ギンガ団のボスになるinガラル   作:サマル

5 / 5
5話

 エンジンシティは古い街である。

 古代、人同士、あるいは人とポケモンで争いのあった時代からその姿を変えていない。

 街を囲む堅牢な壁や、攻められにくく守りやすい、坂と路地の多い構造がそれを物語る。

 街の入り口から奥に覗く街並みに、ロンドンってのは確かこんな感じだったか、とヒバニーは僅かな郷愁を感じた。

 

 ポケモンの体になってしまってからというもの、ヒバニーは人間の街へ入ったことはない。

 元の世界の人間とは違うとはいえ、それでも人間だ。

 久々の文明の香りにヒバニーは心を躍らせた。

 

 が、そこに水を差す野太い声がかかる。

 

「うん? ちょっとちょっと、街にポケモン入れるときはボールに入れてくれよ、そこのおかっぱ」

 

 エンジンシティの進入検査官である。

 怪しい者や野生のポケモンが入らないか、常に見張っているのである。

 とはいえ、エンジンシティの人の往来は多い。

 言い逃れも簡単だろうと事前の話し合いで言い訳は用意してあった。

 さてアキトは、と思いながらヒバニーがアキトの様子を確認する。

 

「あっ、あの、お、おおれおおおれ……」

 

 ダメだった。

 圧倒的に挙動不審である。

 声が小さい、噛みすぎ、冷や汗が出ている、極めつけに視線が明後日の方向である。

 震えるアキトに、検査官は目つきを鋭くした。

 

「ちょっと、詰め所まで来てもらおうか。話を……」

「あわわ……」

 

 ヒバニーはボールに入ったことがない。

 入っていないではなく、入ったことがないのだ。

 それはヒバニーが人に従属していないことを意味し、ゆえに知られるわけにはいかない。

 

 何かうまい方法はないか。

 周りに視線を散らしても、いるのは呑気に手持ちと戯れるトレーナーばかり。

 何の助けにもなりそうにない。

 ぎりりと歯を食いしばった。

 まさか検査官をはっ倒すわけにもいかない。

 

「大丈夫、ちょっと話を聞くだけだから」

「ででででっで、できません……」

 

 瞬間、ヒバニーの脳裏にとある案がよぎった。

 やりたくないが、やるしかない。

 意を決して、ヒバニーは幼いポケモンらしい、甘い声を演出した。

 

「ヒバ! ヒババー? ヒバヒバ!」

 

 アキトの着ている制服にしがみつき、上目遣いで検査官を見上げた。

 目を潤ませることも忘れない。

 擁護欲をそそらせる幼子のように見えるよう、努めて振る舞う。

 

「お。うお……?」

「おおっと、ごめんねぇ。別におじさん、君のトレーナーをいじめてるわけじゃないからね。すぐ終わるから」

 

 果たして、効果は絶大だった。

 検査官は途端に目じりを下げ、優しい声に切り替わる。

 あと一押しだ。ヒバニーは確信した。

 

「ヒバ、ヒバヒバァ! ヒバヒバヒバ!」

 

 今度は検査官に、十分手加減して殴り掛かる。

 ポコポコとかわいらしく、更にちょっと涙声で怒りっぽい鳴き声も出す。

 ヒバニーは例外だが、通常ポケモンが人の言葉を解することはない。

 ヒバニーのような幼い個体ならばなおさらである。

 検査官の言葉を聞き入れない赤子のごときヒバニーの行動は、至極自然なものとして受け入れられた。

 

「分かった、分かった。おじさんが悪かった」

 

 検査官の腹の前、死角でヒバニーがにやりと笑った。

 計画通りである。

 

「まさかポケモンがこんなにおかっぱ君になついているとはね。いや、私の目が狂っていたよ。すまないね」

「い、いやぁ……」

「ヒバヒバ!」

 

 うむうむ、と検査官は満足げにうなずいて街の中へと通した。

 入場ゲートをくぐり、エンジンシティへと入る。

 レンガ造りの古めかしい建物群が彼らを迎えた。

 

 しばらく歩き、人混みに十分溶け込んだところでアキトが言った。

 

「いやあ、助かったよ。俺、人と喋るのは苦手で……」

 

 ぬけぬけと言うアキトの脛にヒバニーは笑顔で蹴りを叩き込んだ。

 

「へげれつぅ!?」

 

 そういうことは先に言っておいて欲しいと言うものだ。

 そもそもヒバニーとは普通に喋っていたくせ、何故人を前にするとああもコミュ障になってしまうのか、とヒバニーは疑問を抱いた。

 

「いやあ、人間が怖くて……」

 

 そんなことでよく今まで生きてこられたものだ。

 というか微妙に心を読まれた気がする。

 ヒバニーはアキトを睨みつけた。

 

「うーん……なんとなく顔に書いてあるんだよね」

 

 そんなに顔に出ているだろうか、とヒバニーは自分の顔をこねくり回した。

 手先に伝わる毛皮の感触はいつも通りのふさふさしたものである。

 首を傾げるヒバニーをよそにアキトは特に迷うこともなく道を歩み、そしてある場所で止まった。

 

「っと、着いた。ここがギンガ団エンジンシティ支部だよ。俺の会社だ」

 

 その建物は、古風なエンジンシティの中にあって異質な雰囲気を発していた。

 四角いフォルムこそありふれたものだったが、色はやや明るい黒で、壁面には光のラインが無作為に走っている。

 

「ずいぶん近未来的だな……」

「分かる!? このSFチックな感じ! 壁はガラル鉱山で採れるムゲン鉱石、あの光るラインは会社の使ってるエネルギーパイプを仮想立体モジュールで投影して表現することで低コストであのかっこよさを再現することに成功しているんだ! すごいだろ!?」

「……そうだな」

 

 突然早口になって喋り出したアキトに押され、ヒバニーは思わず相槌を打ってしまった。

 それを見てアキトは我が意を得たりと目を輝かせる。

 

「ムゲン鉱石はもともと、あんまり使い道のない鉱石としてクズ石扱いされてたんだけど、それを変えたのがうちの会社の社長のアカギさん! ムゲン鉱石の中に含まれていた新エネルギー、∞エナジーの発見をするばかりかその抽出に初めて成功した機械工学の大天才! いやあ、エンジニアの1人として憧れちゃうよね!」

 

 ヒバニーはこめかみを抑えた。

 コミュ障オタクだったか。

 自らも元の世界でそういう部分はあった気がするのである意味で心地よさはあるが、それはそれとしてオタトークをかまされるのはつらいものがある。

 何を言っているのかほとんど分からないのだ。

 かろうじて分かったのは、アキトが理科系の男だということくらいだった。

 

「わかった、もういいから黙れ」

 

 辟易としたヒバニーはたまらず手で制止をかけようとしたが、暴走特急がその程度で止まるはずもない。

 アキトの口が滑らかに動き続ける。

 

「いいや黙らない! (むげんだい)エナジーの抽出理論は俺も知ってたけどそれを実験レベルじゃなくて商業的に成功させるのもまたすごい! そもそも∞エナジーっていうのは何故無限大と呼ばれているかというと、熱力学第二法則が1つのトムソンの定理の破れを観測可能な上にハイゼンベルグの不確定原理からなる未来の未定性を覆すことで確定された未来をほんの部分的にだけど定めることができるから永久に利用可能かつ世界の新しい可能性を広げることができるエネルギーという意味でつけられたんだ。これはラプラスの提唱した巨視的物理学による古典的かつ素朴な未来予測を肯定するものではなくて波動関数によって虚数的に示唆される量子の重ね合わせ状態を限定的に無効化することで未来を収束させると言った言い方が正しいかな! ただ俺はそういった物理学的単純エネルギーとは一線を画する∞エナジーの性質はポケモンの持つタイプオーラとの類似性が見られるからひょっとするとムゲン鉱石は古代のポケモンの化石かあるいはタイプオーラが何らかの原因でこんな風に固形化したんじゃないかと言う風に推測してたりするんだけど────ヒバニーはどう思う!?」

「……そうだな」

 

 もはやヒバニーは諦めた。

 何も分からないまま返事を返す。

 そこへ、ギンガ団のビルから女性の二人組が出てきた。

 アキトの制服とよく似た、体にぴったりと張り付いたスーツを着用している若い女性だ。

 きつい香水の匂いにヒバニーは鼻を押さえた。

 女たちがこちらを見るなり、見せつけるようにこそこそと話をする。

 ヒバニーの長耳が会話を捉えた。

 

「あれアキトじゃない?」

「うわ、ほんとだ。帰ってきちゃったんだ。西の森に1人で行ったから死んだと思ってたのに」

「しかもなんかポケモンに向かってまたぶつぶつ独り言言ってるし」

「気色わる〜」

 

 ヒバニーは眉を顰めた。

 確かにアキトはラルトスを襲った救いようのないアホだが、同時にこれからヒバニーが出世させようと目論む男である。

 それが同僚に舐められているのは問題だった。

 

 ヒバニーの怒りもよそに、ギンガ団の女二人組がアキトに話しかけてきた。

 

「こんにちは」

「こんにちは〜」

「あ……こ、こんにちは……」

 

 それはごく普通の挨拶だった。

 

「ヒバ。(クソが)」

 

 ヒバニーは悪態をついた。

 ポケモン語なので女ギンガ団員に伝わることはない。

 それもある種の陰口だったが、お互い様というものである。

 

「って、あらあら?」

 

 そこで女ギンガ団員が初めてヒバニーに目を向けた。

 その目は欲望に濁っている。

 きったねえもん見せやがって、とヒバニーは目潰ししたくなる衝動に駆られた。

 

「これヒバニーじゃん」

「私初めて見たかも〜。かわいい〜」

「あっ、いや、ええと……」

 

 遺憾なくコミュ障を発揮するアキトに2人はたたみかけるように話を続けた。

 

「ねえこれ捕まえたの? アキトが? ほんとに?」

「そんなわけないじゃ〜ん」

「だよね。じゃあさ、」

「捕まえたの、私達ってことで報告させてくれない〜?」

「ていうかこれめっちゃ欲しいわ!」

「えっ……」

 

 アキトが声を漏らした。

 次の一言、何を求められるか。

 最悪の想像が頭をよぎったからである。

 

「そのポケモン、私達にちょ〜だい?」

 

 ヒバニーの行動は早かった。

 軽く跳び上がり、そのまま女の顎にアッパーカットを決めたのだ。

 女の瞳がぐるりと回る。

 

「ちっ。厚化粧で手が汚れた」

 

 舌打ちを打ち軽く手をはたく。

 アッパーカットされた女は白目を剥いて崩れ落ちた。

 それを頭だけ打たないように適当に転がすと、ヒバニーはもう1人のギンガ団の女を睨んだ。

 

「で? 何が欲しいって?」

 

 ポケモンが喋るとも、それがいきなり襲いかかってくるとも思っていなかったのだろう。

 女はぱくぱくと金魚のように口を動かすが、驚きのあまりに言葉にならない。

 

「こいつ連れてどっかに失せろ」

 

 こくこくと頷くと、女は気絶する相方を抱えて街の雑踏へ消えていった。

 病院にでもいったのだろう。

 

「はぁ……先が思いやられるよ」

「ご、ごめん」

「良い、気にするな」

 

 ヒバニーの言葉に、アキトは顔を(ほころ)ばせた。

 ああ、やっぱりヒバニーは優しい……。

 こんな俺を助けてくれたんだ。

 そんなアキトの想いはあっさり裏切られる。

 

「正直、あいつらに乗り換えることも考えたんだがな」

「ええっ」

「ああいう調子に乗ったやつは、いつ裏切るかわからない。アキトは馬鹿でコミュ障だけど、操り人形にするならそっちの方がいい」

「ひどくない!?」

「事実を言っただけだろう」

 

 うぐ、と言葉に詰まるアキトは、しかし次の瞬間には天啓を得ていた。

 

「……でも、俺が裏切らないとは思ってくれてるんだよな?」

 

 我ながら良い返しだと、アキトはニヤついた。

 ヒバニーも本当は優しさで助けてくれただけなのに、それを無理やり刺々しい言葉で武装しているのだ。

 そう思うと、冷酷だと思っていたヒバニーが途端に可愛く思えてくる。

 

 が、ヒバニーの返答はこうだった。

 

「当然だね。理由は簡単。もしも裏切ったらボクが必ずアキトをぶち殺すから、だ」

「……肝に銘じておきます」

 

 やっぱり全然可愛くない。アキトは認識を元に戻し、ぶるりと震えた。




ギンガ団員
分類:人間
性別:♂♀
タイプ:なし
高さ:♂:1.7m ♀:1.6m
重さ:♂:67.8kg ♀:56.3kg
特性:なし

非常に発達した喉や文字によって仲間と複雑なコミュニケーションをとる。そのパターンは万を超えると言われる。

種族値:なし

豆知識:ギンガ団から支給されたポケモンでポケモンを捕まえるのが主な仕事。つまり量産型ポケモンハンター。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。