追い風を受け、ヒカリへと飛び立つ者 作:モルモット0816番
あるウマ娘がいた。
彼女の名は『アグネスタキオン』
タキオン…『超光速の粒子』の名を持ち、戦績は4戦4勝。知る人ぞ知る超光速のプリンセス…
なぜ無敗を誇るにも関わらず、知る人ぞ知る…などという評価になる、いやなってしまうのか。
それは彼女の脚に問題があった。
彼女の脚は、いつ壊れるか分からないほどの状態が常に続き、レースはおろか他のウマ娘の行うような練習ですら激痛を伴うほど。
彼女曰く『エンジンばかりが立派で機体が脆い』とのことで。
故に彼女はひたすら基礎練習と自身の脚の補強を目的とした研究に邁進した。
そうして、レースに何度か出れるくらいの強度にはなった。
しかし幸か不幸か彼女はとても速かった。自身の名を表すかのように。そして彼女自身、手を抜けるような器用な性格でもなかった。
負担や重圧はどんどん増していく。
速く走れば走るほど、脚は強く悲鳴をあげる。控え室に戻った後、脚を抱えて動けなくなる時もあった。
レースに勝ってしまえば『何故そこまで速いのに今までレースに参加しなかった』などという声が少なからず起こり、レースへの参加を無理やり打診させられそうにもなった。
彼女のトレーナーも懸命に彼女に尽くした。
周囲が勧める無理なレースプランをバッサリ斬り捨て、タキオンの脚の状態や適性距離を判断し、最終的にタキオンの意思を尊重した上でのレースプランを作成。急な不調が原因のドタキャンによるバッシングも彼が全て請け負った。
試薬が出来たとなれば真っ先に実験台に手をあげた。
ウマ娘の身体能力に遠く及ばないなりに、彼女のデータになりそうな事ならなんでもしたし、なんでも用意した。
一度、試薬の実験を行った際、副作用か何かで全身が黄緑色に発光した時も、彼はむしろ誇らしげだった。
『どうだ、タキオンはスゴいだろう!』
なんてことを、発光したまま学園内を闊歩しながら、本気で言ってしまうようなトレーナーだった。
そんなトレーナーを裏切れるほど、アグネスタキオンというウマ娘は非情ではなかった。なりきれなかった。
そして騙し騙し…しかし確実に4度のレースを勝利し、5度目のレースを目前としたある日
彼女の脚は限界を迎えた。
『重度かつ治る見込みもない』と告げられた。
練習やレースの後に習慣付けていた、丁寧かつ迅速なアイシングの効果もあり、歩けないレベルまでには到達してなかった。
しかしそこまで。ホープフルステークスで見せた圧巻の走りも、皐月賞で後の強豪を倒したあの走りも…見る者を眩ませる『超光速の粒子』たる彼女の走りは、永遠に見られなくなった。
当然、トレセン学園からは退学となった。走る事の出来ない彼女の居場所は、この学園にはもう残されていなかった。
しかし、トレーナーは彼女と共に生きる事を選んだ。彼女の退学が決定したと同時に、トレセン学園のトレーナーを辞めてしまったのだ。
彼女はひたすらに激怒した。『走れない私に何故そこまでするんだ』と。『キミの経歴に泥を塗った私が寄り添われる資格は無い』と。
そんなタキオンの言葉に対して、トレーナーはさも当然のようにこう答えた。
『タキオンが寂しそうだったから』
数秒の沈黙の後、彼女はひたすらに泣いた。『自分も、もっとカフェや皆のようにターフを駆けたかった』と。『キミと一緒にもっと色んなレースを走り抜きたかった』と。
名家の出身ではあるが、親は基本的に放任主義者。その上彼女の特異性も相まってほぼ勘当状態。
トレセン学園に居場所が無くなれば、必然的に彼女はひとりぼっちになってしまうと、トレーナーは悟っていた。
表面上のマッドな面が強すぎはするが、根は真面目で寂しがり屋な彼女が、今この世界で唯一の居場所となり得るトレーナーと2人で居れば、行き着く先は当然というべきか依存だった。
食事は作って貰うし食べさせて貰う。いきなり退職したが為の事後処理で学園に行く際にも、自分のそばにいてくれと駄々をこねる。自身の行動の基準を、常にトレーナーに置いていた。
それを(妥協案を提示する事があるとはいえ)受け入れるくらいには、このトレーナーはタキオンの事が大好きだった。めっちゃ大好きだった。
幸いタキオンには研究で得た報酬金、トレーナーは元々の貯金と、ある程度の蓄えはあった。
それでも不安に思ったトレーナーは、タキオンと共に居ながら働ける在宅での仕事に励んでいた。
そんなトレーナーを見て、タキオンも自身の研究を続け、それを不定期に発表しては色んな機関からお金を貰ったりしていた。
しかしそんなある日、トレーナーは目を覚ますと同時に頭を抱えた。
まぁ、その…前の晩…ぶっちゃけた話、行くところまで行っちゃったのだ。
当のタキオン本人は優雅に紅茶を飲んでいる。機嫌がすこぶる良いのか、勝負服である白衣を久しぶりに着ているほどだ。
先ほども言った通りトレーナーはタキオンが大好きだ。学生時代以来に見たその光景はとても絵になると思った。
満足そうにお腹をさすってなければもっと。
もちろん嬉しい。タキオンとの愛の結晶だ。嬉しくない訳がない。けどもう少し…もう少しムードとかさぁ…とトレーナーは思わざるを得なかった。
何があったか?それ以上の詮索はやめよう。主にトレーナー君の威厳のために。
数ヶ月後…元気なウマ娘が産まれた。
『名前はどうする?』
『そうだねぇ…ウマ娘の可能性のヒカリに向かって飛び立つ者…』
十数年後…
「8番人気、16番《ヒカリフライト》」
「このメンバーで結果を残すのは難しそうですが、健闘して貰いたいですね」
『ホープフルステークス』
私にとって初めてのG1…越えなきゃいけない壁の一つ。そして、多分今…この勝負の場にいるどのウマ娘よりも思い入れのあるレースだ。
基礎練習に特化したトレーニングな上に、メイクデビュー後は他のレースには全く出てない状態だったから、ろくに名前も知られてない。人気が低いのは仕方ない事だ。
けど、お母さんが走れなかった分、私がこのターフを駆け抜ける。駆け抜けられるって証明する為に、このレースは絶対に落とせない。
緊張と不安。けれど、それがどうした。お母さんはもっと苦しかったんだ。それに比べたらこんなもの塵も同然だ。
そうしてゲートが開いた。
前目に走る先行策…お母さんが得意だった作戦。
スリップストリームで可能な限り風の抵抗を抑え、レースは中盤以降に差し掛かる。
他のウマ娘たちが少しずつ、確実に動き出した。
焦らず脚を溜める。
確かにみんな速い。当然だ。ジュニア級とはいえG1。遅いなんてあり得ない。
けれど、敢えて言おう。
「遅すぎる…!」
何度も観た。お父さんに無理を言って用意してもらった、お母さんの走ったホープフルステークスのレース映像。
そこに映っていたお母さんは、ここに居るどのウマ娘たちよりも、遥かに速かった。
そうして残りは600mを切った。
「…ここから!」
溜めていた脚を一気に解き放つ。
それと同時に、頭の中の砂時計が動き始める。
上側にはまだ大量に砂が残ってる。
けど、零れた時の砂は戻らない。メイクデビューの時にも同じ感覚があった。その時落ちた砂はそのまま下に落ちたままだ。
この砂が落ちきった時。
きっとそれが私の…こうしてレースを走るウマ娘としての最期なんだろう。
だから今…!
「私が生きてる事を…!その証を!!ここに刻む!!!」
残り400mを切った。
2位のウマ娘を抜いた。
残り200mを切った。
1位だったウマ娘の驚く顔が一瞬だけ見えた。
その瞬間、歓声が湧き上がった。
『勝ったのは8番人気のヒカリフライト!2着と1バ身差で今ゴールイン!600mを切ってからの走りはまさに圧巻の一言です!これからのレースにも期待がかかります!』
「どう見る?トレーナー君」
「600m切ってからのペースアップが、やっぱりフライトにとっては1番調整が利きやすいかな。けど、ラストスパートに入るのがやや遅めになるから、そこを上手いことしないと皐月賞はな…
あと、脚に負担を極力掛けない走り方についても、割と形にはなってると思う…まぁその辺は多分フライトのトレーナーも分かってる筈だけどな」
「『モルモット君』としては?」
「やっぱウチの娘最高!」
「アッハッハ!やはりそれくらいがキミらしくてとても好みだよ!もちろん私も同じ意見だがね!」
「(すっごくやりづらい…!)」
センターでウイニングライブを踊るヒカリフライトは、当たり前のように最前列にいる両親のベタ褒めを聞きながらなんとか完唱した。両親ともにすごく良い笑顔だった。
この物語は、走れなくなってしまったウマ娘アグネスタキオンと、それを懸命に支える元トレーナー。
そんな2人の間に産まれたウマ娘…ヒカリフライトのお話である。
…この娘の名前の元ネタがバレたら、これ書いてる人間が誰かめちゃくちゃ早く辿り着くと思う。特に知り合い。バレるまでは匿名でずっといますが。
本当に続きませんからね?
(ちらっ)