心の軋む音が聞こえる。
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俺の人生が終わってしまったあの日から、二ヶ月くらいが経った。
あれからも、俺は度々怪物との戦いを強いられ、負った傷をナッツクラッカーの『処置』により、怪物のパーツで改造される日々を続けている。
二ヶ月も経つと、流石に多少慣れてくる。目を覚ませば下半身が馬になってるくらいじゃもう驚きもしない。
クソゲーを遊べないのはどうにも辛いが、その辛さにもそのうち慣れていくのだろう。
今までの日常には戻れないのかもしれないが、新しい日常に適応できれば、俺は俺として生きていける。
そうやって、知った風に考える。
浮ついている事にも気付かない癖に。
「好事魔多し」
調子が良い時こそ、気を付けなければならないのに。
だから
あんなことになるんだ。
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見慣れた天井にコンニチワ。二度と面見せんな。
…これ毎回言ってんだよな。進歩が無いのは俺か周りか…
ん?なんか違和感。
「おい」
「なぁに?ラクヨウくぅん」
「お前、俺の身体をどうした?」
「どうしたもこうしたも、腕を四本にしただけだよぉ?あの怪物相手には手数が足りてなかったっぽいからねぇ。と言っても、今の所のうみそ一つで腕四本を制御するのは難しいから…追加した二本は、基本的にはラクヨウ君の思考を読み取ってオートで動くようにしてるよ。これで両腕どころか四肢を押さえつけられるし、三箇所どころか四箇所同時に責められるねぇ!」
はいはいノーコメントノーコメント。そして俺が聞きたいのはそうじゃない。
元あった腕の脇の下辺りから生えたもう一対の腕。形状はヒトのそれに近いようだが…
「この追加した腕…なんか妙な感じなんだが。ヒトの腕に見えるけど」
「ん?あぁ…まぁ…?ちなみに、妙な感じってどんな感じぃ?」
何だよ歯切れ悪いな。
「どんな感じ…馴染むような馴染まないような…違和感があることが違和感に思えるような………、…?」
何か、嫌な予感がする。
「へぇ…二ヶ月経つとそうなるんだねぇ」
「…どういう、意味だ?」
この先を、俺は聞いてはならない。
「ラクヨウ君についてるその腕なんだけどねぇ…」
待て。
「実はぁ」
やめろ
「本物のぉ」
言うな
「君が人間だった頃の腕なんだよぉ?」
思考が
空白に
塗りつぶされた
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「…あ?つまり…何か?お前は俺の腕を保管していて今の今まで俺につけようと思えばつけられたのに俺に返さず二ヶ月経ったからって遊びでくっつけたってのか?」
「どうしたのラクヨウくぅん。早口言葉の練習?」
「お前…まさか…俺の他のパーツも…元々の身体を…」
「もっちろん!貴重なサンプルだからねぇ…劣化しないように大事に大事に保存してるよぉ?」
「返せよ…元は、俺の身体だぞ…今の俺なら…もう元に戻ってもいいだろ…?二ヶ月も…お前の悪趣味な実験に付き合ってやってたんだぞ…」
「二ヶ月『も』…?あはぁ、バカ言わないでよぉ。実験はまだまだこれから…でしょ?」
「それにぃ…やめといたほうが良いよぉ?今のラクヨウ君じゃ多分耐えられないよ?」
「耐えられない…?何にだよ…だって、俺の、身体…」
「だってラクヨウ君、自分の腕なのに…自分の腕って思えなかったでしょ?」
「それはッ………っぐ…!」
反論したかった。そんなことはない。俺の身体に気付かないなんてあるものか。と。
…出来ない。言えない。思ってしまった事は事実だから。
他人に嘘はつけても、自分自身は偽れない。
「今戻ったらキレイなヒトの身体に馴染めないよぉ…?自分の身体なのにぃ、自分の身体じゃない…拒絶反応も激しくなるし、今度こそ狂っちゃうかもねぇ。」
「だったら…!馴染めるようにすれば良いだろ…お前は現に、俺を人外に改造した時に…!」
「怪物の身体は頑丈。だから負荷の高い処置にも耐えうるよぉ?でもねぇ…人の身体は、負荷に脆いから…」
「もしもラクヨウ君が、
「自分の身体に固執するほどに、身体をすげ替える行為でのしかかる負荷は重くなるからねぇ…今の君にはとてもとても…」
ナッツクラッカーは肩を震わせてクツクツと笑う。醜く足掻く俺を嘲笑うかのように。
「――っが」
ナッツクラッカーが何か言ってるような気がする。
だが、俺はもうそれどころではない。
「なんだよ…それ…」
でもここはリアルで。俺の身体は容易に替えが効かなくて。
それを大事に思うな?躊躇いなく捨てろ?
……出来るわけが、ない。
「恥じる事じゃ、ないよぉ…?…単にぃ、新しい…身体、心…魂…?ぁが…順応してる、だけ…」
「心は…身体にぃ、引っ張られる…君の変化は…っげ…正、常……ぇぐ……」
正常?
これが?
巫山戯てるのか?俺が今どれだけ苦しんでいるか、
「どうしたよ
目を疑った。
俺の腕、
俺の手が。
「ッあぁ!?」
反射的に手を放そうとするが、離れるのは元から宙ぶらりんの化物の腕だけ。
俺の手は、ナッツクラッカーの首を放さない。
――今の所のうみそ一つで腕四本を制御するのは難しそうだから、追加した二本は基本的にはラクヨウ君の思考を読み取ってオートで動くようにしてるよ。
――
「ぁが……ぅ゛……ぇ゛……」
「ッ…違…俺は…お前を許せないけど……これは、違う…!」
自由に動く腕で人間だった頃の俺の腕を掴んで引き剥がそうとする。
なのに、膂力の差は明白であるはずなのに。
外れない。怪物の腕が、ヒトの腕を無理矢理動かせない。
俺の手は容赦なくナッツクラッカーの首を締め上げる。
このままだと窒息以前に――首が折れる。
「クソッ!やめろ!離せっ!俺は…俺は…!」
――
――
違う…違う!違う違う違う!か、考えろ…何か、手はあるはず…!
「ッ!!」
こいつは「基本的にオートで動く」と言っていた。なら俺の意志で動かせるようにする方法があるはず!
だが既に、俺の意志で動かそうとしているのに動かない。俺の身体なのに思考がトリガーじゃねぇのかよふざけてんのかお前ェ!!
「
「ぉ゛……?………ぁ、れぇ……?」
ナッツクラッカーの顔から血の気が引いて、青ざめていく。
口の端から涎が垂れ、目は焦点が定まらず、ふらふらと彷徨っている。
「どうした!早く…早く言えよ…!」
「…サン………ラ……ク………くぅ、ん……?」
「!!?!?」
ナッツクラッカーの口から溢れた言葉が、俺の思考を上書きする。
なんで、ばれた。
あぁ、俺が『ナッツクラッカー』って呼んだから…?
状況は既に俺の理解の範疇を越えていた。越えていたのに…尚も加速する。
にへら。
ナッツクラッカーが、笑った。
喜びにふやけて、幸せに満ち足りた笑みを。
理解が、及ばない。
「何………笑ってんだよ…………」
「がっ…えへぇ…そりゃぁ……だ、て………」
ナッツクラッカーの顔は青を通り越して白くなりつつある。
この手を離さないといけないのに、俺はもう思考が止まっていた。
「うれしぃ゛…が、ぁ……ぎみ……おもい……わた、し……むけ、て…くれて………、る…」
ナッツクラッカーの身体が痙攣し始めた。最早一刻の猶予もない。
俺は何をしている?
腕が、コイツの首を締めている。
この腕が悪い。俺は悪くない。
この腕が…
もう、どうでもよくなった
「――くそったれが」
俺は自分の…ヒトだった頃の俺の腕を掴む。
掴んで――
とても痛い。それがどうした。
俺の思考に基づいて動くなら、断線させれば止まるだろ。
なんでこんなことに気付かなかったんだろうな。バカみたいだ。
「ッッがア!!!」
握りつぶして断線し、念を入れて根本から引き千切る。
ようやく、ナッツクラッカーの首から俺の手だったものが離れてくれた。
「―――がひゅっ!………ひゅっ……ひゅ………げぶ……」
生きている。
「はっ………ぁ………」
手足を投げ出し、口から泡を吹いて倒れているナッツクラッカーを見下ろす。
潰して千切った俺の腕も、視界に映っている。
もう、ヒトだった頃の俺の腕は戻ってこないだろう。
無理矢理握りつぶし、引きちぎった断面はグチャグチャ。修復は不可能だろう。
それでもいい。
ヒトだった頃の身体なんて、もうどうなったっていい。
俺の中で囁く声が、俺にあの手を動かさせた。
俺の怪物性。耳を塞いで逃げ続けていたツケがここで回ってきた。
忌々しいのは、ツケを払うのが俺だけじゃなかったことだ。
心は、身体に引っ張られていく。数多の怪物の部品を取り込んだ俺の身体は、俺の心を汚染していたというのか。
それとも…これが、俺の本性なのだろうか。
正当防衛だと言い聞かせて、怪物を殺してきた。いつしか、それを当たり前だと思っていなかったか?殺すつもりで来てるんだから、殺し返しても問題ない。そんな風に、暴力を肯定していなかったか?だとしたら……今こうして考えてる俺って何だ…?
「………もういい。帰ろう。帰って、寝る…」
この惨状をそのままに、踵を返して出口に向かう。
もう何も考えたくなかった。
ナッツクラッカーの言葉の意味も。
これからの事も。
明日の俺に、全てぶん投げてしまおう。
ああ、でも。
明日の俺に、
まぁ、いい。もういい。なるようになるだろ。
…自棄にもなるさ。
俺が俺である事を信じられるのは、この世に俺しかいないのに。
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心の軋む音が、聞こえる…
投稿者は決してサンラクサンを虐めて楽しんでいる訳ではなく、「悲劇と苦痛・絶望を経てこそ、その後に来る喜びが際立つ」という思想に準じているだけなのです。
なのでちゃんとハッピーエンドまで書きます。
…ハッピーエンドの定義は、人それぞれですよね?