性癖に正直に生きてたらヤンデレに追いかけられたんだが 作:鷲羽ユスラ
彼がやっと来てくれたから出迎えたら、その体にはあいつらの印が刻まれていた。
トカゲおばさんは胸。心とか、魂とか、そういうの自分のものだって主張してる。ほんとばか。すくえない。彼はボクだけの彼なのに。
勘違い女は……え!? そこなの!? う、羨ま、いやいやおかしいよね!? 本当に頭プリンになっちゃったの!? 我が敵ながら心配になる。最近の勘違い女はどうしちゃったんだろう。何度も虚空見つめてはボーッとしてたし。
……違う違う! あいつらのことなんか重要じゃないんだ! 今、大事なのは、ボクの大切な彼をあいつらが自分の所有物だって主張していることだ!
君は、そんな風にヘラヘラ笑ってしょうがなかったって言うけどさ……納得なんて、できないよ。君は、ボクのものだ。誰にも渡さない。ボクの、ボクだけの愛しい君なんだから。
不機嫌さを隠しもしないボクは、彼に隣に座るよう言った。そして素直に従う彼に抱きついて、また同じ場所にちゅうをする。
あいつらがその気なら、ボクだって負けてられない。ほっぺたに、顔全体に、体中に印を広げるんだ。そうすればあいつらも理解するだろう。彼が、ボクのものだって。
そうしていると、彼は優しく笑ってそれをとめた。もう逃げたりしないからって。
……信じるよ? 信じるからね……? だから、もうボクから離れないでね……
それから彼と、色んな話をした。ボクとあいつらでハーレムを作るなんて聞いた時は、腸が煮えくり返る思いだった。
本当に君は、ボクを怒らせるのが上手だ。腹立たしくて、体がカッと熱くなるくらいに。
でも、その熱さも、心に積もる苛立ちも、君が側にいれば消えていく。心地よさと幸せで、どこかへフッと溶けていく。
前の約束は偽物だって彼は言った。だから彼とまた、約束した。
今度は、本物の約束。絶対に離れない、どんなことがあってもずっと一緒にいるって指切り。
そのために彼は、契約の糸まで結んでくれた。結んだ本人にはどうにもできない、相手の一方的な思いで千切れてしまう、細い糸。
それは本当に大切な、心から信じられる人としか結んじゃいけないって、ボクは知っている。だから、とても嬉しかったのは本当だ。彼はその糸に、彼の全てを乗せてくれたんだから。
好き。君が好き。大好き。愛してる。本当はダーリン♡ じゃなくてパパ♡ って呼びたいってわがままを言っても、受け入れてくれた。それが嬉しくて、嬉しくて、ボクはお父さんにそうするように彼に甘える。
血の繋がりなんか関係ない。特別な繋がりも、今はいらない。君がいて、ボクがいる。それだけでいい。それだけで、ボクの世界は完結する。
……なのにまだ、あいつらもいてほしいって、そう思うんだね、君は。流石のボクでも、耐えきれないことはある。パパ♡ がボクにとって最高のパパ♡ でも、許せないことはある。
いっそあいつらを、ボクのお人形にしてしまうのはどうだろう。普通なら無理だ。でもボクが最大で向こうが最悪なら、あるいは。
例えばそう、同じベッドで三人一緒だったあの時くらい、弱っていれば――
カリッ。脳裏に過ぎった記憶を掻き消すために、つい自分の唇を噛んでしまう。
いけない、いけない。パパ♡ の前では笑顔でいなくちゃ。君が最高のパパ♡ なら、ボクは最高の娘で当然。
悪いことは、隠さなくっちゃね。やるのは、今じゃなくていい。
ボクとパパ♡ の二人だけの世界――それを作ったあとでいい。
パパ♡ の胸に顔をうずめてそうほくそ笑んでると、急にパパ♡ がボクを褒め始めた……♡
だ、ダメだよパパ♡ 急にそんな、んぅ、やめてよ……♡ パパ♡ に褒められるの、ボクすっごい嬉しいんだからぁ……♡
ダメ♡ ダメダメ♡♡ そんな風に想っててくれてたなんて知ったら、もっと好きになっちゃう♡ パパ♡ のこと、ますます大好きになっちゃう♡
だからぁ、褒めちゃだめだよぉ、パパ♡ ボクたち、家族なんだよ……?♡ なのに、そんな熱心に口説かれたら……ボクもう、我慢できないよ……♡
いいよね……?♡ これはパパ♡ のせいだもんね♡ 合意だもんね♡ ボク悪くないよね♡
ボクが悪い子でも、それはそれでいいよね♡ そしたらパパ♡ たくさん叱ってくれるもんね♡ だから、ホラ……♡ 抵抗、しないで……♡
あいつらのことなんか、今は考えなくていいからさ……♡ もし見つかっても、ボクが守ってあげるから……♡
だから、受け入れて……♡ ……もぅ、今日はいつになく強情なんだね……♡
でも、ボクがちょっと本気を出したら、パパ♡ は勝てないんだよ……♡♡ あは♡ ホラ、もっと頑張らないと、負けちゃうよ……♡
ざこ♡ ざぁこ♡ 娘にも勝てないよわよわパパ♡ そんなパパ♡ も、大好き……♡♡ たくさんたくさん、愛し合おうね……♡♡♡
そうして、あとちょっとってところで、パパ♡ は急にボクに提案してきた。そんなのあと♡ って思ったけど、内容を聞いたら受ける気になった。
クイズ、出すんだって。ボクが勝ったら、パパ♡ は全部ボクのもの♡ あいつらが何言ってももう絶対なびかないって♡
その代わり、ボクが負けたらハーレムを認めなきゃいけないけど、些細なことだよね。だって、クイズだよ? 世界の叡智たるこのボクに、クイズで挑むんだよ?
絶対負けるわけないって思った。ボクに知らないことなんて何もないから。あるとすれば、それは人の心とか、あいつらに関わることだけれど……たとえそれを出されたって、負けるわけない。
ボクは、そうあるべくして生まれた存在だから。世界の叡智、その根源、そしてそのものとして生まれたボクが、たかがクイズで負けるわけなかったんだ。
「じゃあ問題です。俺、フレッドリーツ・レアライヒにとって、ネスキスの一番性癖にぶっ刺さるところはなーんだ?」
…………ぇ?
せ、せいへきに、一番ぶっ刺さるところ? え? 聞き間違いじゃないよね? 確かに今、君はそう言った、よね……?
ボクの困惑をよそに、彼はサラサラと魔導で作った紙に答えを書いて伏せる。それを読み取れば、すぐに答えは分かるけど……流石にボクのプライドが許さない。
ふう、落ち着け。考えろ、考えるんだ。ボクに知らないことはない、この知識があれば答えを導き出せるはずだ。
せいへき。性癖。生まれついての拭えない癖。一般的に性的な、そう……こ、子作り♡ に関わる趣向のことを指す。
彼の、子作り♡ の癖。子作り♡ をする上での、趣向……?
ち、知識を、ボクの持つ叡智から引っ張り出すんだ。性癖、性癖……えっ!? な、なにこれっ!?
うわぁ……こんな、うわぁ……こんなへんた、いやいや変なや、いやいや……そ、その、特殊な人たちがいるの? 彼も、その一人……?
えぇ……嘘でしょ、全然信じたくないんだけど……で、でも、彼がこうだとは限らないし……そ、そうだ! 聞いてみれば……!
そう思ったけど、ヒントになるからダメだって言われた。く、くそぅ、叡智の化身としてのプライドの手前、ヒントなんか貰えない……
ああクソ、人の心も読めれば良かったのに……! 個々人の心はボクの管轄外、その全貌を明らかにすることはできない。
どうしよう……いいや、何弱気になってるんだ、ボク! ボクの叡智をフル活用すれば、これくらいのクイズ、なんてことないはず……!
…………
……………………
…………………………………………
ああもう! 分かんないよぉ! なんだよパパ♡ に一番ぶっ刺さる性癖って! 本当にそれボクの中にあるの!?
えっと、えーっと……そうだ! さっきパパ♡ に褒められたところ! たぶんその中に答えがあるはず!
褒められたのは、髪と、目と、自信満々なところと、娘みたいに可愛いところ……♡ よし、この四つから選ぶんだ!
ボクは考えた。考えて、考えて、考えて、答えを出した。
間違いない、これだ! パパ♡ の性癖に一番刺さるのは――ボクの娘みたいに可愛いところだ!
だってボクはパパ♡ の娘だし、うん、間違いない! どうだ! これがボクの答えだ!!!
「あー……ざんねーん、ハズレー! 正解は、ネスキスのメスガキみたいに生意気なところでしたー!」
…………え?
えっ。
え???
まち、がえた? ボクが? このボクが???
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!! ボクは慌てて彼の伏せた紙を引っ繰り返す。
そこには……『生意気なところ♡』って書かれていて……ボクは、現実を受け入れることができなかった。
そんな…………何かの、これは何かの間違いだ。だって、ボクが間違えるわけないんだ。ボクは世界で神の次に賢くて、色んなこと知ってて、頭が良いんだ。
なのに、なのに、こんなのって…………
――も、もう一回! もう一回だよ! 今の無し、ナシナシナシ!
だってインチキだもん! ボクの知らないこと、問題にするなんて! ちゃんとボクに分かる問題にしてよ!
そうせがんだら、しょうがないなぁって彼は笑って。
「じゃあ、次の問題です。俺はネスキスが何番目に好きでしょう?」
…………い、一番! 一番だよね!? ね、ね、ね!?
「ざんねーん! ネスキスはまだ三番目でしたー!」
う、うぅうっ……! ひどい、ひどいよパパ!!!♡ ボクの口からそれを言わせようとするなんて、ひどすぎるよ!
なんでイジワルするの! 普通に難しい問題でいいでしょ!? ホラ、パパ♡ の証明した永久機関の原理とかさ! ボク、一言一句違わず答えられるよ!?
「おー、そうかそうか。えらいぞー! じゃあ次の問題、俺はネスキスが何をしたら一番喜ぶでしょう?」
……………………い、いやだけど……ハーレムを認める、とか……?
「あー、それも嬉しいけど、正解は泣いちゃうことでしたー! そう、今みたいにさぁ……絶対勝てるって自信満々なプライドをへし折られて泣きそうな顔、大好きだぞ♡」
そう言って、呆然とするボクの顔を見下ろす彼の顔は、とてつもなく愉しそうで――
それから何度も、ボクは彼に問題をねだった。
彼はその度に問題を出して、けれどボクは全部間違えてしまった。
信じられない。ありえない。息が荒くなる。頭がクラクラする。もう前も後ろも分からない。
負けるの……? ボクが、このボクが、世界の叡智たる統べる者が。彼に、大好きな人に、たった一人の大切なパパ♡ に、敗北するの……?
無理だ。たとえパパ♡ でも、受け入れられない。認められない。絶対に、必ず、ボクは勝たなきゃいけないんだ!!!
「それじゃあ、最終問題だ。せっかくだし、ネスキスのために二択にしようかな。
俺ことフレッドリーツ・レアライヒは、ネスキスの髪と瞳、どっちが好きでしょう?」
彼が紙に答えを書いて伏せる。ボクはその瞬間、禁じ手を使う。
ボクは人の心までは分からない。けれどそれが世界に書き出されたのなら、その瞬間から知識として取得できる。
勿論、ボクのプライドはズタボロになる。でも今の時点で似たようなものだ、恥の上塗りをしてでも、ボクは勝利を選ばないといけない。
接続する。世界からボクへ、この問いの答えが流れ込む。
それは――
『答えは瞳だ、ネスキス。だが、好きな方を選ぶといい』
ドクンと、心臓が跳ね上がった。
ドッと汗が流れる。恐る恐る、彼を見る。
彼は、笑っていた。ニヤニヤと、心底今を愉しむように。震える瞳で、髪を揺らして、呆然とするボクに、彼は気持ち良くなっている。
『好きな方を選ぶといい』
手元の紙の文字がリフレインする。
ねえ、嘘でしょ? 嘘だと言ってよ。まさか、そんな……ボクに、選ばせるつもりなの……?
勝って君を手に入れるんじゃなくて――ボクが
そんな、そんな……そんなこと……
呼吸が荒くなる。息が熱い。汗が滴って、ボクの体を濡らしていく……
やだ……やだよ……そんなのやだ……♡ 君に、負けたら、認めなくちゃいけないのに……♡ 君の、ハーレム……♡ あいつらと一緒に愛されるってこと、受け入れなくちゃいけないのに……♡
やめてよ……そんな目で、見ないで……♡ ボクが、自分から、負けを認めちゃうの……求めないで……♡ あっ♡ やだ♡ やだやだやだやだ♡ 嫌だよぅ♡ 負けたくないよぅ♡
腕、掴まないで♡ 近い♡ 近いよパパ♡ 答えはどっちって、今答えられるわけないじゃないか♡ 答えたら、答えたら…………♡♡♡
……――パパ♡ が好きなのは、ボクの、髪、です…………♡♡♡
ああ……言っちゃった……♡ 自分から敗北♡ 認めちゃった……♡
もう、逃げられない……♡ ボクはパパ♡ のハーレムに入っちゃうんだ……♡ あいつらとおんなじになって、これからずっと……ずっとずっと、幸せにされちゃうんだ……♡♡♡
こうして、ボクは負けてしまった。一度も負けたことのなかったボクの、最初で最後の敗北だ。
後悔がないと言えば嘘になる。本当は、ボク一人だけで良かった。その思いは今も変わらない。
けれど……しょうがないよね。だってパパ♡ が、あんなに嬉しそうな顔でボクを見つめていたんだから。
残酷で、悪どくて、遠慮なんか一切ない、子供みたいに純粋な笑み。ただ、気持ちよくなりたいって……ボクを幸せにする気満々の顔をされたら、抗えない……♡
ああ……そうか。ボクは最初から負けてたんだ。
ただ、気づかなかっただけで、ボクはずっと前から負けていた。彼を、君を、パパ♡ を好きになったその時から、もう勝ち目なんかなかったんだ……♡
これからボクは、色んな後悔をするだろう。けれど、そんな未来に不満はない。
だって、君と一緒なら、どんな未来だって笑って歩いていけるから。
だから、これからもよろしくね♡ ボクの、たった一人のお父さん♡♡♡
というわけでね。別に大した問題でもなかったんだね。
まあ娘ちゃんはアブノーマル板見れないからね。そういう系にひねった問題はわからないんだね。
ということにしといて。ぶっちゃけ頭使って考えるより脊髄で書きたいんだ。だってその方が早いし。
次は聖王かな。まああっちはあっちでもうことは終わってるんだけど、必要だからね。
さくさく書くよ。じゃあまたね。