ナッツクラッカーの元には行かなくなった。
陽務楽郎のすることではないから。
朝が来るまで街で雑踏に隠れる事もなくなった。
陽務楽郎のすることではないから。
朝になったら学校に行き。
授業を聞いたり聞かなかったりして。
クラスメイトの話を聞き流して。
時折――過去の俺の行動パターンから見て妥当な間隔を空けて――、ロックロールに行きクソゲーを探して。
夜は自室でクソゲーをプレイ………したいが出来ない。こればっかりは…どうしようもない。
そうだ。これが陽務楽郎の日常だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
……
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
……
…………
今日もいつもどおりの日常を終えられた。
……
…………
………………
今日も…
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午前で授業が終わり、昼前に
そのHRの最中、担任を前にしてクラスメイト達は談笑を続けている。
「静かにしろお前ら」
担任の一言で、喧騒は徐々に鳴りを潜めていく。まぁ、はしゃぎたくなるのも無理はない。
なぜなら、
「明日から夏休みだ」
教壇で担任が切り出した一言に喝采が湧いた。
「わかっていると思うが…学生の本分は勉強であり、お前らには各教科担当の先生からたっぷりと夏休みの宿題が出ているだろう」
「それを終わらせずに遊び呆けるような真似はするなよ。言ったからな。宿題を忘れましたなんて寝言が通ると思うなよ」
(先生相変わらず口悪いな…)
(機嫌悪そう…いやいつもか?)
囁き声が聞こえてくる。
「ああそうだ。先生は今機嫌が悪い。お前らが夏休みを満喫している間も教師は仕事をしなきゃならんからだ。それを思うと憂鬱になると同時に苛立つ。全くもって妬ましい。」
(はっきり妬ましいって言ったよ…)
(よく先生になれたよな…)
クラスメイトの一人が手を挙げる。
「せんせー話が長くないですかー?」
「よく気付いたな。夏休みを迎えるお前らへの、先生からのささやかな嫌がらせだ。HRを切り上げて帰らせるなんてサービス精神があると思うなよ」
教室から悲鳴が沸き起こる。
担任は意にも介さなかった。
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HRの15分間をフルに使い切って夏休みの注意事やら小言やら恨み言やらを垂れ流した担任は、ブーイングを背に悠々と教室を去っていった。
「マジでぶっ通しで話し続けやがったよ関せんせー…」
「人の心がないなありゃ」
ビクリ、と肩が震える。ただの戯言、俺に言った訳じゃないと頭ではわかってる。わかってはいるが…
「はぁ」
ため息1つで気持ちを切り替え。俺も帰らないとな。
去年の陽務楽郎はそうしていたから。
荷物を纏めていた所で、雑福ピが声をかけてくる。
「陽務ー、カラオケ行かね?」
…いつもどおりの俺ならどうするだろうか。
「いや…今日はやめとく」
「……そっか、じゃな」
「おう」
雑福ピはさっさと鞄を掴み、既に声をかけていたらしい連中のグループに向かっていく。
それをなんとなく見送り……こっち向いた。
「陽務、………あー…なんだ、無理すんなよ!」
「―――」
なんで、
今、
その言葉が出てきた。
俺は無理なんかしていない。
俺は俺で
俺は陽務楽郎で
バケモノなんかじゃなくて
ずっといつもどおり過ごせていたはずだ。
いつもどおりから外れてなんかいなかったはずだ。
気付かれていた?
俺はいつもどおりを達成できていたつもりで…周囲にバレていたってのか?
四つの目で周囲を見渡すが、俺達の会話に気を留めている者は見当たらない。…気付いているのは、あいつだけか?
――なら、好都合じゃないか?
――あいつの口を封じてしまえば、実質的にバレてない事になるよな?
「ッ!」
自分の腕に爪を食い込ませる。
痛みが脳裏を過ぎった思考を中断する。
やめろ。それは――
「おま――」
取り繕おうと顔を上げた時には、既に雑福ピは教室にいなかった。
追いかける気力も湧かず、俺は椅子に座ったまましばらく呆けていた。
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気が付けば、教室には俺だけが残っていた。
時計を見れば三十分程経っていて。
椅子に座ったまま、ぼんやり考える。これからどうするか。
雑福ピの事ではない。あの調子じゃ、夏休み明けにはすっかり忘れているだろう。
問題は俺だ。
俺は陽務楽郎ではいられなかった。僅かにでも、周囲に違和感を持たせてしまった。その上、クラスメイト――無辜の一般人に、俺はその怪物性を向けようとした。
安易で短絡的な解決策を、
俺にはもう、陽務楽郎を続けていける自信が無い。
俺は、とっくに俺ではなかったんだ。
だから、これからどうする。
いつもどおりは続けられない。いつか俺は、今こうして思考している、この上辺のヒトらしさすら失い、真の怪物と成り果てるのだろう。
そうなる前に…どこか遠くへ行ってしまおうか。
人のいない場所。誰にも迷惑をかけない場所に。
あれやこれやと考えてみる。
森の奥?山の中?時折人が踏み込む事もあるよな。特に山は登山家とかが。
空…俺は飛べるっちゃ飛べるが永遠に空の上に居続けるほどのスタミナは無い。どっかで休まないといけないし、俺の図体で空飛んでたら目立つ。
じゃあ海か?エラはつけてないからなぁ…溺れたら死ねる………死ね、る?
「………ああ」
そうか。
やろうと思えば今すぐにでも出来て、もう二度と、誰にも俺の怪物性を向けずに済む方法があったな。
万が一にもナッツクラッカーの手が届かない場所で
誰の邪魔も入らない場所で
全てが終わった後は魚の餌にでもなるのだろう
…家族に、迷惑はかけたくないな。
家出って事にして、書き置きでも遺しておくか。
しばらくは気が気じゃないかもしれないけど、いつか諦めるだろう。
…書き置きか。クラスメイトには何て言おうかな。
「誰のせいでもない。俺が抱えた俺だけの問題だ。気に病む必要はない」
…言ったところで気に病む奴は気に病むだろうが、何も残さず消えるよりはマシかな。多分。
…カッツォやペンシルゴンにはなんて連絡するべきだろうか。
いやもういっそ何も言わないで良いか。
引き止められても、流されても俺が傷付く。
なら…その方が楽だな…
煙のように消えて、いつか誰の記憶からも忘れ去られる。
それで良い。
死に損なった、人でなし
生き損なった、バケモノ未満
半端者の末路には相応しいか。
「はは」
自嘲的な笑みがこぼれる。
少しだけ気が楽になった気がする。今更、何の助けにもなっちゃくれないが。
教室の窓から外を見てみれば、太陽は赤みを帯びて、その姿を山間に触れ始めていた。
夕焼けが…今の俺には血の色にも見える、赫々と赤い空と、静謐な夜の紺に染まりつつある空が、入道雲とも混じり合い、幻想的な美しさを見せている。
「世界は今日も美しい…なんてな」
クサい台詞を吐いてしまった。誰も居ないよね?
随分と…長居をしてしまったな。
「…帰るか」
鞄を手に立ち上がる。
「陽務くん」
思わず振り返る。こんな時間に、一体誰が教室に来ているのか。
声の方向――出入り口に目を向ける。
――誰かが、扉を開けて立っていた。
服装と背丈から、同じ学校の女子生徒だとわかる。
今のクラスメイトじゃない、だが見覚えはある。
…去年、同級生だったっけ。
名前は…えっと…なんとか賀…だったはず。
伊賀…じゃない。甲賀…でもなくて。
ああそうだ、思い出した。
「――斎賀さん」
クラスメイトが違和感を感じる程に、不自然な振る舞いを続けていた『彼』を
【補足説明】
「前話から何があってサンラクサンこんなんなっちゃったの?」というところを今回意図的に省いています。
一人称視点の都合上、あまり自身の状況を地の文で語らせすぎると「サンラクサン案外冷静じゃん」ってなってしまうので。ここではその間の出来事を記述しておきます。
なんとなく察した方は飛ばしても問題ないかと。
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前話での出来事で深く重いショックを受けてしまったサンラクサン。アイデンティティ・クライシス的な何かを患ってしまったサンラクサンは、「陽務楽郎」である自分を保つために、自分に出来る事を模索します。
そして行き着いたのが『
「自分自身のロールプレイであれば、完璧に出来る。それが出来る間は、外から見れば俺は「陽務楽郎」でいられる」と考えます。しかし同時に、「それでも違和感を覚えさせてしまおうものなら、いよいよ俺は終わりだ」と強迫観念に囚われてしまいます。
その結果が冒頭です。「人であった頃の陽務楽郎」の行動に随分と固執しています。家族を怪物の世界に巻き込まない為に夜は家を離れていたのに、もうそこに気を回す余裕が皆無です。
しかし困ったことに、サンラクサンは強い精神的ショックを受けると(チュートリアルをすっ飛ばしたことで取りこぼしたものの大きさに気付いた時とか)、思考停止モードに入り単純作業に没頭する癖があります。
そのため、「人であった頃の陽務楽郎」の行動をチャート化しルーチンワーク的に陽務楽郎を演じていた訳ですが、人間の行動の一切合切をそんな簡単にルーチン化できるわけもなく。小さな差異、僅かな逡巡などから周囲に違和感を与えてしまった、という感じです。
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