数秒程度の出来事だったが、完全に俺の頭は真っ白になった。
「これが私の嘘偽りのない気持ちです。これでも貴方は、私が幸せでないと言いますか?」
俺はその言葉を聞いて心の底からもう抑えることも、目を逸らすことも出来ない衝動に駆られてカレンを抱きしめる。華奢な彼女の身体を壊さないようにけれど、この暖かさと愛しさを感じられる様に強く俺は彼女を抱きしめた。そして、彼女の方からも手が伸び抱きしめられる。
「……痛いですよ影辰」
「ごめん……だけど、もう少しこのままでいさせてくれ」
「しょうがない人ですね」
カレンが俺を抱きしめる力が強くなる。そんな些細な事すらも嬉しく思えてしまう。あぁ……もう駄目だ、カレンの想いを聞いて献身を受けてなお、この気持ちが抑えられる訳がない。
「カレン」
「はい」
「例え、世界が滅ぼうとも俺は君を守り抜く。だから、どうか俺が君の人生を歪める事を許して欲しい」
そっと溢すように俺は彼女の耳元で囁いた。俺という男と共に生きるという事は、間違いなくカレンの生き方を歪めるだろう。何故なら、俺は悪で本来ならカレンの様な聖女と一緒にいて良い訳が無いのだから。それでももう俺は、我慢できなかった。
「はい。私は貴方という悪性を受け入れます。これから先の時間を貴方と寄り添い共に歩む事を誓います。この身が、影辰の救いになるのなら喜んで地獄の底でもお供します」
そんな俺の告白をカレンは嬉しそうに愛おしげに了承する。ゆっくりと身体を離すと、今度は指が絡み合いそして、互いに見つめ合った後再び、唇が触れ合った。
「……好きだカレン。この世の誰よりもお前を愛している」
「ふふっ……私もですよ影辰」
こうして、悪は気高き白い聖女を堕とし、人となりまた、聖女も一つの悪を救いその役割を全うした。繋いだその手は、愛は例え二人が死んだとしても互いを結び合う事だろう。