めぞん一刻 二次小説 桜の園   作:今津晶

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第2話  それぞれの想い

~数日後、響子さんは実家のマンションを訪れていた~

 

[何よ、いきなり人を呼び出すなんて。]

[あんたはこうでもしないとここには寄り付かないでしょ?響子。]

早くも母娘の間に険悪なムードが・・・・。

 

[それで用件は?お母さん。]

冷めた目で母を見る響子さん。

 

[ねえねえ、これ見て♪]

と母律子はいきなりある写真を目の前に広げた。

 

[かわいいわね~♪響子見て御覧なさい。]

その写真には、親類知人の赤ん坊の姿が・・・。

 

[まあ、メッセージまでご丁寧について。]

[これは・・・生まれました。んで、これは、・・・・。]

写真の解説まで始めた母。

 

[もういいわよ、お母さん。]

[孫はまだなのか?でしょ?どーせ。]

呆れた口調で響子さんは母に言った。

 

[わかってんのなら話は早いわね。]

[引っ越しなさいな。あんなボロアパートから。]

母は響子夫妻に一刻館を出ろと言っているのだ。

 

[またその話?聞き飽きたわ、お母さん。]

どうもこの話は、昨日今日に始まった事ではないらしい様子。

 

[あんな環境でどうやったら子供が出来るの?響子。]

[住人は変なのばかりだし、世間体も悪いじゃないの。]

[所帯持って新婚なのに、あのボロアパートの管理人室に間借りしてるだなんて。]

[ご近所や親戚中にも言えやしないわよ。]

孫と世間体。どちらも何とかしろと詰め寄る母。

[世間体ってお母さん、私たちはあそこが好きだから住んでるのよ?]

響子さんはとても一刻館に愛着があるので引っ越す意志は無い。

そう強く母に言う。

が、しかし。

[響子。それはあなた一人が好きなだけであって、裕作さんはどう言ってるの?]

[どうって?]

母の言葉にきょとんとする響子さん。

 

[だから、あの一刻館は元々は音無家の物でしょ?もうあんたも再婚したんだし。]

[あなたは五代家の人なのよ。音無家とはもう縁が切れてるの。わかる?響子。]

[それは・・・もちろん分かっているけれど・・・。]

母の言葉が響子さんの胸にチクリと刺さる。

確かにもう、音無家とは戸籍上は既に赤の他人の関係でしかない。

しかし、響子さんの記憶の中には惣一郎さんが、そして日々の生活の中には一刻館が・・・。

そう簡単に切り離せる物ではないだろう。

だけど既に五代裕作という男性と再婚し、五代家の人となったのも事実。

自分が選んだ道、そして人。

[そろそろケジメつけなさいな。響子。]

[お父さんは響子に甘いから何も言わないし、あちらのご両親も遠方に住んでらっしゃるのと。]

[裕作さんに似てなかなか口に出さないようだから私が言うけど。]

母の思いは痛いほど伝わってくる。

 

“過去を引きずらないで今を生きなさいと。”

 

[・・・・・・・・。]

そんな母の思いに返す言葉のない響子さんだった。

母の言葉が頭の中を駆け巡る帰り道。

響子さんのその足はいつの間にか、五代君の勤める“しいの実保育園”へと向かっていた。

[ほーら、高い高い~♪]

子供と楽しそうに遊ぶ五代君の姿がそこにはあった。

それを遠くから気づかれぬように眺めている響子さん。

[あれ?奥さんじゃありませんか?]

保育園の人が響子さんに声をかけた。

大学で五代君と一緒だった“あの”黒木さんだった。

 

[おーい、五代君、奥さんが来てるよ~!]

大きな声で五代君に知らせる黒木さん。

 

[あ、あの、私・・・。]

と響子さんが言った時には時すでに遅く、園児や保母の視線が一身に注がれた。

 

[こ、こんにちは。]

顔を赤くして慌て挨拶をする響子さん。

 

[こ、こにんちは・・・。]

突然の訪問に五代君もびっくりしたようでまるで他人行儀だ。

[いやーお熱いですね。ご主人の職場までやってくるなんて。]

同僚の保母が二人を冷やかす。

[どうぞ。]

気を利かせた保母が二人のためにお茶を淹れてくれた。

 

[・・・・・・・・。]

二人は何か遠慮してるのか会話がない。

 

[五代君、せっかくだからその辺でも散歩してきたら?]

[そうだね。行こうか、響子。]

同僚の保母に促され、保育園の外へと出て行く五代夫妻。

 

[ねー、ねー、あの重苦しい空気!もう離婚かしら?]

[もともと不釣合いな夫婦だもんね~!]

[五代君も悪い人じゃないけどね。奥さん相変わらず凄い美人って言うか、綺麗過ぎる人だもんね]

[自分でも自覚してるみたいよ、五代君。自分達の事・・・麗しい美女と甲斐性無しで駄目な男の夫婦だってぼやいてたもの]

好き勝手に保母達は二人の噂話に花を咲かせていた。

 

保育園近くの桜並木を歩く二人。

だが、まだ桜の開花には少しばかり早いようだ。

[急にどうしたの?保育園に来るなんて。]

五代君が響子さんに何故ここに来たのか聞いた。

 

[う、うん、実家に寄ったついでにちょっと・・・・。]

響子さんは亭主の五代君に聞きたいことがあったに違いない。

けど、それは胸の中にしまったまま・・・話題を変えて。

 

[ねえ、今晩は何が食べたい?]

[んー、そうだな。鍋物がいいかな?]

いつもの夫婦の会話へと。

 

[ふふ、分かったわ。用意して待ってるわね。]

そう言い残すと響子さんはそのまま保育園から去っていった。

時計坂商店街で買い物の最中の響子さん。

そこへ・・・。

[あれ?管理人さん、おっと五代の奥さんじゃないすか?]

響子さんに声を掛ける男が一人。

[もしかして坂本さんですか?こんにちは。]

響子さんがにこやかに返答する。

 

その声の主は五代君の親友坂本だった。

[いやー、お久し振りっすね~本当に。]

と言う事で、二人は近所の喫茶店へ・・・。

[最近はどうですか?坂本さんは?]

[いや~!不景気で不景気で。スチャラカ社員のこの僕はクビ寸前っすよ。]

 

いつもの楽天志向の坂本。

自分のクビが危ういという話さえカラッと明るく話してしまう。

それを笑って聞く響子さん。

取り留めのないバカ話、そして五代君との学生時代の話で盛り上がる。

[それで、最近主人とはお会いしました?]

響子さんは五代君が坂本と最近会ってたのかそれとなく聞いてみた。

 

[そうっすね~、えーと、去年の12月に当時の大学の連中と呑む機会がありましたね。]

[ええ、とても楽しかったと主人は言ってましたわ。]

 

去年の暮れに坂本と五代君は会ったという。

 

[その時にどんな話をされてました?]

思わず身を乗り出す響子さん。

 

[えーと、そうっすねー、あ!・・・いや、何でもないです。]

坂本は何かを思い出したらしいが・・・響子さんに話すとまずいと感じたのか急に口篭もった。

 

[どうしたんですか?坂本さん。]

[あ、いやあ、五代にちょっと口止めされてて・・・・。]

響子さんの問いに五代君から口止めされていると明かす坂本。

 

[そう・・・ですか・・・・。]

それ以上は聞こうとしない響子さん。

だが、その表情はとても寂しげだ。

そんな響子さんを見て坂本は。

[あ、いやあ、別に管理人さんの悪口とかじゃないっすよ!]

と響子さんを思いやる。

[ただ・・・・。]

[ただ?]

[五代の奴、なんて言うんすか、まだちょっと夫婦としての・・何て言うのか・・精神的な距離を少し感じるって言うか。]

[“響子の後ろに惣一郎さんの影が見え隠れする”何て事をこぼしてまして・・・。]

坂本の言葉は響子さんにとってショックな物であった。

[実はあいつ、一刻館を出て、二人で暮らしたいんだって前から漏らしてまして。]

[家の夫がですか?]

[ええ、そうです。でも毎日楽しそうにしている響子さんを見てるとなかなか正面から切り出せないようで・・・。]

[そう・・・・だったんですか・・・。]

数ヶ月前の五代君との何気ないやり取りが脳裏に浮かんだ響子さん。

 

“[響子、僕達が結婚したのも一つの節目だと思うから・・・。]”

“[どこか部屋を借りて暮らさないか?]”

“[なに言ってるのよ。家賃もバカにならないし、ここで十分じゃない。]”

“[いや、だけどさ・・・・。]”

“[もう少し先でもいいじゃない。今すぐにここを出て行く理由はないでしょ?]”

一刻館を出て二人きりで暮らしたい。誰にも邪魔されない夫と妻の二人だけで。

結婚して日も浅い夫婦。

それに・・・前夫の音無家の匂いの残る一刻館・・・。

当たり前と言えば当たり前の事だ。

でも・・・そんな“当たり前の気持ち”さえ汲んであげられていないなんて・・・。

話も満足に聞かずに冷たくあしらってしまった・・・。

自分の中では惣一郎さんと決別したつもりだった。

だけど・・・気付けば一刻館に固執して住み続けている自分がいる。

何かまだ断ち切れていない思いみたいなものがあるのだろうか・・・。

そして・・・そんな自分に遠慮して悩んでいる夫がいる。

きちんとお互いが向き合って暮らしていたのだろうか?

喫茶店で坂本と別れ、一刻館への帰り道。

時計坂を登る響子さんの足取りはいつになく・・・重かった。

 

(続く)

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