ギンガ団のボスになるinガラル   作:サマル

2 / 5
2話

 森の木々と霧がヒバニーの視界を制限する。

 しかしそれでもヒバニーが高速で跳躍移動を続けられるのは、その耳が優れた感覚器官として働くからだった。

 

「――――――」

 

 のどから発した高周波の音が音速で森を駆け巡り、帰ってくる。

 遠くにある物は跳ね返ってくるまでに時間がかかり、近くにある物はすぐに跳ね返ってくる。

 その微妙な時間差と向きを長い耳が捉え、ヒバニーの脳内に地形を映し出す。

 地球のコウモリやイルカといった生物の行う“反響定位”と呼ばれる手法を真似したものである。

 ヒバニーがこちらの世界に来て修得した、戦う技術の1つだった。

 

 少し開けた場所に出る。

 対峙するのは3体。

 人間が1人と、ポケモンが2匹だ。

 ヒバニーは迷わず人間に狙いをつけた。

 木から飛び降り、その無防備な背中に急降下。

 人間の背負う大きなリュックを緩衝材にして、殺さないように程よく蹴り飛ばす。

 

「うーわー!?」

 

 叫んで倒れこむ人間の首にそっと足をのせる。

 少しでも暴れたら首を折る、というサインだ。

 

「な、なんだぁお前!? どっから出て来た!?」

「え……あ……?」

 

 唐突に現れたヒバニーに狼狽する2匹を見る。

 一匹はフォクスライの進化前、クスネだった。

 もう一匹は、緑色のおかっぱに赤いツノが生えた少女のようなポケモンだった。

 ラルトスと呼ばれるポケモンである。

 そこでヒバニーは首を傾げた。どちらが襲われていたポケモンなのか分からない。

 というのも、クスネがボロボロになっているのに対し、ラルトスは無傷だ。

 ラルトスがかなり一方的にクスネを攻撃していたことがうかがえる。

 そうなると被害者はクスネということになるが……

 

「クスネが狙い……? わざわざ、この森に入り込んで?」

「そ、そうなんだよぉ! 助けておくれよぉ!」

 

へたくそな泣きまねをするクスネに、ラルトスが抗議した。

 

「ち、違います! 襲ってきたのは向こうです! 私、とっさに力を籠めたらなにかできて、それで……」

 

クスネは珍しいポケモンでもない。どこにでもいる、普通のポケモンだ。

一方でラルトスはかなり珍しい部類のポケモンになる。

そこまで考えて、なるほど、とヒバニーは頷いた。

 

「……そうか。襲ったはいいものの、返り討ちにされたってところか」

「なぜばれたぁ!?」

「そうです! 信じてくれてありがとうございます!」

「まったく。どうしてこう、どいつもこいつも珍しいポケモンを捕まえたがるのか……」

 

 ラルトスは周囲の生物の敵意を感じ取る能力があり、悪意を持って探す者の前にはそうやすやすとは姿を現さない。

 かわいらしい見た目から人間からの人気は高いが、捕まえるのは難しい。

 大方、希少種を捕まえて売りさばこうとしてたんだろうな、とヒバニーは足元の人間を踏みつける力を少しだけ強めた。

 

「い、痛い痛い痛い!?」

「ちょ……ちょっとかわいそうな気が……」

「いいんだよ。ポケモンハンターなんか」

 

 この程度で悲鳴を上げるとは根性のない奴だ、とヒバニーは鼻を鳴らす。

 

「おい、あんた」

「は、はひゃいっ!?」

 

 ヒバニーがクスネに話しかけた。

 人間とポケモンは喋ることはできないが、ポケモン同士なら話せる。

 内容を理解できないポケモン同士の会話に、足元の人間は目を白黒させていた。

 

「このあたりのポケモンは人間に与する意思はない。さっさと手を引け。さもないと……」

 

 ヒバニーは足に力を込め、人間が悲鳴をあげる。「あんたもこの人間と同じ末路をたどることになる」

 

「ま、待ってくれ! いきなりそんなこと言われても……!」

 

 もともとラルトス優勢だったところに、ヒバニーが現れた。人間も全く頼りにならないし、クスネからしてみれば悪夢のような状況である。

 だがクスネはこの期に及んでも何かをためらっていた。

 男のことを見捨てられないという様子でもない。クスネを縛り付けている何かがあるはずだった。

 ヒバニーは踏みつけている男の腰に目をやる

 そこにはモンスターボールが括り付けられていた。

 ベルトを外し、ヒバニーはそのモンスターボールを手に取った。

 

「そ、それはオイラのボール……」

 

 暴れだした人間を踏みつけて黙らせ、ヒバニーはボールをクスネに放り投げた。

 目の前に落ちたモンスターボールに、クスネは驚きの声を出した。

 

「え……こ、これ……」

「壊すなり自分でもっておくなり、好きにしろ」

 

 モンスターボールにはポケモンを縛る機能がある。

 一度捕えられると、ポケモンはボールの強制収容能力に逆らえなくなるのだ。

 他にも捕えたポケモンの友好度を操作したり、命令への絶対服従を強制する機能もボールにはある。

 言うまでもなく人類社会においても違法な代物だが、手軽にポケモンを従わせられることから、そうした改造もののボールを愛用する者は後を絶たなかった。

 しかし、違法ボールにも弱点はある。ボールを壊せばその機能は失われ、ポケモンは『トレーナーのもの』から『野生』へ戻ることが出来るのである。

 

「これであんたは自由だ。だが、その上で再びこの森に手を出すなら……」

「し、しないしない! じゃ、じゃあオイラはこれでぇ!」

 

 クスネはそう言い残すと森の奥へと逃げ去ってしまった。

 

「……ふん。こいつを連れて帰らせようと思ったんだがな。こうもあっさり見捨てられるとは、見下げたやつだ」

 

 ごりごりと男の首筋を踏んでやるが反応はない。

 死んではいないが、痛みと酸素不足で気絶したようだ。

 荷物をあさり、モンスターボールや投擲用の網など、捕獲に使えるものを全て奪い取る。

 あとは放置だ。

 送り返す義理もない。野垂れ死ぬか、人間の街まで帰れるかはこの人間次第である。

 

「す……すごい……強い……」

「余計な世話だったみたいだがな」

 

 感嘆したラルトスに、ヒバニーはつっけんどんに返事をした。

 

「でも、助けに来てくれたってだけですごいです! 自分も危ないかもしれないのに……」

「そんなことはない」

 

 ばっさりと否定したヒバニーに、ラルトスがやや涙目になる。

 

「えっ? わ、私を助けてくれた……ん、です、よね……?」

「……まあ、一応そのつもりだがな、妙な勘違いはするなよ」

 

 おずおずと近づいてきたラルトスを、ヒバニーは手で制した。

 

「ボクはポケモンが、嫌いなんだ」

「え……」

 

 ラルトスが足を止める。

 

「ボクのことはどうだっていい。それよりあんた、帰る場所はあるのか? 親や群れは?」

 

 なんとなくばつが悪くなって、ヒバニーは話題を変えた。

 ラルトスはサーナイトやエルレイドの進化系の中で一番未成熟な状態である。

 普通に考えるなら、どこかの群れからはぐれた個体のはずだった。

 

「わ……わかりま、せん」

「分からない? どういうことだ」

「その……私、覚えていないんです。記憶がなくて……気づいたらここに……」

「……記憶喪失、か」

 

 難しい顔をして、ヒバニーはそう結論付けた。

 別にない話ではない。

 ガルーラの群れで保護している幼いポケモンたちの中にはそういったものもいる。

 

「あ、でも! ……1つだけ、分かることもあります。信じてもらえるかわかりませんけど……」

「聞かせろ」

 

 ラルトスの古郷が見つからなければ、ガルーラに世話を押し付ければいいだけの話である。

 が、一応元の群れを探すだけ探してやるか、という程度の気持ちで何気なくヒバニーは答えた。

 ポケモンは嫌いだが、憎んでいるわけでもない。

 

「えっと……私、今とは違う姿をしていたような気がするんです」

「何だと?」

 

 ラルトスというポケモンに進化前は存在しない。

 つまり、かつて別の生物だった、ということだ。

 それは、まるで自分のようではないか。

 ヒバニーは息が荒くなりそうになるのを気合で抑えた。

 思考がぐるぐると空回りしては消えていく。

 ヒバニーは辛うじて言葉を絞り出した。

 

「……どんな、すがただったんだ? 以前は」

「えっと、その。もっとこう、背が高かったような……」

 

 続く言葉を待つ。

 しかし待てどもそんなものはなかった。

 ヒバニーは眉間をもみながら問う。

 

「……それだけか?」

「は、はい。なんだか背が縮んだような気がするんです……」

 

 はあー、とヒバニーは大きく息を吐く。

 

「そりゃ気のせいだろう。目覚めたばかりで、サイズ感がおかしくなってんのさ。身長なんかそう変わるもんじゃない」

「で、ですよね……あはは」

「とりあえず、ボクの群れに案内してやる。どうするにせよ、生活基盤はあった方がいい」

「あ、ありがとうございます!」

 

 先導するヒバニーについていこうとして、ラルトスがどさりとこけた。

 

「いてて……」

「……おい」 

 

 ヒバニーがラルトスを呼んだ。

 すたすたと歩み寄り、背中を見せる。

 怒られる。そう思って、ラルトスは反射的に謝った。

 

「ご、ごめんなさい!」

「……違う、そうじゃない。運んでやるから、乗れ」

「え、でも……」

「いいから」

 

 ヒバニーがラルトスを背負いあげた。

 ラルトスが足をくじいてしまっていることを見抜いたからだった。

 

「ち、力。強いんですね……?」

「時折人間がポケモンを捕まえに来る。戦えなくちゃ話にならん」

 

 ぶっきらぼうにヒバニーは返事をした。

 

「へえ……あの、ギンガ団の人みたいにですか?」

「ギンガ団? どこかで聞いたような名前だな。それは覚えてるのか」

「そういえば……そうみたいですね」

 

 ギンガ団。その名はヒバニーも聞き覚えがあった。

 だが、どこで聞いたのか、どういうものだったかはイマイチ判然としない。

 あの長生きで博識なガルーラから聞きかじったのかもしれないな、とヒバニーは思った。

 

「あっ、お礼がまだでした。……助けてくれて、ありがとうございます」

「気にするな」

 

 ヒバニーの返答は短い。必要最低限だ。

 会話が途切れる。

 ポケモン一匹を抱えた状態では来たときのような跳躍はできない。

 ヒバニーはゆっくりと森の中を歩く。

 

「……あ、あの」

「……なんだ」

「ポケモン、嫌いなんですよね……?」

「ああ」

 

 ガルーラも、あんたも、なにより自分の体が嫌いだ。

 ヒバニーは内心でつぶやいた。

 

「なんで私を助けてくれたんですか……?」

 

 初めての質問ではない。

 今までにも、助けたポケモンからそういう質問をされたことはあった。

 舌打ちしつつ決まり文句を返す。

 

「……ちっ。助けるのに理由はいらない。そうだろう?」

 

 吐き出す言葉はあの無類の善人、ガルーラの受け売りだ。

 キザったらしくて言いたくはなかったが、こう言っておけば、たいていのポケモンは感動してそれ以上追及してこなくなる。

 あのタネボーのように、その後妙に付きまとってくるようになることがあるのが考え物だが、とりあえず会話を打ち切る手段としては有効だった。

 いつものように嘘をつく。

 いつも通りに会話が終わると思っていた。

 

 だが、このラルトスは違った。

 

「で、でも助けない理由はあったんですよね?」

「……」

 

 思わぬ追撃にヒバニーは黙り込んだ。

 

「あっ、ご、ごめんなさい……私、その……そんなつもりじゃ……」

「助けたのは気まぐれだ。慣れあうつもりはない。相手してもらいたきゃ、うちの群れのガキどもに会わせてやる」

 

 早口に言い切って、ヒバニーは帰路を急いだ。

 

 

 

 2匹がガルーラの群れの縄張りに帰ってきたのは太陽が沈もうか、というほどの時間だった。

 群れのポケモン達をしり目にガルーラの元へ急ぐ。

 

「帰ったぞ、長」

「こ、こんにちは……」

 

 ラルトスがガルーラに挨拶をする。

 ガルーラはその巨体をかがめ、ラルトスに視線を合わせた。

 

「おお、お前さんが襲われていた子か。けがはないかの?」

「いえ……はい。大丈夫です。ヒバニーさんに助けてもらったので……」

 

 ヒバニーが片眉をあげた。

 ガルーラは構わず続ける。

 

「そうか。それはよかった。しかし……連れ帰ってきたということは、何か事情があるのじゃな?」

「ああ。記憶喪失だ」

「ふむう……そうか。まあとりあえずはゆっくり休むがよかろう。話はまた、日を改めてしよう。今日はヒバニー、お前さんが面倒を見てやれ」

「断る。長の役目だろう、それは」

「儂もそうしたいが、その子はそうは思っておらぬようじゃぞ?」

 

 ガルーラがラルトスを見るように、目線で促す。

 つられてラルトスに目をやると、そのちいさな手はヒバニーの白い毛を短く、しかししっかりと握っていた。

 

「あのな……」

「あ! ご、ごめんなさい! つい……」

 

 無意識に握っていたらしい。

 ヒバニーは呆れて空を仰いだ。

 

「どうする? 儂の所で預かると、ぐずってしまうかもしれんなあ」

「知るか」

 

 ラルトスとガルーラを置いて、ヒバニーは帰った。

 ポケモンと仲良くするつもりはない。してはいけないのだ。

 

 

 

 森に街灯などあるはずもなく、辺りは完全な闇に閉ざされていた。

 ヒバニーは自分の家である木のうろの中でぼんやりと月を眺める。

 霧は既にはれているが、雲に隠れてその明るさはあいまいだ。

 

「……」

 

 ラルトスの言っていた、「ギンガ団」という言葉について考えていた。

 あのあとガルーラに尋ねたが、ガルーラもそんなものは知らないという。

 何故自分はそんな言葉に聞き覚えがあるのか。

 何故ラルトスはそんな言葉を知っていたのか。

 そもそもギンガ団とはなんなのか。

 

「……」

 

 人間だった頃の記憶は日を追うごとに消えていく。

 それは特に人間に関することが顕著だった。

 ヒバニーはもはや、自分の名前すらも思い出せなくなっていた。

 忘れているのではない。消えているのだ。

 ギンガ団という名前は、その消えてしまった記憶の中にあったのかもしれない。

 

「話を聞く必要がある、か……」

 

 ヒバニーはラルトスと長の元へと向かおうとした。

 しかし、そこで何者かが近づいてきている足音を聞いた。

 

「誰だ……」

 

 うろから出て、闇に目を凝らせば、そこにいたのは一匹のポケモンだった。

 真っ白な体に、不安そうな眼差し。

 

「……ラルトス」

「あの、ヒバニーさん……」

「丁度いい。ボクもお前に聞きたいことがあった」

 

 そう言いながら、ヒバニーは青く丸い果実を手渡した。

 

「オレンの実だ。足の怪我、長は誤魔化せたようだがボクはそうはいかない」

「あ……ご、ごめんなさい。迷惑をかけるのも悪いかと思って……」

「隠される方が迷惑だ」

 

 ラルトスがこわごわと木の実にかじりつく。

 怪我は見る見るうちに治っていった。5秒もかからない。

 傷跡すらも残らないそれにため息をついて、ヒバニーは尋ねた。

 

「で? 何の用だ」

 

 ラルトスが大きく息を吸い込む。

 そして意を決したように、力強く言う。

 

「ヒバニーさん。『ポケットモンスター』というゲームを御存じですか?」

 

ヒバニーの瞳が、動揺に揺らいだ。




ラルトス
分類:きもちポケモン
性別:♂♀
タイプ:エスパー/フェアリー
高さ:0.4m
重さ6.6kg
特性:シンクロ/トレース/テレパシー(夢特性)

人やポケモンの感情を敏感にキャッチ。敵意を感じると物陰に隠れる。

種族値:28-25-25-45-35-40

豆知識:ゲームではびっくりするほど弱い。かわいい。実はヒバニーより身長が高い。

高評価やここすき、感想、ブックマークで作者は喜びます。よければどうぞ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。