GGC…グローバルゲームコンペティションのエキシビジョンマッチを乗り越えた後、二次会にてユニーク自発しまくりマンへの制裁を終え、それぞれの部屋へと戻っていった
その一人である天音永遠は、最高級品質のベッドにダイブし、スプリングに余計な負荷を掛けてから天井を見上げる。
この一日の密度に、さしもの永遠も疲労がかなり蓄積している。このまま何もしなくても数分で眠りに落ちるだろうが、その脳は未だ回転を続けていた。
今をときめくカリスマモデルに時間の余裕は乏しい。明日は午後から宣材写真の撮影があり、起きたらさっさとここを発たねばならない。が、その前に考えるべき重要な事柄が無から発生した。
「いやー…まさか二人とも人外だったとはねぇ…」
まさかまさかの異常事態。ゲーム友達兼気の合う手駒二名が人ではなかった。
天音永遠は怪物の世界を
ともあれ彼女は知っている。怪物の世界と人の世界の狭間、身体は人ならざる者でありながら、人の世界に留まろうとする者がいることを。
そして、それら半人半怪物の者達は…ほぼ例外なく、精神面に爆弾を抱えていることを。
怪物が人の世界で生きる事は、兎にも角にも窮屈だ。
人に怪しまれない為の擬態
人を傷つけないための力の抑制
人、魔を問わぬ数多の、彼らを理解しない者達からの心無い攻撃
軋轢の全てに耐え続ける事は、多大なストレスと苦痛を生む。
元々人であった者が何らかの形で怪物の身体を手に入れた場合、それはより顕著となる。人の常識と、怪物の本能が反発して形成される、精神的な足元の覚束なさと来たら酷いものだ。どのくらい酷いかと問われれば素人の綱渡りくらい酷い。
一度バランスを崩せば、待っているのは人間性の喪失と破滅だけ。怪物として表の世界を離れるか、人に仇なす怪物として討たれるか。社会の裏側を知る天音永遠の記憶には、人で居られなくなった怪物により引き起こされ、怪物の存在を隠蔽されて報道された事件が幾つもある。
あの二人には、そんな怪物になって欲しくない。これは天音永遠の純然たる願いである。(無論口には出さない)
だからこそ、考える。あの二人が今どの程度危ういのか。手を差し伸べるべきなのか。
「サンラク君は、まだマシ…というより、一番危うい時期を抜けたって感じかな」
虚空に向けて呟く。
ただの人間が社会の裏側を知りながら生きていくには、生存力は必要不可欠だ。危機を嗅ぎ分け事前に避けるセンス…観察眼が無くては。永遠が普段ファッションセンスを見るのに茶目っ気で使う『
その本気の永遠審美眼で見る限り、サンラクは大きな山場を一つ乗り越えた、と永遠は見ている。怪物にとって、最終的に最も心を蝕む要因――『孤独』に打ち克っている、と。
(今のサンラク君には孤独を和らげる誰かがいる。家族のようにただ近くにいるだけじゃない。サンラク君の抱えた怪物性を…恐らくは知っていて、それでも側にいることを選んだ誰か。サンラク君を奈落の淵から引き上げる気概の持ち主が)
(んふふ、良いじゃない。未成年はまだ頭が柔らかいし、異常に夢を見てたりするからねぇ。異常性を受け入れる可能性は大人よりも高い)
(誰が『そう』なのかちょぉーっと気になるけど…まぁ無理かなぁ。私が同じ立場だったら絶対言わないし)
ともあれ、サンラクに関してはあまり心配は要らない。問題は――
「カッツォ君がなぁ…今はまだ、何も起きてないけど…逆にこれから起きるってのが確定してるだろうからねぇ…」
慧の状況と、永遠の知識・経験を照らし合わせると、現時点で危険なのは『力の誘惑』と判断した。
手にした力を、然るべきでない場所で振るいたくなる衝動。『これだけの力がある俺が、どうしてこんな窮屈な生活を強いられなければならない?』などと考えて、行動に移してしまう。『孤独』と比較すると抗いやすくはあるが、ひとたび犯罪にでも発展すれば、心が人の世界に帰って来る可能性はゼロに等しい。犯罪者のレッテルは人間性を破壊するに十分な威力を持つ。
(結局、抱えているものが何であれ、人外に必要なのは心の拠り所なんだよねぇ…モノでもヒトでも概念でも成立はするけど、一番良いのはヒト。相手の気持ちを理解するのは、モノや概念には出来ない)
永遠の見立てでは、慧はまだしばらくは己の怪物性に流されはしないだろう。
だ・が
「ちょーど候補もいることだし、先手を打っとくとして…うん、眠いや、寝よ」
方針を固めたところで眠いので寝た。
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翌朝、いつもより早く起きた永遠は身だしなみを整え、その足で夏目の下へと向かった。
「やっほー夏目ちゃーん」
「…何しにきたの」
あからさまに警戒心の籠もった第一声であった。
「ガールズトークしにきたよー」
「嘘でしょ?」
「まぁまぁ立ち話もなんだから中で話そうよ」
「それ来た側が言う台詞じゃなくない!?あと私の質問に答えて欲しいんだけど!」
永遠は夏目の横をすり抜けホテルの一室に入り込み、ベッドを占拠する。
まず会話の主導権を握りにかかる。永遠が話して夏目が受ける。この形にすれば話題の切り出しも誘導も数段やりやすくなる。
そのための一連の行動だ。人は、常に情報に飢えている生き物。相手の予想を覆す行動により、自分を想像の埒外の存在だと思わせる。こういう時、人間は相手の情報を得るために本能的に「見」の姿勢…つまりは後手に回る。
『対人戦で有利に立ち回るなら、想定外を味方につけろ』とは何処の誰の言葉だったか。きっと後先の事など何も考えていない大雑把な外道に違いあるまい。
「嘘じゃないよホントだよ。夏目ちゃんの恋路の為におねーさんが一肌脱いであげようってハナシ」
「なっ……!恋……っ!!ち、違…私とケイは、そんなんじゃないから!」
「あっれれ~?私カッツォ君の名前まだ出してないんだけどなぁ~?」
「っ!!!!!」
夏目の顔が一瞬で染め上がる。
相手のウィークポイントを突けば動揺を誘える。反論に二の足を踏ませれば、主導権は永遠の手の中だ。
(んふふ、焦ってる焦ってる。にしてもこうもやりやすいと一周回って面白くなってきちゃうねぇ…今どきいないよ?こんなにわかりやすい娘)
「夏目ちゃんのカッツォ君への気持ちは、傍から見りゃバレバレ。ま、カリスマモデルからは逃れられないってね!」
「私の中だと…貴女もうモデルよりも魔王なんだけど…」
「他人の事を魔王呼ばわりなんて…夏目ちゃん、酷いわっ!ぶわっ」
「『ぶわっ』じゃないけど…後、魔王呼ばわりは
「ありがとう今度シメとく」
閑話休題。
「とにかく、私にはよぉぉくわかるとも!夏目ちゃんの気持ちも、それを中々伝えられずに悩んでいることもネ!」
「だ、だからねぇ!」
「――でも今のままだとマズイよ夏目ちゃーん?」
声のトーンを一段階落とす。急な雰囲気の変化に夏目はたじろぐ。
「な、何がよ」
「だってシルヴィアちゃんどー見てもカッツォ君狙ってるじゃない?欧米のノリでグイグイいかれるとカッツォ君いつか持ってかれちゃうよ?それまでに夏目ちゃんが落とせるかどうか…」
「それは…!………そう、だけど…」
夏目の語気が弱まる。瞬間、永遠には心の隙が見えた。
此処が『機』だ。素早く背後を取り、夏目の耳元に顔を寄せ、
――囁く。
「想像してごらん?夏目ちゃん。」
「な、何を…」
「ヴァージンロードを歩くカッツォ君と、その隣にいるシルヴィアちゃん……。夏目ちゃんは二人の友人として、披露宴でスピーチを述べるの。」
「っ…!!」
ウィスパーボイスは相手の想像力を掻き立てる。語って聞かせるのではなく、夏目自身の思考に差し込むように、永遠は囁きかける。
夏目の顔を目だけで見る。その顔に浮かびだした恐怖から、永遠の
天音永遠にとって、対人術とはいつの時代もこれに尽きる。
「恐怖」で縛り、「利益」で誘導する。
まずは恐怖を叩き込み、焦りを植え付け、判断力を鈍らせる。
そのために、もっと追い込んでいく。
「自分の方が好きなのに、それを伝えられなかったから、こうして涙を呑んで二人を祝福せざるを得ない。『こんな苦しみを味わうのなら、いっそ好きにならなきゃ良かった』なんて、後悔しながらね……そしてスピーチの後は、誰にも気付かれないように会場の外に飛び出し、壁に背中を預けて座り込み、一人で静かに泣き続けるの。自分を呪い、自分を責める。これからの人生に、取り返せない傷を負った事を悔やみながら………」
「あ、あぁ……そんなの、嫌…嫌……っ!」
「悲しい」だの「悔しい」だのといった、『今の』夏目自身の感情を指定する単語は使わない。そういうのは相手が勝手に想像で膨らませていくものだ。言葉にすれば却って規模が定まってしまう。
「そしたら、カッツォ君が夏目ちゃんの所に来てくれるの。『探したよ、メグ。急にいなくなるから』なんて言うかなぁ……」
「ケ、ケイ……」
夏目はもう完全に永遠劇場の虜だ。おそらく今の夏目には、永遠が語るままの光景が、臨場感を伴うほどに鮮明に見えているだろう。
「夏目ちゃんは目元を擦って立ち上がり、『なんでもないの。人混みに疲れただけ』なんて嘘をつく。だって、折角の祝うべき日にカッツォ君を悲しませることなんて出来ないよねぇ?だから、カッツォ君は夏目ちゃんが隠した気持ちに気付かない。だから、『そっか、なら良いんだけど。』と言ってから、夏目ちゃんにトドメを指す言葉を言ってしまう………。」
ここで、数秒の間を敢えて作る。
「な、なに…?なんて言われるの…?」
「んふふ…」
焦らしはその後の衝撃を高める重要なテクニックだ。相手が身を…心を乗り出した所で、一気に崖から突き落とす!
「『こんなことになっちゃったけど、
「!!!!!!!!」
雷に撃たれるような衝撃。『仲間』『友達』。きっと、そこから先には一生進むことは出来ない。そんな光景を見せられた夏目は――膝から崩れ落ちた。
「あ……ぁああ………」
(あっやばい人生の希望全部なくした顔になってる)
夏目恵、精神崩壊三歩手前であった。
(落とし過ぎちゃったか…少しヨイショがいるね。まぁこのくらいならリカバリー可能な範疇。ここから軌道修正していけば…うん。いけるいける)
永遠も座り込み、夏目の肩を優しく叩く。
「ふふふ…だ、大丈夫だって夏目ちゃん。今のは最悪の未来って奴だから、今からどうとでも変えれる変えれる」
「あ、天音、さん……私、ど、どうすれば…っ!」
「恐怖」のターンはここまで、「利益」のターンに移る。夏目でも実行可能な方針を提示し、そのメリットを伝えてそれが最良の手段だと思わせる。ついでに恩義でも感じてくれれば言うことなしだ。今後の「お願い」が通りやすくなる。
(焦る余り当たって玉砕されても困るし…ここは長期的に動いてもらわないとねぇ…と、なると)
「よし、じゃあ告白しよっか!そのまま押し倒して既成事実作っちまおうぜ!」
「き、きせ……!?む、無理よ、そんなの!!出来るわけないじゃない!!!」
ここまで追い詰められても『それ』は拒むだけの倫理観を持っていることに、永遠は内心安堵した。
(あーよかった。ここで『そ、そこまでしないとダメなのね…』なんて変に前向きになられちゃあ本命のお願いがしづらくなるじゃない。まぁそっちはそっちで私の目的は果たせそうだから良いんだけど…カッツォ君の私へのヘイトがストップ高になっちゃう)
「えー、じゃあ別のアプローチにしよっか。まずはカッツォ君に、夏目ちゃんを恋愛対象として意識させるって方向で」
「つま、り…?」
「カッツォ君の近くにいる時間を少しでも長くすること。それも、大勢に見られるような仕事で。…今回みたいな、ね?」
「この仕事、カッツォ君と一緒になれるから受けたんでしょ?良いじゃない。そういうのをもっとどんどんやってこ!」
「え?そ、そんなこと、なの…?」
最初の方針が過激に過ぎたあまり、夏目の想像よりも遥かに難易度の低い方針に、あっけに取られる。
「んふふ、そんなこと、じゃあないんだよ夏目ちゃん。夏目ちゃんに合わせた作戦ではあるけどね。プロゲーマーって衆目に晒される立場をお互い持ってるんだから、効果的に使っていかなきゃ!」
「沢山の業界人一般人に同じ現場、同じ仕事にいる所を見せつければ、そのうち『あの二人いつも同じだな…まさか?』なんて思う人が出てくる。近くにいるだけで自動的に外堀が埋まっていくって寸法よ。自分から言い出すんじゃなくて、第三者を使って間接的に仕掛ける。カッツォ君に直接何かするわけじゃないから、夏目ちゃんにも出来るんじゃない?」
「た、たしかにできそうだけど……そういうもの、なの…?」
「ウンウン。ワタシウソツカナイヨ」
実際の所この方針が恋愛面でどの程度の効力を発揮するか、永遠には完全には分からない。だが、少なくとも永遠の目的には近づく。そのためにはまず、夏目が慧の側に居続ける状況を作っておきたいのだ。
「んふふ、基本の方針はそんな感じで、それ以外でも夏目ちゃんに出来る範囲でアプローチしてこーぜ?シルヴィアちゃんに
「っ!……わ、わかったわ。今よりは、積極的にやってみる……私、泣き寝入りなんかしたくないから…!」
『敗北』。それはプロゲーマーとして容易に受け止め難い概念。夏目の誇りに絡めた永遠の説得は、夏目の首を縦に振らせる結果を得た。
(よしよし、夏目ちゃんの目が前向きになった…ふぅセーフセーフ)
「その意気だよ夏目ちゃん!命短し恋せよ乙女ってね!夏目ちゃんの恋、応援してるゼ☆」
「う、うん…あり、がとう…」
「いいってことよ。じゃ、私はお暇するね。あ、何か困ったことや
(さーて、夏目ちゃんはカッツォ君の『理解者』になってくれるかな?)
こうして、永遠はホテルグランドスプリームを後に、
この少し後、シルヴィアが休暇に物言わせて慧の隣室に引っ越してきたことを夏目から涙声で報告され、永遠は夏目の恋愛計画の建て直しを余儀なくされた。
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天音永遠は、魚臣慧の為に夏目恵を唆した。
そのために口八丁手八丁を駆使し、夏目を自身の望むままに、夏目自らが選んだように見せかけて動かした。
ここで重要なのは、永遠自身が慧――即ち怪物の『理解者』になる気が無い事だ。
怪物の理解者とは、運命共同体とほぼ同義である。歩く地雷原と言っても過言では無い彼らと心を通わせ、個々人ごとに異なる苦しみを理解し、その傷に寄り添う。彼らが道を外れかけた時は、その怪物性が自らへと向けられる危険を顧みずその手を掴む。
(いやー無理でしょ)
いくらなんでも友達相手にそこまでは出来ない。永遠は刹那主義でスリル第一ではあるが、これは永遠の求めるタイプのスリルではない。自分自身が爆弾になりたいのであって、爆弾処理班になりたくはないのだ。
天音永遠はあくまでも友達として怪物と向き合う。友達として、自分に出来る事をする。
つまりは――
――
続きません。
Q.これ(ペンシルゴンネクロマンシー習得済)いる?
A.完全に人だと人外の世界との接点が乏しすぎるのでいる(鉄の意志)