性癖に正直に生きてたらヤンデレに追いかけられたんだが   作:鷲羽ユスラ

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遅くなったな。たっぷり休んだやで。


【覇界聖王】の愛憎

 あの人を絶対に逃さないと決意した私は、それまでと何も変わりない生活を過ごしていました。

 焦る必要がなかったからです。私の扱える蘇生術、再生術は、どのような状態であろうとも健全な状態へと復活させられるものですから。

 かつては……そう、私がただの村娘だった頃ではどうにもできなかった天命さえ、今はどうとでもなります。私はただ、彼の魂を捕捉する瞬間をゆっくり待てば良かったのです。

 

「猊下! 本日のご公務、これにて終了です! お疲れ様でした!」

「あら、貴方もご苦労様。この後少しばかりお茶を楽しむのですが、貴方もいかがですか?」

「いえ! 団長に任命されたとはいえ、私はまだまだ若輩者! 猊下と共にお茶を頂く栄誉には値しませんので!」

「……そうですか。貴方がそうおっしゃるのであれば引き止めはしませんが、私はお茶だけでなく、一緒にお食事を取れたら喜ばしいと思っていますよ?」

「か、過分なお言葉です! いつかご期待に添えるよう、鋭意努力いたしますので! それでは!」

「はい、それではまた明日」

 

 顔を赤くして執務室から立ち去る女性騎士を、私は笑顔で見送ります。しかし……彼女の足音が遠のくのを確認して、ため息を吐かずにはいられませんでした。

 流星海嘯初代聖王。そうなってから、そうなる前から、私と対等に振る舞ってくださる方は数えるほどしかおりません。もちろん、例外はいらっしゃいますが……あの方はどちらかというと、宿敵と呼ぶべき存在です。

 あの方以外であっても、私との交流を楽しんでくれたのはあの人だけ。皆の目がない時、こっそりと、けれど笑みを含んで私の提案を受け入れてくださいました。

 いずれ彼女も、そうなって頂ければと思いますが……まだまだ道のりは長いようです。今はただ、聖王として泰然と彼女の成長を待ちましょう。

 

「……ふぅ」

 

 自分で用意した紅茶を一口。その香りと味わいを楽しむ私は、無意識に吐息をこぼしていました。

 寂しい。

 あの人がいないことが寂しい。一人で味わう紅茶の味が物悲しい。たった一人の茶会は、こんなにも広く、冷たいものだったと思い出します。

 あの人は、いずれ必ず戻ってきます。希望ではなく、それは確信。あの人が死をもって私から逃げようとする以上、私の手のひらから出ることは決してないのです。

 ああ、けれど。分かっていても、心は傷んでしまう。寒々しい孤独に凍え、小さく(うずくま)ってしまう。

 この孤独の中では、自らの体を抱きしめることしかできません。己の消え入りそうな暖かさを頼りに、ただ待ち続けなければならない。

 それがどんなに辛いことか……あの人は分かってくださるでしょうか?

 ……いいえ。きっと分かって頂けないでしょう。

 

 だってあの人は、とても悪い人ですから。私の気持ちを手に取るように弄んでも、それの意味するところを理解してはいないのです。

 そうでなければ……私がこのような思いをしているのは、とてもおかしいことではありませんか。

 

 

 

 

 ついに彼の魂を補足しました。いつも通りに過ごす私は、悠々と公務を終えて大聖堂の深奥へ赴きます。

 足を踏み入れたのは、婚姻の祭祀場。あの人と、生涯分かたれぬ夫婦の契りを果たした場所。

 そこで衣装を変えて『檻』を展開した私は、静かにそっと、絡め取ったあの人の魂を呼び出しました。

 ……おや? 誰かがあの人の魂に手を出していたようですね。けれど、関係ありません。あの人が死んでいるのなら、主導権は私にあります。

 あっさりと魂を取り戻した私は、『檻』の最下層で蘇生術を行使しました。あの人がもう二度と逃げられないよう、前準備はきっちり行います。

 この時、徹底的にやっていれば、この後の悲劇を回避することはできたでしょう。ですが、私も浮かれていたのです……やったのは、ちょっとした仕返しと言わんばかりの文化的遺伝子(ミーム)統制だけ。

 あの人が戻ってくる直前で、万が一を想定するなんて、当時の私にできることではありませんでした。

 それほどに、寂しかった。それほどに、悲しかった。

 それほどに、欲していた。あの人が戻ってくるのを。私の下から二度と逃げないことを。

 

 なのに……あの人は蘇生され、私の仕返しで愛を囁いたと思った瞬間、私の目の前で自刃したのです。

 

 

 

 

 一瞬、頭が真っ白になりました。

 けれど私は慌てることなく、即座に蘇生術を行使します。

 すぐに蘇るあの人。呆然としていたかと思うと、また違う方法で自刃します。

 私はそれを蘇らせます。あの人はまた自刃します。

 何度も、何度も、何度も、何度も。ただそれを繰り返しました。

 ああ――貴方は、そんなにも。私の下から逃げ出したいのですか?

 そう思った途端、胸の奥に、これまで感じたことのない衝動が湧き上がりました。

 

 薄っすらと燃える、黒い炎。まだ弱々しい、けれど放っておけば私のすべてを焼いてしまうような、危険な感情。

 

 それに笑顔で蓋をして、私はあの人を見続けました。

 どうやら姿形が変わっているようですが、些細なことです。魂の質と量から考察するに、おそらく彼は何らかの方法で自らを分割していたのでしょう。

 主の定理に背くとは、なんとも恐ろしい人です。なればこそ、私程度を弄んで逃げようなんて、とても簡単にできたのでしょうね。

 私は笑みを浮かべたままです。自刃して、死のうとして、ここから逃れようとするあの人が、とても愛おしかったから。

 ああ……なんて、か弱いのでしょう。決して抗えぬ力を前に、あの人はただ死を選び取ることしかできません。

 それがとても、愛おしい。私が守ってあげなくては。私がお世話して差し上げなくては。

 これから先、ずっと、ずっと、ずうぅっと……私なしでは生きられぬよう、甲斐甲斐しく尽くしてあげますからね♡

 そう考えていると、不意にあの人が自刃をやめました。ピタリと停止する彼の顔は、ただ現状を理解し切れず、しかし思考で突破口を開こうとしているように感じます。

 

 そんなこと、無駄なのに……私の背筋にゾクゾクとした快感が走りました。

 まだ、抵抗する気なのですね? まだ、私から逃げようとするのですね?

 ならば、分からせて差し上げましょう。貴方はもう二度と、私から逃げられはしないのだと。

 私は笑みを湛え、彼に近づきます。しとしとと、音もなく降る雨のように、ゆっくりと彼に歩み寄ります。

 

 …………よく見ると、とても魂が輝いていますね。エルフの真祖であった時とはまるで比べ物になりません……ああ、嫌ですね。もっと近づいて見てみたくなってしまいます。

 私は一歩の距離まで近寄りました。互いの吐息がかかる距離まで近づきました。肌が触れ合う距離まで近づきました。私の瞳が、あの人の目に触れそうになるまで近づきました。

 ……ちょっと近づき過ぎですね。私ったら、なんてはしたないことをしているのでしょう。内心の羞恥を悟られぬよう、笑顔のまま身を引きます。

 

 バレているでしょうか……おそらくは、バレていませんね。けれど念のため、ごまかしておきましょう。私はあの人の頭を抱き寄せ、赤子に母がそうするように、愛情を持って撫で回しました。

 黙って受けいれていた彼ですが、不意に「エウラリア」と呼んでくださいました。私も満面の笑みで旦那様♡ と呼んで差し上げると、いたくショックを受けた様子でした。

 あらあら、どうしてそのような反応をなさるのですか? まるで私からそう呼ばれたくないようではありませんか。めらり、と心の底で膨れ上がった黒い炎を、私はそっと覆い隠します。

 

 しばらくの間、あの人はフリーズしたままでした。しょうがないので優しく寝かせて、膝枕であの人の頭を撫で回します。

 ふふふっ、これは良いですね。最終的には手取り足取りお世話して差し上げたいのですが、こういうことから始めるのも悪くない気がしてきました。

 そうして私が楽しんでいると、あの人は急に問いかけを始めました。私は素直な本心を……黒い炎に見てみぬふりをしながら答えましたが、あの人の様子はどこかおかしいです。

 よもや、『檻』の中にありながら外部に干渉している? 私が少しばかり探りを入れると、すぐに干渉波を検知しました。信じられないことですが、本当に外部と接続しているようです。

 ……しかし、妙ですね。私の権能を掻い潜って干渉しているはずなのですが、無防備に感じます。まるで私に認知されることはないと確信しているような、そんな考えが透けて見えるのです。

 まあ、良いでしょう。こうして干渉波を捉えている以上、それを辿れば良いだけなのですから。何の迷いもなく同じ場所へと干渉波を飛ばした私は。

 

 主がつくりたもうた楽園。私の、そう、同類と呼べるお方たちが集う地へと足を踏み入れたのです。

 

 

 

 

 そこは確かに楽園であり、私の知らない世界でありました。

 そうでしょう? なぜならばそこには、我らが崇め奉る主――ユラウツァバク様がご降臨されていたのですから。

 私はこれまで様々なことを為してきました。それもすべて、主の導きがあってのこと。天啓、神託でしか触れられなかった主の言葉に、私は初めて接したのです。

 感無量とはこのことでしょう。私は祈り、主の言葉に耳を傾けました。すると主は、私に天啓を授けてくださったのです。

 フレッドリーツ・レアライヒ――現在のあの人である人物のかころぐなるものを参照せよ、と。

 私は素直に従いました。あの人が急に私を押し倒そうとしましたが、今は主の言葉が絶対です。渾身の力で襲いかかるあの人を片手で制して、私は天啓の通りかころぐを見つけました。

 

 そして、知ったのです。あの人の所業、あの人の真実――私という妻がありながら、浮気をしていた、という事実を。

 

「――――」

 

 ああ、その時。私の心の奥底で、黒い炎が燃え上がったのは確かです。それは蓋を焼き尽くし、私の心に消えぬ火傷を負わせました。

 

 そうですか。そうですか。私は、貴方を、愛していると、いうのに、貴方は、私以外にも、その愛を、向けられる、相手が……

 

 ……………………

 

 私はその感情を隔離します。それはもはや消え去りはしないでしょうが、制御することは可能です。

 私があの人に向ける愛。偏愛と呼ぶべきそれを、抑圧していた時と同じ。主に許されたとはいえ、私はこの愛と、この感情を、あの人以外に向けることはないでしょう。

 …………思わずあの人の首を折ってしまいましたが、些細なことですね。心に渦巻くこの感情を抑圧する労力を知って頂ければ、あの人もこのくらいのお茶目は許してくださるでしょうし。

 そういった真心を込めた笑顔を見せてあげると、あの人は真っ青になって受け入れてくださいました。流石は私の愛する旦那様です。

 

 そんな他愛もないことをしていると、ふと、あの人は表情を改めました。真剣な顔で私を見つめるあの人は、耳触りの良いその声で、残酷な真実を発したのです。

 

『最初に言っておく、エウラリア。俺にとってお前は二番目だ。一番じゃない』

 

 ……ほう?

 その時になってやっと、私の内の黒い炎ははっきりと形を成した。

 ああ、これは――『憎しみ』だ。

 これまで私が抱いたことのない感情。愛情と表裏一体、ただ数多の人々が抱くのを見てきただけの、『憎悪』。

 憎い。あの人が憎い。私をこんなにも狂おしくしておきながら、私以外を愛おしく思う、あの人が。

 私は黙ってあの人の話を聞いた。そしてあの人に罰を与えるため、この憎悪を静かに押し込めた。

 

 ……ええ。今は、この感情は必要ありません。だってあの人は、二度と私から逃げられない。

 ならば過ぎたことを憎むなんて、なんとも馬鹿らしいじゃありませんか。理性的に自らを統制し、私はあの人に偏執的な欲望を願い出ます。

 貴方が赤子になってくださるのであれば、すべてを水に流しましょう。【煌天女帝】のことも、【主羅統娘】のことも、二度と口にしないと誓いましょう。

 だから――私を満足させてくださいますよね? そんな暗い喜びをぶつけようとした私は、私の文化的遺伝子(ミーム)統制を自力で解除した旦那様に驚き、後ずさりました。

 

 あ、ああ……♡ なんて、猛々しい目をしているのでしょう……♡ そんな目で迫られては、体が竦んでしまいます……♡

 あうっ♡ だ、駄目です♡ そのような真似をされては♡ だ、旦那様?♡ お待ちになって♡ どうか、お待ちに……♡

 そんな私の抵抗虚しく、旦那様に押し倒された私は、そのまま美味しく頂かれたのでした……♡

 

 

 

 

 旦那様の激しさは、これまでのどの時よりも凄まじかったです……♡ 快楽で殺されてしまうのではないかと思うほど、旦那様は激しく私を貪りました……♡

 自らに再生術を施し、なんとか動けるまで回復します。通常であれば一瞬にも満たない時間で回復できるのですが、私は本当に追い詰められていました。数分も時間を要するなんて、初めてのことです……♡

 ああ、やはり私には、旦那様しかいません♡ 貴方だけ、貴方だけなのです♡ 私のこの暗い喜びを解き放っても良いと思えるのは、旦那様をおいて他にはおりません♡

 

 さて、今度は私の方から……♡ そのように考えた瞬間、なんとも無粋な訪問者が私の世界に立ち入ったのを感じました。

 ああ……あの方ですね。旦那様に最初に愛された、どこまでも傲岸不遜なお方。

 かころぐによれば、【煌天女帝】はすでに旦那様に落ちているとのこと。つまりは私の旦那様を、自分のものだと思っていらっしゃるのです。

 ふっ……ふふふっ。良いでしょう。ならば旦那様が誰のものか、教えて差し上げようではありませんか。

 私は旦那様に大人しくしているよう言い含め、その場を後にしました。そしてすでに大聖堂最奥――婚姻の祭祀場にいらしていた【煌天女帝】と向き合います。

 

「……ッッッ!!! 貴様ッ……何のつもりだ!!!」

「何のつもり、とは?」

「とぼけるなッ!!! その体……あの男と!!!」

「ああ……旦那様に思う存分愛された証ですが、何か? 貴方には関係ないではありませんか、【煌天女帝】」

「痴れ者が……! あの男は妾のものだ! それを旦那様などと世迷い言を!!! 」

「そうおっしゃるのは貴方の勝手ですが、現実をご覧になってはいかがです? あの人は私の旦那様、それは主も認めた歴とした事実です。

 そもそもこの婚礼の衣装とて、旦那様が私に贈ってくださったものですが……♡ はて、貴方はそのような贈り物を、何も受け取っていないのですか?」

「――死にたいらしいな。神の操り人形風情が」

「――死なせはしないさ。我が主の名に誓い、誰一人だろうとも」

 

 【煌天女帝】がその五体を構え、私は聖剣を抜刀します。

 それだけで空間が悲鳴を上げ、世界が軋みます。早々に決着をつけなければ、先に世界が崩壊してしまうでしょう。

 一触即発。互いに譲れないもののために力を解き放つ我々の対峙は、突如として終わりました。

 

「ッ!? 旦那様ッ!?」

 

 私の『檻』から旦那様の気配が消失し、同時に壁一面が光り出します。

 

『やぁみんな、ボクだよ。今日は愛しい愛しい彼♡ ダーリン♡ との結婚を報告するよ♡ みんなでボクたちを祝福してほしいな♡』

 

 そこに映る【主羅統娘】――そして、拘束された私の旦那様。

 それを見た瞬間、感情を統制する鎖は千切れ――黒く燃え滾る『憎悪』が、咆哮を上げたのです。

 

 

 

 

 私は走った。

 あの人の下へ、一秒でも早く辿り着くために。

 しかしあの方が邪魔だ。先行する【煌天女帝】はすべてを破砕し驀進する。

 

「止まれ、【煌天女帝】! 無辜の人々が巻き込まれている! 気持ちは分かるが、貴方のやり方は看過できない!」

「やかましいぞ女! あの男は妾のものじゃ、あのような小娘に奪われてたまるか!!!」

「なればこそ、私と共同で――」

「衆愚を守りたいのなら勝手にやっていろ! 妾は征く、それだけよ!!!」

「ッ――」

 

 【主羅統娘】の放送で頭に血が上っている【煌天女帝】は更に速度を上げた。

 大地を踏みしめる度に崩壊する世界など気にもとめず走るあの方に、私は思わず顔を歪める。

 ただでさえ、【主羅統娘】が旦那様を独占している状況。加えて【煌天女帝】の身勝手さに私の『憎悪』が鳴り止まない。

 ああ――誰も彼も、狂っている。旦那様は私だけのもの。貴方たちのものでは決してないというのに。

 旦那様も、旦那様だ。それくらいの拘束など解いて、私の下へ帰ってくるのが筋というもの。なのに【主羅統娘】の意のままに従うなんて、夫としての自覚がない。

 罪のない人々を助けながらも、一方で私の『憎悪』は膨れ上がるばかりだった。このままでは私すらも焼き尽くし、ただ憎しみのままに暴れ狂ってしまいそうなほどに。

 

 それはいけない。聖王として自らを戒める私は、黙々と為すべきことを為し、【煌天女帝】を追う。やがてそれは功を奏し、私は旦那様を拘束する【主羅統娘】に手が届く場所まで辿り着いた。

 しかし――顔だけが露出する旦那様の、その頬に、『契約の烙印』が刻まれている。

 なんと、忌々しいことか! ギリッ!!! と、私は生涯初めて自らの奥歯を噛みしめる音を聞いた。表層の肉体にそれが出てしまうほど、心には『憎しみ』が溢れている。

 早く、早く、清めて差し上げなくては! 私の手で、私と旦那様だけの場所で、ずぅっと、永遠に、【主羅統娘】の痕跡を消し去らなくては。

 思わず干渉波を出し、彼の楽園に心を綴る。だが途中でそれは叶わなくなった。なぜ! どうして! 今、私と旦那様を繋ぐのは、あの場所しかないのに!

 荒れ狂う感情に支配され、私は【主羅統娘】と戦闘に入る。しかし【煌天女帝】は加減を知らない、私が調節しなくては世界が滅びてしまう。

 旦那様を取り戻したい、しかし民草を守らねばならない。

 二律背反に苦しめられる私の戦いは、【主羅統娘】の消失によって一時中断された。

 

 だが、まだ終わってなどいない。旦那様の魂を追跡し、外宇宙へと私は飛び出す。後ろから【煌天女帝】が追いかけてくるが、人々を守ること以上にあの方へリソースを使う余裕はなかった。

 私と【煌天女帝】は『無』が存在する空間へと到着した。その先に、その中に旦那様はいる。間違いない。

 だから私が聖剣による一撃を見舞うと、『無』はそれを弾き返す。厄介だ、【主羅統娘】は『絶対防御』によって私の侵入を阻んでいる。

 それは【煌天女帝】も同じのようだった。彼女の誇る爪や尻尾が『無』に通用しない。ここはすでに滅んでいる世界、被害など気にする必要はないが、三界への波及は避けねばならなかった。

 しかし、【主羅統娘】の放送がそれの邪魔をする。あろうことかあの子は旦那様の上に跨り、淫売のように振る舞っている様子を私の前に映し出したのだ。

 しかも旦那様へキスを繰り返しながら、時折こちらを見る。じっとりとした視線は、それの意味するところをありありと私に叩きつけていた。

 

 ――そうか。貴様はそうするのか。ならばもはや容赦はしない。三界の保護を忘れさせる程の『憎悪』に飲まれた私は、ひたすらに力を解放していく。

 聖剣を振るう。壊れない。旦那様は【主羅統娘】に自ら口づけをする。

 拳で殴る。壊れない。旦那様は【主羅統娘】に愛を囁く。

 光を解き放つ。壊れない。旦那様は【主羅統娘】を自らの意志で貪る。

 渾身を叩きつける。壊れない。旦那様は、旦那様は……旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様旦那様――

 

 【煌天女帝】と一撃が重なる。『無』にヒビが入り、砕け散る。

 その隙間へと体をねじ込み、見たものは――――【主羅統娘】に女の喜びを教える真っ最中の、真っ青になった旦那様。

 ああ……悪いと、そう思っているのか? それは私に? それとも【煌天女帝】?

 どちらでもいい。今貴方は、私の許容を超えた。超えてしまった。よりにもよって私の目の前で、そのようなことをなさるなど。

 

 ――――殺す。

 

 『殺意』が、芽生えた。『憎悪』を超えて、それは【主羅統娘】と、旦那様に向く。

 二人を、殺す。我が聖剣の錆にしてくれる。そして旦那様は『檻』の最奥、最下層の更に下、私の『絶対防御』の領域に永遠に閉じ込めてやる。

 どうしてか、これまでのどの時よりも穏やかな微笑みを浮かべていた私は、スッと聖剣を掲げた。【煌天女帝】も同様に自らの爪を振り上げる。

 それに対抗しようとする、【主羅統娘】。旦那様に愛された証を見せつけるあの子に、言いようのない殺意を掲げ。

 世界など、とうに忘れ去った私の前で。旦那様は急に、【主羅統娘】の名を呼んだ。

 

 そして、それを許すまじと斬りかかる私に。

 ただ一言。「待て」と、そう言ったのだ。

 

 瞬間、体が動かなくなった。まるで自分のものではないかのように、旦那様の言葉にただ従った。

 ズクン♡ と下腹部が疼いたのは勘違いではないだろう。まるでそこを中心として、私の体が支配されたように……ただ、旦那様の一声で、動けなくなった。

 そんな私を眺め、「良い子だ。エウラリア」と名前を呼ばれると、キュンキュンと下腹部から愛情が迸った。民草を忘れるほどに私を支配していた『憎悪』は、とっくに白旗を上げていた。

 

 そんな。どうして。なぜ。自分に問いかけるものの、動けない私は、旦那様の行いを見続ける。

 【主羅統娘】に対して、旦那様は本当に優しかった。優しく、けれど容赦なく、なのに【主羅統娘】が懇願すると動きを止め、頭を撫でて口づけを落とす。

 羨ましい。私はまだ、そんなことされてはいない。私は奉仕が好きだ。けれど、だからといって、旦那様から愛情を持って扱われたくないわけじゃない。

 【主羅統娘】とのことが終わると、同じく動きを止めていた【煌天女帝】が走った。けれどあっけなく旦那様に組み敷かれ、そのまま、乱暴に……

 ああ、なんて……ゾクゾクする光景。【主羅統娘】とは比べ物にもならず、私にさえぶつけたことのない劣情を、旦那様は【煌天女帝】に叩きつける。

 とてもひどかった。女を女とも思わぬ、けれどまごうことなき雄の所業だった。それに、ごくりと。火照った体を持て余すしかない私は、私は……

 やがて、【煌天女帝】とのことも終わる。あと一人、私だけになった途端、旦那様はゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

 ああ……見ないで♡ そんな目で見ないでくれ♡ これでは、駄目だ♡ 私は駄目になってしまう♡

 あんなに貴方を憎んでいたのに♡ あんなに貴方を殺したかったのに♡ そんな風に力強く手を引かれて、押し倒されては、何もかもを許してしまう♡

 そういえば、旦那様は騎士たる私を好んでいたな……♡ 本当に無意識に、形ばかりの言葉で抵抗をすると、すぐに旦那様のお顔は猛々しくなられた……♡

 旦那様の瞳に映る私の顔は、完全に女だった……♡ メスだった……♡ そのまま、抵抗虚しく、私はまたも旦那様に頂かれたのだった…………♡♡♡

 

 

 

 

 目が覚めると、旦那様が私の頬に手を添えていた。

 どうやら起こされたらしい。ぼーっと辺りを見渡すと、同じベッドに【主羅統娘】と【煌天女帝】がいる。

 めらり、とまた、私の中で『憎悪』が湧いてきた。それに突き動かされるまま、私は冷たい声を発する。

 

「ああ……そういえば、貴方たちもいらっしゃいましたね。

 このような格好を見せてしまい、申し訳ありません。すぐにわ・た・し・の・旦那様♡ と帰りますのでお気遣いなく。

 ……あらあら。この子ったらなんて言い草でしょう。殿方が最後に求める人こそ、最も大切な女性なのですよ? まあ、生まれて間もない貴方には理解できないでしょうが。

 おや。妙なことをおっしゃいますね、【煌天女帝】。確かに貴方が一番激しかった、それは認めましょう。ですがそれは、単に貴方の体が頑丈だったからに過ぎないのでは? 使い捨てるのに丁度良いお体をお持ちで羨ましいですね。

 …………双方、落ち着きなさい。旦那様♡ を巡って争うなど愚の骨頂です。なぜならば旦那様♡ は私の旦那様♡ ですよ? 争う必要もなく、それは主に祝福されているのですから。

 【主羅統娘】? 幼さを言い訳にするのも限度があるのですよ? 貴方はとっくに女なのですから、敗れたことを素直に受け入れなさい。

 【煌天女帝】も、みっともないですよ? どうしてそこまで旦那様♡ に執着するのですか? そのように罵倒されるのであれば、さっさと忘れてしまえばよろしいですのに。

 

 旦那様♡ も、何かおっしゃってください。この方たちは本当に分からず屋で……旦那様?♡ どうして、そのような笑み、を……♡」

 

 真の夫婦であることを証明しようと旦那様に目を向けた私は、言葉を失いました。

 なぜならばそこには、笑顔の旦那様がいらっしゃったからです。

 見たこともない、荒々しく、欲望に満ちた、ギラついた旦那様の笑顔が……♡

 

 ああ……その時私は、やっと悟りました。もはや私の内側で、黒い炎は燃えていません……♡

 燃えているのは、ドロドロとした欲望の炎♡ 『憎悪』という名の、旦那様♡ を喜ばせるだけの、はしたない私の心……♡

 

 私たちはこれから、どうなってしまうのでしょう。それはきっと、旦那様だけが決められます。

 けれど、絶対に逃しませんから♡ 私は絶対に、逃げませんから♡ ですから末永く、よろしくお願いいたしますね――――旦那様♡♡♡




とりあえずこんなもん。難産やったな。愛情聖王と憎悪騎士の二面性、もっと早く思いついてれば色々面白くできた気がするで。
まあええわ。気が向いたら加筆修正するんでな、聖王のこの視点ほしい! って人は感想でじゃんじゃん言ってくれ(感想乞食)
覚えてたら加筆するで。覚えてたらな(忘れる作者)

最後は女帝やな。次はもっと早く書きたいなあ(執筆停滞恐怖症)
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