めぞん一刻 二次小説 桜の園   作:今津晶

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第4話  最終話  再び桜の下で

~翌日~

 

五代夫妻は音無義父の入院する時計坂総合病院へ来ていた。

[こんにちは~。]

[おお、これはこれは、夫婦揃って。]

二人揃っての見舞いに驚く音無義父。

今日も天気がよく、気持ちいいほどに病室には日差しが降り注いでいた。

[お義父さまが入院した事を昨日話したら、じゃあ急いで行かないとって・・。]

見舞い用に持ってきた花を花瓶に入れながら響子さんは言う。

[ありがたいことじゃが、五代君。]

音無義父にとっては嬉しい事なのだがしかし・・・。

[もう、忘れていくのが一番いい・・・。]

[わしみたいな老いぼれの事は。]

[いつまでも縛られてたらいかんよ。音無家の事に。]

改めて二人に音無家の事は構わずに忘れていけという音無義父。

[ど、どうしてそんな事を言い出すんですか?]

音無義父の言葉の意味を尋ねる五代君。

[いいかい?五代君。もう惣一郎から君へとバトンが手渡されているのじゃよ]

[君と響子さんが結婚した時にね・・・。]

[バトンを受け取った走者はよそ見とかしないじゃろ?]

[ゴール目指して黙々と走るものじゃ。]

[バトンを渡した段階で惣一郎の役目は終わっておるのじゃ。]

[もちろん・・・それは惣一郎の父でもあるわしも同じ事。]

[君達二人には明日がある。いつまでも後ろを振り返って生きてたらいかんよ。]

病室のベッドに横たわりながら、音無義父は二人に優しく話し掛けた。

[少なくとも・・・わしの所に頻繁に通ったりしたら、響子さんのご両親も、五代君のご両親も良い顔はしないじゃろう。]

と二人に問い掛ける音無義父。

音無義父は想う。

息子の惣一郎との結婚に響子さんの両親が反対していたのを。

それを半ば強引に結婚したものの、惣一郎はすぐに死んでしまい、結果的に響子さんに哀しい思いをさせただけではなく、

その後両親との関係まで溝を作らせてしまったと。

今でも音無家に対してあまり好意的な感情を持ち合わせていない響子さんの両親。

この病院に自分を見舞いに来る事で、その感情に再び火を点けてしまう事を何より音無義父は危惧していたのだ。

しかし・・・・。

[そっ、そんな事ありませんわ。お義父さま。]

[そうですよ。誰もそんな風に思いませんよ。]

[もし、周囲の人間が何と言おうと、]

[いいえ・・・・。]

[お義父さまが何とおっしゃろうと、私はお見舞いに来ますから。]

[僕も仕事の合間を見ては来ますよ。]

音無義父を思いやる二人の暖かい言葉。

[・・・・・・・・・・・・。]

その二人の言葉に無言で涙を流す音無義父。

血の繋がり以上に暖かい人の心。

音無義父の病室を出て、時計坂総合病院を後にした二人。

そして天気が良いからか、二人は宛てもなくのんびりと歩いていたらとある公園に着いた。

[ねえ・・・やっぱり二人きりで部屋探して暮らしたい?]

北風の吹き抜ける公園内を歩きながら、響子さんは夫の五代君にさり気なく聞いた。

 

[い、いやあ、別に今のままでいいよ・・・。]

そうは言うものの、本心は別にありそうな五代君。

見詰める先は晴れた青空。

響子さんの足が止まった。

[いいのよ、無理しないで。本当の気持ちを話して。]

[あなたの本当の気持ちを・・・。]

響子さんは歩いていた五代君の前に回り込み、じっと目を見詰めてそう言った。

[そっ、それは・・・その・・・。]

はっきりしないのは五代君の悪い癖だ。

[ごめんなさい。]

[あたし・・・わがまま言ってた。それに・・・とっても傷付けてた。あなたの事を。]

[坂本さんから聞いたわ。あなたが心の中で思っている事を。]

[あたしの後ろにまだ惣一郎さんの影が見え隠れするって・・・。]

冷たい北風に響子さんの長い髪がなびく・・。

[いや・・・それはまあ、酒の席での事だから・・・。]

酒の席での事だから気にしなくてもいいと言う五代君。

その言葉に頷きながらも響子さんは五代君に話し続ける。

[あたしは・・・まだ、過去と暮らしていたのかも知れない。]

[ううん、もしかしたら・・・過去と一緒に暮らしていたかったのかも知れない。]

[そんな気持ちが心のどこか片隅にあったから、一刻館に固執して、]

[あなたが引っ越そうという話にも耳を貸さなかったのかもしれない・・・。]

[だけど・・・音無のお義父さまの言葉で決心したの。]

[あたしは・・あなただけを見て、明日だけを見て生きていかないといけないって。]

[だから、引っ越しましょ?あたしも管理人の仕事を辞めるわ。]

[そして、新しい二人を築いていきましょう。]

[ね?]

 

響子さんにはこの数日間色々あった。

音無の義父の入院、朱美さんの言葉、坂本との会話・・・・。

そんな中で、自分が余りにも夫に向き合っていなかった事を悟らされた。

 

そう・・・知らないうちに五代君を置き去りにして、

死んでしまった惣一郎さんの方を向いて暮らしていた事を。

だから、今から、この瞬間から、もう一度新しい二人になりたいと響子さんは願う。

[本当に・・・それでいいの?響子。]

妻の突然の言葉に戸惑いながらも嬉しそうな顔をする五代君。

 

[ええ。]

響子さんの笑顔に迷いはなかった。

 

 

~それからわずか数日後~

 

― 容態が急変した音無義父は帰らぬ人となった ―

音無義父は一通の手紙を五代君夫妻にしたためていた。

病床で命の炎が燃え尽きるまでの残りわずかな時間。

何とか最後の力を振り絞り、このペンを執ったのだろう。

その手紙には二人に対する感謝の言葉と、

一刻館について記されていた。

{“一刻館は君達夫婦の好きにするがよい。

娘夫婦には私の家屋敷があるし、私からのせめてもの感謝のしるしだ。

名義は変更してあるのでそのまま使うなり、取り壊して土地ごと売却するなり好きにすればよいだろう。

そして、差し出がましいとは思ったが、二人の借りの新居として知り合いの不動産屋に、

何軒か見繕うように連絡してある。

明日を生きなさい。明日を。二人とも。

今まで本当にありがとう。“}

手紙にはそう音無義父の文字が記されていた。

音無家の庭で、満開の桜が色づくほんの手前に逝ってしまった音無義父。

その手紙を読み、涙で肩を震わせる響子さん。

音無義父に最後の別れを告げた冬の日。

外は冷たい雨が降っていた。

 

 

~季節は春を迎えていた~

桜の花は競ったように咲き乱れている。

 

そんな晴れたある日の午後、響子さんは音無家の墓を訪れていた。

 

[お義父さま、惣一郎さん。お元気ですか?]

[今天国でお二人はどんなお話をされてるんですか?]

[とても楽しいんでしょうね。]

響子さんは墓標の前で手をあわせ、静かに話しはじめた。

[私も主人の裕作も相変わらずです。]

[ちょっとばかり優柔不断な事まで・・・あたしに優し過ぎるくらいに優しい事も変わりありません。]

[それで、お義父さんにお預かりしました一刻館ですけど、]

[このボロアパートが好きで住んでくれている人がいる限り、がんばってみようと思います。]

[もちろん、管理人はこの私で。]

[他の人には絶対に務まらないでしょうから。一刻館の管理人は。]

 

音無の義父から譲り受けた一刻館。

響子さんと五代君の出した結論は・・・住んでくれる人がいる限り、何とか維持していこうという物だった。

一刻館が朽ち果てるまで・・・・・。

[お義父さんが紹介して下さった不動産屋さんなんですけど・・・。]

[もう少し、お返事を待ってもらう事にしました。]

[え?どうしてなのかって?]

[それは・・・“いつでも二人で引っ越して行ける、明日を生きていける”って、]

[二人して思えるようになったから、気持ちに余裕が出来たからですね・・・きっと。]

 

今まで自分で自分を勝手に一刻館に縛り付けていた。

しかし、亡くなった音無義父や、周囲の言葉でその呪縛から解き放たれた響子さん。

一刻館を離れる事をもう少し見送り、今まで通り暮らす事を選択した二人。

お互いの心の行き違いから、少し足並みが乱れていた五代君と響子さんの二人三脚も、これで大丈夫だろう。

[だから・・・私たちの気の済むまで、一刻館にいさせてください。]

誓いを新たにする響子さん。

と、そこへ・・・。

[響子・・・君もここへ?]

[ええ、あなたこそ。保育園は?]

[うん、ちょっとの間抜けさせてもらって。]

[あなたらしい。]

五代君も保育園を抜けてやってきた。

それを見てあなたらしいと微笑む響子さん。

墓前で手を合わす五代君。

[やっぱり、どんなにあがいても、死んだ人には追いつかない。追いつくことも出来ない。]

[永遠に・・・。]

[あなたもひっくるめてなんてもらいます・・なんて格好良い言葉を、僕は言いましたけど、]

[それが無意識のうちに自分にとって無言の圧力になってしまいました。]

[だから、前だけを、明日だけを見て、響子と新しい気持ちで生きていこうと決めました。]

[惣一郎さん、音無さん、もし・・・これから先、響子と二人、あなた達の事を・・・]

[記憶の片隅に追いやってしまう日がたとえ来たとしても、・・・許して下さい。]

五代君は丁寧に墓前で頭を下げて言う。

[ちょうど一年前・・・ね。]

[一年前?]

[あたしたちがここで、こうして・・・。]

 

 

そう言うと、響子さんは五代君の手を握り締めた。

その光景はまさに一年前、二人がここで永遠の愛を誓い合った時とおなじ場面。

見詰め合う二人。

これ以上言葉は全く必要ないのかもしれない。

桜の花びらが二人を包む。

どこまでも続く桜並木。

それはまさに桜の園。

敷き詰められた花びらの道を、手をしっかりと繋いだまま、二人は未来へと歩いていった。

 

 

(完結)

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