俺はカレン・オルテンシアという一人の女性を心の底から愛している。どれだけ時間が経とうとも、初めて会った日の美しさと気持ちを通じ合わせた時の胸を焦がすほどの愛しさ、そして俺が生きる目的となっている彼女と共に過ごす思い出は色褪せる事はないと断言できる。
『愛しい者を貴様自らの手で殺させるってのも面白そうだ』
それだと言うのに今、凄まじい形相で俺を睨み付ける目の前の死徒の言葉を聞いて俺は想像してしまった。俺に心臓を貫かれ、首を噛まれ血を吸われ、どんどん俺の腕の中で冷たくどこまでも冷たく冷え切っていくカレンが、俺に恨みを言うでもなくむしろ俺を抱きしめながら言うのだ。
「……全く仕方のない人、堕ちるところまで堕ちてしまったのですね。寂しい人、愛しい貴方の温かい手を握れないのは残念だけど代わりに私の熱をあげます。だからどうか、これ以上苦しまないで……一緒に堕ちてあげますから」
分かっている、これはただの想像で現実になった事じゃない。俺はまだ、俺でいられている。けど、あぁこんな最低で最悪な想像が鮮明に出来てしまうのがなによりも腹が立つ。自分がどうしようもなく終わっている存在だと再認識できてしまう。
「……だからこれはただの八つ当たりだ。俺の職務でもなんでもない、強いて言うのならそこにお前が居た」
「意味が分からん!!そんな下らんもので殺されてたまるか!」
死徒が顔めがけて突き出して来た手刀をはたき落とし、代わりに綺麗な顔面を真正面から殴り飛ばす。そのまま、頭と胴体をさよならさせるつもりで殴ったが、繋がったまま五メートルほど後方に吹き飛んだだけだった。最初に殴った時も思ったが、頑丈だなコイツ。歩きながら奴が吹き飛んだ場所へと向かっていると死徒が飛んでいった方向から周囲の瓦礫が巻き上げられ、大小様々な瓦礫が飛んできた。
速度は車ほどあるが、まぁ全部しっかり見えている物に一々当たる馬鹿はいない。必要最低限の動きで、瓦礫の雨の中を進んでいると諦めたのか瓦礫が止まり、今度は俺の周囲を取り囲む様に風の壁が出来上がる。なるほど、簡易的な目潰しには有効だな。
「死ねぇ!!」
「肝心のお前が殺気ダダ漏れでは何一つ意味がないが」
背後から迫る死徒の方を向きながら震脚。これによって生じたエネルギーを全身に流し、軽く肩を斬られながら死徒のガラ空きになっている腹部を殴り飛ばす。
「カッ…!」
面白いようにくの字に曲がった死徒の口から溢れる血が俺の顔に数滴ほど、落ちてきた。今更、血がどうとかで騒ぐ精神はしてないが汚ねぇな……
「……まだ死なないか。臓物の一つや二つ引き摺り出した方が正解だったか?」
「人間如きが……この私を見下すなよ……!」
「見下す?いや、そんな余裕はない。さっきも言ったが、これはただの八つ当たりに過ぎないとは言え、種として人より優れた能力を持つお前を見下せる訳がないだろう。特に俺は魔術も使えない肉体で戦うしか能のないか弱い人間なのだから」
埋葬機関予備役になってから俺は俺の力量をよく知ったよ。正直、末席とは言えあんな化け物連中と同じ場所に居て良いとは思えん。ただまぁ、今の立場が最もカレンにとって役立つ以上、譲る気も降りる気もないが。……さてと、灰錠の力に任せて殴り続けるだけじゃコイツは殺せそうにないな、疲れるからあんまりやりたくないが仕方あるまい。
「……ふぅぅ」
全身に意識を巡らせる。俺はこの身に宿る魔力を魔術師達が使う魔力として認識し、使用する為には魔術回路が備わってなければ使えないと思っていた。だが、埋葬機関に入りある人物に言われたのだ。
「古来より、日本には『気』と呼ばれる概念があるのは知っていますね。それは西洋において、魔力と呼ばれるものと等しいとされていますが魔術という概念が持ち込まれるより、古く存在しているのです。もちろん、資質の有無はあるでしょうからこれで解決とは言いませんが貴方が自らの内側で蠢くその醜悪な魔力を、感じ取れればある程度は自在に扱える様になるかもしれませんよ?宜しければ、私がお手伝いしましょうか。快楽の向こう側へ連れて行くかもしれませんがうふふ」
最後はともかく、それ以外は試してみようと思える価値がある言葉だったため、物は試しと普段の鍛錬に加え瞑想の時間を用意し試してみた。結果、なんとなくだが形を掴む事に成功した。
「──告げる。
私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」
「ッッ──貴様、何を!」
お前らを殺す為の、いや滅する為の詠唱だとも。まぁ、俺がしたところで本来の効果はないのだが。詠唱と共に黒い魔力が迸り、俺の髪色と同じ白銅色の灰錠がゆっくりと黒に染まっていく。詠唱を切る事は出来ないため、丁度よく合流してきたアビーに視線を向ける。
『門を開けば良いのね?』
さっきの戦闘もそうだが、察しが良くて助かるよ。聞こえてきた念話への合図として小さく頷くと彼女は大きく頷き、手に持っていた鍵を構えた。張り切るのは有難いが、やり過ぎないでくれよ。
「打ち砕かれよ。
敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」
神に頼る気はないが代行者として、怠惰な神に代わり仕事は全うしよう。俺の様な存在に代行されたくないのなら、俺の様な存在を生み出し死徒をのさばらせてる貴方の責任だ。故に赦したまえ、我が蛮行を。
「その不快な詠唱を止めろ!!」
先程、瓦礫を飛ばしたのと同質の力だろう。周囲にあった車が宙を浮き始めた。幸いな事に未だ、ハンザに頼んだ人払いの結界の内側な様で、被害を受ける人間はいないが、全部が終わった時隠匿するのはかなり大変だろうな。
「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ、与えられる」
「黙れぇぇぇ!!」
凄まじい勢いで飛来する総勢、五台の車。それを俺は見据えたまま詠唱を続ける。本来なら、避けなければならないがその必要はない。何故なら俺は、一人で戦っているのではないのだから。
「マスターの邪魔はさせないわ!」
虚空から突如と現れる無数の触手がアビーの叫び共に顕現し、迫るすべての車を叩き落とす。それを見て、敗北を予想したのだろう。死徒が撤退しようと夜の空へと飛び上がる……逃げるのならもう少し早くするべきだったな。
「──許しはここに受肉した私が誓う」
腰を落とし走り出すと目の前に門が現れる。一切の躊躇いなくそこに飛び込み、まるで宇宙の如き昏き深淵を前だけ見て突き進む。やがて、現れたもう一つの門から勢いよく飛び出すと、眼前には死徒がギョッとした顔をしておりそれを見ながら俺はニヤリと笑い最後の言葉を紡ぐ。
「
「代行者ァァァァ!!!!!」
耳を劈くような叫びを上げながら心臓を貫かれた死徒は俺を巻き込む形で爆ぜた。この野郎……道連れにしようとしやがったな……
空中で爆風をモロに受けた俺は当然、吹き飛んだが何かに衝突する前にアビーの触手がクッション代わりをしてくれ血の花になる事は避けられた。まぁ、全身に火傷とかは負ったが放置してればすぐに治る。
「マスター、ご無事!?怪我はって凄い火傷……どうしましょう……」
「大丈夫だ、落ち着けアビー。よく見ろ、勝手に治り始めてるだろ?」
「あっ、本当だわ。凄いのね、マスター!」
キラキラとした表情で喜ばれるとなんとも言えんな。はしゃぐアビーに上手い言葉が思い付かなかった俺はスッと視線を逸らしながら立ち上がり、軽く埃を落とす。……あの最後の爆発、本当にアイツは死んだのか?もしも肉片一つからでも再生する様な奴ならまだこの街のどこかに。
「……まぁ良いか。とりあえず、警察署に戻ろうアビー」
「分かったわ!」
歩き出したアビーの後ろを続こうとして、眩暈が起き俺は軽くバランスを崩す。倒れる事はなかったが、乱れた足音を聞いてアビーが振り返ったので笑顔で誤魔化し、歩き出す。やっぱり、無理矢理魔力を引き摺り出すのは疲れるな……もっと上手くなれば反動も減らせるし威力も上がるんだろうけど。
「ん、良かった。ハンザ、まだここに居たか」
「お前が報告に来ると思ったからな。それで、首尾はどうだ?」
警察署に戻ると壊れた柱に寄り掛かっていたハンザを見つけた。多少は意識してたが、俺と死徒の戦いで怪我したものもいた様で警察署内は戦闘の跡と負傷者で大変な事になっている。
「至近距離で自爆された。超再生の持ち主とかじゃなきゃ心臓は抉ったから死んでると思う」
「……なんで生きてるって聞くのは野暮か?」
「怪我は負ったぞ。もう治ったけど」
肩をすくめて呆れた表情を浮かべるハンザにちょっとだけイラッとしたが、オーランドを見つけた為彼の方へと歩いていく。リーダーらしく周囲に指示を飛ばしていた彼は俺に気がつくと、少し驚いた表情を浮かべながら此方に歩いてきた。なんだ、お前ら少し傷つくぞそういうリアクションは。
「敗戦の気分はどうだオーランド」
「……苦いさ」
「だろうな。それで考えは変わったか?」
「変わらん。私の方針に一切の変更はない」
一切の迷いなく断言したか。まぁ、こういう覚悟をしている奴ってのは今更外野がどれだけ口を挟もうが考えを変える事はない。どういった理由でそんな覚悟を背負ったかは知らないが、これ以上口を挟むのは無粋か。
「そうか。んじゃ、頑張れよオーランド」
「あ、あの!」
「ん?」
背後から突然呼びかけられて振り返るとそこには、死徒によって片手を失った青年が立っていた。ふむ、何か約束とかしていたか?そんな事を考えていると彼は言葉を続けた。
「俺、強くなりたいんです!!警官として、あんな化け物認められません!!だから、お願いします。俺に戦い方を教えてください!!」
……なるほど、自分の手を喰われ用意された宝具を失ってもなお、心は折れていないのか。
「死ぬ思いをした筈だ。相応の絶望も抱いた筈だ、それなのにお前は幸運にも拾った命を投げ出すのか?」
「ッッ……分かってます。俺が今こうして、生きているのはあの死徒が苦しませる事を趣味にしていた事、そして貴方が代わりに戦ってくれたからだと。でも、だからこそ今度は俺がアイツと戦える様に……いや、倒せる様になりたいんです。今の俺の様にこの街の人がならない様に!!」
間違っている。この街の人間を守りたいのなら、聖杯戦争が開始されない様に足掻くべきだった。参加するのではなく、情報を知った上で避難誘導にでも徹するべきだ。……だが、こいつは武器を取り戦う事を選んだ。警官として、街を守る正義の味方として。
「隻腕というのは大きいハンデだぞ。ただでさえ、お前が立つ戦場は格上が跋扈している。それでもなお、お前は自らの正義の為に殉じる覚悟があるのか?人らしい死など与えられないのかもしれない。仮に全てを成し遂げたとしてもお前の偉業を褒め称える人はいない。それでもか?」
「──覚悟はこの戦いに馳せ参じる時に既に終わらせています!」
馬鹿な男だ。一切、迷う事なく真っ直ぐに俺の目を見ながら力強く宣言するとは。仮に今から全力で鍛え上げたとしても、何かしらのアシストは必要だろう。短い期間鍛えたところで、人の限界はそう簡単に越えられない。故に断るのは簡単だ。
だが、まぁ俺はこういう
「名前は?」
「え?えっと、ジョン・ウィンガードです!」
「そうか。ジョン、死ぬ気で食らえつけよ。じゃなきゃ、俺の鍛錬は死ぬぞ」
俺がそう返すと思わず耳を塞ぎたくなるほどの声量でジョンははい!っと返事をするのだった。
ジョンに士郎の影がチラつく兄貴でしたね。
感想など待ってます。