輝けなかったウマ娘トレーナーは芽吹く新芽に何を思うか 作:にらたま定食
もうすっかり夏ですね、アイスが手放せません。笑
さて、前回は幕間としてチームメンバーがメインの回でしたが、またどこかでトレーナー視点だったりを出していこうと思います!
それでは前置きはこのあたりにして、ゴルシちゃん回をどうぞ!
迎えた春の天皇賞。大阪杯では「気分が乗らなかった」と思うようにレースを運べなかったのか気が立っていたらしいが、前走の阪神大賞典では見事1着で走り、今回のレースの出走権を獲得していたゴールドシップ。
—ゴルシ、調子はどう?
「あ?んなモン見たらわかんだろ。」
—まぁそれもそうね。
出走者の控室にて、真っ赤な勝負服を身に包んだ彼女と私は……。
パチン。
将棋を指していた。
—うーん、私の負けよ。
「よっしゃー!アタシの勝ちだー!」
勝ちが確定した瞬間、ゴールドシップは飛び跳ねて踊り出した。
この一週間、缶詰に近いマンツーマンでのトレーニングからの解放というのもあるだろう。
レース前だというのに、いつにも増して耳と尻尾がぴょいぴょい揺れている。
本馬場入りまでこの調子かと思っていると、1秒前のはしゃぎ様が嘘のようにピタリと収まった。
「なあトレーナー、今日のレースなんだけどよ。」
私に背を向けたまま、ゴールドシップは低めのトーンで私を呼んだ。
まさか今ので満足してやる気が無くなったとか?、
首筋に嫌な汗が流れる。
しかし振り返った彼女の顔を見て、それは杞憂だと分かった。
鋭い目つきだが、睨んでいるのではない。
彼女が一度『これ』と決めた時、少し顎を下げるのだ。
「確認なんだけどよ、勝ったんだから好きに走って良いよな?」
—約束は守るわ。だから好きに走りなさい。
「そっか。」
ニッと笑う彼女の顔を見て、私の頬も緩んだ。
今日までの一週間。「レース当日の賭けで勝てば好きに走っていい」という条件付きで先行の走り方を指導してきた。
一体何に触発されたのやら。
普段のおちゃらけた様子とは違う彼女がどこまで保つのか少し興味がわいたから、私も本気で教え込んだ。
ゴールドシップはオグリキャップ達と比べて第四コース付近からの追込みに力を入れた子だ。
序盤から先頭付近に着く先行型より、そちらの方が確実に抜け出すことができる脚を彼女は持っているからだ。
いつもより伸びの少ないスパートに少々苛立っているように見えた節もあったが、歯を食いしばって一本、また一本と着実に形にしていく様は本当に眩しかった。
「ま、アドバイスがあるなら聞くだけ聞いといてやるぞ?」
—……ふふっ。
「おい、何だよそれ〜。」
彼女が上機嫌なのには変わりないようで、わざとらしく耳に手を添えてこちらに向ける。
普通、追い込むように走るウマ娘は、集団から脱出する術を持ち合わせていない事が多い。
彼女とて例外ではないが、それは一週間前までの話である。
むしろその打開策のための一週間だったとも言えるだろう。
問題はぶっつけ本番でやり遂げられるかどうかといったところだ。
控室を出ると、遠くの方から歓声が聞こえてくる。
—ゴールドシップ……何回も言うようだけど、仕掛けるタイミングは一瞬よ。一発で成功させなさい。
「そいつはもう耳タコだっての。そろそろ夢にまで出てくるぜ。」
—あら、それなら追加のお題。残り1000mの目標タイムを5秒縮めて『1分』にしましょう。
「おーおー、中々キツい冗談言ってくれるじゃないの?でもアンタが言うんだ、今のアタシならイケるって事だな?」
今日のために教えられるだけの事は教えた。
私は無言で頷いた。
「おっしゃ、ゴルシ様に任せとけ!!」
—それと。
「なんだ?まだあんのか?」
気合が乗ってきた所に水を差したのか。声が少し荒げていた。
—
頭と耳を囲うように指をクルクルと回す。
「なんかトレーナーって悪い事考えてるとすぐ顔に出るよな。目がかっ開くとこなんかちょー分かりやすいぜ?」
—あら、そうなの?気をつけとかなきゃ。
「まあ見てなって。大差で1着獲って来てやっからよ。」
—ええ、気の済むまで荒らしてきなさい。
「こういう場面で『荒らしてこい』って、普通のトレーナーならぜってー言わねえよな。」
二人の間に、また沈黙が居座る。
しばらく見つめ合って、彼女から右手を挙げた。
いつからか、私が担当したウマ娘達との間にできた儀式みたいなものだ。
それに倣い、私も右手を挙げる。
—行ってらっしゃい。
「おう!」
思いっきりハイタッチする。
炸裂音が地下道に響き渡り、レース場に向かうゴールドシップの足音は、やがて観客の歓声に揉み消されていった。
赤くなった右手の熱は、どうやら暫く冷めてくれそうにない。
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「あ、トレーナーやっと来た。」
—遅くなってごめんねぇ。
観客席に着いた私にいち早く気づいたのはりんご飴とみかん飴と、他数種類の飴を持っていたダイワスカーレットだった。
「トレーナーさん!これ、どうぞ。りんご飴です。入り口の方で売ってて……へへ。」
—ありがとうライスちゃん。ほっぺにソースが付いてるわよ?拭くからじっとして。
「わわ、ありがとうございます。」
「トレーナー、彼女の調子は?」
—問題なし。にしてもオグリちゃん……そんなに買ってきて飽きないの?
「何を言う。焼きそばはレース場毎で味が違うから飽きるなんて事はないぞ。」
「そうですよトレーナーさん!レース場で観戦とくれば!全ての屋台の食べ物をバクシンするしかありません!!」
—そう……まぁ体を壊さないならそれでいいわ。
既にお腹が出ているオグリキャップ。もはや何も言うまい。この子はこれが普通なのだ。
そして大盛りの焼きそばがいっぱいに敷き詰められた立ち売り箱を首にかけ、両手両腕にはたこ焼きやら綿菓子やら食べ物ばかりをぶら下げて器用にたい焼き食べるサクラバクシンオー。
りんご飴を2つくれたライスシャワーは、その『ゴルシ弁当』の立ち売り箱から次の焼きそばを手に取った。意外と食べる子だったのだ。
「ぐぬぬぬぬ……。」
他のメンバーを恨めしそうに見ているのは、自ら『太りやすい体質』と宣言したメジロマックイーンだった。
—マックちゃん、こういう時くらい何か食べたら?貴女の場合この子達みたいに暴食はしないでしょう。
オグリキャップ、サクラバクシンオー、そしてライスシャワー。
それぞれ三者三様に爆食する様子を流し目で見る。
「だとしても……だとしてもですトレーナーさん、ついこの間やっと元の体重に戻ったばかりなのです!そんなt ムグッ!!……うぅ、美味しいですわね。」
このまま放っておいたらレースが始まっても続きそうなので、右手に持っていたりんご飴を働き者な口に貼り付けた。
—だいたいマックちゃんは極端すぎるのよ。だからまずは代謝を良くするための身体作り、そう言ったでしょう?
「はい……分かりましたわ。」
—よろしい。ヤケ食いさえしなければ何の問題もないわ。
メジロマックイーンは耳をしおれさせながらも、りんご飴を舐めるのだった。
観客席前に制服を着た演奏団がズラズラと並びだすと観客席の賑わいは少し静まった。
高らかなファンファーレがレース場に鳴り響く。演奏が終わり、観客席がまた沸き立つ。
【やって参りました。京都レース場、第11レース。天皇賞、春。芝、3200m。昨日の雲は何処へやら、本日は雲一つない快晴。馬場は良と発表されました。】
【今日の締め括りには絶好の状態ですね!】
【さあ各ウマ娘、続々とゲートに入っていきます。】
【皆スムーズにゲート入りしてますね。】
【今日はやけに大人しい8枠18番、一番人気のゴールドシップ。一体どんなレースを見せてくれるのか。】
【この子が大人しい時はいつも大荒れしますからねぇ!十分期待できますよ!】
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観客席の方から、今までに何度か聴いた実況解説のおっちゃんの声が聞こえる。
それにしても今日は気分が良い。天気も良いし、足場もいい感じに湿り気が残っていて、よく踏めそうだ。
いつもなら居心地の悪い
「今日はやけに大人しいじゃないゴールドシップ。」
「……。」
「ちょっと無視とはいい度胸してるわね!」
隣がうっせえな。ちょっと浸ってただけじゃねえか。
えっと、内ラチに寄り過ぎっと危ねえから……いや、一周目は大目に見てやるか。困ったら大外走れば良いしな。
さてと、トレーナーがやってたのはたしか、こう…………前傾姿勢だったか?
「よし、いい感じだ。」
「ゴールドシップ!」
「悪りぃな、今日はお喋りする気分じゃないんだわ。あとその喋り方、うぜぇ。」
「は?あなた今『ガコッ!!』あっ!!」
【スタートしました。】
【17番が大きく出遅れましたが、他のウマ娘達は良いスタートを切りましたね。】
【さあ先頭は3人のウマ娘が……おっと?!ゴールドシップ!今日はハナから4番目!前の方に居るぞ!これは一体どういう事だ?!】
スタートから200m。いつもなら最後尾に居るはずの真っ赤な勝負服を身に纏う芦毛のウマ娘が、今日は前から4番目で舵を握っていた。
「今日は早いな。あれはトレーナーが教えたのか?」
―走り方はそうだけど、あのスタートは盗まれた。
「そうか、私も参考にさせてもらおう。」
―そんな事言わなくてもオグリちゃんには教えるつもりだったんだけど、まあいいか。
オグリキャップは一度止めた手を再び動かして、焼きそばを口に運んだ。
大盛りの焼きそばは、箸で持ち上げられたところから湯気を出していた。
(スタートは上々、後続との距離もある。ならこのまま真っ直ぐコーナーに突っ込んで行けば内側取るのは楽勝だな。)
最初の第3コーナー。京都レース場の大外のコーナーのカーブは少しきつく、手前からの坂も相まって速度を維持しながら内側を回っていくのは難しい。
そのため、コーナーを使って大外からインコースを取りに行く際は十分に気をつけるようゴールドシップに言ってはみたが、今日のようないつもと違うレース展開だと少々不安が残る。
良好なスタートダッシュを見せたゴールドシップは内に寄ることなくそのまま外側を走っていた。
坂の中盤。他のウマ娘達がインコースの競り合いをしている中、私が教えた通りのタイミングでゴールドシップがインコース取りを始めた。
(思ったより距離縮まってんじゃねぇか。しゃあねぇ、プランBだな。)
いつもと違うゴールドシップにつられてか、ハイペースな流れに出だしの作戦は失敗に終わった。
そのまま第3、4コーナーを外めに走り、一周目のホームストレッチの入り際でなんとか内側についたが、順位は7着まで落ちていた。
残り2000m。前に一人、横に一人、後ろに一人といった具合に囲まれていた。
(クソ!分かっちゃいたが気に食わねえ!)
表情から見ても完全に苛立っている。このままだと逃げ場が完全に無くなり、最終的には入着がいいところとなってしまうだろう。
「あのバカなにやってんのよ!囲まれてるじゃない!もっと根性見せなさいよ!!」
「いえ、囲まれることはよくあるのですが、今回はちょっと厳しいですわね。」
―ん~、前と横の二人上手いわね。ゴールドシップも押し上げようとしてるみたいだけど。
「トレーナーさん、あのままだとゴルシさん本当に負けちゃうよ。」
ライスシャワーが涙目で裾を掴む。
しかしレースから目を逸らさないあたり、この子もどうにかして解決策を練っているのだろう。
―ま、見てなさい。次のコーナーが勝負どころよ。
こうなることは正直予想はできていた。となればスピードが緩くなる第1コーナーがあの囲いから抜け出す最初で最後のチャンスだ。
(落ち着け、後ろの奴と左の奴の脚をイメージしろ。)
仕掛けるタイミングは外側の子が速度を上げた後のほんの一瞬。
そこを逃せば後にも先にも巻き返しの機会は訪れない。
(あと少し!あと少しだ!!早く!早く!!早く来い!!!)
でも私は知っている。
彼女は必ず決めてくる。一寸でも光が見えれば、そこに必ず辿り着く。
(ここまでだ!ゴールドシップ!)
(ッ!)
真横にピッタリとくっついていたウマ娘が内側に寄ってゴールドシップを潰しにかかった。
しかしそこに影はなく、黄金の装飾が施された赤い船が大外へ抜け出していた。
「うえっ?!」
「何今の?!」
「相手の、下を?!」
【な、何だ今のは?!ゴールドシップ!一瞬にして包囲網から抜け出した!!】
一瞬にして会場がどよめく。前と横だけでなく、背後まで詰め寄られているのだ。普通に躱すのとは次元が違う。
(へへっ、なかなかスリリングじゃねえか。)
時間にしてコンマ1秒。その僅かな隙間。体を大きく沈み込ませつつ減速し、横の走者の下をくぐり抜けて外側へ脱出する。
おまけに自らは大外に放り出され、失敗すればおそらく失格確定というハイリスク・ローリターンな賭けだ。
しかし彼女はやってのけた。スリルを楽しんでいるのか、それとも成功した事に安堵したのか、ゴールドシップは笑っていた。
待ちに待った瞬間だ。
全身がゾワッとして鳥肌が立つ。
「キタキタキタキタ〜〜〜ッ!!アガってキタぜぇぇぇええええ!!!!」
そんな声が聞こえた第1コーナーの終わり際。大外から回り込み、バックストレッチの入ると同時に、彼女の脚は衣装越しに筋肉が浮かび上がるほど変化……いや、その本性を現したのだ。
芝のクッションを力で踏み抜き、前に進む。
走る様はまるでダートでのそれだ。
「ああなったらあとはバクシンのみですね!!」
「トレーナー、今日の夜ごはんは何処にするかもう決めたのか?」
ゴルシの勝ちを確信したバクシンオーと少々かかり気味のオグリは、いつの間にか残りの食べ物を全て胃の中に収めており、彼女の帰還を今か今かと待ち構えていた。
そのまま先頭集団も抜き去り、2周目の第4コーナーに差し掛かる頃には先頭を走っていた。
【来たぞ!ゴールドシップ!ゴールドシップだ!第四コーナーでぶっちぎり!物凄い顔で最後の直線にやって来た!リードは6バ身!いや7バ身!後ろとの差は縮まるばかりはさらに広がっていく!!囲まれようともなんのその。やはり不沈艦の名は伊達じゃなかった!!】
「ッシャァァァァアアアア!!!!!」
遂には2位と大差をつけ、見事一着でゴール板を駆け抜けて、固く握られた拳は汽笛と歓声ともに京都の地を揺るがせたのだった。
お疲れさまでした。
正直もっと時間をかけたかったのですが、いかんせん時間が取れないもんで、誤字や加筆修正をすると思いますが、それはまた今度にします。(編集、投稿時 午前1時)
それではまた、次のお話で。おやすみなさい。