輝けなかったウマ娘トレーナーは芽吹く新芽に何を思うか   作:にらたま定食

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2024/03/17 投稿
2024/04/13 追記
2024/08/19 完了


How to...

合宿明けにバクシンオーが丹頂S(3000m)に出走した。

内容は異例の好走を見せた(めちゃくちゃだった)

4着だったにも関わらずその走法が話題に挙がるも、スプリンターズSをレコード勝ちで連覇した事ですぐに鎮火した。

夏の終わりの一週間で教え込んだ競争中の息の入れ方を11月のマイルCSでようやく理解して、そこからの巻き返し方も体得しつつあった。

 

天皇賞春秋連覇を見据えたゴールドシップは、1番人気に推されながら大失態とも言える出遅れで15着に沈む。

スタートを除けば本当にいい走りだった。スタートを除けば。

当の本人は『隣のヤツがちょっかいかけてきた』と不貞腐れていたがレースが終わった夜にマックイーンは彼女を訪ねようとしたところ、ルームメイトの居ない部屋の中で一人大騒ぎしていたとも聞いた。

内心は反省はしており、決して舐め腐ってたワケではない。だから不問とした。

 

スカーレットとマックイーンも、結果にブレこそあるがメイクデビュー以降から好調続きで、ライスシャワーもデビューを少し早めて良さそうに見える。

 

そんな中で、天皇賞秋、ジャパンCの掲示板から外れたオグリキャップだけが、夏を過ぎても緩やかに翳ってゆくのだった。

 

気がつけば12月が迫る。

世間はファン投票の結果が発表された年末の有馬記念の話題で持ちきりだった。

 

そして彼女達のトレーナー、アダマスマッシュも休み無く彼女達と併走していた。

1000mしか走れないこの体を、満足に眠れず気を抜けば飛びそうなこの意識を、なんとか誤魔化しつつ、日に日に磨きがかかる彼女達に何度も追い越され、その背中を何度も見送っている。

 

その背を見送るたびに『私ならここから』と幻像(わたし)がボヤけた視界に映り込んでくる。

 

そんな目まぐるしい日々を送り続けながら、今日はサクラバクシンオーと併走している。

念願だったはずのサクラバクシンオーの有馬記念出走。

本人は大喜びだったが、何も考えず事務的に通してしまった五徹目だった私へ今すぐ冷水をぶっかけてやりたい。

 

 

「またタイムを上げたわね」

 

 

6バ身の差をつけられて、また1セット走り切った。

調整を終え、万全の状態になりつつあるサクラバクシンオーに、私はゴール手前からジョギングするように速度を落として走っていた。

しかし、振り返った彼女の顔に笑みはなかった。

 

 

「トレーナーさん、最後にもう一本お願いします!もう少しだけ詰めれる気がするのです!」

「ふむ…………わかった」

 

 

何か物足りなかったのだろうか?

そんな事を考えながらゴールの位置まで向かおうとすると、脚がもつれて転びそうになった所で腕を掴まれた。

 

 

「ありがとう、じゃあ私はあっちに———」

「トレーナーさん!今度は全力で走ってください!」

 

 

彼女が何を思ってそう言ったのか。

ふと見上げた顔にいつもの眩しい笑顔はなく、交わした視線からは失望に近い困惑の色と、普段の彼女からは絶対に出てこないであろう台詞を突きつけられたような気がした。

 

 

「はあ……」

 

 

返事より先にため息が出た。

今にも笑い出しそうな膝を支えるように立ちあがる。

苦虫を噛み潰したような顔をした彼女が私を見下ろし、両肩を掴んで「どうしたのだ」と、今度は確かに彼女は恫喝した。

 

 

「いつものトレーナーさんは…………楽しそうに走るトレーナーさんはどこへ行ってしまったのですか!?」

 

 

肩をゆすられる度、汗ひとつかいていない彼女の顔に私の頭皮から放られた水玉が当たる。

言いたい事をうまくまとめられなかったからか、歯痒さを見せる彼女は「ごめんなさい」と小さく謝罪し、背を向けて先に行ってしまった。

 

少し大きくなったように感じた彼女の背を見て、この子に教えようか迷っていた事について腹を決めた。

 

 

───見てみたい。

 

 

たったこれだけ。

思いつきにも近しい小さな願望は、先ほどまでの疲労を何も無かったかのように吹き飛ばし———

 

 

「ちょわぁあ!?と、トレーナーさん!?」

 

 

気づけば彼女の肩を後ろから掴んでいた。

 

 

=====

 

 

「———というわけだ。ここまでで質問はある?ゴールドシップ」

「……ンなモンねーよ、文句無しだっつーの」

「そう、それなら良かった」

 

 

最近になって、やたらコイツと()()()()事が多くなった。

アタシの事を見てんのか見てねーのか分からず不気味だった横長の瞳孔が、今はハッキリとアタシの目を見ている。

……たまに頭ン中まで読まれてんじゃないかってくらい見透かされる事も格段に増えた。

 

加えて、よく笑うようになった。

何を考えてるかなんて今でもよく分からないが、少なくともアタシ達に向けられている指導やアドバイスに邪な物はないと断言できる。

 

だからこそ、アタシはコイツが不気味に思えて仕方がない。

数日前まで小突けば崩れそうだった奴が、大黒様もビックリなくらいニコニコ微笑んでドッシリと構えてやがる。

 

 

「なあ、トレーナー」

「ん〜?」

 

 

面の皮を剥いでやりたい。

その思いが前に出過ぎたゴールドシップは、つい後先なくトレーナーを呼び止めてしまった。

振り返った彼女は、春の縁側を照らす太陽のように穏やかだ。

 

———どうしたの?

 

自分の名前を呼んでおきながら、何を言うでもなく立ち尽くすだけのゴールドシップシップに、アダマスマッシュは穏やかな笑顔のまま歩み寄った。

ゆったりとした足取りで、しかし逃すようなことはせず、彼女はまるでテレビで観る恋人のようにその首に両手を回して捕まえた。

 

 

「うわあぁ…!やめろよ、気持ち悪りィ!」

 

 

強引に振り払おうと腕を振ったが、その腕に残るのはほんの少しだけ粘度を残した空気をより分けた感触のみだった。

腕を振り上げた数瞬の間に、彼女は目の前の生徒の腕がちょうど届かない場所まで退いていた。

 

 

「そんなんじゃいつまで経っても捕まえられないわよ」

 

 

悪戯好きで無邪気な子どものように彼女は微笑んでいる。

でもそれだけじゃない。と、ゴールドシップは見抜いていた。

単色の絵の具ではなく、何色も混ぜて作られた色が彼女の瞳の中で仄暗く灯っている。

 

 

=====

 

 

夏が過ぎてからというもの、日に日にタイムが落ちている。

コンディションは良いはずだ。

しかし、あれこれ試してみたものの、どうも上手く噛み合わない。

聞くに及ぶ【スランプ】というのはこういうものなのだろうか?

 

この事をトレーナーに相談した事はないが、先日彼女からたずねられたから、私は素直に話した。

 

先ほどまで朗らかな顔を見せていた彼女の、眉が下がり、口角が下がり、薄目がやや開いた。

やがて雲ひとつ無い空を見上げて長いため息をつき、頭を掻き毟りながら俯いてしまった。

 

 

「できればその言葉だけは聞きたくなかった」

 

 

おおよその見当は当たっていた。

しかし、事態は私が思っているよりかなり深刻らしい。

なんでも()()()()そう思ってしまったことが一番マズいのだという。

スランプだから、という名の心理的な逃げ道が思考放棄に至らせるとも言っていた。

彼女の瞼に覆い隠されていた焦燥感が、私に囁くようにぞわぞわと伝わってくる。

 

 

「……トレーナーもあったのか?」

「私?勿論あったけど、その時はレースから身は引いた後よ」

「?……レースに出ないのにスランプなんてあるのか?」

「私は自分の体を使ってアレコレ検証してるからね、そうでもしてないと、この歳で貴女達と肩を並べて走れないでしょう?」

 

 

そういうものなのだろうか?

でも、少し考えれば納得できるかもしれない。

現に彼女は他のウマ娘トレーナーよりも、というより時々現役の私達が気圧されそうになる程の実力がある。

ゴールドシップが言っていたのはこの事なのだろう。

 

 

「ま、こうなったらやる事はひとつね」

「流石だトレーナー、やはり解決策があるんだな!」

「解決策?そんなものあったら私が知りたいくらいよ」

「えっ、じゃあ……私はどうすれば?!」

「ハハハ!どうしようね?とりあえず走りましょ、ほらスタート!」

 

 

急に走り出したトレーナーを止める事はできなかった。

彼女が手から放り出されたノートやストップウォッチやらが地に着く頃には、彼女はもう50mも先を走っていた。

 

力任せに芝を踏み抜く音は、ある種の叫びにも聞こえてくる。

とてもじゃないが、洗練されたものとは言えない。

でも、それでもいい気がしてきた。

当日のレースで華々しく勝つか、無様に負けるか。

私達がいる世界は、そういう場所なのかもしれない。

 

 

「最後に勝った奴が、勝者……」

 

 

ふと、トレーナーが言っていた言葉が脳裏によぎった。

トレーナーはもう向こう正面からこちらへのコーナーへ差し掛かろうとしている。

彼女の脚にブレーキがかからないようにしつつ速度を出すには、結果として跳ねるような独特なフォームを保つしかない。

 

そのハンデを抜きにしても、やはり彼女は速い。

スタートからハナを獲る勢いで加速させたスピードを一切緩めず、維持し続けたまま走り続ける。

 

そしてコーナーを抜けた直線で、トップスピードと思われた脚は更に強く、速く芝を蹴る。

 

生半可なスタミナじゃ真似できないあの走りを見ていると、やはりあのウマ娘(サイレンススズカ)を思い出す。

過去に一度だけ、彼女と一緒に走ったことがあるが、最後のあの伸びは今までのレースでは味わえなかったモノがある。

 

それを私達が……彼女以外のウマ娘が模倣しようものなら、たった今私の目の前に着くなり仰向けに倒れ込んでしまったトレーナーみたいになってしまう。

 

飲みかけのスポーツドリンクを差し出すと、起き上がったトレーナーは何も言わずに受け取って、ボトルの蓋を外して中身を全部胃に流し込んだ。

 

襟元から立ち昇っていた煙は一段と濃くなり、背中からも漏れはじめた。

 

 

「そういえばオグリちゃん、走ってる時に体が軽くなったことある?」

 

 

ゴール手前で起こる、あの何でも分かる時の感覚ではなく、どこまでも走っていけそうな感覚らしい。

レースは長くても3分、あの短い時間の中で体がふわふわするような感覚があれば嫌でも覚えているはず。

だから私は「無い」と答えた。

それを聞いたトレーナーは、また何かぶつくさ言いながら考え始めた。

少しだけ待ってみたがその場から動く気配はなく、他のウマ娘の邪魔になるから外ラチまで手を引いた所で、トレーナーの意識がようやくこちら側に戻ってきた。

 

 

「よし、一緒にじゃあ走ろう!」

「……併走か?」

 

 

私が答えている間に、さっき帰ってきたばかりのトレーナーは自らの足首を私の足首にぴったりと合わせてタオルで縛った。

 

(……二人三脚だ)

 

じゃあ走ろう、という意図は理解できる。

ただどうしてそれが二人三脚(コレ)に至ったのか、私にはさっぱり分からない。

 

背と腰に回された手と腕は、彼女の肩でしっかりと固定され、半ば私を担ぎ上げるように走り出した。

それでいて速さは先の彼女とそう変わらないのは流石と言うべきか。

 

(たまにはこういう遊びも悪くないかな……?)

 

トレーナーにリードされながら芝を蹴り続ける脚に少しだけ力を込めた次の踏み込みは、今までにない程に安定していて、速度も澱みなく上がった。

歩幅に加えて身長差もある筈なのに、足の運びに違和感はまったく感じられない。

 

 

「いいね!このペースで5周行くわよ!」

「それは、中々ハードだな……ッ!」

 

 

ほんの少しだけ、物足りなさを感じる。

でもこれでいい。

───今日はこれがいい。

 

 




お久しぶりです、本当にお久しぶりです。
ずっと「1話を完成させてから投稿したい」と悩んでいましたが、私にそれは難しいと思ったので、都度更新していくことにしました。

……私に文才はありませんし、書き始めたときに比べてキャラクター達への解像度は薄れてしまっていますし、いつこのコンテンツへの興味が無くなるか分からない状態にあります。
だけど、どれだけ時間がかかったとしても、どれだけ間を端折ったとしても、私が一番書きたくて、この話をSSで終わらせたくないと思ったお話、もとい最終回は必ず投稿します。
エタらせることだけはしませんし、するつもりもありません。
これだけは絶対です。

以上、これからもどうぞよろしくお願いします。

……仮に一年間更新されなかったらお経でも唱えておいてください。
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