輝けなかったウマ娘トレーナーは芽吹く新芽に何を思うか 作:にらたま定食
投票の結果、予想通りゴールドシップとオグリキャップは出走権を得ることになり、サクラバクシンオーは中間発表以降、投票数を大幅に伸ばすも、出走権獲得まであと一歩至らなかった。
「ファンの方々が選んだのですから致し方ありません!年末は選んでいただけるよう、日々驀進あるのみです!!」
…と気丈に振る舞っていたものの、目は笑っていなかった。
その後、選ばれた2人を眺めながらしゅんと耳が垂れてしまっているところを見るに、やはり悔しかったのだろう。
明るく、恐れず、向こう見ずな性格だが、レースとなると人一倍真剣になる子だ。
気づいてはいるが、諦めはしない。
挫けず、常に前を見据える。いや、見ていなければ正気ではいられないと言う方が正しいのだろうか。
たまに無理しているような節が見受けられるが、こちらの指導をきちんと聞き入れてくれるから今のところ支障はなさそうだ。
他人のことを言える立場に無いという事は重々承知しているが、いざとなれば縛りつけてでも止めてやらねばなるまい。
勿論、そうならないようにするのが一番なのだが……なんとも歯痒い。
「はぁ〜〜〜。」
……よし、切り替えていこう。
今日はレース前の貴重なトレーニング場での練習日。しかも外側の為、キツいコーナー練習を除けば大半の走り込みメニューを組み込める。
そもそも春の中央GIラッシュで、トレーニング場の何処かの枠を取ることすらかなり難しくなっている中、なんとか掴み取ることができたのだ。
彼女達にとって日頃から走り慣れている場所という事もあり、修正箇所を見つけるにはまたとない機会だ。
そんな今日は、夕方の基礎トレをなくしてチーム内の模擬レースを行う予定だ。
そして何処から聞きつけたのか、遠くの方で記者二人が双眼鏡とバカでかい一眼レフでこちらを
「ほんと、いいシュミしてるわ。」
「トレーナー、外野なんか放っとけよ。時間ねえんだろ?」
「視界の端に居たから気になっただけよ。警備員も今呼んだし、さっさと始めましょうか。ゴルシ、バクとオグリに声をかけて用意して。」
「ほーい。」
既に学園の警備係に連絡を入れたスマホをパンツのポケットに突っ込む。
今回の模擬レースの距離は宝塚と同じ2200m。
本番と同じとはいかないが、雰囲気程度には丁度いいだろう。
まずはデビュー前の3人が位置につく。
タイムを気にせず、思いっきり走ることだけを考えれくれれば良いと伝えている。
…とは言ったものの、レースはレース。私の言葉を他所にバチバチと熱を入れているのが二人居た。
「よーい……スタート!!」
結果を言えば、スカーレットが先頭に立ち続け、逃げ切ったレースだった。しかしマックイーンも劣らず、最後の直線で後一歩、というところまで追い上げて見せた。
対して、その二人に食らいついていこうとするライスシャワーだったが、思うようにスピードが出ないのか、次第にフォームは崩れ、距離はじりじりと離される一方だった。
走り切った後、ライスシャワーだけ、しばらくの間肩で息をしていた。
マックイーンとスカーレットにゴルシとバクシンオーが激励をとばす一方で、彼女は終始俯いたままコース脇に歩いていった。
「はぁっ…はぁっ……皆、速いなぁ…っ。」
━━ピトッ
「ひゃぁあああ!?と、トレーナーさん!?」
「っ!?」
「わぁ〜!!ごめんなさい!」
結露したドリンクボトルを、ペタリと伏せてってしまったライスシャワーの大きな耳にくっつける。
あまりの驚きようにこっちが驚いてしまい、思わずボトルを落としてしまった。
ライスシャワーはペコペコと平謝りしていたが、それに構わず落ちたボトルを拾い上げてライスに渡す。
「ライス、貴方何に謝っているの?貴方が私に何かしたの?言ってご覧なさい。」
「え、あの、その…ご、ごめんなさい。」
すっかり怯えて俯いてしまったライスシャワーは、小声でまた何か言っている。
この子が優しいのはこの1、2ヶ月でよく分かったつもりだけど、意味も無く自分を責める癖は治す必要がありそうだ。
とりあえず座りなさいと言って柵の外側の芝生に腰を下ろす。
「ところでライスシャワー、貴女の夢は何だったかしら?」
「え?ゆ、夢…?それってライスの……だよね?」
「ええ。貴女だけが叶えられる夢、替えの効かない貴女の信念。それは何?」
「ライスは、ライスはね……その、ライスを応援してくれる人を幸せにできるウマ娘になる事、なんだけど……おかしいよね。みんなに比べて、ライスはこんなにダメな子なのに。」
「本当?それじゃあ貴女と過ごしているこの瞬間を幸せに感じている私は、どこかおかしいのかしら?」
ライスシャワーは目を丸くしていた。
彼女は優しい。だからすぐさま「そんなつもりじゃない」という言葉を皮切りに、隣に座るトレーナーを必死になって励ました。
そこからは自身のトレーナーへの賛辞の嵐。中には言われたことがないような褒め言葉もあるほどに、彼女は、他人を長所を見つけ出すのが得意な様だ。
とは言っても、彼女自身の凄みに気づけなければ、それを活かす事はできない。
彼女に必要なのは
デビューは来年の夏のつもりだったが、これは少し早くした方がいいかもしれない。
ケガさえしなければ夢を叶えるチャンスはいくらでもやって来る。
アダマスマッシュの脳内で向こう数年のスケジュールが書き換えられていく。
━━━私は、彼女達の舞台を整えるだけ。
「えっと、えっと……他には!」
そろそろ褒め言葉の在庫も尽きてきた頃だろう。綺麗な黒髪の頭を雑に撫でる。
「ありがとう!こんなに誰かから褒められたのは初めてよ。」
「そ、そお?えへへ、もしそうだったら…嬉しいな。」
「いい?貴女はもっと自尊心を持ちなさい。それだけの才能を持ってるんだから、臆する事ないわ。」
「自尊心?ライスは凄いぞ〜って事だよね……う〜ん、自信ないなぁ。」
「まあすぐにできるとは思ってないわ。初めは誰でもそうだから。そうねぇ……まずは一日一回、自分を褒める事から始めましょう。当たり前の事でもいいわ、試しにノートに書いてみなさい。私と一緒に強くなりましょう。」
曇っていた顔がぱあっと晴れてゆく。
この子には笑顔が似合う。
例えこの先がどんなに辛くても、大人になったら笑って話せる青春時代を過ごして欲しいと心から願う。
好きなことを捨てて、自分にはそれしかなかったのだと気づいたときの辛さを知るには、この子はまだ幼すぎる。
あんなすぐに
「ライスシャワーさん!こちらにいらしたのですね!先程はお疲れ様でした!」
「ひぇ、あ……うん、ありがとう!」
束の間の休息の後、ゴルシ、オグリ、バクシンオーの3人が位置につき、私、マックイーン、ライスもストップウォッチに指をかける。
スカーレットが高く挙げた手を勢いよく振り下ろすと、私の手元と両隣から電子音が揃って鳴った。
3人とも出遅れることなくスタートし、バクシンオー、ゴルシ、オグリの順にコーナーに向かう。
しかし何処か違和感を感じる。
気づけばレースは残り1000m。
3人の順位は変わっていない。ハナは息が切れ気味のバクシンオー、そのすぐ後にゴールドシップ、そこから5バ身程離れてオグリキャップ……ここでようやく手元の時計を見て、違和感に気づいた。
「ゴルシ……」
別にただ2着に着いているだけならなんとでもない。しかし彼女のすぐ前を走っているウマ娘は
常時アクセルペダルベタ踏みなスピード狂と同じとあらば逃げも大逃げ、もはや先行どころの騒ぎではない。
その後の結果は火を見るよりも明らかだった。
ゴールドシップは失速したバクシンオーを交わすも、自慢の爆発力は見る影もなく、残り1ハロンでオグリキャップにあっさり抜かれてしまっていた。
「……マックイーン。これ、持ってて。」
「あ、どこに行きますの!?」
「トレーナーさん?」
とても嫌な予感がする。そしてこの予感はほぼ確実に、間違い無く的中していることだろう。
仰向けで空を見上げているゴールドシップへ近づいていく。
彼女の横で屈み、顔を覗き込む。
目が合う。
「ハッ、ハッ……へへ、トレーナーって怒っても顔に出ないタイプなんだな。」
「……。」
「わりぃなトレーナー、走り方、忘れちまった。」
「見たら分かるわ。」
私の沈黙に、桃色がかった紫色の瞳は静かに答えた。
まるでこの結果をわかっていたかのように、青空に向けられたその目に翳りはなかった。
あれだけ厳しい矯正をしたのだ。無傷では済まないことくらい彼女は承知の上だったのだろう。
さて、問題はここからだ。この状況から導き出される次の彼女の台詞は予想がつく。
「今度の宝塚、貴女は前と後ろのどっちで走りたい?」
「トレーナー、その事なんだけどよ。ゴルシちゃん出走取消で頼むわ。」
「……。」
確かに、常識的に考えればその通りだろう。
しかし今の状態の彼女を休ませて何か得になるのだろうか。
「もともと決めちゃあいたんだ。今日無理だったら秋まで休むってな。
「……ふーん。それで?前と後ろ、どっちがいいの?」
アダマスマッシュは顔色を変える事なく、上からゴールドシップの顔を覗き込んでいる。
耳は絞られたまま、瞬きひとつしないトレーナーから彼女は目を逸らした。
「チッ……らしくねぇな。逃げずに選べよ。」
普段は決して耳にすることのないトレーナーの荒い口調。
その糸目の奥の、澱んだ赤色の瞳に情けないアタシの顔が映る。
驚きのあまり目を合わせてしまったが、トレーナーの視線に耐え切れず、彼女がまた目を逸らそうとしたがトレーナーにジャージの襟を掴まれた。
「いいか?よく聞け、選んだのは他でもない『
「……何したって聞かねえかんな。」
「……そうかい。じゃあ勝負だ。私が勝ったら命令を聞け、貴女が勝ったら好きにするといい。」
「あ?勝負……勝負って、何にすんだよ。」
「何って、私達は
「なんだ?プロレスでもすんのか?」
「……なんか気が抜けたわ。今から準備してくるから、スタートラインでアップでもしてなさい。」
「スタートラインって、はぁ?!バカにしてんのか!?」
煽り文句を言い捨てて目を離すと、今度はゴールドシップが吠えた。
互いの息がかかるほど寄せられた血走る瞳に、僅かに目を開けてつまらなそうな顔をした私が映っている。
彼女を焚き付ける事はできたが……さてここからどうするか。いつもなら軽く流されるだろうが、今なら適当に煽っても食いついてくるだろう。
でもここはひとつ、冷静に。
「もう一度言うわ。ゴールドシップ、スタートラインで大人しく待ってなさい。私が勝ったら宝塚に出てもらうから。」
「トレーナー、走れもしねえ奴がぶっこいてんじゃねぇよ。」
「今の貴女に言われたくないわね。それとも何?貴女はちょっと走れなくなっただけでヘタレちゃうほどアマちゃんだったのかしら?」
「……っ!」
プツッ、という音が確かに彼女から聞こえた。
怒った理由は今のセリフに対してか、それとも今の自分の顔を見てにへらと笑ったことに対してか。
それを知るのは彼女だけだが、どうやら堪忍袋の緒が切れたようだ。
「あぁ!いいぜ!やってやろうじゃねえか!」
———オグリ先輩達を労っていたら、ゴールドシップの怒鳴り声が聞こえた。
振り返ると今にもトレーナーに殴りかかろうかとトレーナーの襟元を掴んで拳を硬く握りしめていた。
今すぐに止めようとしたが、「やめておいた方がいい。」とオグリ先輩に止められた。
寝転がっていたバクシンオー先輩も、体だけ起こして二人のやりとりを見守っていた。
アイツがトレーナーの肩を突き飛ばすと、トレーナーはこちらに向かって来た。
多分怒っていたんだと思う。もともとニコニコしているトレーナーだから分かりづらいんだけど……こう、糸目がいつもより吊り上がっていた気がする。
「おい!待てよ!」
「あら、まだ何か?」
「アタシは負けたらアンタの指示に従う。それに見合うモン寄越せよ。」
「……それもそうね。」
初めから負ける事を考えていなかったらしく、トレーナーは少し考え込んだ。
同じウマ娘とはいえ、それはそれでどうなんだと思っていたら、ポケットから何かを取り出して私達に見えない様にハンカチで包んで、オグリ先輩に渡した。
「オグリキャップ。もし万一、私がゴールドシップに負けたら……何も考えずそれを握り潰して川に捨てなさい。いいわね?」
オグリ先輩はトレーナーの顔と、突然渡された「ハンカチで包まれた何か」を交互に見て、ハンカチの中身を確認しようとした……が、トレーナーに止められた。
「……?トレーナー、何故止める?」
「中身を知ってしまったら、きっと捨ててくれないから。さあ、貴女達は今日のメニューでもこなして待ってなさい。」
トレーナーはクスリと笑うと、背伸びしながら練習場を後にした。
「オグリキャップさん、先程トレーナーさんに何を渡されましたの?」
「さあ、私にも分からない。ただ、私が負けたらこれを粉々にして捨ててくれ、と言っていた。」
「ハンカチ……の中身は何がありますの?」
「見るな、と言われたから中身は見ないが……どうやら薄い板みたいだ。」
「板?」
私もマックイーンと同じく、おそらく何かのカードであろうソレが何か気になって仕方がなかった。
筋トレ、走り込み、併走……今日のメニューの半分が終わるくらいになって、やっとジャージ姿のトレーナーが戻ってきた。
学園のロゴ入りであることから学園指定のジャージには間違いないのだが、私たちが着ている物とはデザインが少し異なり、何よりも明らかに上下共に丈が短かった。
袖を通しただけのトップスが風で靡く。
「トレーナーさんのお腹、すごい…。」
いつものゆったりめなシャツに隠されていた筋肉の鎧が、今日は布一枚越しに顔を覗かせていた。
かなり念入りにアップをしてきたのだろう。彼女が近くを通り過ぎると、それを追いかけるように熱気が私たちを押しのける。
そして熱気の中に少しだけ、薬品の臭いがした気がした。
───スタートラインでアップを始めて30分経って、ようやく
チラチラ見える腹筋の仕上がり具合は筋トレバカのライアン以上で、脇腹、背中の筋肉もうっすらと浮き出てやがる。
体幹はアタシの跳び蹴りを直立で受け止めるほど、多分
蹄鉄の重く、硬い音も相まって、いつもの見た目以上に威圧感を感じてしまう。
顔にはいつもの恵比寿顔が
正面に立つ私には、恵比寿顔の下に隠れているドス黒い別の顔が、うっすら開いた眼から漏れ出ているように見えてならないのだった。
試しに「逃げ出したかと思ったぜ」と煽ってみたが、クスリと笑われただけで不発に終わった。
「ゴールドシップ、貴女さっき走り方を忘れたって言ったわよね?」
「あ?何だよ、今更私が悪かったなんてのは聞かねえかんな。」
「その心配はいらないわ。ただ、準備してる時に気が変わってね。ただ負かすだけじゃつまらないから『貴女の走り方』で貴女を負かしてあげる。」
恵比寿顔の両目がぱっくり割れて横長の瞳孔が私を捉えている。
相変わらず目線は合っているのに焦点が合っていないように感じて気味が悪いが、正面を向いたまま真横に誰が立っているのかを即答できるほど視野が広い。
おまけに
「何?私の顔に何かついてる?」
「……そんな簡単に戻んなら苦労しねーって思ってたんだよ。」
「そう。じゃあ始めましょ。合図は
「何でもいい。アタシはアンタをぶっちぎるだけだ。」
「やれるもんならやってみなさい。」
キィィィン……と高く弾かれたコインは、音と共に芝に吸い込まれていった。
スタート直後、二人は
速度を落とさない程度に上体を起こし、そのまま内側に入るでもなく、どんどん加速して離れていくゴールドシップをただ観察しているだけかのように思えた。
しかしゴールドシップがコーナーに差し掛かると、大きな芝の塊が2つ宙に放り出され、3バ身は離れていたであろうゴールドシップの外側にトレーナーがピッタリとくっつき、そして————
「倒し過ぎ。」
「うわっ、何すんだよ!」
「コーチングよ。」
「チッ!」
トレーナーに首元を触わられた事で前傾姿勢をとっていた上体が上がり、スピードが乗りが良くなるとトレーナーはまたアタシの後ろに着いた。
二つめのコーナー、アタシが一気に加速する。一方のトレーナーは遅れながらもジワジワとスピードを上げている。
ああ、そこからはよ〜〜〜く覚えている。
今でも耳にこびりついている、いつもは私の脚から聞こえてくる足音だった。
調子はいいが、どこか歯車の噛み合わない中で挑んだ大阪杯、その残り3ハロン。
去年引退しちまった
一足一足芝を踏み抜き、その音は地響きのように周りの空気を震わせる。
引退試合に勝鬨を挙げられなかったのは今でも悔やんでるよ。
そしてその忘れちまった音が、今私を追いかけている。
懐かしいその音に、思わず振り返ってしまいそうになる。
でも私にもプライドってモンがあんだよ。
じっちゃんと培ってきた
だからよ、こんなとこでよ……!
「負けてるわけにはいかねぇんだよぉあ!!」
その時、私は目を疑った。
残り3ハロン。
姿勢が良くなったとはいえ、おそらく
それでも彼女は、きっと本番さながらの形相でゴールを目指している。
苦しいだろう、辛いだろう。
でも貴女は気に入らない私に頭を下げてまで、あの人との約束を果たそうとした。
『天皇賞』
引退するまでの数十年、あの人が指導してきたウマ娘の中でそのタイトルを勝ちとった者はいなかったと聞く。
だからこそ彼女は焦っている。
円満に引退したわけではない。
引き継ぎの為、とある病院で皺だらけになったかつての
向こうはきっともう私の事なんて忘れているだろう。
よりにもよって私に任せるとは、何処までも勝手な奴だ。
でもこれは仕事だ、公私混同は良くない。
なにより
ならば、『ゴールドシップ』というウマ娘に秘められた可能性を限界まで引き出してみせよう。
その為にも、彼女には今一度思い出してもらう必要がある。かつてのトレーナーから教わった走り方こそ、貴女が一番輝くのだと。
「トレーナーも楽じゃないわね…!」
一足一足、釘を打ち込むように踏み込み、跳ぶように駆ける。
残り1ハロン。
彼女と並ぶ。私も彼女も、これ以上のスピードは出せない。
追い抜く、差し返す、また追い返す、また差し返す……足が芝につく度に順位が入れ替わる。
最後の一歩、ゴルシの足が芝に着き、跳んだトレーナーがゴールした。
ラスト1ハロンのタイムは絶好のタイム。計らずとも体への負担がそれを物語る。
(あ、キた……。)
体が思うように動かない。
数10メートル走って、またいつものように倒れそうになると、彼女が私を掴み上げて自分の背におぶせた。
「アタシの負けだ。約束は約束だかんな、宝塚でも何でも走ってやんよ。」
「ふふ、素直じゃないわね。」
「うっせ、ヘロヘロのくせに強がってんじゃねえよ。」
薬の効果で一時的に体の
加えてあの幅の広いストライド。ああ言った手前真似をしてみたが、やはり本家の足元にも及ばなかった。
彼女の体躯だからこそあの走り方が成立するのだとつくづく実感する。
「ホント無茶苦茶、あんな乱暴な走り方を教えたのは何処の誰かしらね。」
「じっちゃん。てか面識あんのか?じっちゃんが言ってた
「……なんて事ない、ただの古い付き合いよ。」
「ほぉ〜ん……。」
「本当に何もないわよ。出てくるとしたら荒れてた頃の話くらい。」
少し喋りすぎた。トレーナーの小さくてゴツゴツした体がアタシの背中から滑り降りた。
トレーナーはコキコキと首を鳴らして、私に背を向けて大きくため息をついた。
「宝塚の取り消しだけど、別にいいわよ。」
「へ?」
予想だにしなかった言葉がアタシの鼓膜を叩いた。
ほおけていると、トレーナーが振り返った。
まるでイタズラが成功したガキンチョみたいな顔をしていた。
「貴女が次に目指すのは秋の天皇賞。そうでしょ?」
「は?じゃあさっきのは何だったんだよ。」
「アレは焚き付けただけよ。だから今は、私がつけた
「はぁぁあああ?!それじゃあアタシの走り損じゃねぇか!」
懸命に掴みかかるが、軽くあしらわれるばかりで全く捕まらない。
それどころかするりと背後に回られて後ろから抱きつかれた。
「待ってるからね。」
「けっ!なぁにが『待ってる』だ。本当は引きずってでも走らせたいくせに。」
「あら、良く分かってるじゃない。それにしても、秋までにもとの走りに戻すねぇ……まったく壁が高すぎるのも考えものね。」
「そうだな。でもアンタの責任でもあるだろ?」
「そりゃあね。私に非がない訳ではないなのだけれど……フフッ。」
「あ〜……トレーナー、今のやっぱなし。」
「安心しなさい。
「ひぃ〜〜!!」
「トレーナー、今度は私だ。」
突如として、私の肩に手を置いたのは『芦毛の怪物』ことオグリキャップだった。
さっきの競争に触発されたのか、目を爛々と輝かせている。
まるで遊んでくれとせがむ子犬のように、新しい玩具に惹きつけられた子どものように、『私と
「怪物様直々のご指名か……これは断れないわ。ねえゴルシちゃん?」
「知るか!とっとと離せ!いい加減にしねぇとゴルシちゃん保護法で訴えるぞ!」
先程から冗談を口にしているが、私に向けられた赤い視線に背筋がぞわぞわする。
さっきのレースを肌で感じて、居ても立ってもいられなくなった私は、気がつくと柵を飛び越えてトレーナーの背後まで来ていた。
トレーナーなら今のこの気持ちがなんなのか教えてくれるのではないだろうか。
少し……いや、必ず乗ってくれると確信していたのだと思う。
「いいでしょう。今日『は』、何処までも走っていけそうだから。」
お待たせオグリキャップ。
前はダメだったけど、きっと今日の私なら貴女に
でもね、オグリ。何も待っていたのは貴女だけじゃないのよ?
いつも間の抜けた顔をしている貴女が、そんな嬉しそうな顔を向けてくれる時を、私は待ってたんだ。
「手加減は、必要ないわよね?」
「ああ、勿論だ。」
「あ、そうだ。残りの4人も準備しときなさい。今日はみっちり付き合ってあげる。」
きっと明日は副作用と筋肉痛で動けないだろうけど、それは明日の私に任せよう。
今日は走れなくなるまで、誰かと走っていたい気分なんだ。
おはこんばんちゃ。
本当にお久しぶりです。
特にこれといった理由もなく、数カ月ぶりの投稿となりましたが私は元気です。
通勤時間が更に長くなって、タダでさえ時間が取れないくせに、この先の話を考えたり書いたりしていたら、今続けている本編が止まっちゃっただけです、はい。
もう三人くらい自分が欲しいょ。。。
筆は遅いけどゴールは決まってるので、完走目指してがんばるぉ。
がんばるぞ~、お~!(幻聴)