4月1日 0:20 プラネテューヌ ラボ
「私は10年後のお前...狂気の魔術師、MAGES.だ!!」
「10年後の...私?」
目を見開いて驚くMAGES.と、あきれたようにため息をつくノワール。少しの間ラボが静寂に包まれた後、10年後のMAGES.が口を開く。
「おい、もっと驚いてくれなければ張り合いが無いではないか」
「ふざけてないで早いとこ説明しちゃいなさいよ...タイムマシンが見つかっちゃいけないんでしょ?」
「おお、そうだったな。よし、ではお前にプロジェクトの概要を説明する」
「ち、ちょっと待って!」
自分を蚊帳の外にして話が進んでいることに気付き、MAGES.は慌てて何か話そうとした2人を止める。
「2人は私に何がしたいんですか?それに...プロジェクトって...」
動揺、混乱、不安、様々な感情の怒涛の流入により、MAGES.は言葉を紡ぐ途中で訳も分からず涙をあふれさせる。しかしそんなMAGES.を見て
「ククッ、フッ、フゥーハハハハハ!!!」
10年後のMAGES.は高笑い。
「"私"よ、いや、この腑抜け!」
「なっ!?」
「ちょっと、MAGES.!?」
いかに未来の自分であろうと、腑抜けなどと呼ばれて黙っているほどMAGES.は温厚ではない。食って掛かろうとソファから立ち上がるも、10年後のMAGES.は人差し指をMAGES.に向け、芝居がかった口調で話し始めた。
「"私"よ、お前が何回もタイムスリップを繰り返している理由は何だ?」
「それは...」
5pb.を助けるため。そう言おうとする前に10年後のMAGES.が話し始める。
「5pb.を助けるため...そうだろう?」
「っ...」
「お前はその目的のために、自分の心を犠牲にしながら終わりがあるかもわからない迷路をさまよい続けている...違うか?」
「......」
「だがお前に残念なお知らせがある。お前がやっているような方法では、絶対に彼女...5pb.は死ぬ」
言葉を発するほどに彼女の顔は真剣さを増してゆく。
「原因は..."私"ならもうわかっていると思うが、世界は定められた結果に向かって収束してゆくからだ。お前が身をもって経験したようにな」
「だったら、もう...放って......」
MAGES.は涙を流し、その場にへたり込む。心の負担が限界に...というよりとっくに限界を超えていたのかもしれないが。
「フッ、らしくないな、"私"よ、口調まで昔の私に戻っているではないか。本当にどうしようもないのなら、私は今ここにいない。言っただろう?プロジェクトの概要を説明するとな」
そう言って10年後のMAGES.はにやりと笑う。
「え?」
「まだわからないのか、"私"。5pb.を助けるためのプロジェクト、
(私は...10年後も...それに世界を救えるのは私だけ...?)
「フッ、ははは」
MAGES.は口角を上げ、しばらくぶりに笑った。
(相変わらずおかしな作戦名を付けるわ、過去の自分とは言え初対面で腑抜け呼ばわりするわ、世界を救うだとか...)
少々特殊な自虐を脳内で行うMAGES.。
(中二病は治らず...か)
「"私"よ...」
「何だ?10年前の私」
「その作戦について...聞かせてくれ」
その絞り出したような声に、ノワールは優しく微笑み、未来のMAGES.は今のMAGES.の肩をそっと叩いた。
4月1日 10:21 プラネテューヌ ラボ
「......」
重い瞼を少しずつ開け、入ってきた光で日がすでに上っていることを認識する。どうやら昨日はソファで寝落ちしてしまったようで、被りっぱなしの帽子がそれを証明している。
「夢...というわけではなさそうか...」
MAGES.はそう言って、未来のMAGES.がホワイトボードに書いていった文字を見ながら、昨夜のことを反芻する。
~(では、我々はこれから未来に飛んでくる。しっかりやれよ?"私")~
~(未来?まだやることがあるのか?)~
~(助手に救われたことがあったんじゃないのか?)~
~(え...?)~
~(いいのよ、今のあなたは作戦に集中して。今のあなたには、もう過ぎたことよ)~
~(あ、あぁ...)~
昨晩、
「えっと、私はとにかく、5pb.のライブでの歌とパフォーマンスを完コピすれば...いいんだよな?」
~(5pb.が死ぬのはこの世界線における一つの決まりのようなもので、それを捻じ曲げることは不可能だ。そこで、世界が"5pb.は死んだ"と誤認させるんだ。ただ、仮死状態にするみたいな方法では不可能だと、この私が行った10年間の研究の中で分かっている。だから、目の色くらいしか誤差のない従妹であるお前...MAGES.が5pb.の影武者となり、世界を騙すのだ!)~
「......」
久しぶりにしっかりと睡眠をとり、冷静になった頭で作戦に少しの不安を覚えながらも、クローゼットから去年のハロウィンで使った、5pb.の衣装と全く同じのコスプレ衣装を取り出す。
「いや、本当にこれで良いのか?この格好で歌って踊って...死んだふりして世界を騙す?」
思い出したくも無いが、MAGES.は5pb.を救う為に考え得る限りの方法を試したのだ。それがこんな、コスプレをして替え玉ライブを行うだけで解決して良いのだろうか。
「この衣装...やっぱり露出が多いな...」
そんな事を考えつつも着替えを済ませ、姿鏡の前に立ち、細かい部分を整える。以前着用した時に、多くの人からそっくりだと言われた事を思い出す。
「そう言えば...赤のカラーコンタクトをつけるように言われていたな。後で買ってくるか...」
5pb.は綺麗な、赤い瞳をしていたな...そんなことを考えながら、ホワイトボードの『ライブ曲一覧』に書かれた項目を一瞥。
「一曲目は...『My Dear,』だったな...よし」
5pb.が今まで出した曲のCDは全て買っている。おまけにタイムスリップを繰り返したことによって、ライブのプログラムは未来のMAGES.に言われるまでも無く把握していた。それだけでは無い。ダンスの振り付けも、パフォーマンスの内容も、MAGES.は迷宮を彷徨う中で、5pb.の一挙手一投足を目に、頭に、そして心に焼き付けていた。
「ダンスはあまり得意ではないし、歌も5pb.ほど上手くはないが...やるしかないか...」
甘えたりあきらめたくなる心に鞭を打ち、MAGES.は必死に5pb.の替え玉ができるように練習をした。それはアイドルとしての活動経験がないMAGES.が数日でマスターできる程度のものではなかったが、彼女はタイムマシンを使い何度も4月の第1週をやり直すことによって、少しずつ、しかし確実に5pb.としての動きを身に着けていった。
4月6日 16:41 リーンボックス ライブ会場:楽屋
「それで、いったい何の用事?ライブ前の楽屋に来るなんて」
暖かい紅茶を飲みながら、5pb.がMAGES.に問いかける。5pb.はライブの直前、いつもリーンボックス名産の紅茶を飲むと決めている。それが一番落ち着くのだと。
「...いや、陣中見舞いにでもと思ってな」
「もう...ボクが通りかかったからよかったけどさ...」
「......」
MAGES.からすれば、例え追い返されたり捕まったとしても、タイムマシンを使えば良いと思っていたが...
「でも...ありがとうね、ちょっと緊張、ほぐれたかも」
カップの紅茶を一口啜り、優しく笑う。
「......そ、そうだな、何せこの狂気の魔術師たる私が来てやったのだからな!」
「ふふっ、そうだね。あ、MAGES.も紅茶飲む?」
「あ、ああ、頂くとしよう」
5pb.がティーポットとカップを取りに行くため、MAGES.に背中を向ける。彼女はこの時を待っていた。
(5pb....少しの間だけだ...すまない)
心の中で謝罪しながら、5pb.のカップに用意していた液状の睡眠薬を入れる。懐に薬をしまったのと同時に5pb.はこちらを向き、MAGES.の前に紅茶を差し出す。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
怪しまれないようにカップを口元に運び、一口飲む。が、焦りや緊張からか、味は全く感じられなかった。
「美味しいでしょ、この紅茶」
5pb.が紅茶を再び飲む。
「やっぱりリーンボックスの紅茶がボクは...」
そこまで言った所で5pb.の身体は支えを失ったかのように前方に倒れこむ。カップは5pb.の指にかかり振り子のように揺れ、紅茶は楽屋の絨毯を濡らす。MAGES.は予知していたかのように彼女を支え、その身体を楽屋のクローゼットに運んだ。
「5pb....」
小さくつぶやいた後、彼女は自分で自分の頬を3回叩き、たった1人に向かって宣言する。
「これより、
次で(多分)終わり