総隊長の孫娘〜その者、最凶の料理人につき…〜   作:名無しのナナ

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信念

 月明かりが二人を照らす中、千歳は感情が昂っているのか目尻に涙を浮かべ浮竹を見つめている。

 

「…千歳…」

「…ボクは“もう”誰も失いたくない、父様も母様も…」

「……幾つか質問をしても良いかい?」

 

 彼女を落ち着かせるように浮竹の指先は目尻に浮かぶ涙を拭い、千歳もそれを受け入れながら首を縦に振る。

 

「…ん…」

「…先ず一つ、俺はどうやって死ぬ?」

「…今から四百年後にユーハバッハが蘇り、霊王は逆に死を迎えるけど世界の均衡を保つ為に霊王の右腕であるミミハギ様を解放する…それすら奪われる形で…」

「…そうか、ミミハギ様はやはり霊王の…」

 

 些細な違いはあるだろうが概ね千歳の言った死因が正しい。

 薬代わりにしていたミミハギ様を奪われるという事は病死という形で浮竹の命を奪った、然し今の医療技術では浮竹の病を直せないのは事実。

 

 そう、奇跡でも起さない限りは。

 

 

「…千歳の案はユーハバッハの能力を使用するものとして捉えるが千歳自身に何かを強いるのか?」

「……ユーハバッハは自身の魂を分け与える形で対象の心身の欠落を満たせる、ミミハギ様を最初に摘出して私の魂を分け与えれば…ただ、全く違う要因で浮竹が死んだ時は浮竹の能力や力を私が引き継ぐ事になるけど…」

 

 魂を分け与えるという言葉に浮竹は眉を寄せるがそれは“文字通り”共に生きるという事。

 長年自らの肺と一体化していたミミハギ様を摘出する代わりに自らの魂を一部とはいえ差し出すという覚悟、その眼差しからその強さと慈愛にも似た想いを見据えながら浮竹は続ける。

 

「…千歳はそう迄して俺を救おうとしてくれようとしているんだな…何故、と訊くのは無粋かもしれないが訊かせて欲しい」

 

 男女の情と呼ぶには些か気心が知れすぎた間柄、浮竹は家族に見せるような穏やかな表情を浮かべ問う。

 

「…ボクはお爺様や周りに比べて凡庸だ、京楽や浮竹みたいに頭が良い訳ではないし師匠みたいに剣の才能もない、…お爺様みたいに炎熱系最強の斬魄刀を持っている訳でもない」

 

 でも、と続ける千歳。

 

「ボクは“普通”だからこそ護りたいんだ、好きな人達を…大切な居場所を」

 

 彼女は自身の内面を凡庸と語るが事実は異なる。

 凡庸だからこそ、600年も掛けて霊力を求め単身虚圏に乗り込むという荒行を熟す胆力。

 先を見通せるからこそ例え仇敵の能力だろうと知識を動員し計画を練る決断力。

 

 そのどれもが、“周りに比べて非凡ではない自身を顧みれる”彼女の強みである。

 

「……参ったな、理由次第では突っ撥ねるつもりだったが…」

 

 負けた、とばかりに微笑む浮竹。

 これは信念()信念()が目に見える刃ではなく言葉という刀を交わし合う一種の死合であった。

 

 そして、大切な居場所と呼ばれた(浮竹)は深々と頭を下げる。

 

「…千歳、君を信じる。俺の方こそ宜しく頼むよ」

「!…ありがとう、浮竹」

「いやぁ、良かった良かった。二人共喧嘩しないで」

 

 嬉々とした表情を浮かべる千歳の声に釣られるようにこの場には居なかった筈の声が割って入る。

 

「京楽…!お前何時から居たんだ?」

「そうだねぇ…『浮竹、私と一緒に生きてくれないか』って千歳ちゃんが言った辺りからかなぁ…まさか千歳ちゃんがって身を乗り出しちゃったよボクは」

 

 ケラケラと笑う京楽、言葉尻だけを取れば愛の告白にも捉えられる言葉を紡いだという事実が今更になって千歳を羞恥の色に染め上げていく。

 

「き、ききききき…ッ!??!」

「お、落ち着け千歳…京楽も居るなら居るって言っても」

「だぁってボクだけ仲間はずれなんて寂しいじゃないか、ねー千歳ちゃん?今どんな気分だい?」

 

 京楽の煽るような一言に理性の糸が ぶつり と、切れた千歳は指先を向けながら並の隊長格の五倍はある霊力を圧縮し

 

「破道の一 衝ォォォっ!?」

 

 軽々と躱す京楽。

 千歳を宥めようとする浮竹。

 目をぐるぐると回しながら大砲にも似た衝撃波を幾つも繰り出す千歳。

 

 600年前、まだ何も知らない童だった頃の三竦みがいつの間にか出来上がっていた。

 

-------❁ ❁ ❁-------

 

 それから半刻程経ち、穴ぼこだらけの雨乾堂(うげんどう)でボクは頭を下げていた。

 

「ご、ごめん…」

「いや…悪いのは悪ふざけをした京楽だ」

「それはもう謝ったじゃないか……それで千歳ちゃん、本当にやるのかい?」

 

 流石と言うべきか、京楽はボクをじっと見つめている。

 

「勿論、やるよ。京楽の考えも分かるけどね」

「あ、やっぱり気付いていたんだね」

「気付いていた…?」

 

 どうにも腑に落ちないとばかりに首を傾げている浮竹に京楽は分かり易く問題点の一つを上げる。

 

「千歳ちゃんの言う通りユーハバッハが四百年後に復活するなら同時に同じ能力の持ち主が二人居る事になるだろう?」

「なるほど、そういう事か」

 

 得心を得たように頷く浮竹だが、ボクは問題ないと補足を付け足す。

 

「その時は多分何方がより強い霊力の持ち主かで変わってくると思う、魂を分け与えた人達には影響はないだろうけど…その為に600年力を蓄え続けたんだから…」

「綱引き、って訳か…千歳ちゃんとしては虚圏に早く行きたかったんじゃあないかい?」

 

 そう、これは綱引き。

 ボクとユーハバッハという同質の力を持つ両者が互いを妨害し合いながら能力を奪い合うといった戦いだ。

 というか、やっぱり京楽は鋭いなぁ…まぁ、お爺様にも秘密で虚圏に行ってる事は二人にも秘密にしておきたいから黙るしかないけど。

 

「…ま、まぁね…?」

「千歳…まさか君は…」

「と、取り敢えず早速始めようか!」

 

 二人の追及から逃れるようにボクは星葉身を鞘から引き抜く。

 

『久しぶりだねぇ…』

 

 そうだね、星葉身…いや───

 

「卍解 星食(ほしは)み」

 

「「…!!」」

 

 卍解と共に聞こえる息を飲む二人の声を耳にしながら…。

 

 

 ───ボクは闇夜よりも昏い闇を身に包んだ。


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