輝けなかったウマ娘トレーナーは芽吹く新芽に何を思うか   作:にらたま定食

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◯アダマスマッシュのひみつ
 昔は血の気が多かった。

◯耳のこと
 比較的大きいので、走っていると色んな方向を向いている様子が遠目からでも分かる。

◯尻尾のこと
 日によって手入れの具合が違う。


一難去って

 ここ数ヶ月不調気味だったゴールドシップが、天皇賞で一着を勝ち取った。

 以下のコメントはその時のインタビューで彼女が残した物である。

 

 

「おいお前ら!今年からはアタシ達サルガスの時代だからな!首洗って待ってろ!」

 

 

 サルガス。今年の4月に突如設立された私のチームに在籍するのは、ゴールドシップを含めてたったの6人。しかもその内の3人は、トゥインクルシリーズの3年目を迎えている。

 その3人が今回のゴールドシップと、短距離走のレースレコードを塗り替えつつ最近中距離レースでも頭角を現し始めた「サクラバクシンオー」、そして昨年の有馬記念『皇帝』シンボリルドルフのトゥインクルシリーズ最後のレースで彼女に肉薄した「オグリキャップ」という学内でも有名な3人だ。

 

 他の3人はまだデビュー前のウマ娘ということでチームへの加入条件が模索される一方、「選抜は既に終わっていて、授業で何度も書き直しさせられた練習用の願書の行き先だったのでは?」という何処からか悔しがる声が聞こえてきそうな噂も出ていた。

 

 ここはトレセン学園。狭き門をくぐり抜け、全国から選りすぐりのウマ娘達が、己が夢の為に身体を鍛え、技を磨き、日々強敵達と鎬を削る場所。

 彼女達の貪欲さは時に本能的で、危険を顧みず、一瞬の輝きを掴み取る為なら手段を厭わない……ともすれば、ダメ元で頼み込んでくるウマ娘も当然いる訳で───

 

 

「お願いします!」

「貴女のチームに入れて欲しいんです!」

「……。」

 

 

 先の天皇賞に向けたレース前の調教メニューから回復し、基礎練のランニングで殿のライスシャワーに併走していると、学園の生徒数人が後ろから走ってきた。

 天皇賞が終わり、私が噂のサルガスのトレーナーと知られるや否や、見つけ次第やれチームに入れてくれ、やれ走りを見てチームに相応しいか決めてくれだの、生徒からの逆勧誘の嵐である。

 特にカウンセラーをしてた時に診た子はかなり粘着してくるので鬱陶しい事この上ない。

 

 サルガスはサブトレーナーの居ない小さなチームだ。故に私の目の届く範囲にはどうしても限界がある。

 今の私にはある程度型の出来上がったシニア期3人と、これから自分の走りを見出していくデビュー前の3人の計6人。

 自らもウマ娘であるが故、他所のトレーナーのようにただ静観し、口頭や情熱だけで彼女達を納得させる事はできない。どうしても手取り足取り教えたくなる。

 彼女たちの熱に当てられ、教える予定のなかったテクニック(私の武器)ですら、つい教えてしまうのだ。

 かなりの負荷がかかる技を繰り返して教えるものだから、私の体がいつもボロボロになる事は必定だ。

 勿論そうなっても悔いのないメンバーを、私は選んだつもりではある。

 そういうことだから、これ以上メンバーを増やそうものなら色々と破綻してしまう。

 

 だがしかし、やはりどうしても彼女達がどうしても羨ましくなる時がある。

 こればかりはどうしようもないのだと、この前の天皇賞で痛感した。

 

 

「ライスちゃん、まだいけそう?」

「えっ、うん。大丈夫だよ?」

 

 

 既に口を大きく開けつつある追っかけ達に対して、ライスシャワー達の口はまだ軽く開く程度のようだった。

 デビュー前のウマ娘でありながら、スタミナの量だけで言えばゴールドシップにも勝るとも劣らない。

 身体の使い方、走り方については追々教えるとして、彼女に合ったスタイルを身につければ、指折りのステイヤーになる事は確実だろう。

 

 

「マックイーン!スカーレット!Bコースに変更よ!前の3人に伝えてきなさい!」

「「はいっ!」」

「それと貴女達、今から学園まで着いてこられたら考えてあげなくもないわ。それじゃ、頑張って。」

 

 

 パン。と手を叩くと4人は体を起こしたまま速度を上げ、追っかけ達から離れていく。

 ほのかに散った桜の香りがする涼やかな風と、「無理ぃ〜」なんて情けない声を背に受けながら、サルガスの面々は河川敷の土を蹴るのだった。

 

 

──────────

───────

────

 

 

 時は過ぎてお昼時、オグリキャップ達と昼食を取り終えて6冊のノートをチェックする。

 表紙はどれも濡れて乾いてを繰り返してかなりゴワゴワになっている。

 積み重ねられてゆく彼女達の微々たる成長をタイムや振り返りの様子から感じ、次のレースのことを考える。

 おそらくゴールドシップとオグリキャップは『宝塚記念』のファン投票で選出されるため、近い内に模擬レースを組んでみるのも良いだろう。

 サクラバクシンオーは出走する気満々で「今日までの総決算です!」なんて意気込んでいたが、出走できるかどうかは正直怪しい。

 ただ、走れない距離ではない為、模擬レースには参加してもらうつもりだ。

 

 

「そういえばチームのSNSアカウントがどーのって言ってたわね。」

 

 

 昨日ダイワスカーレットが私に尋ねてきた件だが、ここひと月が忙しすぎてそれどころではなかった。

 とりあえずUmatterとUmastagramのアカウントを作成する。

 

 

「アカウントの写真……こんなもので良いのかしら?」

 

 

 何の変哲もないトレーナー室の、今座っている場所から景色をアイコンに設定して、とりあえず『チームサルガス担当トレーナーです。メンバー募集の予定はありません。』とだけ呟いておいた。

 試しにチームの子達をフォローしてみると、すぐにゴールドシップからフォローを返され、作成した覚えのない『チームサルガス@メンバー募集中!』という共有アカウントに招待された。

 すぐさま参加してゴールドシップに問いただす。

 

 

『これいつ作ったの?』

├『チームのなんだから先月に決まってんだろ。』

│└『メンバー募集なんてしてないんだけど。』

│ └『おっけ。気が向いたら消しとく。』

│  └『すぐに消しておいて。』

└『トレーナーさん。個人のアカウント作られましたのね。』

 └『さっき初めて触った。というかアイコン私じゃない。いつ撮ったのよ。』

  └『前にトレーナーさんを起こしに行ったとですね!』

   └『誰が撮ったの?』

    └『大和スカーレッさんです!』

     └『ごめんなさい。トレーナーが寝てるところ可愛かったので、つい。。。』

      └『次からは一言くらいちょうだいね。』

 

 

 過去の投稿を含めて色々と彼女たちに聞きたいことはあるが、要はなかなか募集要項が発表されないから、アイコンになっていたトレーナーらしき人物を探し出して直談判、というわけだったか。

 

 ここ最近の変化の理由が判明し、なんだか申し訳ないような気がしてため息をついていると、ものすごい数の通知が来ていた。

 主に学園のウマ娘たちで、メンバー募集関連の質問が大半を占めていた。

 もう面倒になってきたので、メンバーの募集、勧誘はしていないことと、その時は学内の掲示板で公表することを投稿しておいた。

 

 たった数十分の間の出来事だったが、慣れないことをしたためかどっと疲れた。

 この間のレースをコーヒーでも飲みながら見返そうと思ったが、内線電話が大声を上げた。番号から見るに職員室からかかってきているようだ。

 縦に長い受話器を取り上げると、以前申し込みを受けた私への取材担当の記者が応接室に到着したとの連絡だった。

 部屋の奥側に座らせるようにお願いをして受話器を置き、トレーナーバッジやネクタイ、ジャケットなどに乱れやほつれがない確認した後、ビデオカメラとノート、ペンを持って応接室に向かった。

 

 

「おまたせしました。」

「いえ!こちらこそお時間いただきありがとうございます!」

「では早速はじめましょうか。」

「あの、そちらのハンディは?」

「勉強の一環としてですのでお気になさらないでください。あまりこういう機会がありませんでしたので、勉強させていただきます。」

 

 

 私が用意したビデオカメラの電源を入れると、取材は何事もなかったかのように始まった。内容はもちろん先の天皇賞についてだった。評価する点、反省する点、出走までのスケジュールやトレーニングメニューなど、答えられる範囲で淡々と答えていった。

 取材は30分が経ったところで一段落ついた。そこで男性記者がポロリと呟いた。

 

 

「アダマスマッシュさん、実はアダマスマッシュさんにお会いするのすごく怖かったんですよ。」

「あら、危害を加えた覚えはありませんが?」

「いえ、天皇賞でのインタビューで終始鋭い目つきで淡々と回答されておられましたので、その……何と言いますか。物凄く気の短い方かと思ってしまいまして。」

「疲れている時はよく言われますね。あと考え事をしているときも。まあ自覚はないので全くわかりませんが。」

 

 

 乾いた笑いが響く。

 こうしている時間も、頭の何処かで走る事を考えている。

 少しの沈黙の後、話題は出走予定のレースに移った。

 

 

「オグリキャップが在籍しているとなると、やはり次は宝塚記念でしょうか?」

「本人にその意思があれば出走させるつもりではあります。ゴールドシップについても同じです。」

「この頃はサクラバクシンオーの出走もあり得るのではないか、という声も上がっていますが?」

「まぁその時はその時です。想定の内には入れておりますので。」

 

 

 ここで記者のペンが止まった。

 となれば次に来る質問は決まっている。

 

 

「出走となるとチーム内での対決となりますが、それはチームにとって利がないのでは?」

 

 

 チームの利益。

 ガラクタ程度にしか思ってないと答えたいところだが、聞こえの良い言葉がないか頭の中を探す。

 

 

「そうですね……チームに利益は無いように思えるかもしれません。しかしながら私には、彼女達の栄誉を剥奪する権利を持ち合わせておりません。これが躊躇いなく彼女達を送り出せる理由、と言ったところでしょうか。」

 

 

 我ながら反吐が出そうなほどの綺麗な回答をさらりと口から出す。

 変な気を起こされても困るから、適当な話題でも引き出して話を逸らす事にしよう。

 

 

「……見ての通り、私もウマ娘として生を受けました。この学園でお世話になる事もありましたが、訳あって転学させていただきました。」

「トレーナーさんもレースに出ておられたのですか?」

「ええ、そういう事になります……話が逸れましたね。」

「いえ、すごく気になります。差し支えなければお伺いしても宜しいでしょうか。」

「ごめんなさい。これを話すにはまだ時期が早いので、先の発言はどうかご放念下さい……宜しいですね?」

 

 

 余計な事を口走ってしまったが、赤い瞳をキラリと光らせる録画装置に手を置いて牽制する。

 おそらく相手もボイスレコーダーを仕込んでいたのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、それ以上は踏み込んではこなかった。

 

 一抹の不安はあったものの、取材はその後滞りなく進み、時間も終わりに近づいてきた。

 最後に何か一言とコメントを要求された。

 何を答えようか少し考えたが、とりあえず思いついた事を口にする。

 

 

「SNS始めたのでよろしくお願いします。それでは、宝塚記念でお会いしましょう。以上です。」

 

 

──────────

───────

────

 

 

ピピ───ッ!

 

「そこまで。1時間後ご飯食べに行くから楽な服装で正門に集合。それまでにストレッチとアイシングして、シャワー浴びてきなさい。はい、解散。」

「「はーい。」」

 

 

 夕陽で茜色に染まるトレーニング場。甲高い笛の音が本日の基礎トレーニングの終わりを告げる。

 メンバー全員、互いに入念なストレッチと脚部を中心としたアイシングを経て、一人ずつ自分のノートで昨日の振り返りと評価を確認する。

 

 

「ねぇマックイーン。集合の理由知ってる?」

「ゴールドシップの祝勝会と聞いていますわ。」

「あ~、フジ先輩が言ってた外出届ってそういうことだったのね。」

「……オグリさん、出禁にならないといいですわね。」

「そ、そうね……。」

 

 

 そう、今日はゴールドシップの祝勝会だ。

 一時間後、正門では掛かり気味のオグリキャップがトレーナーの運転する車を今か今かと待ち構えていた。

 そして時間ぴったりにやって来たバンの助手席に一番乗りで飛び込み、他のメンバーも次々に乗車する。

 

 

「トレーナー!今日の晩御飯はどこにするんだ?!」

「オグリちゃん、楽しみなのはわかるけれど少し落ち着きなさい。」

 

 

 よほど楽しみだったのだろう。

 彼女の唾液が今にも口の外に溢れ出しそうになっているに違いない。

 

 

「で?アタシの祝勝会を待たせたのはどこの店なんだ?」

「オグリちゃんがいるのよ?店の予約取るの大変だったんだから。」

「つってもトレーナーの馴染みの店なんだろ?」

「おや?オグリさんが同席されるとのことでしたので、私てっきり食べ放題のお店になるものかと思っていたのですが?」

「天皇賞で勝ったのよ?そんなチャチなことしないわよ。」

「なあ~、アタシの祝勝会だろ~?」

 

 

 私達が呵呵と笑っていると、マックイーンとスカーレットがバックミラー越しに狼狽えていた。

 それもそのはず。馴染みの店に貸切予約して数日経ち、ようやく準備が整ったとのことなのだが……その原因は言うまでもないだろう。

 私もオグリちゃんまでとは言わないが、ライスちゃんくらいは平気で食べる。

 それを目の当たりにしているからこそあの二人にはこの後(出禁)のビジョンが見えているのだろう。

 ちなみに、店側にはゴルシ、バクシンオーちゃん、オグリちゃんの直筆色紙数枚ずつで手打ちとしているため問題はない。

 

 

「マックイーン……覚悟はできた?」

「ええ。今日ばかりは食事制限のことは忘れますわ。一度きりのこのお店の味、しっかりと覚えて帰りましょう。」

「えっと……二人とも、どうしたんだろう。」

「ライスさん、あのお二人には申し訳ありませんが、今ちょっと面白いところなのでもう少し黙っておきましょう……。」

「さすが学級委員長、わかってんじゃねえか……!」

 

 

 降車後、マックイーン達に声をかけようとするライスをバクシンオーとゴルシは引き止めて、ライスの見えない位置で拳を突き合わせた。

 車を走らせること数十分。着いたのは『STEAK!!!』と大きく掲げられた年季の入った木造看板が目印のレストラン。

 店先には開店祝いでよく見かけるような大きく派手な生花のスタンドが「祝 天皇賞(春)制覇 ゴールドシップ御一行様」の立て札と共に飾られている。

 コロンコロンとベルを鳴らして入店すると、肉や魚が焼ける香りが、木の香りとともに鼻孔をくすぐる。

 高い天井にあるシーリングファンは、店内に流れるカントリーミュージックに合わせてゆったりと回っている。

 程なくして店員がやってきて席に案内された。

 ゴルシとバクシンオーはカウンター。オグリは4人席を一人で、他は私とスカーレット、ライスとマックイーンで席についた。

 各席ににんじんジュースが配られていく中で、まだ耳をしおれさせているマックイーンを見かねたのか、ライスがゴニョゴニョとなにか囁いた。

 するとしおれていた耳がピンと立ち上がり、しゃんと背筋を伸ばしてコホン、と咳払いを一つ。その頬は少しだけ赤いように見えた。

 そんな微笑ましいやり取りを見ていると、スカーレットちゃんが頬杖をついていた腕をつついた。

 

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?その……出禁とか。」

「出禁?どっからそんな話聞いたの?」

「トレーナー!これ全部頼んでもいいのか?!」

「遠慮せず頼みなさい。ゴルシ〜、ここのメニューはどう?」

「おいおっさん!この『ボムステーキ』の中って何が入ってんだ?」

「悪いなゴルシちゃん、そいつの中身は親方の気まぐれなんだ。」

「では!それを二つお願いします!ゴルシさん、どちらが早く食べ切るか勝負です!」

「実はボムクイーンってのがあってな?ゴニョゴニョ……」

「……ほぉ〜ん?面白そうじゃねぇの。おい、さっきの挑戦状、裏メニューに変更な。」

「いかなる要望にも応える、これもまた学級委員長!受けて立ちます!」

「よし!決まりだな!おっさん!さっきのやつな!」

「あいよ!」

 

 

 やりとりを見ている限り、特に問題なさそうだ。

 そうしているうちに山盛りのサラダボウルが運ばれてくる。

 瑞々しい野菜を見上げて、どんどん青くなるダイワスカーレット。ちょっと心配になってきたところで、ライスシャワーが彼女の隣に座って耳打ちした。

 

 

「トレーナー!そんな事ならもっと早く言いなさいよ!」

「……まぁなにか思い違いしてたみたいだけど、今のうちに美味しい物はしっかり食べときなさい。デビュー戦前はマトモにご飯食べれなくなるから。」

「えっ?」

赤絨毯(レッドカーペット)10人前お待ちっス。ごゆっくりどうぞ~。」

「ありがとう。」

 

 

 ドン。と、真っ赤な肉塊が山のように盛られた大皿と、すでに調理された同じ大きさの肉が二皿、カートで運ばれてきた。

 一枚一枚が指2本分の厚さ且つ4人席の鉄板の半分を横切る大きさだ。

 カートに乗っていたもうひと皿は、後ろの席で同じ物が乗っていたと思われる空の大皿と取り替えられていった。

 後ろの4人席に1人で座るオグリキャップには、もはや丼とは呼べない程大きな器に、顔が見えなくなるほど高く盛られたサラダボウルを食べ進めている。

 自分とスカーレットが次に食べる肉を鉄板に乗せ、少し前に焼き上がった自分のステーキにナイフを入れた。

 隣のボックスのライスとマックイーンもまだ中心が赤いステーキを様々なソースをつけて、大盛りのライスと一緒に頬張っている。

 スカーレットは目の前で焼かれている分厚いステーキを少し躊躇いがちに眺めながら食べているが、心配しているのはトレーナーの財布か、それとも自分の体型への影響か。どちらにしろ食欲がないというわけではなさそうだ。

 マックイーンは大きなサラダボウルとステーキの、割と健康的?なメニューを頼んでいた。

 

 

「おっちゃん!次は獣骨ラーメン!でけぇやつな!」

「この学級委員長にも同じ物を!ゴールドシップさん!もう一本勝負です!」

「あ?上等だコラ!」

 

 

 バクシンオーとゴルシの対決のラウンドが進む最中、先程のステーキに続いて出されたのは、私が前もって予約しておいた肝臓や心臓を始めとする赤、白、黄、灰、そしてあずき色の臓物とキャベツやもやし、葱といった野菜が盛られた大皿。

 そして周りの景色を揺らがせる程熱された鉄製の浅鍋が、鍛冶職人が使うような火バサミで運ばれてきた。

 

 

「トレーナーさん……その見るからにおぞましい物はいったい何ですの?」

「レバーとかミノとか、焼肉屋さんとかでよくあるでしょ?」

「いや、それは知ってるけど普通そんな量頼まないわよ。」

「美味しければ良いのよ。」

 

 

 おそらく家族連れでも見ないであろう凄まじい量の臓物に、スカーレットとマックイーンが若干引き気味だったが、私は鍋が置かれるなり、慣れた手付きで油を敷き、野菜と臓物を鉄鍋に放っていく。

 張り付くように焼ける音と焦げ付くような臭いを含んだ白煙があがる。

 少し様子を見た後に蓋をして、出来上がりを待つ間にステーキを食べ進める。

 

 

「トレーナーってこういう物が好きなの?」

「こういう物……うーん。レース前とかの調整だとかなり絞るから脂肪とか摂ってられないし、それで食べられる時に食べてるってだけ。」

「レース?トレーナーにもレースの予定があるの?」

「私みたいな走れないのが出てどうするのよ。というか、レース一週間前からの食事は私の管理するってゴルシとかから聞いてない?」

「別に聞いてないけど……それとこれと何の関係があるの?」

「レース前はかなり絞るって言ったじゃない。それでなんだけどマックちゃん、ちょっといいかしら?」

「はい、何でしょうか?」

「この前食べたチェリーパイは美味しかったかしら?」

「……な、何の事でしょうか。私さっぱりですわ。」

 

 

 ノートに書いていないはずの『チェリーパイ』という単語に酷く動揺するマックイーン。

 学内のジムでトレーニングしているとよく会う、彼女と同じ「メジロ」の名を持つメジロライアンから聞いた。

 どうやらいつもの食事量だと少なく感じてきたようで、それを埋め合わせるように食後のデザートの量が増えたとの事だ。

 太る事が必ずしも悪いというわけではないが、そのことを棚に上げて『タイムが伸びない』などと喚くのは話が違う。

 デビュー前の彼女に大人気なく説教を垂れているとすっかり反省したのか、先程までは素知らぬふりをしていたが、目と耳を伏せてしまっていた。

 

 

「まぁデザートを増やすんじゃなくて、いつもの3食の量を増やしなさい。」

「それでタイムが縮まれば良いのですが……」

「一週間もしない内に縮まるから気にしないの。さて、もうそろそろかしら。」

 

 

 鉄鍋の蓋を開けると、生の時のグロテスク味は無くなり、自ら出た油で焼かれ、揚げられた野菜と臓物がてらてらと光っていた。

 これに塩胡椒を強めに振って、醤油ベースの調味液をかけて全体を軽く混ぜれば完成。

 見てくれは悪く、匂いも味も決して上品な物ではないが、滋養には効果があると思っている。

 

 試しに少し食べてみなさい。ぽちゃ、と小皿に取ったダイワスカーレット達に渡す。

 3人とも少し困ってた様子だが、おそるおそる口に運んだ。

 もちょもちょと噛み続けるスカーレットとマックイーン。ホルモン特有の脂の多さと衰えることのない噛みごたえ。

 飲み込むタイミングが分からず、とりあえず噛み続けているようだ。

 一方何かに気づいたライスシャワーは、ガツガツと白米を掻き込んでむふーっと鼻息を荒くしてもぐもぐしながらおかわりを要求してきた。

 目の前で見ていたマックイーンはそれを真似て白米を口にすると、ようやく飲み込んだ。

 

 結果として、「ご飯とよく合うから好き。」とライスシャワーのみ好評だった。他の二人は「味は悪くないけど飲み込むタイミングが分かりづらい。」「脂が多く、カロリーが高そう。」とあまり良い印象ではないみたい。

 カロリーの話は……今はしないでおこう。普通の肉より低いとはいえ、何か悪影響が出そうな気がしてならない。

 

 その後も食べ続けて、会計をカードで済ませて店を出る。

 見たくないというよりも見る気がなかった。彼女(オグリ)もいたという時点でだいたい察している。

 雨がパラパラと降ってきた。そろそろ不良馬場のトレーニングを組んでも良いかもしれない。なんて考えながら、彼女達を車に詰め込んでエンジンをかける。

 居酒屋や飲食店の暖かい光に、仕事終わりの人達がそれぞれお気に入りの光に群がる。

 人気がなくなり、学園に着いた頃には皆眠ってしまっていた。美浦寮のライスとバクシンオーを先に起こして寮に送り、残りも栗東寮に帰して、車を近くのガソリンスタンドまで走らせる。

 さっきとは打って変わって冷たい青白い光。切れかかった蛍光灯が不定期に鳴っている。

 機械から吐き出された領収書を受け取り、学園の駐車場に車を戻した。

 まだ何人か残っているのだろう。電気が点いたままの職員室に入り、彼等の労を労う。

 帳簿に運行記録、残りのガソリンの量を書いてまた彼等に軽く挨拶をして、職員室を後にする。

 薄暗い駐輪場でポツンと一人、主人の帰りを待つバイクにキーを挿す。

 スタンドを上げ、重い車体を近くの門までスイスイと押して行く。

 ヘルメットを被り、エンジンをかけてすぐさま発進した。

 

 

「ただいま〜、おかえり〜。」

 

 

 しん、とした1Kの寮部屋に自分の声が虚しく響く。

 焦げ臭いシャツや下着を脱ぎ、ネットになんか入れずにドラムへ投げ込んでスイッチを入れ、そのまま浴室に向かう。

 

 いつからか洗面台から浴室に居場所が移ったコップと歯ブラシと歯磨き粉。

 耳を伏せて40℃に設定したシャワーのコックを上げる。

 出てきた冷水で濡らし、歯磨き粉を付けて右手を前後に動かす。

 

 

(もう面倒だからコンディショナーはいいや。)

 

 

 泡を吐き捨て、左手のコップに溜まったぬるい水で口内に残った泡を洗い出すと、無駄に爽やかな清涼感が閉じた口の中で風を吹かす。

 髪と尻尾をシャンプーの泡で隠す。

 緩くなったマジックテープの剥がし音にも似た小さな泡の破裂音が、眠りの穴に落ちていかんとする私を懸命に引き留めている。

 温水で流されたシャンプーの泡が、右脚に何本もある赤い横線をなぞる。

 

 適当に体を洗い終え、少しごわついたバスタオルで体を拭いて、ろくに髪と尻尾を乾かさないまま広いベッドに倒れこむ。

 このまま眠ろうとも思ったが「ああ、そうだ。」と起き上がり、散らかったちゃぶ台の上の薬を指に取って右の太ももに塗り込む。

 早く眠りにつきたい気持ちに抗いながら、指に余ったねちょねちょをお湯で洗い流す。

 大きな欠伸が出る。

 大体取れたらあとはタオルで拭き取る。

 

 少しふらふらしながら、この部屋の中で一番値段が高かったベッドに再び身を投げる。

 ゴウンゴウンと、周期的で低い駆動音が良い具合に眠気を駆り立ててくれる。

 目を閉じて、脱力して、大きな耳もぺたりとベッドに吸いつく。

 夢は見ない。次に見る景色は、散らかったこの部屋のどこかだろう。

 私は眠りについた。

 






おはこんばんちゃ。にらたま定食です。

お久しぶりです。引っ越しやらなんやらが重なってロクに時間が取れていませんでしたが、皆さんはお変わりないでしょうか。

ここ数週間は暑かったり涼しかったりびしょ濡れだったりもうめちゃくちゃですね。

まあなんとかなってますので、皆様もお体にお気をつけて。

それでは、また次のお話でまたお会いしましょう。
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