比類なき絶望がアインの前に立ち塞がる。死力を振り絞ったパリングアッパーが黒蛇の迫り来る長大な蛇腹の薙ぎ払いを紙一重で弾き返す。
全身の筋肉のいたる所が軋み、悲鳴を上げながらも、力を溜め、解き放たれた強烈なチャージクラッシュが振り抜き様にカウンターヒットする。
巨龍──ヤマタノオロチは八つの頭を苛立たしげに振り上げる。
『────────────────────────ッッッッッッ』
怒号に満ちた昏い鳴き声が大気を震わせた。
アインは舌打ちする。ゆっくりとだが、あの大蛇は移動している。その進む先にはミナトが各所にある。絶対に行かせるわけにはいかない。
あれが「奴」に渡されたデータの通りなら非常に拙いことになる。アラガミの生存本能が齎した"進化"なのか。あるいは外部からの接触によるものなのか。間違いなく後者によるものだと、確信する。
戦慄する青年の前で鎌首をもたげる大蛇が、ゆっくりと彼の方へ振り向いた。先程からチクチク刺す煩わしい蚊蟲を睨むように。
「…………なるほど。一応イラつくだけ考える頭はあるようだな」
「……ぐ、ぁ……あ、アイン…………無茶、だ……」
「喋るなユウゴ。傷に響くぞ。コイツの相手は、ちょいとばかしお前らには荷が重かったようだな。すまん」
血を滲ませた口角を青年は、倒れ伏した仲間たちを背に苦笑いで吊り上げる。
無謀。確かにその通りだった。
大地に根を張る大樹の如き全身。地上から空へ伸び上がる枝葉のように天蓋を覆う姿は、まさにおぞましい終末の怪物というのに相応しい。
アインは過去の記憶をチラつかす。少し前に出会った謎のローブの女。かつて狂った人生を全うし壮絶な末路を辿ったとある女科学者を彷彿とさせた。
偶然か、あるいは不吉な因果による必然か。
圧倒的な、隔絶とした争い違い力の前に膝を折ってしまいそうになる。
目の前に君臨するその巨大な異形の風貌を見て、青年の脳裏にある親友が口にした言葉が浮かぶ。
──生きることから逃げるな。
それは彼、彼らが、かつて絶望の渦中で受けた言葉だ。
自分たちを導いた稀代の英雄。だが、今はその親友は傍にはいない。しかし、ただの言葉であるはずのその言葉が、彼らの心を奮い立たせたのは紛れもない事実なのだから。
白く染まった羽のようなバスターブレードをゆらりと構えるアイン。
自分たちを庇うように立つ仲間の姿は、まるでそんな青年に鼓舞されたかのように身体を無理矢理に起こすユウゴたち。
「…………どうした? もう少しゆっくり寝てていいんだぞ。コイツはオレがやる」
「……ッ、ふざけてんじゃてねえ……っ! あんたひとりでやれる相手かよっ」
ジークがハンマーに寄りかかり声を荒げる。
「そうだとも……私たちはチームだ……仲間を頼らないのは、感心しないな…………」
ルルがバイティングエッジを地面に突き刺し身を起こそうと捥がく。
「まだだ…………ッ まだ俺たちは戦える……ッ 戦わせてくれ…………一緒に…………オレたちの帰る場所を…………護らせてくれッッッ」
ユウゴが血を吐きながら、ロングブレードを突き立て立ち上がる。
「…………お前たち…………」
その決意、その覚悟は青年は昔からよく知っている。
「ふ……いいだろう。せいぜい脚を引っ張るなよ」
先程まで胸に抱いていた不吉な影は振り払われ、戦士たちは奮い立つ。
身体中を打たれ、裂かれ、溢れる血を厭わずに。
戦いが再開した。
「おおおおォォッ!! このおおおおォォォッッッ!!!」
「はあァアアアアアアアアアアアアぁぁぁッッッ!!!」
ジークがブーストドライブで突撃し、ルルがアクセルトリガーで舞う。
「うぉおおおおおおおおおおおおおォォォッッッ!!!」
「ゼぇアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁッッッ!!!」
ユウゴがバーストアーツを叩き込み、アインのブラッドアーツが炸裂する。
だが、死に物狂いに神機を振り回すクリサンセマムのゴッドイーターたちの顔は隠しきれない憔悴に歪んでいた。どれほど力を込めて斬り付けようと叩き付けようが、悉くが致命傷に至らず、ダメージを負わせられない。
無駄だと言わんばかりに巨軀を唸らせ、黒龍は巨大な口腔を広げて迫る。
すべてをその深淵の中に呑み尽くそうと────
大気を切り裂く弾道が一文字に突き抜ける。
無造作に顎門を開いたその紅く澱む眼に目掛け────
着弾した。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッッ』
大蛇が怯み、首を竦めた。
放たれた弾道の射線上。
移動キャラバンの大型車両が砂塵を巻き上げ走行。
甲板に神機の銃身を構えた少女の姿が。
「これ以上、私たちの大切な仲間たちを傷付けさせはしないッッッ!!!」
ランドセル型のバックパックを背負ったハニーブロンドの髪を靡かせて。
「お前…………クレアっ!!」
ユウゴたちが突如の仲間の参上に驚きの声を上げる。
「ジーク兄ちゃーんっ! 負けんなぁああっ!! やられたら許さないからなぁああああっっっ!!!」
クレアの隣りからキースが神機を構え、大蛇に向かって撃ちまくる。
「キースっ!? なんでここにっ!?」
ジークが弟の援護を受けつつ驚く。
「オジさんの存在も忘れてもらっちゃ困るなぁ。大人の紳士らしく華麗に参戦させてもらうぜ。喰らえっ! 化け物ォオッッッ!!!」
リカルドが高出力でレイガンを照射する。
ヤマタノオロチの多頭が忌々しそうにクレアたちを睨め付け、首を伸ばした。
「マズい…………ッ!」
「チッ…………!」
ユウゴとアインが大蛇の標的が自分たちから変わったことに気付くが、首の速度に追い付かない。
────大鎌が大蛇の頭を切り裂いた。
「…………中々に骨が折れそうなヤツを相手してるじゃないか」
ヴァリアントサイズを携えたローブの青年が大蛇の前に立ち塞ぐ。
「ニールッ!? お前までッッ!?」
ジークが弟たちの参戦に驚きの連続であたふたする。
「随分と手こずってるな。手伝ってやろうか? ジーク兄貴」
ニールがニヒルに笑う。
「て、手こずってねーしっ! ちょっと調子が悪いだけだっ! …………で、でもよ、手を貸してくれたら、その…………助かる、かな……」
ジークが照れ臭そうに頭を掻く。
「ウゲェエェェエエッッッ! ジーク兄ちゃんのツンデレなんて需要が無いよぉっ!! 美少女ならともかくっ」
それを見たキースが甲板でえづくような動作する。
「そこぉっ! 誰がツンデレだぁッッッ!!!」
「ぷっ、ジークの、ツン、デレ……ッ」
「はははっ! 確かにっ!」
ルルが吹き出し、ユウゴが笑う。
アインが僅かに口を緩め、ニールは苦笑いする。
クレアも笑い、リカルドも笑う。
みんなが一斉に声を上げて笑い合う。
アットホームな雰囲気。
死と隣り合わせの恐るべき強敵がすぐ間近にいるのに拘らず。
「…………どうやら間に合ったみたいね、みんなっ、無事? イヤな予感が的中したわ。なんなの? あのとんでもない規格外の怪物は…………あれもアラガミなのかしら?」
「はい、オーナー。強力な偏食場パルスがあの超巨大生物から発生しています。アラガミなのは間違いありません」
キャラバン内、溜め息を吐くイルダ。
エイミーがモニターを見ながらオペレーションを開始する。
『皆さんっ! あのアラガミは灰嵐時に発生する偏食力場同等の強大なエネルギーで構成されていますっ! 言わば、移動する意思を持った特大灰嵐そのものですっっっ!!!』
「イルダ…………エイミー…………クレア…………キース…………リカルド…………ニール…………みんな…………ッ」
集結した仲間たちにユウゴが感極まったように身を震わせる。
「ユウゴ。まだ終わっちゃいない。気を抜くな。来るぞッ」
「ッ! ああッ!!」
満身創痍のユウゴたちがそれまでの傷などないように力強い足取りで大地を踏み締める。
集う仲間たち。
彼らと共ならどんな強い相手でも立ち向かえる。
しかし、そんな彼らを嘲笑うように8首の蛇龍は頭を揺らぐ。
そして、巨体を震わせ、一際高く嘶いた。
────瞬間、口から紅く閃く光線が空を切り裂いた。
一薙ぎで山が輪切りにされ、消し飛び、遙か遠方に炎の柱が天高く赤々と舞い上がる。山渓を削り、斬り裂き、激震となって大陸全土に響き渡る。
砂塵の大嵐が吹き荒れ、視界の全てを奪う中、一同は神機を構えたまま固まっていた。
「な……」
「嘘……だろ……」
誰ともなく呟いた。
それは神の裁き。
すべてを破壊する本当の絶望が齎された。
蛇龍は己れとの力の差を見せつけるように鎌首をもたげ、その顎門を再び開き紅光の奔流を目下の呆然とする矮小な存在たちに向けて放った────
────首が明後日の方向にへし曲がり、破壊の光は空の彼方を疾り逸れる。
「ダメ。させない。みんなを守る」
小さな幼い頭に天使の輪っかがある少女。巨大な三日月型の神機を蛇竜の顔面に叩き込んで減り込ませていた。
「…………フィム?」
ルルが呆然としながら現れた天使な少女の名を呟く。
「みんな、痛い痛いだね。でも、もう大丈夫」
名を呼ばれた少女は、花が咲いたようにニパッと笑う。
残りの首が一斉に少女目掛けて顎門を開き襲い掛かる。
「危な────ッ」
────閃刃が煌めいた。
顎門を開いた蛇龍の多頭が悉く斬り裂かれ、沈みゆく。
「だって、お母さんが一緒だから」
白に輝くポニーテール、ピッチリとしたボディラインがセクシーなインナー。
幼い天使な少女とお揃いの三日月型神機、ヘヴィムーンを肩に引っ提げて、威風堂々と地上に降り立った。
傍らにニコニコと微笑む少女を連れて。
「お待たせ、みんな」