「……奴はまだか?」
「先輩達からは連絡したと……」
しきりに腕時計を確認しながらエルメロイII世は、未だにこの場に現れない馬鹿を待っていた。グレイはどうにかそんな彼を落ち着かせようとしているが、オロオロするばかりでどんな言葉をかければ良いか分からない。
「相変わらず貴方は、余裕がないですねぇエルメロイII世?その魔眼殺しの眼鏡、似合っていますよ」
「化野菱理!また君か……」
そこに現れた蛇の如き、目の女性。時計塔、法政科に所属しており、数々の事件で腐れ縁とも呼べる間柄の化野。嫌味と共に言葉を投げかけるエルメロイII世に涼しい顔で笑みを浮かべる化野。見えない火花が一瞬散ったかと思うと、更なる人物がこの場に足を運び現れた。
カツンカツンと足音を響かせ、現れる少女。白髪の髪をなびかせ、後ろに従える従者と共に歩く姿はその育ちの良さと共に気品を露わにしていた。だが、少しでも彼女に踏む込めばそれが虚勢である事は理解できるであろう。
「何処かのロードまで来ているかと思えば、噂の現代魔術科とはね」
「ご無沙汰していますレディ」
「ふーん、ノーリッジのお飾りでも私の顔は覚えていたって訳?オル「危ねぇぇ!!間に合った!!」ガ……誰よ?」
天体科を率いるロードの家系、アニムスフィアのご令嬢。彼女の自己紹介を遮り現れたのは、軽く汗を浮かべながら何故か片手にドーナツ屋の印がされている箱を持った影辰であった。そんな彼を見ると同時にエルメロイII世は、彼に無言で近寄りその胸ぐらを掴む。
「お前は、今まで何をしていた!!なんで、ドーナツを買っているんだ!!」
「いやぁついつい、イギリス観光をしてしまってな。ほら、土産にドーナツも買ってあるから許してくれよ?な?」
「あのなぁむぐっ!?」
まだ文句を言うべく口を開いたエルメロイII世の口に砂糖たっぷりのドーナツが放り込まれる。
「それ食って少しは栄養にしとけ。っと、悪いな。会話を遮ってしまって。お詫びにドーナツ食うか?」
エルメロイII世の腕を外しながら、真横で得体の知れないモノを見ている様な視線を向けていたオルガマリーへとドーナツを差し出す影辰。時計塔の内部事情など知らない彼からしたら、ロードの一族とかそんなものは関係ない。そして、そういう大雑把な人間だと理解しているエルメロイII世は、諦めた顔でドーナツを食べ、グレイやカウレスは驚いた顔を浮かべ化野は面白そうに笑みを浮かべるのだった。
暫く、ドーナツと影辰を交互に見てオルガマリーはその無礼にプルプルと震え出す。
「私は時計塔のロード、アニムスフィアの娘、オルガマリー・アニムスフィアよ!!少しは畏まったらどうなの!?」
「オルガマリーちゃんか。よろしく、俺はこいつの友人。衛宮影辰だ。はい、ドーナツ」
話を聞いていたのかなんなのか。にこやかに挨拶をしながら手を取り、オルガマリーにドーナツを渡す。呆然と手渡されたイチゴ味のドーナツに視線を落とすオルガマリーを放置し、影辰はグレイとカウレスにドーナツを渡して行き、化野の前に立つ。
「私にもくれるのですか?」
「そのつもりだったんだけど、残念。売り切れ」
空箱を見せて売り切れを示す。何個か予備を買ってはいたが、思ったよりエルメロイII世の人脈が広くその予備すら無くなってしまった。
「あら、見事に空っぽですね。もしかして狙ってやりました?」
「まさか!もしかして、友人を苦しめてる人へのささやかな仕返しとでも思いました?」
「可能性はゼロではないでしょう?とても、友人思いな人の様ですし」
「ウェイバーは友人ですからね。まぁ、次の機会がありましたら貴女の分も買っておきますよ化野さん」
「そうですか。えぇ、お願いしますね衛宮さん」
何やら不穏な空気を醸し出す影辰と化野。初対面ではある2人だが、その名前はエルメロイII世から聞いていた。事件を通し、目を付けられ色々と胃痛の原因になっている事。神秘の世界で、魔術を用いず暴れる者として時計塔が監視しようとした時にあの手この手で誤魔化した友人との事。1度、会っておきたいと互いに思っていた2人だったが、どうやら相性は悪くなかったようだ。
「ンンッ!兎に角、今回の魔眼は私達、天体科が貰うからね!行くわよ、トリシャ」
「はいお嬢様」
放置されていたオルガマリーが咳払いと共に再起動し、この場から逃げる様に宣言をし去って行く。その際、従者であるトリシャが影辰に視線を合わせ、お辞儀をしていった。それに手を振りながら影辰の耳には、「あ、意外に美味しい」という言葉が聞こえた。
オルガマリーとその従者が離れてすぐに、灯りの灯っていなかった列車から光が溢れ、起動を知らせる汽笛と共に目の前の扉が開く。
「よし、行くぞ。影辰、いつまで化野と睨み合っている」
「ん?了解。今行く、ウェイバー」
列車に乗り込む影辰達。様々な、思惑を乗せた魔眼蒐集列車。その行き先は、未だ誰の手の中にもない。
「乗ったは良いけど暇だな……」
流れる景色を窓から眺める。ウェイバーの奴から聞いたが、この列車は線路の上ではなく霊脈の上を走っているとかなんとか。そのせいか、見える景色は人間の生活圏からは程遠く、綺麗ではあるがずっと見ていれば流石に飽きるというもの。列車の中で筋トレをする訳にもいかないしなぁ。
「乗ってる乗客と、運航に必要な人員以外不審者は特にいなかった……立ち入り禁止の場所や魔術で誤魔化していたら俺には分からないが」
現状、ウェイバーの近くにはグレイちゃんや他の乗客も居る。聖遺物を盗んだとかいう奴が行動を起こすのにはリスクが高い。もし、俺が犯人なら列車そのものを壊す仕掛けか、闇討ち出来そうな場所に潜むと思い、暇潰しを理由にウェイバーから離れて調べていたが特に変なところはなかった。だが、どうにも監視されてる様な何とも言えない気持ちの悪さを感じる。あーくそ、せめて一般客も利用する列車ならこの気持ち悪さを辿っていくのもアリだったけど、魔術師ばっかりのこの列車でそれをしても意味がない。大抵、魔術師は気味が悪い気配を漂わせているからな。
「あぁ、漸く見つけました!」
「ん?」
「先ほど、先生の所に手紙が届いたんです。夕方に、貨物室に来いと」
貨物室?さっき調べた限り特に不審な物も、人も無かったはず。護衛の立場からすれば、ホイホイとそんな所に行って欲しくはないが、アイツの事だ。唯一の手掛かりを追って貨物室に行くのだろう。なら、今の内にもう一度貨物室を調べておくとするか。
「分かった。教えてくれてありがとう」
「いえいえ、俺に出来る事なんてこれぐらいですから」
「そう謙遜するな。魔術を使えるだけ十分、俺より優れているよ。じゃあ、俺はもう一度貨物室を調べてくるから、ウェイバーにも伝えておいてくれ」
そう言って俺は貨物室に向かった。丁寧に調べても、これといった成果は無く少なくとも俺が分かる範囲ではやはり此処にも何か仕掛けがあるとは言えないようだ。さてと……どうしたものか。完全に手掛かりが消えたな。
「キャァァァァァ!!」
「ッッ!?この声は!」
貨物室を飛び出し、廊下を駆ける。既にウェイバーが来ており、俺も何が起きたか目撃することになる。いや、少し前から廊下を漂う嗅ぎ慣れた鉄臭い臭いで何が起きているかは理解していた。
「トリシャ!ねぇ、なんでこんな所で寝ているのよ!?」
首のない死体を揺すりながら泣き噦るオルガマリーちゃんの姿を見ると同時に、俺は気配を断ち近寄り彼女を気絶させる。倒れる彼女が、血に触れない様に抱き上げると同時に、外に出ていた者達もこの場に合流した。
「お前の部屋で良いな?」
「あぁ、任せた」
彼女の従者、確かトリシャさんと言ったな。俺がこの場に居ても出来ることはない。ウェイバーに死体の検死を任せ俺は、オルガマリーちゃんを部屋に運ぶ。犯人の狙いはこの子の可能性だってある以上1人には出来ない。盗人と、殺人……同じグループなのかそれぞれの目的があるのか……兎に角今は、彼女を守る事に専念しよう。
化野菱理さん、結構推しキャラです。
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