その日は珍しく何も無い日だと思っていた。厄介事を持ってくる彼女からの連絡もなく、普通に起きて飯を食い鍛錬をし腹が空けばまた飯を食いここに来ても連絡がないからとスノーフィールドの地を観光し気に入った景色を写真に撮り時差を考慮してちょうど良い時間にカレンに送ろうとかそんな事を考えながら彷徨いていれば、時間は早いもので夕食を食べた。適当にジャンクフードにしたが日本の物とはまた違った感じで美味しかった。
「呑気に観光なんていつぶりだっけなぁ」
夜になっても携帯に連絡はなく、街にも強烈な違和感を覚える場所はなかったから酒でも買って帰ろうかーなんて自分が何の為にこの場所に呼ばれたのか忘れた事を考えた時だった。
「ッッ!?」
「……間違えるはずがない。だが、間違いであってほしい」
思い出すのはあの傲然たる瞳。常に愉悦を求め、幾度となく俺を裁定したあの真紅の瞳。魔力の元へ近づくたびにその光景ははっきりと思い出された。忘れられる訳がない、間違いなく俺という人間の形成に大きな影響を及ぼし俺が最も畏れたあの英雄を。砂漠が見えるギリギリで立ち止まり、俺は夜の闇に目を凝らすがその必要はなかった。夜という漆黒の闇においてなお、その黄金は煌びやかに輝いていたのだから。
「は、ははっ……そんなんアリかよ……関わる事になった聖杯戦争。その全てにあんたがいるなんて……」
空に浮かぶその英雄は手に持つ宝具を掲げた。直後、膨大な魔力が唸り声をあげ暴風が吹き荒れる。俺はその光景を見ながら、自分の呼吸が荒くなっていくのを理解したが俺にアレをどうにかする術はない。王がアレを解放しているという事は、それに値する相手が地上にいるのかもしれないが俺の目は王から動く事を赦さず、理性が戻ってきた時には砂漠の大地は砂塵が巻き上がり既にあの地で根強く生きていた生物の悉くは死に絶えたという事実だけが認識できた。
「……
蔵から放出される宝具の雨を眺めながら俺はその名を口にした。第四次聖杯戦争では、何度も彼から裁定を受け俺が今こうして生きている返しても返しきれぬ恩人であり敵対者。第五次聖杯戦争が始まるまでの間何だかんだと十年間を共に過ごし、始まった第五次聖杯戦争においてはイリヤを巡ってバーサーカーと共に戦った相手であり別れを告げる前に別れてしまった王様の名前を。
会いたいと思っていた訳ではない。何故なら、彼に会うと言う事は俺にとって苦難の始まりだからだ。誰がもう一度好き好んで言峰やギルガメッシュに出会いたいと思うのか。きっと、そんな奴がいればよほどの物好きだろうと俺は思う。だが、それでもこの胸に宿る興奮を熱を俺は否定できなかった。あの黄金の輝きが俺の目に焼き付いて離れない。
「ッッ!」
……見えてるって訳かギルガメッシュ。たった一本だけ俺の方に差し向けられた宝剣が俺の居たコンクリートの屋根に深々と刺さっている。真下に人がいない事を祈るのみだ。あぁ……そうだよな、ここまで視線を無遠慮に向けておいてあんたが気付かない筈がないよな。それでも追撃がない事を考えればこれはただの挨拶か、それとも王自ら虫を払っただけか。ただの一般人である俺にそんな事は考えても分かるわけがない。
「だからこうさせて貰おう」
未だに消えない宝剣を手に取り、ビルのギリギリまで下がる。深く深く、息を吐き目を閉じ荒ぶる心を整え、脳のリミッターを外す。昂っていた自身の気配が大人しくなったのを理解した瞬間、全力で走りその勢いのままに飛んできた方向へと投げ返した。
死の気配がすると口にしたエルキドゥに向け再会の約定として宝具を放ったギルガメッシュは無遠慮にだが只管に真っ直ぐ、相対していたエルキドゥにすら一欠片も視線を向けなかった者へ『不敬』として宝剣を放った。それで死に絶えただろうとその存在を思考の外へ捨ておこうとした際、彼は自らの元へ飛来する自身の宝剣をその目に捉えた。
「ほぅ」
籠手で容易く弾き万物を見通すその千里眼でビルの屋上に佇む男を視た。先ほどの投擲のせいだろうが、右腕はまるで内側から爆ぜたように肉と骨が顔を覗かしており、痛々しく鮮血を垂らしている。だが、暫くすればまるで逆再生の如く溢れ出た肉が、骨があるべき場所へと戻り何事もなかった様な鍛え抜かれた腕がそこにはあった。
「フ、フハハハハハ!!!!飽きもせず、呪いを宿したまま生き永らえていたか。だが、相も変わらず不敬な奴よなぁ
英霊は召喚時の記憶を持ち越さない。英霊の座に時間の概念はなく、英霊にとっては今この瞬間も何処かで呼ばれ敗れているのと同義だ。その度に押し寄せる記憶を正確に覚えていれば、記憶は混濁し余分な執着が生まれ英霊は悪霊へと堕ちる可能性だってあり得る。故に、英霊はそんな事もあったかもしれないという朧げな記憶を有するに留まり具体的な物事は一切、覚えていない筈である。
だが、今しがたギルガメッシュははっきりとした言葉で影辰の名前を口に出した。本来であればただの人間一人の名前を覚えているのは異常な事態ではあるのだが、この英霊が言いそうな言葉を用いて言うのなら『王が自らの臣下の名を覚えている事の何が不思議だ?』となるだろうか。
「ククッ、世界広しと言えどこの我に宝剣を投げ返す者はそうそう居らぬぞ。全く、貴様という男は何処までもこの我を飽きさせぬ男よ」
さてこのまま宝剣の三、四丁ほど賜るのも悪くないと考えたギルガメッシュだったが今宵は、些か魔力を使い過ぎた。自身のマスターを使い潰し折角、友と臣下に巡り会えた好奇をつまらぬ結果で終わらせるのもなと思い直し再びビルの上を見る。
「次に会う時は、礼儀の一つでも覚えておくが良いぞ影辰」
そう言い残し消えていくのだった。そして、ギルガメッシュの存在は影辰の今回の聖杯戦争に向ける態度を一変させるには十分すぎる要因だった。間違いなく今の自分では成す術もなく死ぬであろうという直感に従い、影辰は携帯を取り出し連絡する。
「よぉ、フランチェスカ」
『良い夜に君から連絡してくれるなんてね。いやぁー嬉しいなぁ!嬉し過ぎてどうにかなっちゃいそうだよ!』
「……全部見てたんだろ。サーヴァントを呼ぶ、だから場所貸せ」
ケラケラとしたフランチェスカとは対照的に何処までも冷たい影辰の声。だが、それも当然だろう。何せ今から彼は、積極的に関わる気の無かった聖杯戦争に自らの意思で参加しようとしているのだから。
『あれれ?まさか、聖杯戦争のマスターになるには令呪がなければならないって基本的な事を忘れた訳じゃないよねぇ?』
「白々しいな……俺にも令呪が宿っている。今なお、消えていないのなら聖杯はサーヴァントを求めている。違うか?」
『うんうん!合ってる合ってる!……でも、君のお願いにわざわざ私がうんいいよー!って答える理由はないよ』
「サーヴァント不足で終わり。なんて、つまらない結末はお前だって嫌だろ。それとも、一緒に表舞台で踊り狂うか?黒幕」
影辰の返答の後、一瞬の沈黙が続いた。頼み事をする立場だというのに脅しを仕掛けてくるその態度が面白く無言で、バタバタとベッドの上で転がり回っていただけなのだが。
『はーっ……良いよ。場所と召喚陣は私が用意してあげる。でも、触媒を用意してあげる事は出来ないよ?流石の私と言えどそこまでしてあげる義理はないからねぇ』
「構わない。何処に行けば良い?」
『そこからほど近い裏路地にある寂れたホテルにおいで。用意して待ってるから』
ぶつりと通話が切れると影辰は指定されたホテルへと歩き出す。その手には隠す必要がなくなった令呪が爛々とした光を放っていた。