輝けなかったウマ娘トレーナーは芽吹く新芽に何を思うか   作:にらたま定食

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※前話の続きになります。




高嶺の華

 レース後。ウイニングライブが始まるまでのお色直しの時間、アダマスマッシュ率いるチーム『サルガス』の控室は賑やかだった。

 今回のレースでかなりの無茶をしたゴールドシップは控室の中で一番騒がしい。

 

 

「トレーナーさん、とっても嬉しそう。」

「嬉しそう……かどうかはよくわからないけど、なんだか猿回し観てる気分になってきたわ。」

 

 

 興奮冷めやらぬゴールドシップの蹴りと拳、とりわけ動き回るその脚を一番に心配し、氷嚢を括り付けたり、エアスプレーやマッサージ等のケアを施しつつ、彼女のマシンガントークを機嫌を損ねない程度に聞き流すアダマスマッシュは、終始笑顔であった。

 彼女達の間柄を知らない者からすれば、今のアダマスマッシュの微笑みはただの愛想笑いにしか見えないが、これが彼女たちの日常となりつつある。

 

 

「トレーナーからしてみれば自分の技術でレースに勝ったんだ。嬉しいことに変わりはないだろう。」

「……チームのメンバーに技術を教え込む事は当たり前のことでありませんの?」

 

 

 至極当然のことのように聞こえるが、メジロマックイーンには何かが引っかかったのか、少し食い気味にオグリキャップに尋ねた。

 どこから話そうか。格闘し続けるアダマスマッシュを見つめながら、オグリキャップは少し考えた。

 

 

「いずれ君達が重賞に、特にGIに出走する時が来たら体験するだろうが、彼女がその時に組むメニューは普通ではない。」

「普通ではないって何が違うんですか?」

 

 

 今度は『メニュー』という単語にダイワスカーレットが食いつく。

 チーム結成からひと月が経ったとはいえ、相手はほとんど接点のなかった者同士。今でもトレーナーであるアダマスマッシュについての知見は増やしておきたい。

 思い返せば最近のアダマスマッシュとゴールドシップはチームのトレーニング以外で顔を見かけることが少なくなり、ダイワスカーレット達は少々気にかけていた。

 見かけたとしても二人とも汚れた運動着で、寮の方に顔を出してみてもレース当日までの外泊届が提出されていたのだった。

 

 

「トレーナーさんも、いっぱい頑張ったんだ。」

「ライス先輩、何か知ってたんですか?」

「ううん、何も知らないよ。でも今のトレーナーさん、ライスを褒めてくれる顔と同じだったから、そうかなって思ったの。」

 

 

 何か知っているのか、それともただトレーナーの様子を嬉しく思っているのか二人を見つめるライスシャワーの顔は穏やかだった。

 

 

「はい、少しは楽になったでしょ。」

「サンキュートレーナー!にしても見てたか?ゴルシちゃん、遂に光の壁を超えてワープしちまったぜ!」

「ワープなんて大層なものじゃないでしょう。というか、教えた私が言うのも何だけど……普通あんな無茶な事、ぶっつけ本番でやろうと思わないわよ。」

「アタシはゴルシ様だぞ?あんな面白い事聞いたらやらない訳ないだろぉ?それに」

 

コンコン「ゴールドシップさん、ライブの準備お願いします!」

 

「ほら時間よ。後でいくらでも相手するから早く行ってきなさい。」

「おっけ!んじゃお前らもまた後でな!」

「トレーナーさん!私は先に行っていますね!」

「マックイーン。君たちも先に行っておいてくれ。彼女(バクシンオー)を一人にすると何をしでかすかわからないからな。私はトレーナーと少し話がある。」

「分かりましたわ。それではトレーナーさん、私達は先に観客席でお待ちしておりますわ。」

「は~い。」

 

 

 係の人にゴールドシップは呼ばれてスキップで会場へ、サクラバクシンオーは一足先に観客席の方へ向かっていった。

 相変わらずにっこり笑顔のままのアダマスマッシュだが、細目に隠れていた瞳がうっすらと開いている。

 そんな優しい笑顔を見たオグリキャップは他の3人をサクラバクシンオーの監視という名目で控室から追い出した。

 

 

「トレーナー、さっきは何を考えていたんだ。」

「あら、顔に出てた?」

 

 

 オグリキャップはドアの方を見たまま、少し低い声でアダマスマッシュに問うた。その耳は背後のアダマスマッシュに向けられている。

 一方のアダマスマッシュもオグリキャップに背を向けて、足を組んで頬杖をついている。

 

 

「ああ。過去に数ヶ月だけとはいえ、一つ屋根の下で暮らしたんだ。今でもその顔だけは忘れていない。」

 

 

 オグリキャップが振り返るも、アダマスマッシュは依然として鏡の方を見ている。

 鏡に映るのはいつものどこか抜けているような雰囲気のオグリキャップの姿はなく、耳を絞り、眉間にシワを寄せた『芦毛の怪物』。その怪物の目線はあろうことか自身のトレーナーに向けられていた。

 普通のウマ娘なら怖気づいてしまう程の、殺気に近い視線を受けるウマ娘はゆっくりと振り返った。

 背の高い怪物を下から覗くように見上げるウマ娘は静かに笑っていた。

 普段は決して見えない横長の瞳孔が露わになり、暗く、濃く、淀んだ赤褐色の瞳に怪物の顔が映る。

 

 

「そんなかわいいお顔じゃ()()()よ、オ・グ・リ・ちゃん。」

 

 

 口角が上がった口から、真っ赤な舌と真っ白な歯が顔を覗かせる。

 張り詰めた空気の中、両者はしばらくの間見つめ合っていた。

 睨む怪物とそれを嘲笑(わら)う怪物。

 アダマスマッシュが後ろ組んでいた拳をオグリキャップの目の前で開く。

 

 

「飴でも食べる?」

「む、いただこう。」

 

 

 先程までの気迫はどこへやら、棒付きキャンディを前にしたオグリキャップはパッといつもの気の抜けた顔に戻り、包み紙を剥がしてひょいと口に放り込んだ。

 あんまり欲望に忠実すぎて、アダマスマッシュは堪え切れず笑い出した。

 

 

「今のは中々良かったと思ったんだが。」

 

 

 見てくれ、と言わんばかりにもう一度目つきを鋭くさせるが、口から出ている棒と頬の中で動く球体が台無しにしている。

 トンチキぶりに拍車がかかり、ついにアダマスマッシュは咳込み始めてしまった。

 それを見て満足したのか、オグリキャップはまたいつもの顔に戻った。

 椅子に座ったアダマスマッシュはしばらく咳き込み続け、何回か深呼吸をしてようやく息が整った。

 

 

「さて、それは兎も角だ。トレーナー、彼女たちのデビュー戦はもう決めたのか?」

「仕上がり次第では今年の夏。順調に行けば、クラシック登録は早くて来年ね。」

「夏か、気を抜いているとあっという間だな。」

「でもそうねぇ、ライスちゃんは来年かしら。」

「彼女だけか?」

「ちょ~っと厳しいかなぁ。体の方をもう少し調整したいのよねぇ。」

「……。」

 

 

 懐から取り出したスマホに視線を落とした際に口角が上がった瞬間をオグリキャップは見逃さなかった。

 それは無意識だったのか、アダマスマッシュは咄嗟に口元を隠したが、その手はすぐに降ろされた。

 

 

「……まだ色々と決めかねてるの。もしあの子達が専属トレーナー(いいひと)を見つけたとして、チームに残るかどうかの話とか。チームの席だけでも貸そうかなんて事も考えてるわ。」

「そんな事をしてチームの存続に繋がるとは思えない。」

「存続?そんな事ハナから考えてないわよ。元よりオグリちゃん達のトゥインクルシリーズを見送ったら解散するつもりだったんだし。」

「あの3人が許してくれるとは思わないが?」

「……まあ、そうなるわよねぇ。ま~ったく、チームトレーナーなんてガラじゃないのに、困ったものだわ。」

 

 

 チームを結成する際、理事長とシンボリルドルフ(生徒会長)から条件を出された。

 それはデビュー前の生徒を3人受け持ち、一人も退学させない事。

 その3人に選ばれたのがダイワスカーレット、メジロマックイーン、ライスシャワーであり、アダマスマッシュというウマ娘をトレセン学園に縛り付けておく『楔』としての役割を、知らずの内に任されたのだ。

 そんな彼女達も『サルガス』のメンバーである前に、一人のウマ娘なのだ。

 その日のレース以上に勝る価値ある物はなく、同じメンバーでまた来年、なんて事は有り得ない。併走だとか模擬だとかは関係ない。一緒に走ってくれる相手が居るというだけでどれだけ恵まれている事か。

 

 少なくとも、私の同世代で、私と同じように走っているウマ娘はもう居ない。皆家庭を持ったり、別の事をして生きている。

 そんな中でまだ走っているのは、もう私だけになってしまった。

 自ら手放した夢を、景色を見たくなって、見苦しくも踠いている。

 誰の助けもない。呼びかけても返事はない。

 いつか私が指導した彼女達と走ったところで、それは全く別の誰かではなく私の分身(コピー)でしかない。

 どこまで行ってもひとりぼっち。

 彼女達のように高めあえる仲間は無く、心が満たされる事もなく、ただひとり虚しく走る他、道は無い。

 

 一部のチームトレーナーを除き、多くのトレーナーは自分の名誉欲しさに複数のメンバーが同じレースに出ないように日々苦心していると聞く。

 本心はさておき、もしそれが本当の事ならば、それこそ勿体ないというものだろう。

 チームのメンバー(仲良しこよし)に遠慮するような子達に育てる気はないが、もしもそんな気遣いをするようなら、考えただけで虫酸が走る。

 私の喉から手が出るほどに欲するものが目の前にあると言うのに、それを無下にすると言うのか。

 元よりオグリキャップの言うような栄誉だの利益だの(駄菓子のおまけ)は求めていない。

 

 

「トレーナー、そろそろ時間だ。」

「ええ、みんな待ってるわ。」

 

 

 控室を出て、観客席に向かう。

 ライブの始まりを今か今かと待ち侘びる観客、空はもう暗くなり始めていた。

 オグリキャップと人混みをかき分けながら最前列の関係者席に進む。

 遅い!なんてダイワスカーレットとメジロマックイーンのお叱りを受けていると、バッと色鮮やかなライトでステージが照らされ、大音量で曲のイントロが流れ始める。

 後ろの一般席から地鳴りのような歓声が上がる。同時に目の前のステージで花火が上がる。

 眩しい笑顔を振りまくゴールドシップと目が合う。

 こちらに気づいた彼女はウインクをして、アダマスマッシュはそれに笑顔で返した。

 

 

 羨ましい。そして実に妬ましい。

 輝いてるわ。最高に輝いてる。

 自分が長年費やして得た技術を、

 自分の手で育てた子が勝つと、

 ああもアッサリとやってのけるなんて……

 気持ちがこんなにも昂るなんて初めて知った。

 きっと他の子達も、今日の彼女のように

 他の子達は、新しく入ってきた子達は

 私という餌を喰らって、健やかに育っていくのだ。

 一体どれだけ輝いてくれるのだろう。

 急がねばならない。彼女達の蕾は開き始めている。

 せめて彼女達があの中央で咲き続けられるよう

 私をただの『養分』として終わらせない為に。

 私の持てる全てを出し切らねば。

 

 

 




おはこんばんちゃ。にらたま定食です。

誤字報告ありがとうございます。やっぱりあるんすねぇ。。。

さて、当初週1,2回の更新を目指していましたが、どうにも難しいのである程度まとまったら投稿する形にシフト致します。
放り投げることだけは致しません。それだけは真実を伝えておきたかった。

ですのでどうぞ気長に、お付き合いのほどよろしくお願い致します。



追伸 あっっっつ。アイス食べよ。
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